第40話 鳥人間コンテスト。

初夏の日差しと思えないほど、ギラギラとした太陽が照り付けていた。

一番艇はやはり不死身のさくらだ。

海岸では拡張器で紹介される。


『織田先鋒、一番艇は中根南城、侍女長、さくら殿』


うおぉぉっと機体が斜面スロープを昇り切ると歓声が沸いた。

飛び込み台の端でさくらがぴょんぴょんと軽く跳ねると、機体が上下にぐらぐらと動いた。

そして、さくらが叫ぶ。


『飛べない豚はただの豚、豚は豚らしく見ていろよ。さくら・・・、行きま~す』


さくらの本気だ。

助走台の長さ20間 (18m)を一気に掛ける。


『いっけ~~~~えぇぇぇ!』


すかっ?

助走台の角を蹴るつもりだったさくら・・・の足が空を切る。

気持ちが入り過ぎだ。

さくらの顔が驚きに変わる。

勢いの儘に進んでいた飛び魚ハンググライダーが、がたんと機体が下がって尻尾が助走台に当たって、大きくバウントして機体が前屈みになる。


いやぁ~~~~!

さくらが体を捻って機体を戻そうとするが、わずかに波打ちながら斜めに、ざぶんと頭から落ちていった。


『さくら殿の記録は10間 (18m)』


うおゃ~~~~~ぅ。

歓声とも、溜息とも思えないどよめきが海岸を覆った。

さくらは何かやってくれると思っていた。

期待を裏切らない奴だ。


 ◇◇◇


(弘治4年(1557年)3月18日)

上洛した兄上(信長)は武衛屋敷の幕府管領の斯波-統雅しば-むねまさ様が見守る中で喜六郎兄ぃの元服の儀を執り行った。

烏帽子親が近衛-晴嗣このえ-はるつぐなので、多くの公家らが訪れた。

つまり、殿上人の西園寺-公朝さいおんじ-きんとも久我-晴通こが-はるみちらと挨拶を交わす。

紹介される度に喜六郎兄ぃは顔面蒼白になってゆく。

完全な場違いだ。


俺も公家枠で参加していたが、何故か隣の後ろに玉栄ぎょくえいと言う侍女が座って、朝から晩まできゃあきゃあと煩かった。

色々と聞いてくるのが鬱陶しい。

でも、近衛-稙家このえ-たねいえの娘らしく、無視もできなかった。


喜六郎兄ぃの元服が終わると、お栄と里の猶子が発表されてお披露目だ。

帝からお祝いとして官位を頂いた。

礼儀作法はお市の女官である隠岐おき伊豆いずが仕込んでいるので問題ない。

恙なく式は終わった。


こうして準備を終えると兄上(信長)らは花の御所に上がり、喜六郎兄ぃは奥州に下向せよという命を賜った。

喜六郎兄ぃに何か役職を付けるかで揉めたが、申次もうしつぎにするのは延期された。

因みに、蟄居中にも関わらず、いつの間にか俺は帝に奏聞を取次ぐ役目である申次衆もうしつぎしゅうにされていた。

謎だ?


俺はお市とお栄と里を連れて氷高皇女ひだかのひめみこを訪れた。

そこに帝がやって来て、今後の予定を直に説明した。


「わらわも飛ぶのじゃ」


お市が飛ぶと聞くと、氷高皇女ひだかのひめみこも参加したがったが、流石にお断りした。

とにかく、帝もご覧になる一大イベントだ。

女御様方々も随行されるとなって警備が大変な事になっていた。

俺が打ち合わせで大変な事になっている頃、さくら達は大津に用意された仮設の宿舎で、飛び魚ハンググライダーを組み立てて、また飛び込み助走台などの確認をしていた。


 ◇◇◇


(弘治4年(1557年)3月18日)

さくら達は飛び込み助走台の上で何度も飛び出す練習を繰り返していた。


「私達なら楽勝だね」

「高さがないぞ」

「すぐに落ちそうです」

「大丈夫だって」

「なら、順番はさくらが一番な」

「さくらちゃんに任せます」

「任せなさい」


確認を終えて斜行板を降りてくると、下の方で揉めていた。

何人かの男らが警備の兵と揉めていた。

どうしても中に入れろと騒いでいるのだ。


「そこの女が入れて、俺達が何故入れない」

「あちらはこの舞台を造られた織田家の方でございます」

「狡いだろう」


どうやら織田家は空を飛べると名声を受けているが、彼らもまた空を飛ぶ道具を開発した者らだそうだ。

この『天駆ける儀』では、最初に織田家の5人が飛び、次に同じ飛び魚ハンググライダーを使って、公方様などの5人が挑戦する。

そこで定番だ。

落ちるイベントに組み込んだ。

お食事中の一休み。

軽い気持ちのお笑いを入れた。


『誰より遠くに飛んだ方に金100貫文、誰よりも面白く跳んだ方に金50貫文を贈呈』


金に釣られて沢山の方が応募してくれた。

身元の怪しい者を弾く書類審査で50人に絞った。

帝もご覧になる。

名声と名誉と大金が転がり込む。

準備は万端にしたい者らが、舞台の視察を望んでいた。


「無駄な事などせずに、素直に落ちればいいです」

「おい、今はなんて言った」

「落ちるだけの奴らは、素直に指示に従えばいいです」

「女だからと言って許さないぞ」


男達がさくら達を罵倒した。

さくらは容赦なく、俺の本音を披露する。

単なる見世物みせものの男達だ。

さくらの挑発に激怒した。


「何を言うか、俺はちゃんと飛んだ事もある」

とんだ? 落ちるとんだの間違いじゃないですか?」

「俺をとんだと、とんって何だ」

「ぶひぃ、ぶひぃと鳴く、地を這ういのししに似た家畜です」

「俺がそのとんだと、無礼にも程があるぞ」

「飛べない豚はただの豚です」

「そこまで言うならば、勝負だ」

「いいですよ。負けた方が地面を這って、人前で『ぶひぃ、ぶひぃ』と鳴くというのはどうですか?」

「いいだろう。受けてやる」


余裕綽々よゆうしゃくしゃく、さくらの挑発に乗る馬鹿がいたらしい。


 ◇◇◇


(弘治4年(1557年)3月28日)

見事な落水したさくらの機体が半壊し、小舟が曳航して陸に上げる。

近淡海ちかつあはうみ(琵琶湖)に落ちたさくらが泳いで俺に近づいて来た。

観覧船の周りには、織田家と朝廷の合同で警備している。

俺の侍女長という肩書きで通して貰えた。


「若様、もう一度飛ばせて下さい」


船の端に手を掛けると顔だけ上げて、恨めしい声で訴えた。

まるで井戸から這い上がってくる何かだ?

ここは湖だから『河童』か、『海坊主』か。

俺の周りには帝や女御がいるのに、何を阿呆な事を言いに来ている。


「このままで勝負に負けて、地面を張って『ぶひぃ、ぶひぃ』と鳴き真似をする羽目になります」

「下らん勝負をしたおまえが悪い。諦めて泣いて来い」

「わ・か・さ・ま!?」


情けない顔を晒した。

帝らは勝負とかが気になったらしい。


「ほほほ、それは是非に見届けねばならんな」

「お耳汚しを致しました」

「よい、座興だ」


そんな事を言っている間に、二番艇のかえでが飛んだ。

さくらの失敗を見ていたので、尻尾をひっかけまいと少し上向きで離陸した。

が、加速と角度が悪すぎる。

すぐに推進力を失って、機体が前屈みに傾いていった。

かえでは何とか立て直そうとするが水面が近すぎた。

加速し直した頃には水面だ。


『只今の記録、33間 (60m)』


うおぉ、短い歓声が沸いた。

確かに飛んだと思う者と、期待外れの溜息に近い歓声だ。

はい、楓の機体を回収する。

中堅は紅葉だ。

紅葉は力む事なく、水平に離陸した。

小柄な事が幸いする。

飛んだ瞬間に機体が下がる。

だが、尻尾が助走台に触れる事もなく、ゆったりと滑空を始めた。

紅葉の機体は高さ55尺 (10m)から一気に1尺 (1mほど)まで降下した。

だが、そこからが伸びてゆく。

水面スレスレを滑るように飛んでゆく。

海岸で見ている者には、飛んでいるのか、湖の上を走っているのか判らない。


『只今の記録、105間 (190m)』


拡張器から発表された距離を聞いて、大きな歓声が沸いた。

帝らは食い入るように見ていた。


「確かに飛んだように見えます」

「飛んでおりました。飛んでおりました」

「わらわも飛んでみたい」


活発そうな女御も飛びたいと言うが、さくらのように落ちる事もあるので遠慮して欲しいと懇願する。

その女御は俺とさくらの顔を何度も見比べて諦めると言ってくれた。

頭から落ちたさくらも役に立った。


『織田副将、四番艇は従五位下掌侍ないしのじょう飛鳥井あすかい-いち様』


紅葉より、さらに小柄なお市が参加だ。

別の観覧船で「お市、頑張って」、「お市ちゃん、ガンバ」と可愛い声でお栄と里が応援の声を上げている。

聞こえている訳ではないだろうが、お市が応えて手を振っていた。


「行くのじゃ」


そんな掛け声をして走り出したと思えた。

さくらがやろうとした助走台の角を見事に蹴った。

機体が一気に加速して、尻尾が助走台に触れる前に離陸できた。

そこから下降して速度を上げてゆくのだが、そこに比叡山の方向から一陣の突風が吹き下ろした。

水面に当たった突風がお市の機体を横から殴り付ける。

普通ならば、バランスを崩して落水だ。

だが、お市はさくら達が飛ぶ姿を何度も見て来ていた。

横から吹く風に機体をどう動かせばいいかを熟知していた。

そうだ。

上昇気流を掴めて、機体がぶわっと空に舞い上がった。


おそらく、165尺 (50m)くらいは舞い上がったのではないだろうか?

コースを完全にはみ出して、観覧船の方に流された。


「魯兄じゃ」


上空のお市が大きく旋回しながら声を上げていた。

お市は目をキラキラと輝かせた。

正面に来る度に俺の名を叫ぶ。

2回、3回、4回と観覧船の周りを回って着水した。


『只今の記録、失格』


どよぉぉぉぉ、海岸の客が不満の声を上げる。

他の誰よりも空を飛んだという感じのお市だが、幅100間 (180m)のコースから外れたので失格だ。

ルールはルールだ。

だが、これで見ている者も飛ぶ事が実感できただろう。

まずまずの成功だ。

お市は失格を承知して旋回したのか、ただ嬉しくて旋回したのか判らない。

救助用の小舟に助け出された後もお市は嬉しそうに手を振っている。


「楽しかったのじゃ」


念願かなってお市は飛び魚ハンググライダーに乗れた。

そのまま小舟は陸に向かう。

濡れたままでは初夏と言っても風邪を引く、お市は嬉しそうに連行されて行った。


『織田大将、五番艇は尾張守護代、織田-信長おだ-のぶなが様』


お市とはまた別の歓声が沸いた。

守護代がでるか?

そんな疑問も持つ歓声だ。

兄上(信長)は紅葉の記録を抜くつもりで飛んだ。


『只今の記録、33間 (60m)』


まぁ、そんなモノだ。

救助の小舟に上がった兄上(信長)が悔しそうな顔をしている。


さて、昼食時間だ。

さくらは邪魔にならないように、見えない程度で船の横でぷかぷかと浮いている。

次々と勇敢な強欲者が湖に飛び込んで行く。


『一般参加、五番、陰陽師、〇〇殿』


陰陽師の服を着た者が呪文を唱えて飛び込んだ。

飛ぶ訳もなく、落水する。

見事な飛び込みぷりに笑いが起こった。


「若様、あいつです」


さくらが指差した。

百大夫ももだゆうと名乗った傀儡師かいらいし(からくり師)らしい。

確かに他の者よりマシだ。


『一般参加、六番、傀儡師かいらいし百大夫ももだゆう殿』


背中に木を組んだかなり広い羽を背負っている。

やたらと長い下駄を履き、最後に天狗の面を被ると、『烏天狗からすてんぐ』に早変わりだ。


「若様、あの装備で飛べるのですか?」

「無理とは言わないが、無茶だな」


薄くって堅いカーボン繊維で作れば、まったく不可能ではない。

あるいは、すべて木製で造り、十分な加速が確保できれば可能だろう。

いずれにしろ、助走距離がみじか過ぎる。

また、カラスの羽か、ニワトリの羽を翼に付けている。

まったく無駄だ。

烏天狗は勢いよく走って飛んだ。

確かに飛んだ。一瞬だが飛んだ。飛んだ瞬間に翼が折れて落水した。


『只今の記録、6間 (10m)』


小さな呻き声が零れる。

翼が折れなければ、もう少し行けたかもしれない。


「さくら、よかったな」

「ひやりとしました」

「迷惑料だ。取り敢えず、ここで『とんだ』と鳴いておけ」

「とんだ?」

「豚の声で、皆様に謝れ」


さくらがキョトンと俺を見つめる。

折角、醜態を晒す事から回避できたのに、最強の観客の前で鳴けと言う。

俺はにっこり笑い、冗談ではないという顔をする。

さくらが辺りを見回した。

帝らや女御がさくらに注目していた。

さくらが「若様、酷いです」と叫ぶような声に聞こえた。

ぶひぃ~~~~ぃ。

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