第18話 信長、平和を満喫する。

(天文22年 (1553年)6月10日)

本日は晴天なり。

信長は目が覚めると朝駆けか、朝の視察を行う。

信長は清洲城を斯波-義統しば-よしむねに明け渡しているので、接収した武家屋敷を仮の本丸として指示を出していた。

公儀の場合は義統に許可を貰って清洲城を使う。

五条川の対岸には新しい清洲城が建設中であり、残念ながら縄張りが終わったばかりであった。

まだ盛り土の最中であり、それが終わって築城に入る。

それ以外は五条川の堤防などが恐ろしく早い速度で石垣がほぼ完成している。

それに比べると本丸御殿だけ対照的に遅く見えた。

信長は自分と同じく視察をしている丹羽-長秀にわ-ながひでを見つけた。


「米左、精が出るのぉ」

「殿、おはようございます」

「どうだ、そろそろ本丸の土台作りに手が付けられそうか?」

「恐れながら、まだ数か月は無理と思われます」

「随分と時間が掛かっておるな」

「盛り土だけで大変であり、中々に工事が進みません」

「すまんことをした」

「いいえ、遣り甲斐のある仕事でございます」


最初は広いだけの平城にする予定であった。

清洲会議の後半になると、斯波-義統しば-よしむねが主催するお茶会なども増えて、そこで近衛-稙家このえ-たねいえらが織田家を過大評価した。


『この義統よしむね殿の偉大さが判らないでしょう』


義統は「そうかのぉ、そうかのぉ」と答え、信長は「四方数里から見渡せる城を造りましょう」と答えてしまった。


「阿呆ですか?」


その話を聞いて、魯坊丸が信長を叱っていた。

そこで標高10mほどの丘を出現させて、その上に当初の本丸御殿を建てる。

凄い案だが、工期も大きく伸びた。

本丸御殿に合わせて、城全体を3mほど盛り土する必要なのだ。

盛り土だけで半年、いや、一年掛かるかもしれない。

工事を遅らせる原因になっていた。

中心となる本丸はともかく、信長の住処となる北の御殿となる二ノ丸、政務の場所となる南の屋敷となる三ノ丸の予定通りに進んでいた。


「住まいとなる屋敷はあと3ヶ月ほど完成しますのでお待ち下さい」

「うむ、まかせる。村人らは協力的か?」

「最初は嫌々でしたが、今は進んでやっております」

「そうか」


清洲城を東側に移動する為に村ごと移動させた。

新たに与えた土地は荒地と林しかない不毛な土地だ。


「信長様はおら達に死ねと言うのか?」


皆、怒りの声を上げていたが、抵抗しても殺されるだけなので渋々従っていた。

荒地を掘り返すのは恐ろしいほどの労力がいる。


「何だ? この変な道具は?」


シャベルやつるはしをはじめ、土木道具が大量に持ち込まれた。

固い土も石や岩も容赦なく砕いてゆく。

テコでも動かない大岩も『雷様』の力で砕いてしまった。

運べるくらい大きさになると、大岩も神輿に乗せて城に運んでゆく。

織田の土木力を見せ付けた。


林を開拓するのも厄介だった。

日照りが続いて乾燥すれば火を付けて焼畑にできるが、湿った林は火が付かない。

その後に根を引き抜くのも大仕事だ。

だが、織田の者が現れて大きな斧や長いのこぎりで簡単に木々を伐採する。

最後に櫓を組んで木の根も引き抜いてゆく。

厄介だった林は消えて更地になった。


荒地や更地を掘り返し、振いで土砂と砂利や石に分別し、土を土地に戻す。

また、沼なども泥と砂利や石に分別し、泥を乾燥させた後に土地に戻す。

土地が整地されてゆく。

気が付くと、四角く整理された水路に囲われた農地が生まれていた。


「頑張れば、おら達の土地もりっぱな畑になるだ」


やる気になった農民達は日が傾くまで頑張っている。

五条川の東側から荒地と林が消えてゆく。

毎日のように土砂が運ばれて盛り土が高くなっていた。


「北の工業区と南の商業区は完成しました。まだ、働く人が決まっておりませんし、商業区の空き家も目立ちます」

「商人らは何をやっておるのだ?」

「この清洲にいるのは作業員がほとんどですから、呉服屋・甘味屋など贅沢品ぜいたくひん嗜好品しこうひんの店を開いても誰も買いに来ません。もっぱら東の住居区で食糧品を売って儲けております」

「先が長いのだな」

「那古野と同じでは発展できないと魯坊丸様から言われ、水車小屋を多く作り、手工場を中心に産業の町を広げて行きます」


熱田と津島は職人の町だ。

職人に必要な物が周辺の町で作られ、那古野も材料を提供する衛星町の1つであった。

同時に那古野は消費地であり、那古野の要望に応えて熱田の町が商品を開発する。

那古野と熱田は2つで1つの町として発展した。


「那古野と同じつもりで縄張りをすれば、失敗すると言われましたからな」

悪童あくとうがおらんと巧く回らんのか?」

「残念ながら」


那古野から移って来た普請奉行衆と作事奉行衆が仕上げた清洲城の計画書を魯坊丸が破り捨てた。


「おまえら、本気で考えたのか? 清洲の横に熱田はない。熱田を内包する町作りを計画しないと頓挫するぞ」

「どうすれば、よいのですか?」

「町は勝手に発展するが、最初だけは準備せねばならぬ。清洲の北は工業区として職人が多く入れる場所を残して計画を練り直せ、南は商業区として商人の屋敷を先に作って貸し出すようにしろ」

「出費が嵩みますが?」

「熱田、津島、那古野に店を持っている商家は新たに清洲で大きな店を持ちたいと思わん。一先ず入って貰わねば、町は発展できんぞ。河川の整備が終われば、水車小屋を大量に作って、産業の柱にする。その為に場所を開けておけ」

「どんな町になるのでしょうか?」

「知らん。最初は水車小屋を動力として安価な綿製品を作る町にする。後々はお前らが考えろ。葡萄畑を増やして葡萄酒を造るのも良いし、麻、絹を扱って、繊維の町にして良い。とにかく、発展の余地を残して北と南の奥に空き地を残しておけ」

「判りました」

「水路と大路の道は広く取っておけよ」


役方代になったばかりの長秀は普請奉行衆と作事奉行衆と一緒に怒られたことを思い出して笑ってしまった。

魯坊丸は熱田と津島から取れる魚を干鰯ほしかとして利用し大量の綿栽培を始めるつもりだ。

だが、畑と工場がすぐに揃う訳ではない。

水路が完備されていない荒子城の南は干鰯ほしかを造るのに丁度よい空地になる。

本格的に綿の栽培をはじめるのは来年以降になる。

清洲も準備しておけば、一緒に始められると言っていた。

清洲の町が動き始めれば、後付けで産業が興ってくる。

それを考えるのが、長秀らだと持ち上げた。


「魯坊丸様も炊き付けるのが巧いが、信長様も負けていない」


役方代の長秀を始め、奉行衆がやる気に満ちていた。

信長は清洲に移ると同時に、役方代であった帰蝶を役方に上げ、役方を補佐していた奉行を末家老に引き上げた。

次に指名された長秀は末家老候補だ。

先の戦で活躍した森家などの新参者も重臣に取り上げた。

他の領主をごぼう抜きだ。

常備兵と奉行職から出世できる道ができると、領主達も高みの見物とオチオチできない。

内政を余程頑張る必要がでてきた。


「米左、任せたぞ」

「お任せ下さい」


城に戻る信長の背中を長秀は見送った。


 ◇◇◇


城に戻ると中庭で帰蝶が花の手入れをしている。


「殿、お帰りなさいませ」

「うむ、今日もご苦労だな」

「庭園はまだ完成しませんか?」

「まだ、石垣が出来たばかりだ。屋敷はこれからだ」

「広い庭園は嬉しいですが、本当に完成するのですか?」

「させる」

「無理はしなくともよいのです」

「南蛮では庭園で人を招くらしい。儂も使わせて貰うので無駄ではない」

「ありがとうございます」

「おまえの為ならば、何でもするぞ」

「まぁ、嬉しいこと」


軒に腰かけて朝顔を見ながら信長は帰蝶と一緒に出された冷茶を飲む。

日が昇ってくると暑さが倍増する気がする。


「ここで茶漬けを頂く。用意させよ」


信長がそう言うと、侍女達が頭を下げて準備を行う。

困ったお方だ。

信長は部屋に戻って朝餉を頂くのが面倒になったようだ。

帰蝶はそんな信長を可愛いと思ってしまう。

今日は清州城に上がる予定もなく、面談くらいしかない。

それも格式ばった者も来ない。

突然だが、城の西側の視察に行こうと思い立った。

面談は向こうから来させればいい。

しばらくするとご飯が運ばれて来た。

信長はご飯の上に焼き魚の身を乗せ、熱い茶を掛けた。

そして、一気にがつがつと飲み干した。


「美味い」

「しっかりと噛まないと体に悪いと書いてありました」

悪童あくとうの健康書など知らん。美味い物は美味い。食べたいように食べるだけだ」


ほほほ、帰蝶が口を隠して笑ってしまう。

子供のような言い訳をする。


「殿、父からまた手紙が届きました。妹を側室に入れて欲しいと言うお願いでございます」

「側室はいらん」

「…………」

「そう言いたいが、そうも言っておられんか」

「そうですね」


織田家が注目を浴び過ぎた。

あちらこちらから娘を側室にと言ってくる。

もう無下にできない。


「だが、近衛家の姫が武家の養女になって嫁いで下さる。その姫に子ができるまで、他の側室を持つつもりはない」

「わたくしにお気遣いは無用でございます」

「儂は帰蝶がよい」

「ありがとうございます。しかし、その姫様の御子を待っては他の方もお困りでしょう」

「少なくとも一年は待って貰う」

「よろしいのですか?」

「子ができねば、悪童あくとうを養子に迎えればよい。他の者はその方が喜ぶ」

「魯坊丸が怒りますよ」

「知らん」

「判りました。父にはそう返事を書いておきます」

「すまんな」


信長は(斎藤)利政としまさからの側室の話を先延ばしにした。

帰蝶のみで十分であった。

帰蝶に子ができれば、それに越したことがないのだが、巧くいかないものであった。

そこに長門守がやって来た。


「殿、九郎左衛門(塙-直政ばん-なおまさ)より、お話したき事があるとの事です」

「九郎左衛門がか?」

「余人を交えず、お話したき義があるとか。お受けになられますか?」

「先日の戦でも九郎左衛門には世話になっております」

「そうか」


直政の大野木城は『蛇池の戦い』の戦場になった西側にあり、帰蝶が率いた兵の拠点として利用させて貰った。

直政には城の者が総出で手伝って貰った恩もあると帰蝶が言った。

しかし、清洲はごった返しており、ひっきりなしに人が出入りする。

誰が急に来るか判らない。

とても余人を交えずと言うのは難しい。


「ならば、こちらから出向こう」

「よろしいので?」

「明日は朝駆けを致す。その帰りに寄ることにしよう」

「そう伝えておきます」


長門守が頭を下げてから去っていった。

信長も連れが食事を終えるのを待って席を立った。


「お暑うございます。お体に気を付けて下さい」


信長は軽く手を振ると視察の続きに戻っていった。


【魯坊丸と周辺の6月動き・中編】(見なくてもまったく問題ありません)


<6月>

(8日、沓掛城に行くつもりが、清洲から呼び出し。十兵衛と出会う)

8日夕方、沓掛城で藤吉郎と出会う。

9日~10日、沓掛城で三領の家老を集めて会議と1ヶ月の報告と今後の指示等。(真夜中の製図)

(視察は中止、報告のみとする)

◆10日、信長、清洲城下の視察。

11日、熱田で面会と面接。(真夜中の製図)

◆11日、信長、大野木城で塙直政とお茶会。(信長ショック事件)

12~14日、那古野で末森評定の準備、末森への移動を中止。

(14日夕刻、魯坊丸は微熱を発熱し、末森の前日宴会を欠席)

15日、那古野・末森評定の日。魯坊丸が倒れる

(那古野は裁定のみの中評定、末森は月の予定を決める月評定)

15日夕刻~16日深夜、信広、三河への出陣を末森麾下の領主に協力を求める。

(いつ出陣すると言っていない)

◆15日夕刻~深夜、信長、清洲宴会中に末森事件の報が飛び込む。

(老人内藤が笑いで一蹴される。困り顔の信長)

(末森の姫が美濃の近江方に相談の手紙を送ったと言う噂、信勝は大いに賛同しているらしい)

16~18日、魯坊丸お休み中。

◆16日、信長、朝駆けの途中で大野木城に寄る。

17日、沓掛城から沢山の荷馬車が三河に移動する。

18日昼過ぎ、藤吉郎、安祥城に入城。三河の農民が南下を開始。陥落。

18日昼半、魯坊丸が目を覚まして、お市と一緒に中根南城に移動する。

18日夕刻、安祥城陥落の知らせが尾張中に走る。

19~20日、魯坊丸、沓掛城。

20日、沓掛城、藤吉郎が士分、平士100貫文2人扶持に称される。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る