第49話 磯野員昌の残念無念。
(天文22年 (1553年)7月21日朝)
ちょっと待て?
俺は
観音寺城に一室を設けると言ってくれたが、忍びが引っ切り無しに出入りするので使い勝手が悪かった。
この別邸は豊浦(豊良)に面しており、情報が集まり易い。
と言っても、この別邸に500人も入れないので100人を残して赤田に移している。
後続の信広兄ぃも赤田に入って貰う。
鞍掛山の攻防で
「おい、どうして朝倉軍が動いているのだ?」
思わず声を張り上げてから慌てて口を押えた。
あり得ない。
(朝倉)
「若様を今の内に叩かないと危険と感じたのでしょうか?」
「分が悪過ぎる」
「そうでしょうか? 三好、今川、さらに清洲の統一を為したばかりです。今の織田家に余力はありません」
「あるように見せているだろう」
「普通の方にはそう見えていると思います」
戦後処理として俺は美濃に約束の銭を渡した。
その銭で斎藤家は米を買った。
災害に援助でもしたように見えただろう。
さらに三河にも兵糧を送った。
尾張国内では兄上(信長)が氾濫被害の領主を助けると言っている。
そして、近江へ戦の手伝いだ。
誰もが織田家の底が見えないと思っている。
流石に底が付き掛けている。
その弱みを見せないのも戦略だ。
千代女の目が違うと言っている。
「若様、火薬の入手が困難な事を宗滴殿は承知でございます」
「敦賀や三国湊にジャンク船が来る事があったな」
「織田は今まで備蓄した火薬をすべて吐き出したと考えているのでないでしょうか?」
「なるほど」
そりゃ、思われるわ。
清洲会議の
邪魔な大岩を発破(ダイナマイト)で破砕する。
このような農作業でも使用するほど火薬を保有していると言う見栄を張った。
逆に疑われたと言う事か。
実は空気が乾燥する冬場に火薬作りの作業を行っている。
春になれば新たに補充できる。
南蛮船は関係ない。
春までの我慢だ。
火薬玉を量産するほどはないが、鉄砲や農作業の発破くらいならば問題ない程度の備蓄はある。
「来年も3,000発の花火大会はありませんから」
「判っているよ」
ぐすん、俺は少し前の事を思い出して涙を流す。
俺の花火用の火薬を奪われた。
空に白い線を描く300発の小型花火と空に大輪の華を開く10発分の花火を製作する為に残していた試験用の火薬が千代女に奪われたのだ。
「奪われたと人聞きの悪い事を言わないで下さい」
「事実じゃないか」
「優先順位の高い方に回しただけです。来年になればお返しします」
元々は花火を打ち上げる為に火薬の大量生産をした事を忘れていませんか?
花火は俺の趣味ですよ。
火薬玉の一斉投下には俺もびっくりした。
威力が強すぎて危険だ。
鉄砲が霞む。
あれをお互いに使い始めたら大量虐殺になってしまう。
そんな事に火薬を使いたくない。
空に打ち上げて皆で楽しむのが健康的だ。
「空に打ち上げて浪費するのもどうかと思います」
「花火は綺麗だぞ」
千代女が困ったという顔をして溜息を付く。
この話になるといつも平行線になる。
大切な事なのでもう一度言っておきます。
火薬玉は花火を作っている過程で出来た失敗品です。
花火が主で、火薬玉がついでだ。
この戦国の世だから
強すぎる力は身を滅ぼす。
好き勝手など許されない。
「若様は十分に好き勝手しております」
そんな事ないよな。
◇◇◇
さて、浅井勢の動きだ。
磯山城の
しかし、(蒲生)定秀の陣地構築を見過ごせないと(磯野)員昌が襲い掛かって鞍掛山を奪取した。
(蒲生)定秀はしつこく鞍掛山に拘った。
(磯野)員昌が折角奪った鞍掛山を失うのが勿体無いと死守に拘る。
小谷城から帰ってきた(磯野)員清は佐和山城に戻ってくると、
「(浅井)
「どれくらいと思う?」
「はっきりと申せませんが、2,000人以上かと」
「釣れたな」
「はい」
「(後藤)
「それがよろしいかと」
犬上川の手前に(蒲生)定秀が陣を張っているが前進して、(後藤)
そして、(蒲生)定秀が陣を張っている場所に(六角)
六角2万5千人、織田の援軍を入れると3万近くになる。
本陣を作るだけでも中々に大変な作業だな。
俺が造る訳じゃないからいいけどね。
◇◇◇
(天文22年 (1553年)7月21日朝)
(磯野)員昌が難しい顔をして(蒲生)定秀の兵を見下ろしていた。
取った首は100人を超えた。
対するこちらの被害は30人と少なく大勝利だった。
陣地構築の先遣隊の被害が2割に近づき、六角の士気がボロボロになって来ている。
対する浅井勢の士気は高い。
無策、余りに酷い采配に(蒲生)定秀は無能者と罵られていると間者から報告が入っている。
一先ず、引いて出直すか?
残る500人で全面攻勢に転じるか?
「殿、何を難しい顔をされておるのですか」
「(蒲生)定秀は無能者だと思うか」
「多数を持ちながら少数で当たる無能者でございます。楽に勝たせて貰っております。味方の援軍も来て一息付きました。この勢いでこちらから攻めては如何でしょうか」
「それはできん」
昼になれば、援軍が到着する。
それまで鞍掛山を死守するのが(磯野)員昌の役目だった。
六角勢の士気はガタ落ちであるが、十分な休養を取っているので勢いは止まらない。
対する味方は士気が高いだけで一昼夜戦い続けて心身ともにズタボロであった。
今は全軍で攻勢に出られたら一溜りもない。
「全面攻勢に出て来てもおかしくない。注意を怠るな」
(磯野)員昌は佐和山城に戻っている叔父の員清に(蒲生)定秀が全面攻勢に出た場合の援軍の準備を頼んだ。
鞍掛山を奪った勢いで佐和山城か、丸山城のどちらかを襲う。
「六角も援軍をさらに送ってくる。乱戦にしてこちらの兵を削るつもりだ」
「まさか?」
「乱戦に持ち込まれれば、こちらに勝ち目はない。嫌らしい手だ」
「殿、如何致しましょう」
「何としても鞍掛山を死守して乱戦を避ける。こちらの勝機はこの前哨戦を勝ち切り、(六角)
(磯野)員昌は連勝するしかないとそう意気込んだ。
だが、やはり少数での攻勢にとどまった。
予定より早く昼前から味方の援軍が次々と到着して、やっと(磯野)員昌が肩の力を抜いた。
援軍の到着と同時に(蒲生)定秀の攻勢が止まった。
援軍を迎い入れると守備を代わって貰う。
(蒲生)定秀はやはり無能なのか?
体を休めながら(磯野)員昌はそんな事を考えた。
真綿で締め付けられるような攻撃に焦れていたのに最大の機会を見逃してしまった。
(蒲生)定秀は陣地に失敗し、城取りの機会を失った。
それとも我が援軍の到着が予想以上に早かったのか?
(磯野)員昌は考えてしまう。
本隊の援軍が到着しては鞍掛山を取る事は不可能になった。
何がしたかったのだ?
夕刻、仮眠を取り終えた(磯野)員昌が再び鞍掛山に登った。
眼下に六角家の旗がたなびいていた。
兵の数は5,000人以上だ。
その中心に六角家の家老である後藤の旗が見えた。
敵の本隊が来るのが早過ぎる。
観音寺城で宴会をしている噂は何であったのかと首を捻った。
「しまった。これが狙いだったのか」
後方から次々と新しい旗が近づいてくる。
六角勢は佐和山城、丸山城で籠城されるのを嫌った。
さらに街道を通る為に物生山城、菖蒲嶽城、磯山城を陥落させなければならない。
それが終わっても菖蒲嶽城と入江湖に挟まれた場所で決戦が待っている。
六角勢は大軍の利が生かせない。
一方、こちらは伏兵を隠し易く、少数の奇襲を掛け易い。
その地の利を捨ててしまった。
ここで浅井勢が引く素振りを見せれば、六角勢が追撃を掛ける。
数で劣勢な上、主力を失っては勝てない。
引くに引けない状況が作られ、鞍掛山が主戦場になってしまった。
勝ち戦に騙された。
(磯野)員昌も一当てして鞍掛山から引くつもりだったのに、勝った事でノコノコと居ずわってしまった。
(蒲生)定秀に騙された。
一生の不覚。
(磯野)員昌はたなびく旗を睨み続けた。
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