第11話 信勝、魯坊丸を御成敗する。(後編)

昼の評定は開口一番に信勝兄ぃの怒鳴り声で始まった。


「岡崎城はいつ開城する?」


西三河は一ヶ月もあれば、すべて織田方になると家老達が言っていた。

上村城の酒井-忠尚さかい-ただなおや下村城の榊原-長政さかきばら-ながまさらが織田方に付くと言う約束を貰っていたからだ。

だが、動く気配がない。

岡崎松平家の家臣団は織田臣従派が多数なのだが、本多-忠真ほんだ-ただざねが大きな声で竹千代奪還を叫んでいる。

主人思いの良い家臣だ。

岡崎の三河勢が織田方に付けば、当然の事ながら人質の竹千代が処分される。

誰も率先して竹千代を見捨てようと言う者がいない。

結果として膠着する。


たった一人の忠義の士の為に岡崎松平家は今川方に留まっていた。

榊原長政の部下である服部-保長はっとり-やすながが俺の所に来て、その辺りを説明してくれている。

岡崎なんて竹千代を取り戻す機会があれば、そのときで良いのじゃない。

積極的に織田家に刃向かわないなら放置でいいよ。

俺がそんな感じで返事をしているので余計に動かなくなった。

末森の家老らも控えている。


「図書助(加藤順盛かとう-よりもり)、榊原が寝返ると言っておったのはそちであったな!」

「ご報告致しましたが、当主のご子息である竹千代君のお命に関わるので、岡崎の今川方を説得する為にがんばっている所でございます」

「日和見をしているのであろう。兵を上げるように申し伝えよ」

「流石にそれは無理かと存じ上げます」


保長の話は図書助を通じて信勝兄ぃにも伝えたよな。

俺が苛立って指をとんとんと叩くと、図書助が青い顔をして信勝兄ぃを説得した。

信勝兄ぃがぎろりと俺を睨む。


安祥城あんしょうじょうは何故、まだ奪い返せておらんのだ」

「東条松平家の家臣が占拠しており、城攻めには兵が足りません」

「高々、100人が立て籠もる城であろう」


味方も200人くらいだからだよ。

使者か、密偵を送って自分でも調べれば判るだろう。

こうから200人で城攻めをしろって無理でしょう。


もちろん、まったく無理と言う訳でもない。

100人で守るには安祥城は広過ぎる。

そこが狙い目かな?

俺なら加藤ら忍び衆を内部に入れて城主を捕まえて開城させる。

まず、兵を外に引き付ける。

空になった内側で蔵などに火を付け、人を分散させ、手薄になった城主を捕まえる。

これなら忍びが5人、兵100人もいれば十分だ。

頼まれれば、忍びを5人くらいなら貸してやるが、頼まれもしないのでしゃしゃり出るつもりもない。


長田-重元おさだ-しげもとは何故、動かん?」


最初は日和見をしていた重元が織田方に臣従している。

臣従したが、動かない。

大浜は水野の南側で沓掛の対岸にある。

一番の侵略対象の1つだ。

怖くて今川方でいられない。

だが、重元は自分から動いて今川方の不満ヘイトを集めたくないのだろう。

他の日和見の織田方も以下同文だ。


一方、鵜殿-長照うどの-ながてるは家臣を派遣して横の繋がりを保っている。

ならば、信勝兄ぃも真似ればいい。

兵は出せないが、家臣を派遣するのは禁止されていない。


「魯坊丸、お前も沓掛を預けているのに。役に立たないではないか?」


俺は目だけをぎょろりと信勝兄ぃに向ける。

目の下に隈が出て眼つきの悪くなった目は、大きく愛らしいつぶらな瞳を台無しにしている。

さらに眉を吊り上げているので不機嫌そうな顔付きが更に険しく見えたのだろう。

皆が「うぉ!?」と小さく声が上げ、会場がどわっとざわついた。

信勝兄ぃの下座に俺が座り、その下に座っている家老達の顔色がさらに悪くなる。

そのさらに下の家臣団の顔色も悪くなる。


「睨むだけか? 無能者め」


ひぇ~、家臣団の皆が『ムンクの叫び』のような絶望の顔になった。

今日の俺はまったく気づいていなかった。

ここに来て那古野で林-秀貞はやし-ひでさだに頼まれて吐いていた毒舌を恐れている事に。

守護斯波-義統しば-よしむねの相談役という権威の裏付けが付いた事に。

そう、俺は気づいていなかった。


「それで学んできたつもりか?」

「こんなことすらできんのか?」

「やり直して来い」

「そんな事も判らない奴は尾張に要らん」

「できんのならば、斬首にするぞ」


那古野の家臣団は必死さが足りない。

主が『うつけ』(馬鹿者)と呼ばれていた為に緩んでいたのだ。

俺が脅して、秀貞が宥める。

出来なければ、首を挿げ替えると言われて必死に頑張らせた。

達成すると、次の課題を与える。

秀貞も自分らの後継者を育てる為に頑張っており、俺は秀貞に言われるままにお手伝いをした。

俺が秀貞と良好な関係を続けられた1つの要因だ。

俺は兄上(信長)に代わって悪意ヘイトを稼いだ。

那古野家臣団にとって、俺は『禍神まがつがみ』(わざわいを呼ぶ神)なのだ。

その恐怖に怯えた。

その那古野の家臣団の一部が国替えで末森の所属になった。

逆らう者は首を切られる。

(左遷と言う意味)

無能者は廃嫡される。

(やる気のない者はいらないと言う意味)

従う者には福を齎し、逆らう者は禍を降り注ぐ。

彼らが伝えた『禍神伝説』が末森の評定の空気を作っていた。

しかも俺は空飛ぶ船や雷のような武器という尾張で最強の武力を有し、個人で持つ財は他の追随を許さず、権威でも守護相談役と言う虎の威を身に付けた。

絶対に逆らいたくない。

それでもいつもはにこやかにして福の神のような俺だからやっていけた。

だが、その日は登城から不機嫌そうな顔をしていた。

皆が不安がるのも仕方なかった。


信勝兄ぃが苛立ったのは、まさにそれだ。

俺の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに武将の目がすべて注がれている。

俺が舌を打つ毎に皆が怯えていた。


昼になると機嫌取りに俺の周りに集まる。

これではどちらが当主か判らない。

信勝兄ぃもストレスを溜めていたのだ。

沓掛城主にしてやったのに役に立たないと言われて、ぱちんとどこかの紐が切れた。


「そうお思いでしたら自分で三河に行かれればよろしい。信勝兄上が家臣を20人ほど連れて三河に入っても誰も咎める者はいないでしょう」

「俺一人で行けと言うのか?」

「三河程度、家臣20人もいれば十分でしょう。兵は向こうにいる者を使えばよろしい」

「ならば、お前がやれ」

「嫌ですよ」

「ふん、出来もせんことをほざくな」

「出来ないのではなく、やらないのです。そこを理解して下さい」


俺は流し目のままで信勝兄ぃと睨み合う。

そこに信光叔父上が声を上げる。


「魯坊丸、お前を三河に出すことはできん。お前は一人で3万人の敵に匹敵する。お前が三河に入ったとなれば、今川家もうるさく抗議するだろう。今川家の抗議などは問題ないが、立会人の近衛様に迷惑が掛かる。お前は出せん」

「最初から行く気もありません」

「そうか、それならば良い」


腰を少し浮かしていた信勝兄ぃが席に付き直した。

信光叔父上の一言で三河の戦略はもう一度家老らで練り直すことになった。

今日は帰れなくなって明日になるのか?

信光叔父上は三河を末森家臣団の調略練習の場にするつもりだ。

冗談は止してくれ。


さて、次は花嫁の迎い入れの予定が発表された。

あくまで暫定だが、吉良家と小笠原家がすぐに嫁いでくると仮定して準備を進めている。

末森の本丸の奥に奥御殿を追加で建てる銭も時間もない。


「待て。何故、中根南城に父上の側室方を移す必要があるのか?」


普請奉行を相手に信勝兄ぃが怒鳴った。

銭も時間もなく、古渡城跡に御殿が建つまでの繋ぎと説明を繰り返しただろう。

信勝兄ぃから見れば、人質を俺に取られると言う意味であった。

さらに立場が弱くなる。

反対するには反対するだけの理由はあった。

だが、俺は気づいていない。


押し付けられて迷惑している方だ。

不満なのは俺だ。

益々腹が立って来た。


「末森に奥御殿が足りないならば、建てれば良い」

「だから、銭がないと言ったでしょう」


奉行が口を開くより先に俺がそっぽを向いたままで応えてやった。

再び会場が凍り付く。


「銭ならば、魯坊丸が出せばよい」

「話になりませんな。いっその事、嫁取りを止めましょう。然すれば、奥の移動も必要ありません」

「俺に恥をかかせるつもりか?」

「醜態を晒しているのは信勝兄上でございます。当主は皆をまとめるから当主なのです。誰の話も聞かずに、一人で突っ走る当主がいますか?」

「お前は何なのだ?」

「信勝兄上の家臣ですが、今のようでは付いて行けませんな」


信勝兄ぃの堪忍袋の緒が切れた。

立ち上がって刀を取ろうとするが、信光叔父上が叫ぶ。


『信勝、止めよ!』


もう家臣の顔は真っ青を越えて真っ白だ。

どちらに付くのか腹を括らねばならない?

これも信光叔父上の一言で父上の側室の件は予定通りになった。

引き受ける中根南城に何の得もない。

感謝の言葉が欲しいくらいだ。 

やっと終わったと息を吐く。

最後に信勝兄ぃの言葉で席を立って終わる。

終わるハズだった。


「この秋、兵3,000人を引き連れて、美濃斎藤家の高政殿の援軍に赴く。それぞれ、準備を怠たるな」


はぁ?

ぽぽぽんっと俺の頭の中で『???』(クエスチョンマーク)が乱立する。

家老や取次役の者と相談した形跡はなかった。

俺も光秀から聞いていたのでどこで言い出すのかと警戒していた。

今回はもう言わないのかと思えば、爆弾を落としてくれたのだ。


「信勝兄上、それは相談でございますか?」

「相談に聞こえたならば、お主の耳は節穴だな」

「軍事行動を一人で決める当主がいますか?」


俺は一人で決めるし、兄上(信長)も一人で決める。

俺と兄上(信長)の悪い真似をしないのが、信勝兄ぃの唯一の利点ではなかったのか?

良く言えば、協調できる当主。

悪く言えば、決断できない当主。

誰かに相談しないと決められないから安心していたのに悪い意味で成長してしまった。

こんな形で裏切られるとは思っていなかった。


「俺が当主だ。俺が決めて何が悪い」

「まさか、返事を送っておりませんよね」

「すでに送った」

「馬鹿ですか」

「俺を馬鹿と罵るか」

「浅井家の娘を勝手に貰い、公方様に浅井家と六角家の仲介を頼んだのもお忘れか?」

「交渉は決裂する」

「それは別の話です。公方様の顔を潰すような事はできません。この問題は織田家の恥となります。信勝兄上の恥なら見過ごしてよろしいですが、織田家の恥となれば、見過ごせません。誰か、高政殿に手紙を送れ。信勝兄上が乱心した。先の手紙は間違いである」

「何を? 勝手なことをするな」


再び、信勝兄ぃが立ち上がって刀を取ろうとするが、刀を持った小姓を後に控えていた下女が取り押さえて引き下げられた。

それを見て信勝兄ぃが慌てる。

家臣の叛旗に動揺した。


「お忘れですか? 末森の警備をしている者は俺の手の者です」


失敗だった。

俺はかなり苛立っており、余計な一言を言ってしまった。

この一言で警護に当たっていた忍び衆が護るべき対象を切り替えた。

口は災いの元とはこの事だ。


信勝兄ぃは俺の手の者に囲まれて生活していた事に気付いていなかったのだ。

何を言っていると言う感じで聞いていたのだろう。

また、末森の家老らも理解できていなかった。

無能過ぎるだろう。

(信光叔父上と加藤図書助は知っております)


忍びの主人はそれぞれ違うが雇い主はすべて俺だ。

帰蝶義姉上はそれを承知しているから独自の忍びを雇っている。

帳簿も見れば、一目瞭然だ。


警護衆や御膳衆と言った城で雇っている奉公人の手当は『末森屋』に支払われている。

この『末森屋』の主人は何と信光叔父上だ。

店では信用のできる者を雇って、教育してから城に上げている。

末森屋が直接に雇った従者、侍女、下男、下女らを城に上げ、残りの者を『熱田屋』に斡旋して貰っている。

必要に応じて、能力があり、しかも信用できる人材を増やしたり、減らしたりできる。

何と近代的な制度システムだろう。


その『熱田屋』の主人が俺だ。

つまり、すべて忍び衆の雇い主であり、管理する大番頭を『元締め』と呼んでいる。

以前は、尾張の忍び衆を末森の太雲たうんが主人として率いていた。

今は清州の長門守に代わっている。

だが、主人は代わったが雇い主は代わっていない。

帳簿も見れば、見えてくる。

勘のいい帰蝶義姉上はその意味をすぐに理解した。

少しは帳簿を見ようよ。


堪忍袋の緒が切れたのは俺だけではないらしい。

信勝兄ぃが俺を罵倒した。


「いい加減にしろ! お前は何様のつもりだ!」

「何ですか、意味不明です。質問の意味は分かる様に言って下さい」


言い合いの末に俺も立ち上がった。

俺は『立ちくらみ』に気付いていない。

だから、周りの視界が歪んでいるのにも気づいていない。

信勝兄ぃの前蹴りが飛んできた。

その蹴りがスローモーションに見えている時点で気づけよ、俺。

後で思えば、恥ずかしい限りだ。


信勝兄ぃからすれば、家臣の胸に足を当てて蹴り転がすのは威嚇だ。

怪我をさせようと言う意図はない。

癇癪かんしゃくを起した兄上(信長)なら、日常茶飯事の光景だ。

信勝兄ぃにしては珍しい。

相手が悪かった。


今にも倒れそうな俺だ。

普段通りに蹴り上げると胸に当たるのだが、体の小さい俺の顔面を直撃した。

勢いのままで俺は転がって気絶して世界が暗転した。


 ◇◇◇


その日、千代女様から魯坊丸様の体調が優れないと聞いていた。

私と千代女様は魯坊丸様の側近として、魯坊丸様の後ろに座っていた。

確かに体調が悪いようだ。

いつもにこやかに泰然たいぜんとされていた魯坊丸様が今日は事ある事にギラついていらっしゃった。

末森の家臣も怯えている。

身の程を知らぬ信勝様が魯坊丸様を挑発する。

馬鹿か?

命が惜しくないと見える。

流血沙汰は嫌われるので命は取るまい。

遂に魯坊丸様が立ち上がった。

毛虫ほどの蹴りなど魯坊丸様に当たる訳も…………いかん。

信勝様の蹴りが顔面を捉え、魯坊丸様が飛ばされた。

間に合え!

私は飛んだがわずかに間に合わなかった。


「若様!?」


千代女様も駆け寄る。

信勝様が一歩、私の方に近づいた瞬間だ。

天井から降りてきた4人が信勝様を取り囲み、持っていた小刀が首元に突き立てられた。

それを見て家臣も慌てた。

一番に慌てているのは信勝様自身だ。

その四人は信勝様にとって見知った者である。

命を預けている者だ。


「申し訳ございません。しばらくお待ち下さい」

「何故、お前らが?」

「問答は必要ございません。我らは役儀に忠実なだけでございます」


信勝様は訳が判らないという様子だ。

立ち上がった家臣が立ち上がったままで動きを止めた。

取り囲んでいる従者、侍女、下男、下女らから尋常でない殺気が漏れたからだ。

同じように慌てて立ち上がった佐久間-盛重さくま-もりしげの腕を下女が捻って拘束すると、もう片手で小刀を首元に当てた。


「お静かに御願致します」

「わぁ、判った」


落ち着いているのは信光様と図書助様の二人だけである。


「千代女様、魯坊丸は無事で?」

「意識は失っておりますが、特に外傷はございません」

「信光様、魯坊丸様を連れ出すご許可をお願い致します」

「構わん。奥に連れてゆけ」


千代女様は頷くと数人で魯坊丸様を連れ出した。

私が魯坊丸様の安全を確認してから「散れ!」と命令を出す。

すると、納得したように忍び衆が散ってゆく。

ふっ、信勝様の足元が濡れてないので何よりだ。

初陣のようにこれ以上の醜態を晒して貰っては取り繕うこともできなくなる。

どうなろうと私には関係ないが、魯坊丸様はもうしばらく信勝様を弾正忠家の当主に据え置くつもりらしい。

私から見ても無能であるが、他のご兄弟に挿げ替えてもご苦労が多い…………違う。

三十郎様以下のご兄弟とは仲が良過ぎるのだ。

間違いなく、べったりと魯坊丸様を頼ってくる。

それを嫌がっておられる。

適当に突き放せる信勝様は意外と貴重なのだろう。

だが、その無能ぶりは呆れるばかりだ。


「信光叔父上、これはどういう事ですか?」

「話を聞いておらんのか。主人よりも雇い主を優先したのだ」

「彼らは俺を護っている者達ではないのか?」

「主人であるお前を護っておる。ただ、雇い主に手を出した場合は別だ。」


雇い主?

信勝様はやはり理解できないようだ。


「まだ、判らんのか? 魯坊丸がお前を護る為に貸し出してくれている連中だ。その真のあるじに手を出せば、忠犬も主人の手を噛むぞ」


信勝様は愕然がくぜんとする。

信勝様だけでなく、家老達や家臣達も愕然とした。


「信勝、魯坊丸が目を覚ますことを祈っておけよ。目を覚まさなければ、間違いなく、お前の首は飛ぶぞ」

「何故ですか? 俺の家臣でございましょう」

「お前の家臣でもあるが、守護様から相談役の任を受けている。守護様に手を出したのと同じだ」

「しかし…………」

「信勝、もう少し分別を身に付けよ。感情で動くな。 もし、魯坊丸が目を覚まして事なきを得たとしても、このままではいずれ儂がお前を処分せねばならぬ。努々忘れるな。魯坊丸が目を覚ますまで部屋で蟄居ちっきょしておれ」

「信光叔父上、俺は」

「諄い。邪魔だから消えよ」


信勝様が側近に連れられて評定の間から出ていった。


「評定はこれにて閉会する。皆、帰途に付け。ここで見たことは他言無用だ。漏らした者はそれ相応の処分を受けると思え。家老達は残れ、以上だ」


家老達のみが評定の間に残った。


三郎左衛門さぶろうさえもん、お前は魯坊丸の代理とする。残ってくれ」

「承知致しました」


家老達が考えるべき事はいくつもある。

まずは、守護様、兄上(信長)に知れた場合の対応だ。

同時にいつ知らせるかも議論せねばならない。

そして、魯坊丸が目を覚まして怒っていた場合、信勝兄ぃが態度を改めない場合、何度も『隠居』の文字が飛び出していた。


魯坊丸様を弾正忠家の当主に据えると言うが、信光様が反対された。


「三郎左衛門様はどう思われますか?」

「我が主は当主になることは望まぬでしょう」

「そうですか」


そうなると4男の三十郎に家督を譲ると言う話も出た。

しかし、10歳の三十郎を据えると後見人に問題が出る。


「では、後見人を魯坊丸様といたしますか?」

「それならば、魯坊丸様を当主にする方が早い」


結論がでない。

この議題も魯坊丸様が目を覚ますまで先送りになる。

信光様と図書助様の顔が歪む。

魯坊丸様に媚びでいるつもりなのだろうが、それが迷惑だと何故気が付かない

家老達で信勝様を導き、 手を煩わせないことが魯坊丸様の望みだ。

それが何故判らん。


「三郎左衛門様、如何ですか?」

「末森で決めたことに口を挟むご主人ではございません」

「誠に魯坊丸様らしい」

「然れど、ホンのわずかな行き違いもあってはなりません。魯坊丸様が目を覚ましてから最終的な判断を仰ぎたいと思います」

「如何にも、如何にも」

「依存はございません」

「それがよろしいかと」

「柴田様は何かご意見がございますか?」

「某は難しいことは判りません。皆様にお任せ致します」

「他に異論はございませんか?」

「魯坊丸様の御意見が一番でございます」

「その通りでございます」


信光様が困ったように頭を掻いた。

この者らは何も判っていない。

ただ、怯えているだけだ。

ちょっとした嵐が末森を駆け抜けていた。

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