閑話.粉塵爆発の再検証と使えない。

(天文23年 (1554年)4月29日)

沓掛と浜津(浜松)の行き来の舟の上だけがごろごろタイムの魯坊丸ろぼうまるです。

一ヶ月ほど浜津(浜松)で指示を出すと、すべてを信広兄ぃに任せて沓掛に戻ってきました。

一年でおおよそ完成させるハズだった境川の河川工事を5カ年計画に延長し、防備を兼ね備えた計画を中止して純粋な河川工事に限定し、ダムも中止して灌漑用の貯め池に変更しました。

余った銭を西三河に投入して街道と湊の整備からはじめています。

新米の黒鍬衆には新しい課題を与え、日夜精進して貰い、大饗おおあえ-正辰まさたつの手伝いで城造りの基本も覚えて貰おうかと考えております。

また、肥料になるハズだった『蝮土』の何割かを火薬の生産に回して大量生産に舵を大きく切りました。


「若様、まだ火薬の量が足りません」


千代女の報告によると、同盟国に工事用の火薬筒を融通する上に、兄上(信長)が大鉄砲隊の編成を決めた。

要するに、青銅で造った大砲を荷台の車に乗せたような部隊です。

小型の大砲なので戦場に持って行き易い。

20台の大鉄砲が一斉に火を噴く。

敵を威嚇するのに使う。

射角を調整すれば、正面の敵に発射する事もできる。

突っ込んでくる敵を人間ごと飛ばせる優れモノです。

後は、籠城した城で近づく事無く正門を壊せるくらいかな?

威力は限定的なのです。

しかし、演習で火薬を馬鹿ほど食う。

使用した弾は回収し、再加工を施して再使用している。

ともかく、銭食い虫です。


普段は『~だ』と強気に言う俺ですが、今日の気分は『~です』なのです。

えっ、気持ち悪い。

では、話し方を元に戻しましょう。


小型の大砲は鋳型に青銅を流し込むだけだ。

帆船用の大砲は後部開閉式なので、帆船用に比べると見習いの鍛冶師でもできるほど簡単だ。

もちろん、そこから特殊なのみでライフリングを削る訳だが、鉄砲に比べると図体がデカいので楽だそうだ。

一先ず、二砲を完成させて兄上(信長)に預けた。

織田家が大砲を使用し始めれば敵国も大砲を造り、いずれは攻城戦が大砲の打ち合いに変わるのだろう。


「若様、そんなに簡単にできるとは思いませんが?」

「織田家が大砲を持っていると知れば、南蛮人が九州・西国の大名に大砲と火薬を売るのさ。そして、大砲を手に入れた大名から大砲の模索品を造り出す。5年もしない内に西国には鉄砲と大砲が溢れる」

「そんなに早く広まりますか?」

「判らん。しかし、蒸留酒といい、すぐに模倣してくるからな」

「そうですね」


5年くらいも見積もってこちらも急がないと痛い目に合うのはこちらだ。

製鉄製のアームストロング砲が完成すれば、青銅製は同盟国に売ってもいい。

そうなると火薬がさらにいるので生産を拡大してゆく。

平行して薬莢やっきょうと迫撃砲の開発、少し違うが火炎放射器も造ろう。

さらに長距離の火箭かせん(ロケット)砲と大量殺戮さつりくの機関銃に進めて行く。

まずは鉄砲と大砲と火薬で大儲け、完全に死の商人だな。


「気が進まんが、手を止める訳にもいかん」

「そう言えば、開発部から火箭かせん(ロケット)花火の試作品が完成したそうです」

「そうか、今年の夏はそれで皆を楽しませるぞ」


そもそも武器を開発させている訳じゃない。

生活向上品と娯楽玩具が武器に転用されているのだ。

なんか複雑。


沓掛湊に到着すると、沓掛城主となった丹羽-長重にわ-ながしげが出迎えてくれた。

優秀な丹羽-長秀にわ-ながひでの方がよかったのだが、兄上(信長)のお気に入りだから譲ってくれなかった。

そこで長秀ながひでの一つ下の弟、丹羽-長政にわ-ながまさの三男である長重ながしげに城主になって貰った。

しかし、17歳と若すぎるので、父の長政ながまさが嫡男の長忠ながただに家督を譲って、沓掛城の傅役として入ってくれた。

実際は長政ながまさをヘッドハンティングしたようなモノだ。

そうでなければ、17歳の長重ながしげに城主が務まる訳がない。


俺としては望月家の誰かでもよかったのだが、兄上(信長)が新参者を拠点の城主にする事に難色を示した。

兄上(信長)はなんんだ身内贔屓が酷い。

そのお蔭で俺も助かっているのだけれどね。

一門を見回したが、信広兄ぃのような浪人はおらず、残るのは脳筋ばかりだ。

そこで家中の中で探した。

兄上(信長)は才能のある者より長年に渡って仕える者を大切する。

長政ながまさに城を任せると言えば、納得してくれた。

しかし、才能より長勤の者を優遇する癖を直した方がいいと思う。

新参者が不満を感じて謀反を起こすぞ。


長重ながしげらは二の丸を使い、本丸は俺の為に空けてくれている。

俺は沓掛城の本丸に入った。

俺の役職は西遠江守護代と知多奉行を兼任する。

何故か、知多奉行の管轄に熱田湊の管理まで含まれていた。

統治じゃなく、管理だぞ。

統治は清州で管理だけが俺って何だよ?

別にいいけどさ。


俺の家臣の正辰まさたつが三河守護の相談役をしているので、三河守護相談役補佐という長い役職もあったりする。

さらに言えば、守護相談役も解任されていない。

解任されていないので清洲の仕事を回してくる。

公方様より蟄居を言い渡されているのでおおやけの場に出られない。

評定や会議にでない分だけ楽ができる。


今月、やっと斯波-義統しば-よしむね様の葬儀が行われる。

こんなに遅くなったのも公方様の所為だ。

大方の予想通り、『天下静謐てんかせいひつ、及び惣無事令そうぶじれい』の発布なんてなかったように騒動が起こった。

公方様は怒って停戦の手紙を送った。

管領義統よしむね様の代わりに統雅むねまさ様も収拾を手伝わされて、尾張への帰国が三回も延期され、兄上(信長)への輿入れも四度目の延期が決まった。

公方様が播磨への出陣を決めた事でやっと帰国できたのだ。


「蟄居をぎ取って正解だったな」

「そうですね。蟄居されていなければ、今年中に尾張に戻って来られなかったかもしれません」


俺は雑用を片づけてゆく。


 ◇◇◇


(天文23年 (1554年)5月1日)

沓掛に戻って来た翌日は『粉塵爆発』の実証試験を行う。

火薬の不足の解消の為だ、

火薬を増やすと肥料が足りなくなる。

干鰯ほしかなどで代用させているが、それも限度というモノがある。

しかも『蝮土』が一年で完熟とするのと違って、『火薬』には三年の歳月が必要になる。

今年、増産しても取れるのは早くて、火薬になるには2年間が必要だ。

つまり、代用品が欲しい。

千代女の願いだ。


そこで思い付いたのが『粉塵爆発』だ。

今日、5月1日は天候に恵まれた。

浜に近い中洲の広場で無風に近かったので実験を決行だ。

俺達はローマンコンクリートで固められた土手の向こうに退避する。

流石に戦場で使った同規模を再現できない。

六角形の配置された供物台を六個組み合わせた。

供物台の周辺に木偶でくぼうの木の人形を配置する。


「では、落下させます。用意」


手を上げて合図を送る。

向こうの作業者が縄を引いて小麦粉が倒れて飛散する。

遠く離れた退避場所から火矢が飛び、粉塵の中に消えた瞬間が爆発した。

土手の上にも風が通り過ぎた。

予想通りだった。


「若様、威力が弱過ぎます」

「むしろ、これが普通だと思うぞ」

「そうなのですか?」


粉塵爆発は坑道や密閉された倉庫などでは火薬に相当する爆発力が生まれる。

拘束のない広場では力が四散して威力が軽減される。

しかし、粉塵の中にいた木偶でくぼうは真っ黒に焼け、バラバラになった物もあった。

周辺の木偶でくぼうも黒くなり見事に倒れていた。

しかし、その外側はまばらだった。

すぐ近くに造った塹壕の土がひっくり返って、落とし穴を埋めるほどではない。

千代女が期待していたほどの威力ではなかった。


俺からすれば十分な威力だ。


そもそも俺は『六道地蔵の戦い』の初撃の爆発で今川-義元いまがわ-よしもとを倒せるとか思っていなかった。

第一陣の乞食兵は突入しており、粉塵の中に入って来た。

第二陣の農民兵は粉塵の際まで近づいていた。

この2つが無力化できれば十分であり、第三陣の今川の兵が動揺している間に前後から挟撃して南の菊川に逃げる布石だった。

そこから俺自身が囮となって全軍の追撃を引き受ける。


「その為に精鋭の忍び500人の姿を見せた訳ですね」

「そういう事だ。粉塵爆発で敵が逃げてくれれば幸い。動揺している間に逃げるのが構想だ」

「確かに、そう聞いておりました」


そうだ。

俺の独立愚連隊の本隊は南ではなく、北に隠した。

500人の忍びも囮だ。

あの『桶狭間おけはざまの戦い』のように今川-義元いまがわ-よしもとを戦場に引き出し、背後から襲って暗殺するのが本来の作戦だった。

まさか、初撃の爆発であの世に行くとは思ってもいなかった。


同時に塹壕を掘った土で生き埋めになりかけるのも想定外だった。


原因は何なのか?

丘と丘の合間で窪地のような皿状だったのが幸いしたのか?

ドーナツ状の配置か?

中央の小さな丘があったのが良かったのか?

判らない。

ともかく想定を上回る威力が発揮された。


そのお蔭もあって楽々と逃げ果せた。

一万人以上の敵兵の追撃を1,000人で殿しんがりをするのを楽しみにしていた慶次には悪いが、最小の被害で済んだのは幸いだった。


「もう一度配置して下さい。次は火矢をもう少し早く撃ってみます」


千代女は中々に諦めない。

矢を打つタイミングを変えたり、供物台の配置を変えたり、色々やってみる。

予想を超えない。

しかも風が出てくると爆発もしなくなった。


「千代、納得できたか?」

「火薬の代わりにならないのは判りました」

「やはりならんか」


俺もそう思っていた。

使える場所と使い方が限定過ぎるのだ。

そして、重要な事が判った。


火矢を打つタイミングだ。

丁度、粉塵が広がる直前であるのが理想だったのだ。

火矢が早過ぎても、遅過ぎても爆発しない。

意外だったよ。

今更、よく爆発してくれたと冷や汗をかく。


「お市様の強運も大概だと思っておりましたが、若様も強運の持ち主だとよく判りました」

「お市程ではないだろう」

「いいえ、お市様に負けません」


千代女によくこんな不確かな策に命を賭けたと呆れられた。

おそらく、場所、風、火矢を打った頃合いとすべてが巧くかみ合ったとしか思えない。

奇跡のような瞬間だったのだろうと千代女が言う。


「もう二度と、こんな無謀な賭けはお止め下さい」

「俺もそう思った所だ」

「絶対です」


もう二度と粉塵爆発を使う事はないだろう。

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