閑話.魯坊丸の3分クッキング。

(天文22年 (1553年)7月22日夜)

まず材料を説明する。

メインのお魚は、浅井-久政あざい-ひさまさ、27歳。

うだつが上がらない当主であり、父の亮政に比べられる可哀想な立場に置かれ、本人の意志と関係なく、三好家と組んで六角家から離反した苦労人だ。

家臣にいい所を見せないと面目が立たない。

それで六角家と正面から喧嘩を売るとか馬鹿ですよ。

最初から虎の威を借りる狐に徹する策を取ればよかったのに。

阿呆が!


それに添えるもう一匹の魚が朝倉-宗滴あさくら-そうてき、76歳。

もう年だろ、引退しろよ。

30万人の加賀一向宗を壊滅させたチートな爺さん。

敦賀郡司だが、実質の国主だ。

川勝寺口の戦いで三好にも勝っている。


『武士は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候』


勝つ為なら親兄妹を斬り、道徳も捨てて戦ってくる。

何をやってくるのか、まったく読めない。

勝てない戦を仕掛けて来ないと思っていたのに計算違いもいい所だ。

糞ぉ、何が狙いだ?


使うフライパンは鞍掛山。

後ろは山と湖で狭まっており、退路もない。

こちらに陣取ると『背水の陣』だ。

敵兵は死ぬ気で突破を仕掛けてくるに違いない。

死兵ですよ。

必死に向かってくる敵は嫌だな。


まず襲ってくる敵に投網を投げて捕獲する。

魚の生け捕りだ。

そこに蒸留酒を投げ込んで酒の味でこんがりと焼き上げる。

だが、爺さんは焼いても食えそうもない。

きっと生焼けだ。

味方の屍の山を越えてやってきそうだ。


お皿は深いものを使う。

一夜で造る落とし穴だ。

それを山盛り焼き魚で埋めて踏み台にして越えてくるような気がする。

駄目だ。

止まらない。


ならば、沖釣りに変えるか?

玉杓子おたまで油を掬って上から掛ける。

湿地帯に舟を用意して横から熱い鉄の玉を振り掛ける。

ぱちぱちぱちと鉄砲200丁。

これで両面がこんがりと焼ける。


「若様、先ほどから何を焼いておられるのですか?」

「漁師から魚を貰ったので、新しい料理としてオイル焼きの魚料理を教えている所だ」

「久政とか、宗滴とか、物騒な名前が出ておりましたが?」

「この二匹の魚の名前だ」


浅いフライパンに油を垂らし、魚を焼きながらオイルを掬って上から掛けて焼く。

魚のオイル焼きだ。

下の油と上から掛けた油でほどよく調理する。


「朝倉宗滴が出てきて不安になるのは判りますが、料理を作る時に不穏な言葉を発しないで下さい。周りの者が不審がります」

「料理をしていると落ち着くのだ」

「考え事をされながら料理をされますと、こちらがハラハラします」


千代女から初見殺しの準備が出来たと報告が来た。


「では、この魚に薬味も揃った訳だ」

「普通に考えれば、我らの勝ちは揺らぎません」

「まだ足りない」

「まだですか」

「あの爺さんは普通じゃない。向こうから先に火薬玉を使ってくるくらいは覚悟する必要がある」

「数はなくとも、音で動揺した兵の一瞬を狙って突撃ですか」

「そうだろうな」

「それで大勢を決めてくるのですね」

「火薬玉とは限らん。夜襲、朝駆けはもちろん、戦口上をしている最中でも油断できない。絶対に先に仕掛けてくる」

「承知しております。ですが、この魚を若様一人でお食べになるのですか?」


気が付くと、久政と宗滴と名付けた魚をもう20皿以上も焼いていた。


「千代、食べるか?」

「一皿で十分です」

「慶次、他の者も酒の肴にしろ」

「御相伴にあずかります」


慶次が箸を付けたので他の皆と食べてくれる。

魚はこれで解決だ。

さて、どうしたものか?


「まだ、焼く気ですか?」

「考えがまとまらん。このように巧く焼けてくれん」

「明日、手が上がらなくなりますよ」

「これで終わりにする」


ごろごろして名案が浮かばず、料理をしても気が晴れない。

俺はぱちぱちと弾ける油をじっと眺めた。

フライパンに魚を置くと竃に乗せて焼く。

魚を並べるのもフライパンを持っているのは料理人だ。

俺の腕力でフライパンを竃における訳もない。

玉杓子で油を掬って掛けているのも俺じゃない。

千代女がさせてくれない。

仕方ないので俺は台座に乗って玉杓子を持ちながら指示を出すに留めている。

それでも近づき過ぎと千代女が心配そうに見ていた。

心配症だな。

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