第48話 鞍掛山の戦い前哨戦。

(天文22年 (1553年)7月19日)

まだうっすらと霧が掛かる早朝に湊を出港して観音寺城を目指す。

明るくなるに連れて右手から鈴鹿山脈の山々の輪郭がはっきりと見えてくる。

左手に見える伊吹山の脇が明るくなってきた。

日の出だ。

光り絨毯が目の前に広がった。

この道は尾張へと続いている。

俺はもう帰りたい。

何故、公方様と同じ舟に乗せられているのだ。


「さぁ、魯坊丸。あらん限りの知恵を吐け」


公方様は活き活きとそう言った。

ふぁ~、眠い。

目を線のように細くして大きな口を開いた。

説明するのも面倒だ。

誰かやってくれないか?


こちらに来る前に六角 義賢ろっかく-よしかたと相談していた策のほとんどが公方様の余計な一言で雲散霧消うさんむしょう(雲や霧が晴れるように跡形もなく消失)した。

つまり、調略ができない。

敵が弱すぎても、降伏しても見せ場がなくなる、

その為に決戦を求めた。

判りますよ。

公方様の意図は判ります。

判るけど、それって面倒だよね。

俺は浅井家との決戦の前に調略で可能な限りの戦力を削ぐつもりだったのに。

ぐすん。


策その1、

佐和山城さわやまじょうに入った磯野-員昌いその かずまさは頑固そうなので力攻めするとして、他の城は調略で落とす。

〔こうして犬上郡(彦根町・北青柳村)から坂田郡の鳥居本村を通過する〕

米原から先は平野部となり、大軍の利が生かせる。

つまり、米原までちまちまと六角の兵を使って侵攻し、米原を確保した後に援軍を要請するつもりだった。


米原に集結した後に小谷城へ進軍を開始し、小谷城の眼下で陣を張ると、今度は蜘蛛の巣のように各部隊を城の攻略に分散する。

湖北の城がすべて落ちるか?

痺れを切らした浅井-久政あざい-ひさまさが決戦に挑むか?

その選択権をあちらに譲る。

これは各武将の不満がでないように活躍の場を残した。

調略するのも力攻めするのも好きにしろって事だ。

但し、(浅井)久政が討って出て来て、降伏した後はこちらの指示に従うのが条件の城攻めを許す。

好き勝手にやらせん。

すべて城を陥落させてから小谷城に挑むのか、小谷城を陥落させてから湖北を統一するかの違いであってやる事は変わらない。

すべてを10日間で終わらせる予定であった。

調略が進めば進むほど楽に終わる。


阿呆な公方様が調略を否定された。


策その2、

朝倉が援軍に来た場合だ。

この場合は姉川を挟んで決戦を行う。


『姉川の戦い』


六角が浅井と対峙して、織田は朝倉を引き受ける。

もちろん、六角の兵も借りる。

チートな爺さんが相手なので厄介だ。

この戦に勝てば、朝倉に和議を持ちかけて終結させる。

サクサクと終わらせて帰国するつもりだった。


だが、公方様が参戦したので朝倉家は動かない。

動けない。

動けば、守護や御供衆・相伴衆と言った地位を否定する事になる。

楽になった部分もあるが、面倒臭さは100倍だ。

やるならば、策その3だ。


「佐和山城の前方に位置する鞍掛山くらかけやま鳥籠山とこのやま)を取り合おうと思います」

「そのような城があったか?」

「城ではありません。小さな山です。壬申の乱の時も戦場地になっております」

「ほぉ、そんな場所があったのか」


阿呆な公方様がすでに織田の援軍を呼んだ。

佐和山城を攻略している暇はない。

だから、(浅井)久政から出て来て貰う。

アユの友釣りだ。


「まず、大国である六角家は戦力を出し惜しみして頂きます」

「一気に力攻めすればよいであろう」

「別に構いませんが、公方様が活躍する場所がなくなりますよ」

「何だと!」


瞬間湯沸かし器か?

ばさっと公方様が立ち上がると俺の胸倉を掴んだ。

後ろの千代女と加藤かとう-三郎左衛門さぶろうさえもんが殺気立ち、逆側の細川-藤孝ほそかわ-ふじたかも刀に手を掛けた。

どうどうどう、落ち着け。


「活躍の場が欲しいならば、言う事を聞いて下さい」

「これは三好への前哨戦だ。余の畏怖を高めねばならん」

「策が巧く嵌れば、公方様に逆らう者はいなくなるでしょう」

「そうか、それならばよい」


納得したのか座り直した。

昼前に観音寺城に到着すると、武将を集めて軍議に入った。


 ◇◇◇


軍議の前に(六角)義賢を呼んで打ち合わせのやり直しだ。

何故か、後藤-賢豊ごとう-かたとよ進藤-賢盛しんどう-かたもりが同席した。


「もうご存知と思いますが、一策と二策は使えません。当初の三策を行うつもりです」

「そうだな」


(後藤)賢豊がご存知ないので三策目の説明を繰り返した。


「なるほど、左程重要でもない鞍掛山を然も重要な拠点のような錯覚をさせるのですな」

「はい、敵を誘い出します」

「儂は大勝の疑いなし、それを祝って宴会を催して胡坐を搔く」

「この策の肝は兵を出し惜しみ、鞍掛山で互角の戦いを演出できる武将を誰にするかです」

「ならば、蒲生 定秀がもう-さだひでしかおるまい」

「そうですな」


(後藤)賢豊が推薦し、(進藤)賢盛が同意した。

(浅井)久政を誘い出した所で公方様に出陣して貰う。

決戦の後、敵に降伏して貰う。

寝返るのを禁止したが、降伏を禁止した訳ではない。

野戦で勝負を付けて一気に終わらせる。


「だが、(浅井)久政は慎重だ」

「お館様、臆病と正直に申された方がよろしいのでは」

「(後藤)賢豊は口が悪いのぉ」

「大丈夫でございます。公方様は一騎打ちがお好きです」

「ほぉ、そこで四策を使うか」


(六角)義賢と(浅井)久政の決戦。

劣勢の浅井家に対等な同盟を結ぶと言う好条件を出し、同数の兵で決戦を飲ませる。

浅井からすれば、起死回生きしかいせいの好条件だ。

もちろん、(六角)義賢の代理に別の武将が出て貰うが、今回はエクストラなゲストがおられる。

むしろ指名しないと殺される。

こうして、打ち合わせを終えた。


「遅いぞ」


軍議に向かうと先に来ていた公方様に叱られた。

やる気があっていい事だが、もう少し自重してくれ。

(後藤)賢豊から湖北侵攻の作戦が伝えられ、正式に陣触れが出された。

兵が集まるまで公方様を労う宴会が始まる。

六角はすでに勝った気になっていると宣伝し、油断しているように思わせる。

舟で申し上げた通り、公方様には相撲大会や犬競争などを開催して豪遊して頂く。


「勝って当然の戦だ。皆、呑め」


夜は宴会がこれから連日で開かれる。

酒豪の公方様は(六角)義賢のような水盃ではなく、本物の酒を呑んでいた。

皆、ちびちびとやっている。

桶一杯の水を呑むのも辛かろう。

浅井家の間者が「六角家は勝ったつもりでいる」と報告してくれるといいな。


 ◇◇◇


(天文22年 (1553年)7月19日、日の入り前)

先鋒を任された蒲生-定秀がもう-さだひでは緊張していた。

鞍掛山に進軍して陣地を構築する役儀を与えられた。


「父上、気楽に行きましょう」

「気楽にしておれるか。必死に戦いながら負けを装えなど勝つより難しいわ」

「隙を見せて、崩れた所で陣地を放棄して逃げればよいのです」

「逃げた後も辛い」

「言われた通りに負けない戦の策を行うだけです。まず負けませんのでドンと構えていて下さい」

「負けない戦ではない。勝たない戦だぞ。考えるだけで気が重い」

「ははは、面白い戦ではありませんか」


息子の賢秀かたひでが軽く言う。

軍議で先鋒を承ったのは誉れであったが、(後藤)賢豊に呼び出されて作戦を伝えられると目を白黒させた。

ワザ・・と負け続けろと言う難しい難題を突き付けられた。

しかも織田家の援軍500人が観音寺城に入ったと聞いただけで、集まって来た血気に逸る諸将の兵300人を引き連れてだ。

少しでも(六角)義賢に忠義を見せようとする者が(蒲生)定秀の指示に従うのか怪しかった。


「ですから、言っているではありませんか。ワザ・・と隙を見せるのです」

ワザ・・と隙を作る?」

「陣形に隙を作っておき、敵が侵入した時点で撤退を命令します。指示に従わない馬鹿は討ち取られて仕方ありません。策に添える首になって貰いましょう」

「お前はあくどい・・・・な」

「馬鹿には馬鹿の使いようがあると言うモノです」


昼の軍議を終えてすぐに出発した(蒲生)定秀であったが、鞍掛山まで5里 (20km)もあり、到着した時には日が暮れようとしていた。

松明に火を灯すと、木の杭を打ちつけて陣地を構築し始めた。

佐和山城の(磯野)員昌がそれを許すハズもない。

兵200人を率いて襲い掛かってきた。

無警戒の(蒲生)定秀の隊が一気に崩れた。


「敵は油断しておる。押せ!」


(磯野)員昌の猛攻が外側の曲輪を造っていた兵を襲った。

見張りの兵を置かないと言う痛恨の失態だ。

(ワザとです)


「拙い、このままでは対処ができぬ。一時撤退する引け」


(蒲生)定秀は素早く撤退の指示を出した。

素早い対応である。

しかし、初戦で何もせずに撤退など武士の恥であった。

敵の首を1つでも取らねば、面目が立たない。

引けと言われて引けるものではない。


「敵は少数です。体制を整え直せばまだやれますぞ」


(蒲生)定秀の元に敵の追撃を願う声が届く。


「敵は一部隊とは限らん。一先ず引いて体制を整える。こちらは引く。遅れるな」


撤退の準備が終わると山を降り始める。


「我が大将は腰抜けか!」


陣中で怒号が飛び交った。

撤退と聞いて訴える為に駆け込んでくる武将が何人もいた。

敵は少数に決まっている。

薄暗いが月明かりもあり、多くの武将が十分にヤレると感じていた。

(蒲生)定秀も心の中で賛同していた。

敵も落とすつもりではなく、威嚇の為に攻め掛かって来ていると思えた。

敵は兵の損耗を避けていると見えた。

粘るだけで撤退するだろう。

それでは困る。


「撤収!」


(蒲生)定秀は味方の武将を払い退けて撤退した。

大将の本隊が山を降りてゆく。

勝機とばかりに(磯野)員昌が威嚇から攻勢に転じた。

三人の武将と兵50人が命令を無視して抵抗を続ける。

だが、味方が引いて兵が浮足立っているので勝負にならない。


「掛かれ!」


救援に来た(蒲生)賢秀かたひでが兵50人を連れて、(磯野)員昌の隊の横にぶつかった。

岩陰からの逆襲に磯野の兵も驚いた。

撤退は偽装であったか?

(磯野)員昌は後続に備えて体制を整え直したが後が来ない。


「ぬかった」


(蒲生)賢秀かたひでは一当てだけすると、そのまま勢いで山を降りると迂回して本隊と合流する。

味方を逃がす為の援護であったと気づいた時はもう遅い。

取り囲んでいた敵も四散して逃げていた。

(磯野)員昌は武将一人と20首を小谷城に送って鞍掛山を死守したと報告した。

流石、猛将の(磯野)員昌だと浅井家も沸いた。


だが、逃げた(蒲生)定秀は犬上川まで下がって陣を張り直し、翌日には援軍300人が加わって600人に膨れ上がった。

それを6つの部隊に分けて夜討よう朝駆あさがけ、昼に波状攻撃を行った。

蒲生の兵は一部隊100人ずつで襲い掛かった。

抜け駆け禁止の順番だ。

対する磯野の兵は200人だったが、他の城から援軍が来て300人に増えた。

磯野の兵は地形的な有利さを除けば柵すらない山で籠った事になる。

追い払っても追い払って追い払っても、次の部隊が襲ってきた。

陣地構築する隙が作れない。

(蒲生)定秀は半数の兵を休養させ、一部隊が山に攻撃を掛けると二部隊が追撃して来た場合に備えて援護の為に配置する。

攻撃を終えた兵は陣地に戻って休養する。

一部隊が戻ってくると、代わりの部隊が送られた。

こうして六部隊がぐるっと配置を変えながら敵に波状攻撃を加える。

終わらない戦い。(ネバーエンドーウォー)

少数による攻撃なので勝ちきれない。

しかし、我先にと観音寺城に参陣した家臣達だ。

連中は手柄欲しさに集まってきた。

手ぬるい攻撃はしない。

激しい攻防が展開する。

山の攻防と言うより、首の取り合いになっていた。 


浅井勢は連勝に次ぐ連勝で沸いた。

六角の猛攻を止めて手柄首を自慢し合う。


「俺は2つだ」

「俺も1つ取ったぞ」

「儂は5首と武将の首1つだ。これで仕官も叶う」

「スゲェー」


浅井家が無くなれば仕官も糞もない。

だが、武士になるには手柄が必要であった。

浅井家がなくなっても感状が貰えれば、仕官の道も見えてくる。

そんな事を考える馬鹿もいる。

とにかく六角の兵の首が山盛りに積み上がっていった。

皆、高揚感に満ちていた。

もう襲ってくる敵が手柄首にしか見えない。

肩で息をしながら絶頂に達していた。

しかし、兵と違い(磯野)員昌は危機感を覚えた。

兵の疲労が絶望的だった。

(磯野)員昌も堪らずに援軍を求めた。

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