閑話.厳島の戦い
(弘治2年(1555年)10月1日)
「織田家の援軍はまだ来ないのか?」
「はて、何の事でしょうか?」
それを聞いて
その日、安芸の毛利家が滅びようとしていた。
天文23年/弘治元年 (1554年)の正月に『
筑前・豊前・長門・周防・石見・安芸の守護である
すべて
安芸の東半分を支配している
その事実を幕府が認め、守護代の補佐である又代か、あるいは分国の守護代にしなさいと言う命令を下し、その処置が終わるまで臨時の処置として許し状を頂いた。
これで幕府と
「同盟とは口ばかりか!」
後ろで聞いている
「通商同盟を勘違いされては困ります」
耳糞を取ると息を吹きかけて
「交易都市となった厳島の町か、交易船が陶軍に襲われなければ、織田家が助力する理由がございません」
「交易湊である草津城が奪われた。それで十分であろう」
「草津湊は毛利様が用意された湊であり、織田家が認めた交易湊ではありません。認めて貰いたいならば、千石船が着岸できる埠頭をお作り下さい」
「そんな言い訳が聞けるか」
「そうだ。戦を禁じていなければ、奪われておらん」
「戦を禁じたのは幕府でございます。織田家ではございません」
「兵を送れば援助物資を止めると言ったのは、そなたであろう」
「幕府の命に逆らった者に援助できる訳がございません」
同じ
織田家から借りると金利は年3割となり、
織田家に見捨てられた瞬間、毛利家は破綻する。
否、すでに破綻していた。
許し状を買い取る為に朝廷や幕府に送る多額の献金を織田家から借りた。
もう安芸の国主でもならない限り、返済は不可能だ。
「兄上(隆元)、織田家に一万貫文も支払ったと聞きましたが、何の為に一万貫文も払ったのですか」
「一万貫文分の働きをして貰うぞ」
「別に構いませんがよろしいのですか? 織田家の新造艦を厳島海峡に入れて、大砲がどんなモノかと披露するだけでございます。陶の水軍と戦う訳ではございません。勘違いされておりませんか? そもそも織田家は陶家とも『通商条約』を結んでおり、こちらから攻める事はできません」
「兄上(隆元)、どういう事ですか?」
「儂も知らん」
「間違いない。承知している。織田家の船が撃った大砲を見て、陶の者がどう思うかなど、我らの知る所ではない。要は使いようだ」
「織田家の船で草津を取り戻すのは?」
「頼める訳もない」
「それではただの木偶の坊ではありませんか?」
「陶の水軍と毛利の水軍が戦っている背後で大砲が撃たれれば、陶軍はどう思う」
後ろ盾に織田家がいると思わせるハッタリだ。
毛利家はもう返せないほどの借財をしている。
そんな木偶の坊に一万貫文も払った事に驚いて、
常軌を逸している。
「織田家も馬鹿ではない。毛利家が滅べば、その借財が紙くずに変わる。紙くずにせぬ為に、大量の鉄砲や火薬を売ってくれている」
「しかし、毛利家の台所は…………」
戦に勝っても借財で毛利家が潰れてしまう。
「勝ってから考えればよい。生き残らねば、お前は毛利家を潰した当主として、末代まで罵られる事になるぞ」
幕府が『
安芸の西南は厳島の神社領であり、毛利家を支持する領主も多かった。
そこで守護代になった
情報戦が飛び交った。
先に切れたのは
京で『改元の儀』が行われている頃、長門・周防・石見の領主に動員を掛けて
11月25日、出雲で
尼子は内乱状態になった。
これは大内軍と尼子軍の挟撃を避けたい
諜報戦においては
尼子家が内戦になった事で、
威圧だけの予定を変更して、城を力攻めに変えた。
同時に、
年が代わって、弘治2年になると
その勢いのまま草津湊を襲い、草津城も落城した。
厳島の宮ノ城を除くと、すべての城を落とされたのだ。
毛利家はその領民を
だが、幕府から
そして、遂に粘っていた
安芸統一の総仕上げであった。
府中方面から
宮ノ城を守る為に、
厄介なのは、
だが逆に考えれば、毛利水軍と村上水軍を叩き潰せば、安芸に敵はない。
毛利方は郡山に3,000人、小早川に1,000人のみであった。
宮ノ城を襲えば、毛利水軍と村上水軍が出てくる。
それを大内水軍で倒し、宮ノ城を陥落させた後、郡山に向かって進軍する。
今年の内に毛利家を滅ぼす。
そんな勢いで
◇◇◇
毛利家の忍びである世鬼(瀬木)の者が戻ってきた。
「
「よし、勝ったぞ」
宮ノ城を無視して郡山に全軍を向けられた場合、大内勢と毛利勢の泥仕合になってしまう。
吉田郡山城に大量の鉄砲と
力攻めをされると、2万人の大内勢を追い返せるか微妙な所だった。
「父上(元就)、どうなされますか?」
「討って出る。
「畏まりました」
「
「そのお言葉、待っておりました」
「
「直ちに向かいます」
世鬼(瀬木)の者も部屋を出ていった。
最後に
「織田家の船をお願いします」
「なるべく目立つ所に大砲を撃ってみせましょう」
指示が終わると改めて斥候を放ち、迫ってくる敵を確認する。
その一方で出撃の準備を始めた。
敵の陣容を確認した
当然ながら敵の斥候は始末した。
大内勢は毛利方が籠城すると高をくくっていたので、進撃の途中に突然に姿を現したように思えただろう。
まさか郡山城から討って出てくるなど思っていなかったのか、
安芸の兵は毛利軍の強さを知っている。
その中の猛将の
動揺する大内の兵の中を突っ切って、
追撃などせずに、毛利勢は突っ切った。
準備に時間を掛けたが、戦にはほとんど時間を掛けずに府中まで出た。
すぐに陥落すると思えたのだが宮ノ城は堅固な砦に変わっており、無数の鉄砲が鳴り響くと、兵が中々に前に進めない。
だが、鉄砲の数など知れている。
すぐに鳴りやむと思っていたが、一向に鳴り止む気配がないのだ。
「毛利は何丁の鉄砲を用意し、どれだけの玉を持っておるのか?」
「判りませんが、無限にある訳ではございません」
「押し出せ、玉をすべて使い切らせろ」
大内の兵が押し出せば、鉄砲が鳴る。
身を屈めていても鳴り止まない。
兵数にモノを言わせてごり押しで攻めれば簡単に落城したのだが、この程度の城で多大な犠牲を強いる事は避けたい。
毛利勢が籠城だったならば、悪い策ではなかった。
また、毛利水軍が到着するのも待っていたので焦る事はない。
城を落としてしまっては援軍が帰ってしまう。
その読みが、すべて
しばらくすると毛利・村上水軍が到着する。
多少の不利も数で補えば問題ない。
厳島から出ていった大内水軍と激突した。
海は慣れたモノで毛利・村上水軍が押していたが、数のモノを言わせて散会されると後手に回る。
気が付くと完全に取り囲まれて膠着した。
最初は海の男の強みが生かせたが、密集すると足場の悪い沼地と変わらない。
数で押し切られるのは見えていた。
そこに黒い帆船が現れた。
ズドーン、ズドーン、ズドーン。
三門の大砲が順番に火が放たれる。
その都度に大きな水柱が上がる。
毛利・村上水軍を取り囲んでいた大内水軍の兵は何が起こったのか判らない。
茫然とする。
帆船が反転して逆を向くと、再び大砲に火が走った。
それが反撃の狼煙だ。
毛利・村上水軍は温存していた
爆発すると底が抜けて沈没だ。
爆発の辺りにいるだけで重症を負う。
箱から取り出しては、火を付けて次々と敵の舟に投げ込んでゆく。
一瞬で勝敗が決まった。
ここから毛利・村上水軍の蹂躙が始まった。
宮ノ城も
大内の兵には黒い帆船も見え、水柱が見え、大内船団が敗走するのも見えた。
もう駄目だ。
一人が逃げ出すと、大内の兵は統率を失って逃走し始めた。
同時、対岸で見ていた桜尾城の
表返りだ。
海岸で茫然とする大内の兵の背後を襲う。
さらに混乱している大内軍に
もう大混乱だ。
海上では派手な大砲の音が鳴り響く。
武将達は何とか立て直そうと必死に粘るが、大内の兵は怯えて逃げ出していた。
もうただの狩り場であった。
毛利の大勝利に終わった。
◇◇◇
追撃を
大勢が決まると包囲していた
「父上、大勝利でございます」
「少ない兵力でよくやった」
「弟達も周防、長門、石見を奪う絶好の機会ですな」
「
「織田も祝ってくれるか」
「当然でございます。『
「大内家も陶家は滅んだ。誰が払うのだ」
「もちろん、次に守護になる方と守護代になる三ヶ国です。それが『
「ここに至っても銭の話をするのか?」
織田家の守銭奴ぶりに
だが、
「その土地は大内家のモノで、毛利家のモノではありません」
「何の為に我らが戦ったと思っているのか?」
「安芸一国と備後半国、それ以上は欲が深過ぎるというものです」
「弟らに何と言えばいいのだ?」
「
「ふっ、無理だな」
「尼子が黙っている訳がない」
「ならば、お諦め下さい」
駄目に決まっていた。
幕府が止めたとしても
また、
「尼子と戦うまでだ」
「そうなると、三ヶ国を横領した毛利家を討つ為に幕府が尼子に討伐の命を出す事になるかもしれませんぞ」
「
「安芸と備後だけでは、尼子と戦うには小さ過ぎます」
「耐えるしかない」
「今度は尼子を防ぐ為に、借財の日々になるだけではないか」
「返す目途もできました。織田家はいくらでも毛利家に銭を貸しますぞ」
「借金地獄から抜け出せんのか」
うおおおぉ、
あぁ、無情だった。
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