第3話 生野銀山の最盛期は月に銀150貫だ。

最近、知恩院を織田様の寺とかいう。

ご利用回数が多いのでそう思われるかもしれないが、いえいえ他の大名もご利用されていますよ。

知恩院で泊まると縁起がよいらしく、利用者が増えているそうだ。

俺が京に上がって連絡を入れると、利用していた領主らに他の寺に移って貰ったらしい。

申し訳ない。

色々と知恩院からも配慮を受けたみたいだが、俺からも酒を送っておく。

ホント、ちょっと優遇して頂いております。

大津に渡った翌日、俺は毎度おなじみの知恩院に入った。


魯坊丸ろぼうまるがいると公家様が来て格式が上がるかな」

「それは住職から聞いた」

「下の小坊主共までそう言っておった」

「美味い物が食えるとなると小坊主も口が軽くなると見える」

魯坊丸ろぼうまるが入ると公家様がやってくるからな」

「それは麿のことか?」


近衛-晴嗣このえ-はるつぐがにやりと笑う。

慶次は「どうかな」と素知らぬ顔をした。

二人は息が合うらしく、こんな冗談も許される。

晴嗣はるつぐはわざわざ大津まで迎えに来てくれた。


「ただ飯を欲しがる馬鹿者もいると思うが許してくれ」

「味方と思ってお迎えします」

魯坊丸ろぼうまるのお蔭に随分と助かっておるが、それでも困窮する者は多い」

「気にしておりません」


改元の儀はそういった困窮する公家に仕事を与える意味もある。

上司が京に上がって来たのであいさつに訪れるのは当然だが、その縁を辿って一緒にやって来る者も多くなりそうだ。

あいさつだけして家臣に振るつもりだ。

話は変わるが、知恩院の住職から風呂付の別院のご注文も頂いた。

もう旅館だね。

客が増えたので部屋を増やす感覚だ。


「千代、武衛屋敷の建設で育って来ている職人にやらせても大丈夫と思うか?」

「親方を何人か呼べば問題ないと思います」

「では、そうしよう。それが終われば、織田邸の建設もその者らに任せる」

「承知しました。そのように伝えて段取りさせておきます」


そんな感じで引き受けた。

他にも帝から頂いた土地に織田邸を建設中だ。

頂いた土地は右京。

南北は四条から六条、東西は道祖大路から西京極大路の四区画という。

その近くに廃城になった西院小泉城があった。


「織田邸はいつ頃できそうだ」

「まだ先です」

「待ち遠しい」

「期待するのは勝手ですが、織田邸は余り華美に走らないつもりです」

「ちょっと待て、それは困る」

「それは余も困る」


晴嗣はるつぐが慌てる。

同時に慶次と一緒に飯を食っていた公方様が制止した。

俺が知恩院に入ったと聞くとさっそく風呂に入りに来たのだ。

花の御所にも風呂は造っただろうに。

俺がそう言うと、「京の飯は巧いががっつりと食いたい事もある」と言う。

そう思うならすき焼きや牛丼を作らせればいいと思うが、京の料理人は格式(プライド)が高く、尾張料理なんて下賤な物を絶対に作ってくれないらしい。

知恩院ならば、がっつり食べられるので夜食を頂きに来た訳だ。


「ほほほ、素直に魯坊丸ろぼうまるに会いたかったと言えばいいのに」


公方様の返事を笑ったのが近衛-晴嗣このえ-はるつぐだった。

そんなに会いたいものか?


風呂から上がり、夜食を食べていた公方様が会話に加わって来た。

西院小泉城が質素だと何が拙いのか?


「余が入る場所だ。みすぼらしい屋敷など許さん」

「どうして公方様が入るのですか?」

「堅固な城を造っていると聞いた。何かあれば、織田邸に入って籠城する」

「籠城できるような城は造りません」

「何だと?」


城なら知恩院だけで十分だ。

桂川はときおり氾濫し、その度右京は水没する。

氾濫に供えて盛り土させ、その周りを石垣で囲って一段高くしていた。

決して堅固な城にするつもりはない。

ただ山から土を運んでくるのだが、北西の山沿いには寺と陵が並んでいて手が出せない。

仕方なく長岡から土を運んでくるという面倒な事をしていた。

長い土砂を運ぶ行列が名物になっている。

職に就けて喜んでいるだけでしょう。


西院小泉城は『応仁の乱』で焼け落ちたらしく。

無惨に焼け残った廃墟と化していた。

その残っている掘を間取りに使い、使える材木や屋敷の品を復元して、そのままリフォームしようと思っていた。

使えるモノは使わないと。

一先ず解体して盛り土の上に場所を移して建て直す予定だ。


「麿も見た事はないが、父上の話では『さいのしろ』はとても豪華絢爛な煌びやかな城だったと聞く。帝も元の姿に戻る事を楽しみにされているぞ」

「はじめて聞きましたよ」

「はじめて言った」

「実物を知らないので無理です」

「確か…………屏風絵が残っていたと思う。今度でも探して来よう」


嘘と言ってくれ。

安く上げようと思ったのにリフォームの方が高く付くのはどういう事だ。

計画を一からやり直しだ。

帝と公方様も『御成り』する気か。

工事はゆっくりと進めよう。

武衛屋敷が終わるまで本体工事は延期だ。


「そう言えば、武衛屋敷が完成するそうだな」

「本館のみですが、やっと再建できました。冬までには統雅むねまさ様に移って頂けると思います」


斯波-統雅しば-むねまさは安全を考えて、知恩院の北の見回り隊の宿営地に別院を造って入って貰った。

簡単に建てたように思われるかもしれないが、他の場所にあった廃寺を解体して組み直した中古物件だ。

鴨川の河川敷は兵を隠すには不向きであり、御所の前の二条通りから室町通りも御所の警備もあって厳重になって襲い難い通勤路になっている。

しかも宿営地の隣なので追加の警備も必要ない。


「あの煌びやかな銅瓦はいつ付けるつもりなのだ?」

「付けませんよ」

「帝も楽しみにされておる」

「銭に余裕がありません。今回は普通の瓦です」

「そう言わずに」


俺と晴嗣はるつぐが言い合いをしていると、公方様が「ならば、三好に」と言うがお断りした。

宮大工の人件費を除くと武衛屋敷の建設費は三好家から出ている。

貴重な木材は高く付く上に輸送費も馬鹿にならない。

三好の負担はかなり大きい。

今年は播磨攻めの手伝いもさせたのでもう限界だろう。


「だが、織田家から提供された『蝮土』で収穫量が上がるのであろう」

「技術を提供しただけです」

「ならば、収穫は?」

「収穫が増えるのは来年の秋以降です」

「難しいものだな」

「焦らないで下さい」

「まぁ、よい。明日でもまた聞くとしよう」


また毎日来ないだろうな?


さて、三好に提供したのは『蝮土』の劣化版だ。

牛や馬の糞や落葉などの堆肥に白石(石灰)の代わりに貝殻などを粉末にして入れる。

多少は性能が落ちるが肥料としては十分な効果がある。

白石を使わないので経費も安くなる。

摂津は海が近いので、その方がやり易いと思う。


しかも支払は銭ではなく、銅鉱石でもいいと言うと喜んでくれた。

摂津と丹波の境には銅鉱山が多いからね。

俺もウハウハ、三好も助かる。

鉱山と言えば、播磨の上の但馬には生野銀山もある。

埋蔵量が裕福な鉱山だ。


『銀の出ること土砂のごとし』


秀吉の天下統一を支えた銀山だ。

播磨の攻略が終わったと聞いて、但馬国守護の山名-祐豊やまな-すけとよにお手紙を書いた。

山師を送るので一緒に新しい銀鉱脈を探しませんか?

採掘権を半分貰う代わり、必要な経費はすべてこちら持ちだ。

織田家とよしみが結べる上に、取れた銀の半分が祐豊すけとよの懐に入る。

気前がいいって?

ふふふ、福石をすべて山分けする訳ではない。

銀石(輝銀鉱と自然銀)は山分けするが、屑の石(方鉛鉱ほうえんこう菱鉄鉱りょうてっこう銅鉱石どうこうせきなど)はこちらが貰う。

見た目が違うだけでどちらも銀だ。

銀がある所には銅もあり、その銅も価値がある。

こんな感じの約定を取り決めて戻って来た。

やっほ~!

堺の商人に話をつけて銭を出させるぞ。


「若様、採掘できるようになってからお喜び下さい」

「そうだな」


折角、銀鉱を見つけても銀鉱ごと誰かに掠め取られて、『捕らぬ狸の皮算用』になる事もある。

もちろん、簡単にさせない。

それでも奪われた時は、タダより高いものはない事を教えてやる。

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