第22話 クリスマスプレゼント。

(弘治2年(1555年)12月24・25日)

ジングルベル、ジングルベル、鈴がなる。

じゃらん、じゃらん、鈴の音が鳴った。

何故か、俺は賀茂御祖神社かもみおやじんじゃで『稚児舞』を披露する事になった。

俺は神官ですから舞えますよ。

天の声と呼ばれる高い音色のしょうに動きを合わせる。

目振り、足振り、指の先まで神経を通し、涼やかなる鈴の音に合わせてゆっくりと舞う。

身に纏うほうには幾重にも重ねた青海波紋だ。

その中に金銀に色とりどりの千鳥がすべて異なる刺繍でなされている。

俺が持っている鈴を鳴らすと、まるでその場から千鳥が飛び出しゆくように見えたらしい。

皆、青い息、黄色い息を殺すように吐きながら俺の舞いに心を奪われた。

熱田神社では御足を頂いております。

銭を貰う限りは、見せて恥ずかしくないように母上からも指導をして頂きました。

これまでに文句を言った者はないと承知していた。

俺の可愛らしい稚児の舞いに神社に沢山の寄付、投げ銭をくれました。

有難い、有難い。

別に舞台に向かって投げ入れた訳じゃありませんよ。

今日の客は目が肥えた公家様達だ。

俺も真剣に舞った。

何故か、公方様と武家も姿もちらほらと見えた?


「おぉ、なんと麗しい」

「天女が舞っているようでおじゃる」

静御前しずかごぜんの舞いもこのように艶やかであったに違いありません」

「まことにこれ社壇の金玉でございます」


舞っているのは久方ぶりなのだが、こんな桃色のもやが掛かった事がなかった。

俺はその視線に冷や汗を流しながら踊り終えた。

舞台裏に戻った瞬間に腰を崩した。


「千代、今日は何か怖かったぞ」

「致し方ございません。若様の御背が伸びて天女が舞っているとしか思えぬ御姿でございました」

「そういう変な視線は兄上(信長)だけで十分だ」

「これからは警備を考えた方がよろしいかもしれません」

「母上も苦労したのか?」

「そうかもしれません」


母親譲りの面立ちは、これまで俺を護って来てくれた。

にっこりと笑うだけで多少の事は何となく許された。

成人が近づくほどに、自分で貞操を守らねばならないらしい。

こんな子供に魅了チャームされるなよ。

俺は気分が悪くなったと言って会場を逃げ出した。

この後の宴会なんて出る気にならない。


この寒空に暑苦しいおっさんの歯黒に囲まれて、臭い息を浴びると思うと身の毛がよだつ。

情報を仕入れる為に我慢していたが、今日は逃げた。

絶対にヤバい。

翌日、晴嗣はるつぐに笑われた。


「ほほほ、逃げて正解であったな」

「それはどうも」

「皆、正気を失っておった。魯坊丸ろぼうまるが会場に来れば、どんな事になっていたやら」

「脅かさないで下さい」

義藤よしふじまで参戦しそうになっておったぞ」


夜襲をされました。

昨日の深夜に風呂に来て、上がった後にしゃくを強制された。

お持ち帰りされるほど正気を失っていなかったが、間違いなく『お気に入り』になった。

これまでも『お気に入り』だったが別の意味で。

傾国の美女に溺れて国を潰す。

そんな感じで俺を睨む奉公人も現れた。

いくら男同士で愛し合っていい時代だったと言っても、俺にそんな趣味はない。

ホントだぞ。


氷高皇女ひだかのひめみこも満足して帰られた」

「そうですか。それだけは朗報です」

「舞い一つで女子の心を奪い取るとは中々やるな」

晴嗣はるつぐに言われたくありません。宮中の女中をそれでどれだけ落としてきたのです」

「ほほほ、羨ましがる必要はない。宮中で一度舞えば、魯坊丸ろぼうまるも射止めるに違いない」


女御、女中らを味方にするのは悪い話ではない。

だが、昨日の様子を見ると遠慮しようと思う。

源氏物語ではないが藤壺ふじつぼの騒ぎは起こしたくない。

そんな事にはならないと思うけど。


「それは無理だ」

「何故ですか?」

「女御様をはじめ、皆が見たがっておる。おそらく、次の宮中の式典では、お前が舞う事になる」


俺ががっくりと肩を落とした。

サファリパークに丸腰で放り込まれる気分だ。

安全だけど、凄く怖い。

氷高皇女ひだかのひめみこに会いに行く時は要注意だな。

うん、尾張に帰ろう。


「尾張に逃げるのは無しにしてくれ。帝から連れ戻せと命じられるのは間違いないからな」


正月の参賀が終わるまでは逃がしてくれないらしい。

気が重い。


「若様、退耕庵たいこうあん竺雲-恵心じくうん-えしん殿が起こしになられました」

「もうそんな時間か」


恵心えしん毛利-元就もうり-もとなりの知恵袋であり、允芳恵菊の得度を受けて東福寺の末寺であった出雲国の安国寺で出家した。

毛利氏の菩提寺である興禅寺の住持である策雲玄竜に師事した事から、玄竜を通じて元就もとなりの信任を受けたらしい。

今は織田家の取次役のような仕事をしていた。


魯坊丸ろぼうまる様、お時間を頂きましてありがとうございます」

「気にするな。俺も呼ぶつもりだった」


まず、毛利家の要件を聞き、織田家の要望を告げた。

特に問題がない。

晴嗣はるつぐが幕府に働き掛け、三ヶ国を毛利家の管理にするように動いていると告げると感謝された。

だが、良い話はそこまでだ。


「年明け早々に尼子は動く」

「その気になれば、それなりの兵は集められると思います」

「それは止めてくれ。上野-信孝うえの-のぶたかをはじめ、幕府奉公衆には尼子を推す者が多い。同じ土俵に上がっては庇い切れない」

「判りました。予定通りに三ヶ国から撤退させます」


俺と近衛家の要望で毛利家に三ヶ国を任せて構わないと公方様も思っている。

だが、認められなかった。

奉公衆をはじめ、家格を重んじる政所執事の伊勢-貞孝いせ-さだたかが反対したからだ。

三ヶ国を諦めさせる替わり、安芸の守護代並、備後の分国を統治する許し状を勝ち取ったので予定通りだ。

どうして守護代並などという中途半端な事になるかというと、肝心の守護が決まらない。

次の守護を誰にするかで難航していた。

石見に逃れた大内義隆の四男の稚児が最有力だが、毛利家は自らが保護した大内義隆の三男である亀鶴丸(後の義教よしのり)を推挙していた。

その他に巻き添えで亡くなった三条公頼や二条尹房の親族を大内家の養子にして、大内家の家督を継がせる案も上がっている。

まだまだ時間が掛かりそうだ。


「最後に弟子が聞きたい事があるというので連れてきました」

「お初にお目に掛かります。恵心えしんの弟子の恵瓊えけいと申します」


恵瓊えけいの話は簡単だった。

毛利家の当主である隆元たかもとから1,000貫の所領で仕官しないかと打診された。

だが、毛利家の重臣である福原氏でも300貫、桂氏でも400貫の所領しか貰っていない。

過分な条件に恵瓊えけいは不審を覚えた。

恵心えしんに相談し、毛利家に詳しく聞いてみると俺が推挙したからだそうだ。

推挙した記憶はない。

だが、思い当たる事はあった。


「実の所、恵瓊えけい、お前の事はどうでもよい」


はぁ? 恵瓊えけいは下げていた頭を上げた。

安芸の武田一族の旗頭として推挙されたと思っていたのでびっくりした顔をしている。


「幕府では、若狭武田家の信豊のぶとよが躍進しておる。安芸の武田家を滅ぼした毛利家に心証がよくない。信豊のぶとよの心証をよくする為に安芸武田家の遺児らを必ず確保して厚遇するように言った」

「私は魯坊丸ろぼうまる様に評価された訳ではないのですか?」

「詳しく知らんので評価する以前の問題だ」


恵瓊えけいの頭が悪いとは思っていないが、性格まで知らない。

義理や人情、忠誠心など、信用に足る人物かはまったく判らない。

そんな者を推挙する訳もない。


「これから毛利家が伸びる事だけは保証しよう。尼子と対峙して中国地方の覇者の一人になるだろう。働きによっては国主になる事も夢ではない」

「私が守護になると?」

「守護か、守護代かは判らん。だが、生き残ればその程度の褒美は貰えるだろう」


武田家の遺児だ。

中国地方を再分割する時に毛利家の重臣になっていれば、必ず名前が上がるだろう。

そこで信豊のぶとよが推挙する。

これで決まりだ。

尼子-晴久あまこ-はるひさも八ヶ国で我慢すれば、取り上げるのは難しかった。

だが、八ヶ国守護、及び幕府相伴衆に任ぜられながら、公方様の命に従えない。

そんな国主に八ヶ国を預ける事ができようか。

否だ。

三ヶ国への出兵する事が尼子分割の死刑執行のサインとなる。

つまり、後釜になれる資格が恵瓊えけいにあった。


「難しく考える事はない。国主になりたいのであれば、誘いに乗ればよい。命が大切ならば、そのまま僧として見守ればよい。どちらも選択しても毛利家はそなたを粗末にはしない」

「判りました。よく考えさせて貰います」

「それより、飯を食っていかないか?」

「織田家の飯は美味いと評判でありますから、御相伴させて頂けるならば幸いです」

「ならば、食ってゆけ。今日は特別な料理を用意した」


今日はクリスマスだ。

日ノ本ではまったく関係ないが、知恩院と桂川の河原に大きな窯を造らせた。

鶏の丸焼きとピザを振る舞う予定だ。

ピザの美味さに屈服すればよい。


「遠慮する必要はございません。若様が食べたい為に造らせたモノです。気になさらず、お食べ下さい」


どうして今日なのですか?

昔、千代女に聞かれた。

日ノ本では、今日は特別な日ではない。

だが、祝いたい。

理由なんてどうでもいいじゃない。

その都度、色々な屁理屈を言った。

ともかく、俺は何ら意味のない日に騒ぐ癖があると認識されていた。


2月14日の『お菓子の日』、3月末日夜の『感謝の日』、10月末日夜の『仮装の日』など、一年でそんな不思議な日が沢山あるのだ。

もちろん、古来の祭りの日も大切にしている。

ひな祭りも子供の日、七夕も大事だ。

俺の屁理屈で、12月25日は『生誕祭』とした。

師走の忙しさに倒れた神々が正月に向けて復活して、新しく生まれ変わる日だ。


「若様、その取って付けたような理由ですね?」

「よいではないか」

「もうお好きにやって下さい」

「そう言うな。千代も皆と分かち合って楽しもうではないか」


これに関しては呆れられている。

皆に振る舞う奇妙な日の1つと千代女らに認識されていた。

美味しい物が食べられるので侍女達の受けはいい。

今日はピザを振る舞った。


ふふふ、どうだ。

長年の苦労でチーズの量産に成功した。

西遠江では大量生産を成功させて市場で売れるほど用意する。

我が野望は無限なり。

美味いか。

皆ががぶりと齧り付く、その美味さに震える姿を見て、俺は満足する。

新春はチーズを納めるとするか。


「尾張から早馬です」


側用人の一人が俺に兄上(信長)からの手紙を届けた。

それを読んだ俺は眉をひそめる。


「若様、どうかされましたか?」

「飛んでもないクリスマスプレゼントだ」

「くりす?」

「トマトの種が手に入った。今度は本物だ」

「おめでとうございます」


確かに嬉しい。

嬉しいがその知らせが平戸ではなく、博多でもなく、堺でもない。

尾張からだ。

トマトの他に数多の果実の苗や野菜の種も手に入った。

それだけならば、飛び跳ねて喜びたいくらいだ。

だが、そんな気になれない。


『黒船来襲』


四隻の南蛮船が熱田湊に姿を現した。

念の為にいうと南蛮船は黒くない。

防腐剤を塗りまくって黒い帆船になっているのは織田家の帆船の方だ。

だが何となく、そう言いたい。


兄上(信長)だけで何とかできるのか?

想定外だ。

帆船一番艦は改修中、三番艦は進水式前で艤装は終わっていない。

こんなことなら二番艦を残しておけばよかった。

失敗だ。

とんでもないクリスマスプレゼントに頭を抱えた。

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