第21話 公家を見直した魯坊丸。

(弘治2年(1555年)11月15日)

真っ赤に染まった山々、黄色いカーテンのような並木通り、そこに涼やかに風が吹いた。

色とりどりに染まった紅葉の季節が終わり、山々がうっすらと粉糠こぬかをまぶしたような雪化粧をした。

本格的な冬がはじまる。

吐く息も少し白くなりはじめていた。


「慶次、そろそろ官位を付けないか?」

「いらねぇよ」

「どうしてお前に官位をやらないか聞かれるのも鬱陶しいのだ」

「適当に流しておいてくれ」


皆がいる時には礼儀正しく俺の事を殿と呼び、言葉使いも丁寧になる慶次だが、部屋では昔からのタメ言葉を使う。

京では俺の警護の責任者であり、桂川改修と右京の総関監督という俺の名代を命じた。

そして、遊郭通いの諜報の繋ぎ役も兼任している。

さらに、広がった人脈から歌詠みやお茶会や蹴鞠などにもよく呼ばれている。

忙しいハズなのだが?

相も変わらず、暇を見つけては晴嗣はるつぐと京の町をお忍びで出歩いている。

全然、お忍びじゃないけど。 

織田家の傾奇者かぶきものと言えば、慶次を指す。


「晴元はまだ見つからないのか?」

「さっぱりだ。この京に潜んでいるのは間違いないが足取りが掴めねい」

武田-信豊たけだ-のぶとよ殿と接触しているのは確実だ」

「付かず離れず、出入り者も見張らせているが駄目だ」


益々、比叡山と幕府の仲が険悪になっている。

その事を気に掛けている幕臣は少ない。

公方様も幕臣が増える事が嬉しいので気にも掛けない。

むしろ、奉公衆らは領地を取り戻した領主達が信豊のぶとよを支持して、信豊のぶとよが勢力を伸ばしている方が気になるようだ。


そもそも幕府と比叡山の対立は今に始まった事ではない。

比叡山や興福寺は僧兵という独自の武力集団を持っていたので、その力を背景に政治に口を出してきた。

幕府と対立するのは慣習みたいなモノになっていた。


派手な例では、永享7年 (1435年)に6代将軍の足利-義教あしかが よしのりが比叡山を攻撃して、根本中堂を自焼させた。

又、明応8年 (1499年)にも11代将軍足利-義澄あしかが-よしずみの御世にも、細川-政元ほそかわ まさもとが比叡山焼き討ちを行っている。


あちらこちらに気づかいをする幕府政所執事の伊勢-貞親いせ-さだちかでさえ、今回の件には口を出していなかった。

おそらく、比叡山の勢力を削ぐという方針は俺や朝廷も含めて同じ意見なのだろう。


「どうするつもりだったのだ?」

「そうだな。寺領を廃して、土地と寺を分離する。寺領の土地には僧領主を立てて貰って、守護代の支配下に組み込みかな」

「それでは力が削げないだろう?」

「すぐに力を削ぐ必要はない。守護代に従ってくれるならば、信仰の厚い領主と変わりない。今の寺領は守護代の支配下に入っていないのが問題なのだ」

「なるほど、尾張もいずれそう変わるのか」

「だから、後で文句が付けられないように一緒に水路などを整備している。それで収穫も安定させている」

「ははは、違いねぇ。水路の水を止められたら収穫どころじゃなくなるからな」

「尾張全体の整備が終わるまではこのままで進める。これ以上、開拓に否定的な寺を増やしたくない」

「色々と考えているな」


最終的に守護代ですら警察と呼べる程度の戦力しか持たせない。

領主に至っては自警団とでも呼ぶべき、家臣団のみになる。

それは僧領主も同じだ。

その時点で寺が持つ軍事力はないに等しくなる。

焦る必要はない。

ゆっくりと進めて行けばいい。


「若様、出発の準備が整いました」

「では、行くか」


俺は部屋を出る前に慶次に酒を控えるように言っておいた。

聞くような奴じゃない。

まぁ、いいさ。

仕事だけはきっちりとしてくれれば。

そのお蔭で余裕ができて来た。


「千代、陰陽師というのは都合がよいな」

「そうですね」


時間が無駄なので俺は牛車を使わない。

牛車が御所に着くのを見計らって出発するので、朝はのんびりとできる。

そして、数日に一度は方角の悪い日が出るのでお休みも貰える。

その日は面倒な宮中の行事をすべて中止できる。

いい習わしだ。

3日に一度はごろごろできるようになってきた。

幸せだな。

今日は情報収集の日だ。

奥州は伊達関係の公家に話し掛けてみようか。

千代女も首を縦に振った。


「公家様にとって情報交換が命です。宮中の行事も意味がない訳ではございません」

「その通りだ。今回の件で思い知った」

「認識が甘かったと反省しております。非常に助かりました」


改暦の準備として、どなたを派遣するかで面接を行っている。

皆、自分のお得意様の領地に誘致してくる。

そこで各領地の人間関係の裏情報が聞けるのだ。

宴や歌会でも、その前段階の詮索がはじまっている。

皆、こっそりと推薦してくる。

その見返りに情報を少し頂く事ができる。

人脈が大切だという意味が判った。


「公家が寄生する苦労がよく判りました」

「まったくだ」

「同じくらいの情報を集めようと考えますと、忍びを送り、5年は掛かると思われます」

「費用も莫大だな」

「はい、その手間が省けました」

「しかし、寄生するのも楽じゃないな」

「わたくしも見下しておりました。今では反省しております」


公家は敵味方と関係なく、知己を広げ、必要に応じて寄生する領主を変えてゆく。

だから、人間関係に関しては下手な忍びを派遣するより、安上がりの上に正確な情報が手に入った。

仲のよい兄弟で分家として主家を支えているように見えるが、虎視眈々と主家を追い落とす準備を進める分家とか?

嫡男を廃して次男に家督を譲らせる事を画策する当主とか?

裏事情に詳しい。

菩提寺の僧侶の次に、味方の公家に相談される事が多いのだ。

宝の山だ。

公家様にとっては死活問題の情報かもしれないが、俺が使えば調略の仕放題になる。


たとえば、

武田家の御一門衆なのに穴山-信友あなやま-のぶともも叛気ありだ。

俺の情報網ではまったく疑わしい様子はないが、奴は疑われたくないと警戒し、公家の目から見ると距離を保っているように見える。

内心では焦っている証拠らしい。

つまり、裏切りを誘うならば信友のぶともからだ。


また、小山田-信有おやまだ-のぶありとか、母が信虎の妹で譜代の家臣なのに北条家とも通じていた。

まぁ、北条家との取次役だから疑われていないけど、情勢を見る気の使いようから間違いないと千代女も同意した。

今度、北条家の者も探ってみようと思う。


公家の皆さん、『改暦の義』の役職が欲しいらしく、必死に訴えて来てくれる。

それぞれ押しの領主が違うらしい。

足の引っ張り合い、暴露合戦を繰り広げてくれる。

本当にありがたい。

念の為に言うと俺は最初から甲斐や諏訪に天文観測所を建てるつもりはない。

言っていないけどね。

だが、俺が興味津々きょうみしんしんに聞き込みを続けるので勘違いして期待されているかもしれない。

そんな面倒な所に建てません。


ホンの些細な目線の動きからでも、その真意を探る。

俺のやる気を見事に読み切っている。

マジで公家は恐ろしい。

どろどろとした人間関係の隙間をすいすいと泳ぐ魚のようだ。

はっきり言って公家の情報網を舐めていた。

反省、反省、反省だ。


 ◇◇◇


魯坊丸ろぼうまる、最近は機嫌が良さそうだな」

「そんな事はございません」

「ほほほ、そういう事にしてやる」


部屋を移動中に晴嗣はるつぐに声を掛けられ、俺が答えると含み笑いを見せた。 

御所ではニヤつかないように心掛けている。

しかし、晴嗣はるつぐにはお見通しのようだ。

千代女に言わせると、報告書を読む時にニヤニヤと不気味な笑みを浮かべており、小姓らが気味悪がっているらしい。

自然の笑いが込み上げるのを我慢している為だが、そんなに変かな?


いずれにしろ、嬉しい話が多い。

まず、生野銀山から鉱脈が見つかった。

奥三河の金山も試験掘りを始めた。

三河に建てさせた神学校のガラス工房ではガラス細工の生産が始まった。

瑠璃碗はくるりのわん(ガラス細工)などは金のなる木だ。

同じく、笠寺の陶磁器研究所では透明なガラスの精製に成功したと報告も来た。

これで望遠鏡や双眼鏡の目途も立った。

次は量産の研究だ。


さらに、魚屋ととやから決算書が届くと鉄砲が完売した事を知った。

兄上(信長)が国友から買った旧式の種子島だ。

鉄砲量産に成功し、織田軍の鉄砲はすべて織田式鉄砲に変わった。

今となっては国友製の1,000丁以上の鉄砲が在庫となってしまった。

新しく造られた根来衆と国友の鉄砲は織田家と堺衆で共同に買って畿内で売っている。

畿内では旧式の鉄砲が売れない。

旧式と言っても性能は同じだ。

ちょっと耐久力が落ち、整備に手間なだけだ。


最近、根来衆と国友の鉄砲は織田製を真似て、部品の規格化を進めている。

つまり、部分的な交換ができる。

一方、旧式は規格品が1つもないので壊れるとそれでおしまいだ。

畿内では売れない理由だ。


織田式では当たり前になったライフリングも根来衆と国友では名匠が3ヶ月くらい掛けて、耳掻きのような道具で掘り続けて完成させる名刀ならぬ名鉄砲として扱われている。

名鉄砲って、何だ?

このライフリングの溝が美しいとか、鑑定するのか?

よく判らない世界だ。

ともかく、命中精度と飛距離の長い鉄砲が出始めている。

これは脅威だ。

そういう訳で根来衆と国友を強引に織田家と堺衆の管理下に置いた。

ライフリング式の火縄銃を敵に渡す訳にいかない。

もっとも時間の問題だろうが。

仕方ない。

量産できていない事だけが幸いと思っておこう。


それはともかく、それなりの値で不良在庫を一掃できた。

毛利様々だ。

決算書を見るだけで頬が緩む。

武器商人が儲かる訳だ。


魯坊丸ろぼうまる、楽しい事があるならば、分かち合うべきではないか?」

「特にありません」

「嘘を申すな」

「まだ、話が上がっておりません。いずれはお話を致します」

「そう言わずに、今言え」


俺はニヤけている原因を誤魔化した。

毛利家が手に入れた石見銀山を朝廷に差し出して幕府の管理下に置くようにと、毛利家から願い上げる使者が向かっております。

本当だ。

その毛利家の使者が数日中に幕府に到着する。


「生野に続き、石見も手に入れるつもりか」

「いいえ、尼子家がそれを許しますまい。毛利家はそれを見越して献上すると言っております」

「それを何とかするつもりなのだろう」

「時間は掛かるかもしれませんが、毛利家を後押ししてやってみようかと」

「ほほほ、それは楽しそうだ。近衛家も一枚噛むぞ」

「ならば、尼子家を脅して上納金をせしめては如何でしょうか。『毛利家はこう言っているぞ』と言えば…………」

「ほほほ、面白い。だが、近衛家は織田家と一連托生の道を進む。近衛家は毛利家に石見を預けるように動こう。脅す役目は山科に回す。山科は銭に色を付けぬ男だ。かならず、尼子家から分捕ってこよう」

「それがよいと思います」

「ほほほ、やはり魯坊丸ろぼうまると話すと楽しいのぉ」


巧く誤魔化せたようだ。

しかし、気を付けよう。

好事魔多しだ。

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