第42話 お市の帰国。

毎日が日曜日だ。

ニートを目指す俺にはまさに理想な日々?

仕事もせずに日がな一日をごろごろと過ごす。

そんなパラダイス…………とならなかった。

折角、『天駆ける儀』で忙しいと朝廷の行事を断ったのに日曜大工のお父さんだ。

ピクニック、アウトドアと家族サービスが付きまとう。

可愛い妹らを飢えたおおかみ(公家ら)の中に三人で行かせる訳もいかない。


「魯兄じゃ、今日は蹴鞠のお誘いなのじゃ」

「兄上、この衣装はどうでしょうか?」

「私も似合っていますか?」


毎日のようにお市、里、お栄が押し寄せてきた。

保護者同伴だ。

俺が保護者なのかは怪しいのだが、俺にも招待状が届いている。

囲碁、将棋、双六、小弓こゆみ打球だきゅう石投いしなご独楽こま弾棋だんき投壺とうこ輪鼓りゅうご球打ぎっちょう意銭いせん、物合わせ、偏継へんつぎ洲浜すはまづくり等々があり、俺が広めた百人一首、白黒碁リバーシ、かるた遊びもあった。

今更、お人形を持っておままごとのひいな遊びにも付き合わされた。

もちろん、歌会、野立て、能、華道、茶会、矢場などにもある。

参内せずに何をしているという声もあったが知らん。

帝に一回会えば、それで十分だろう。


「さぁ、魯兄じゃ、行くのじゃ」

「毎日、兄上と一緒で楽しいです」

「一緒なのです」


ははは、毎日が日曜日(お見合い)で楽しいな。


 ◇◇◇


(弘治4年(1557年)4月26日)

4月23日、酉の日に行われる賀茂祭かもまつりが最後のイベントだ。

俺は加茂神社へ勅使代と赴く。

何故だ、どうして俺が?

後ろに続く御杖代の女人列には氷高皇女ひだかのひめみこが参加し、その侍女としてお市達が伴っている。

御所から下鴨、上加茂へと2里 (8km)となる大規模なピクニックだ。

とにかく、狼らから守り切った。

後は各所にご挨拶に廻って、26日に尾張へと兄上(信長)と一緒にお市らも帰る。

さらば、お市。

もう戻って来るのじゃないぞ。


「当然なのじゃ。わらわはしばらく戻って来れないのじゃ」


どういう意味だ?

千代女は「申し訳ございません。止められませんでした」と謝った。

そして、お市は自慢そうに飛鳥井-雅綱あすかい-まさつな殿の書状を広げた。

その話が決まったのは飛鳥井家に招かれて、お市が蹴鞠の免許皆伝を授けられた時の話らしい。

お市は巧みに奥州の話をした。


「わらわは大崎-義直おおさき-よしなお殿らに蹴鞠を伝授しに行かねばならんのじゃ」


なっ、何だと?

足利家氏(斯波家の祖)が飛鳥井-雅経あすかい-まさつねの二男の教定の門弟だった縁で、斯波家は脈々と蹴鞠が伝授されている。

だから、雅綱まさつな殿は斯波家のいる尾張に下向して、父上(故信秀)らにも蹴鞠を伝授した。

そういう繋がりだったのか。

当然、足利家氏(斯波家の祖)に繋がる奥州の大崎家も同じだ。

だが、奥州は遠い。

そこでお市が名乗り出た。


「わらわは公方様から鹿島の塚原-卜伝つかはら-ぼくでん様への紹介状を貰っておるのじゃ。左程遠くないので奥州まで足を延ばしてもいいのじゃ」

「おぉ、それは助かる」

「わらわに任せるのじゃ」


余りの電光石火に止める間もなかったそうだ。

お市、してやったり。


公方様から紹介状はお市が鹿島まで足を運ぶという話ではない。

お市が先に兄上(信長)に見せていれば、間違いなく塚原-卜伝つかはら-ぼくでんを尾張に召喚しただろう。

だが、雅綱まさつな殿は勘違いした。

お市が勘違いさせた。

先に帰った喜六郎らが奥州の大崎家に向かっている。

お市が向かっても可笑しくない。

そう思わせた。

俺に自慢するお市の話を横で聞いていた兄上(信長)が目を丸くして驚いていた。


「駄目だ。奥州は危ない」

「公方様の紹介状を無下にするつもりかや。養父(雅綱まさつな)のお願いを断るつもりかや」

「だがしかし…………」

「信兄じゃ、わらわを行かせてたもれ」


お市が手を組んで目をうるうるさせてお願いのポーズを取った。

兄上(信長)が動揺している。


「わらわは蹴鞠を伝授してくるだけなのじゃ。喜六郎兄じゃの邪魔はせん。許してたもれ」

「関東は、奥州は危険だ」

「信兄じゃより、わらわの方が強いのじゃ。信兄じゃが行けたのじゃ。わらわも大丈夫じゃ」


兄上(信長)がさらに動揺した。

公方様の前でお市に派手に負けた事を思い出したのだろう。


「信長は刀の才能がないのぉ」


公方様にはっきり言われてかなり傷ついた。

さらに、公方様とお市の対決を見て驚く。

互角ではないが、兄上(信長)より遥かに長い時間の死闘を切り返した。

女武者。

もう、どこにも嫁にやれないよ。

そのじゃじゃ馬が知恵を付ければ少し大人しくなるかと思ったが、『暴れ馬』に進化した。

もう俺には手が付けられない。


「では、帰る」

「道中、お気を付け下さい」

「信長様、お察しいたします」

「千代女か、魯坊丸ろぼうまるの事をくれぐれも頼む」

「もちろんでございます」


疲れた顔で兄上(信長)が出発した。

背中を丸めて、まるで老人のようだ。

兄上(信長)も苦労が絶えない。


「暴れ馬の後始末でお疲れなのです」

「確かにお市らには苦労させられたからな」

「一頭ではございません。暴れ馬は2頭です」

「里もお栄もお市ほどは暴れておらんだろう」

「もう一頭もご自覚がないのでお疲れなのです」


俺は首を捻る。

兄上(信長)を困らせた記憶がない。


「帝と突然の会食とか」

「あれは帝が氷高皇女ひだかのひめみこの部屋に勝手に来たのだ。俺が兄上(信長)を驚かせた訳ではない」

「公方様とお忍びで京を騒がせている盗賊狩りに行くとか」

「お市が決めたのだ。肝心のお市が食い過ぎで動けないので俺が狩り出された。俺のせいじゃないぞ」

畠山-高政はたけやま-たかまさ湯川-直光ゆかわ-なおみつ丹下 盛知たんげ-もりかたらが厠で溺れかけたり」

安見-直政やすみ-なおまさの京屋敷の厠の床が腐っていたのだろう」


河内守護代の安見-直政やすみ-なおまさは幕府の言い成りになっている三好家に見切りを付けた。

河内に派遣された幕府奉公衆とも仲良くなり、幕府管領・河内紀伊守護の畠山-高政はたけやま-たかまさに接近した。

前守護代の遊佐長教のように河内を完全に掌握しようと企んだのだ。

奉公衆の一部がその野望に一枚噛んだ。

密会の当日、席を外した三人が何故か厠から戻って来ない。

確かめに行くと、三人は床の抜けた厠の底で溺れ掛けていたのだ。

助ける為に多くの人が屋敷に入り、密会が公方様の耳に入った。

幕府は大騒ぎだ。

取り調べの為に兄上(信長)も借り出された。


焦った安見-直政やすみ-なおまさが幕府に畠山-高政はたけやま-たかまさの謀反を訴えた。

畠山-高政はたけやま-たかまさが謀反を誘って来たので、食事の中に下剤を混ぜて厠に誘って厠の底に落としたという。

まさかの展開だ。

幕府転覆の誘いに乗らない安見-直政やすみ-なおまさは幕府に忠誠を誓う忠義の者として語られた。

参加していた奉公衆も同じ事を証言する。

幕府を巻き込んだ大騒動だ。

しかし、畠山-高政はたけやま-たかまさが謀反を企んだという証拠はでて来ない。

どっちが真実か?

京の町では、この話で持ちきりになった。


世に言う『厠落とし』だ。


畠山-高政はたけやま-たかまさ殿は安見-直政やすみ-なおまさ殿を今後一切、信用する事はないでしょう」

「これで河内が団結して謀反を起こす芽は取り除かれた」

「もちろんですが、畠山-高政はたけやま-たかまさ殿も罪に問われませんでした」

「そもそも謀反を企んでおらんからな」

「これでよかったのですか?」

「見知らぬ大悪党を呼び込むより、迂闊で小心な小悪党を生かした方が心配もないというモノだ」

「後始末に翻弄された信長様の苦労をお察し下さい」


幕府管領の畠山-高政はたけやま-たかまさを中心に河内と紀伊が団結しそうだったから、俺が悪戯いたずらをした。

幕府が尼子と対決している背後で謀反とかされたら洒落しゃれにならない。

だから、畠山-高政はたけやま-たかまさの求心力を奪っておいた。

兄上(信長)も借り出されたのは想定外だ。


「でも、俺のせいじゃないぞ」


はぁと千代女が溜息を付いた。

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