第50話 鞍掛山の戦い。(はじまった瞬間に終わりました)

(天文22年 (1553年)7月22日)

本日は晴天なり。

風もなく波も静かで湖畔もいつもより透き通って見える気がする。

戦だと言うのに漁師達は何もなかったように漁に赴く。

朝の報告を聞くと城に上って打ち合わせになる。


「若様、お顔が酷いですよ」

「寝つきが悪かった」

「白粉で隠しておきます」


寝ている最中に何度も目が覚めた。

鉄壁に7重の防御壁を考えたが、朝倉-宗滴あさくら-そうてきの爆発に耐えられるのか自信が持てない。

何をしてくるか判らない奴がこんなに厄介とは思わなかった。

朝食も魚だ。

兵に投網を投げる練習をさせているので、そこで取れた大漁の魚に漁師達が大喜びして沢山納めてくれている。

魚を一摘み、味噌汁を口に注いだ。

味噌汁が美味い。


「若様、京より早馬で知らせが」


紅葉が書状を手渡してくれた。

小さく折りたたんだ書状を開いて目を通す。

それを千代女に渡して、俺はがっと立ち上がった。


「登城する。準備を急げ」


トラトラトラ、我奇襲に成功せり、京から爽やかな秋風が吹いてきた。


「帝がよくお許しになりましたね」

「何でも頼んでみるものだ。晴嗣はるつぐに感謝だ」


近衛-晴嗣このえ-はるつぐが帝を動かした。

調略の切り札だ。

畿内を騒がす浅井を討伐して早く京に戻って来なさいと言う内容だが、これで浅井家は朝敵となった。

朝倉も朝敵に手を貸すとなると家が滅ぶ。

というか、味方した時点で越前まで攻め込む事になる。

ははは、流石にこれで手を出せまい。


「若様、この情報は?」

「こちらに届けると同時に小浜にも流すように言ってある。遅くとも昼までには敦賀に伝わる」

「本隊には間に合いそうですね」

「あぁ、間に合った。折角、小谷城へ出撃したが引き返すしか道がなくなった」


宗滴は昨日の内に敦賀を出発し、小谷城に向かったらしい。

もしかすると、久政と一緒に鞍掛山に来るかもしれない。

だが、要は戦いに参加させなければいい。

晴嗣と言うジョーカーで無力化する。


朝倉の強気な姿勢の1つに避難している公家の存在がある。

多少の無理をしても朝廷を使って公方様との仲を修復できる。

そんな思惑もあり、力で強引に無理を通す事ができる。

その公家も使えない。

宗滴も足利家を滅ぼし、朝廷も排除して日本国の国王を目指すほど馬鹿じゃない。


「急ぎ、登城して晴嗣を迎える準備をせねばならん」


朝、京を出発した晴嗣は兵100人を連れて、日が暮れる前に観音寺城かんのんじじょうに到着する。

決戦に間に合った。


「千代、これで第四策の『公方様と浅井-久政あざい-ひさまさの直接対決』が使える」

「おめでとうございます」

「勝ったな」

「はい、若様の大勝利でございます」


これで久政は公方様に勝てば、六角との対等な同盟を結べると言う好条件から逃げられない。

もし断れば、公方様ではなく朝廷に恭順せよと家臣らを調略すると言って脅して貰う。

首筋が寒かろう。

すぐに内乱が起こって、久政の首を晴嗣に差し出してくれるハズだ。

久政は絶対に断れない。


「仮に負けても俺に被害がないのがよい」

「負ける気もないのに、それを言いますか」

「気分の問題だ。終わらせるぞ、千代」

「はい」


俺は着替えを終えると観音寺城に上がって公方様と面会した。

錦の御旗が援軍に来たと聞いて喜んでくれた。


 ◇◇◇


(天文22年 (1553年)7月23日)

昨日の内に鞍掛山に浅井久政のみがやって来た。

朝倉宗滴は小谷城で後詰に残ったようだ。

俺としてはどちらでも良い。

夜の間に近衛晴嗣が公方様の使者と共に明日伺うと連絡を入れた。

約束通り、昼前に向かった。


「右大臣様、我ら浅井家に朝廷を敵にするつもりはございません」

「こうして世を騒がしているのは事実であろう」

「それは公方様が仕掛けた戦でございます」

「言い掛かりは止めろ。公方様に責任を押し付けるつもりか」


公方様の交渉人には細川-藤孝ほそかわ-ふじたかが選ばれた。

公方様が京に戻れないように謀略を巡らしたとつらつらと語り、否定した久政に『ならば、その証拠を出せ』と悪魔の証明を付き付けたらしい。

証拠がある方がおかしい。

はじめから画策していないので証拠などある訳もない。

体も大きく武力馬鹿に見えた藤孝は割と雄弁な知性派だった。


こうして、一方的な公方様からの挑戦状を久政は受けた。


『浅井久政は24日の日の出から日の入りまで鞍掛山を死守する』


浅井家の力を示せ。

東の山から太陽が離れた瞬間から再び西の山に触れるまで、鞍掛山を守り切れば六角家との対等な同盟を認める。

さらに北近江の守護に京極高広を認めると言う好条件だ。

久政は勝てば、すべてが手に入る。


「無理だ。我が浅井家は六千しかおらぬ。二万五千の大軍を相手に持ち堪えられる訳がない」

「なるほど、それも一理ありますな」

「一理ではない」

「ならば、こちらもほぼ同数の兵でお相手しましょう。それでもご不満がおありか」


藤孝の挑発に浅井家の家老らは乗った。

ちょろ過ぎる。

帰ってきた晴嗣の話を聞いて俺は呆れた。


 ◇◇◇


(天文22年 (1553年)7月24日早朝)

死ぬほど働かされた。

公方様の兵が1,000人。

後藤-賢豊ごとう-かたとよ蒲生-定秀がもう-さだひでの兵が6,000人。

俺の兵が1,000人の計8,000人だ。

同数じゃない。

公方様の方が多い?

誤差だ。

いいのだよ。


後藤と蒲生は自前の兵は少しで六角家でも血気盛んな者も配下とした。

六角-義賢ろっかく-よしかたも調整に苦労したらしい。

皆、参戦したがった。


それは織田家も同じだ。

第一陣で到着した信広兄ぃが参戦したいとか駄々を捏ねて、義賢様に頼んで認めて貰った。

恥ずかしいったらありゃしない。

という訳で、600人の予定が1,000人に増えた。

誤差が増えたのはこういう理由だ。

昨日の夕方に第二陣が到着し、森-可行もり-よしゆき伊丹 康直いたみ やすなおが決戦の話を聞いて参戦を願い出てきた。

無理だ!


「一生のお願いでございます」

「公方様と一緒に戦えるなど二度とございません」

「諦めろ」

「どうしても無理とおっしゃるならば、ここで腹を掻っ捌いて散るつもりでございます」

「好きにしろ」


準備で忙しいのに土下座をされて頼み込まれた。

絡まれた。

しつこく後を付きまとわれた。

根負けです。

慶次の配下だぞ。

それでも良いらしい。

100人だけ入れ替えて参戦させる事にした。

馬鹿ばっかだよ。

信広兄ぃの手紙で公方様の参戦を知った兄上(信長)から決戦を一日遅らせろとか言って来ました。

出来るか!

いくら何でも無理ですよ。


夜を徹して八風街道を走って向かっているそうだ。

それと斯波-義統しば-よしむねの参加とか何ですか?

そう言えば、美濃の斎藤-利政さいとう-としまさも参戦を決めたらしい。

息子の高政たかさまも頑張って2日で松尾山城まつおやまじょうを陥落させた。

かなりの被害を出した。


一方、玉城たまじょうは一人も死者は出ていない。

調略に応じており、公方様から特別の降伏を許すと言う書状を貰いに来た。

今日中には書状が届いて開門するだろう。

今朝になるか、昼になるかは間者の頑張り次第だ。


斎藤家への降伏が特別に許される事になったので、その後は一気に調略が進むだろう。

但し、鞍掛山の攻防が長引けばの話だ。


山が明るくなって日の出が近づいて来た。

お祭りでもするような高さ33尺 (10m)の神輿10台が三方に配置され、その前に鉄砲隊200人を分散して置いた。

日が出始めると公方様が芹川の際に馬を進める。

特別に公方様による戦口上が聞ける訳だ。

予想外の人選に向こうの武将が慌てて、久政を呼びに行った。

公方様に釣り合うのは一人しかいない。

久政が前に出て来た。


「久政、久しいな」

「お久しぶりでございます」

「お前が余に逆らうなど思ってもおらなんだ」

「逆らっておりません」

「余を誑かした罪は重いぞ」

「そのような事はしておりません」

「その程度の言葉で余が信じると思うのか」

「真実でございます」

「ならば、それを力で示せ。そちに力があるならば信じてやろう」

「証明してみせます」


公方様と久政が元の位置に戻ってゆく。

久政は兵の最後方だ。

川から軽く500間 (900m)はある。

大弓でも届くかどうか怪しい距離だ。


太陽が昇って山から離れる。

久政が一尺ほどの棒状にはぐまという細長く垂らした『采配さいはい』を振り上げた。

朝廷の使者である晴嗣はもっとも見やすい場所で高みの見物中だ。


「若様、はじまります」

「千代、違うぞ。終わるのだ」

「そうでございました」


久政が力を込めて采配を振り降ろそうした瞬間、ババババーンと一〇丁の鉄砲の音がした。

通称『ものほし竿』だ。

銃身が倍近く長く、なんちゃってライフリングを装備した狙撃銃である。

550間 (1000m)でも貫通力が維持できる優れもの。

命中率が今一つなのが欠点だ。

だから、神輿の上に10丁のものほし竿で三方から一斉射撃をやってみた。

かなり以前に兄上(信長)に言っていた初見殺しだ。

真っ赤な鮮血を飛ばして、久政が馬から落ちていった。

ばたん、敵将は逝った。

敵も味方も唖然としている。


バババババーン。

予定通りに普通の鉄砲200丁が火を噴くと対岸の敵が数人倒れた。


「掛かれ!」


棒立ちの敵に目掛けて公方様と慶次だけが突撃を命じた。

始まったのは蹂躙である。

終わったな。

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