第21話 職人大国、日の本よ。万歳(1)
種子島と呼ばれる火縄銃の伝来の秘話をご存知だろうか?
今から10年前の天文12年(1543年)8月25日 (1543年)に種子島の西村の小浦に一艘のジャンク船が漂着し、牟良叔舎(フランシスコ)、喜利志多佗孟太(キリシタ・ダ・モッタ)が島主である
お市の上洛に付いてきた根来衆が教えてくれたので間違いない。
鉄砲が高値で売れると知った南蛮人はこぞって鉄砲を売りに来た。
伝来から1年を待たずにこの日の本に鉄砲がいくつも入ってきた。
問題は複製だ。
時堯は刀鍛冶の
偶然、鉄砲作りに詳しい者が船に乗っていた幸運にも恵まれたのだろう。
ネジの造り方を教わって、わずか1年で模造品も造り出した。
この技術は
ここで注目すべきは、どこから伝わったとか、誰が伝えたかではない。
わずか1年で模造できたと言う技術力の高さだ。
俺も刀鍛冶師を集めて一丁の火縄銃を解体し、その部品の意味と作り方のコツを伝授すれば、皆は3ヶ月で造れるようになった。
職人は皆が優秀だ。
職人大国、万歳!
◇◇◇
(天文22年 (1553年)6月22日)
それに大湊の商人である
大きな商談か、問題が起こったに違いない。
大喜の本家の判断で津島から
熱田からも主だった商人が出席した。
会場も大喜の本家だ。
天王寺屋には博多まで尾張の商品を売りに行って貰っていた。
俺が到着すると、その天王寺屋が口を開く。
「良い話と悪い話がござます。どちらを先にお聞かせしましょうか?」
「良い話からせよ」
「魯坊丸様がお望みであった。
「誠か」
「はい」
「でかした」
やったぜ!
これでスパゲティーが食べられるぞ。
あと数種類の訳の判らない種も入手したらしい。
それは楽しみだ。
「次に3種の焼酎と火酒がすべて高値で売れました」
「反応はどうであった」
「すべて上々でございます」
「そうか」
これで資金繰りが何とかなるぞ。
神の酒と言うのも仰々しいので、『火酒』と改めた。
(アルコール度数が5~15度の物を醸造酒と言い、酒、焼酎、泡盛、ワインも醸造酒に含む。一方、アルコール度数が40度以上の蒸留酒を『火酒』と分別する)
区分した所で酒は酒だ。
美味い、不味いかのどちらかだ。
焼酎や火酒を大量に京などに持って行けば、間違いなく澄み酒の値段が暴落する。
俺が売る酒は高価だ。
尾張ならば祝い日などで農民や庶民でも買うことができるが、他国では輸送費が嵩むのでそれなりに裕福な家にしか売れない。
大量に持ち込めば、値が暴落するのが当然の事であった。
だから、売る場所を広げる。
東は北条家を起点に関東から奥州に売り、西は堺を起点に中国、四国、九州に売る。
そして、俺はお市の上洛費として、その代金の10分の一を3種の焼酎と火酒(蒸留酒)で支払った。
また、300石の船を3艘貸して、それらを西国に持って行って貰って様子を窺った。
京で値崩れさせない為だ。
3年前に出来た焼酎はすぐに売らずに貯蔵させた。
寝かせた方が美味しくなる。
それに色々な酒を出して値崩れを避けたかった。
造った芋、麦、米の3種の焼酎と火酒が売れないと商人も困る。
だから、すべて俺が買った。
買い占めた。
それを3年間の貯蔵酒にしている。
酒は黄金色に輝く方が高値で売れる。
芋や小麦の栽培量が年ごとに増え、それに伴って焼酎の量も倍々で年を追う毎に増えている。
半地下倉庫に眠る大量の桶が俺の財産だ。
その他にも売れた商品の帳簿を見せられてにんまりとする。
ははは、上洛の損などはこれで軽く取り戻してやる。
「で、よい話はそれで終わりか?」
「はい、以上でございます」
天王寺屋が今度は酒壺を俺に差し出した。
蓋を開けると、芋焼酎の匂いが漂う。
小皿に掬って少しだけ口にふくむ。
風味、苦味、口当たり。
何度も試飲しているので何となく判る。
最初の頃にできた失敗作に近い味だ。
ぺぇ、含んだ芋焼酎を飲み込まずに横の壺に吐き捨てた。
「慶次、呑んでみろ」
「そう言ってくれるのを待っていました」
護衛の慶次が酌を取って枡一杯に注ぎ込む。
そして、一気にごくごくと呑み干した。
ぶはぁ、酒臭い息を吐いた。
「うん、不味い」
「やはり、不味いと思うか?」
「酢に為りかけている」
「保管場所が悪く、雑味が入ったのであろう」
「あの頃は失敗した酒に近い。だが、呑み放題のタダ酒としてありがたく頂いたのを思い出した」
「おまえらに渡せば、全部を呑み干してくれたからな」
酒も焼酎も造り始めた時は試行錯誤を繰り返した。
失敗した酒はすべて慶次らの腹の中に納まった。
慶次にとって懐かしい味だ。
「これをどこで?」
「博多で買って参りました」
「いくらだ?」
「酒と同じ値段でございます」
「拙いな」
いくら不味い焼酎でも値が安ければ、大量に売れる。
そして、数年後には尾張の焼酎に追い付く。
芋が手に入ったと喜んでいたが、九州ではもう栽培が進んでいると言うことか。
遠くない未来に酒の値が崩れる。
「さらに、魯坊丸様の酒を『生命の水(アクアヴィテ)』と絶賛しておりました」
「それはよい話ではないのか?」
「『生命の水(アクアヴィテ)』ですよ」
「南蛮人か?」
「はい、そうです。南蛮人が驚いておりました。本国に負けない味だそうです。そこで『火酒』を造る製造法とその道具を売る契約を博多の商人とその場にて結びました」
ヤラれた。
再度、蒸留すれば、この不味い焼酎も普通の焼酎に生まれ変わる。
博多商人も馬鹿ではない。
安値で売ることはないが、尾張から輸送費の掛かる馬鹿高い酒を買うよりも、自分で造ることを選択する。
焼酎が売れる事が判れば、大量の芋や小麦の栽培が始まる。
米が育ち難い土地の九州で芋の栽培が盛んになるのは当然なのだが、それが高値で売れると判ると大名が乗り出して栽培を奨励するのに決まっている。
九州が焼酎の一大拠点になっていく。
最悪だ。
あと10年くらいは待ってくれよ。
「天王寺屋、博多の商人のやる気はどうだ?」
「京で魯坊丸様の活躍を聞き、焼酎と火酒が京で売れることを疑っておりません。わずか10日でそれらしい蒸留の道具を作って、不味い焼酎を澄んだ焼酎に変えてしまいました」
はぁ、俺は大きな溜息を吐いた。
南蛮人から買った製造法を試し、それで焼酎が蒸留できることを知った博多の商人が蒸留の機械を南蛮人から買った。
入ってくるのはいつになるかは知らないが、そう遠くないだろう。
尾張ですでに造られているので南蛮人も出し惜しみをしない。
「早ければ半年、遅くとも一年以内に博多に焼酎と火酒の一大拠点が誕生することになります。気の早いことに博多の商人から完成した焼酎と火酒を京で売って欲しいと頼まれました」
「博多で大量に売れないな。尾張の酒は貴重品として重宝させるが大量に買ってくれないと言うことか?」
「おそらくは」
「拙いな」
「はっきりと申させて頂きますと。今の高値では京でも売るのは難しくなると存じ上げます。堺の商人の総意と致しまして、上洛費用の代金を焼酎と火酒で支払うのを考え直して欲しいと思っております」
天王寺屋が心苦しそうな顔をしている。
商人として損をしたくない。
だが、俺を怒らせるのも怖いのだろう。
「怒りはせん。はっきりと申せ」
「堺衆と致しましては、売れた分から経費を引かせて頂くか、仕入れ値を半額にして頂きたく存じ上げます」
上洛費用の8,000貫文を売れた分から天引きにするか、焼酎の仕入れ値である1升150文を半額の75文に引き下げて、酒の80文より安くしろと言っている。
そもそもお市の上洛に掛かった8,000貫文は堺衆から贈り物だ。
俺はその御礼を返しているに過ぎない。
あれこれと言われる筋合いではないのだが、その期待を裏切って欲しくないと天王寺屋は思っているのだろう。
要求している値引きは来年に残り半分に限る。
あるいは、今年の俺の取り分を無しにして、今年の分で全納でもいいのだろう。
だが、それは俺が困る。
博多で儲けた現金収入は当てにしているのだ。
足りない額を借りて金利を払うくらいならば、はじめから来年の分の値を半額にした方がマシだ。
とにかく、俺は現金が欲しい。
そもそも尾張の焼酎は質が良いのだ。
一方、博多の焼酎は質が悪いが、にごり酒と同じ値段で1升が10文から20文で売買できる。
その安い焼酎を買って蒸留して30文から40文で売ると仮定すれば、京に持ってくれば、輸送費を考えて、その倍くらいの値になる。
それでも尾張より安い酒が出回ることになる。
「そのくらいに値段を下げないと、偽物の尾張の酒が出回ると思うか」
「おそらく、そうなるかと」
尾張の焼酎が高過ぎると、博多の偽物が尾張の焼酎として売られる。
尾張が少し安い値で抑えれば、偽物を造るリスクを背負う商人が減る。
堺の衆もそれを許さない。
偽物を出さない為に堺の衆が動いてくれる。
「一同、どうやら焼酎で大儲けさせて貰うつもりだったが、それを許してくれないらしい。納得してくれるか?」
「承知致しました」
「そなたらから買う仕入れ値も下がることになるぞ」
「致し方ございません」
「相判った。来年度の売り値を半額とする」
天王寺屋もほっとした顔をする。
熱田と津島の商人らが渋い顔をしながら頭を下げて同意した。
熱田・津島商人の損はこれからの売れる分の損だ。
一方、俺は抱えている在庫すべてが半値になるので大損だ。
糞、糞、糞ぉ、一瞬で俺の焼酎の価値が半分に減っちゃったよ。
今年中に売れば損失は小さくなるが、大量に出ればそれだけ暴落を早めることになる。
痛し痒しだ。
いったい原理が判ったくらいで蒸留の道具を造った奴は誰だ。
おもちゃのような小さいモノだったらしいが造れるのはおかしいだろう。
南蛮人も驚いていたらしい。
俺も驚くよ。
3ヶ月くらいで鉄砲を造れるようになった刀鍛冶職人も凄いけど、木工の仕掛け職人とかが鍋の上に乗せる蒸留の道具を造った。
別にガラスでなくとも問題ない。
できるよね。
現物が造れると判れば、博多の商人も乗り気になる。
失敗した。
欲をかかず、中国や四国で留めておけばよかったよ。
遅かれ早かれ、南蛮人の口に入って蒸留酒の道具が売られるのは時間の問題だったのだろうけどさ…………。
しくしくしくと心の中で涙を流した。
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