閑話.信勝、妻候補たち。
12日、沓掛城での仕事を終えた。
今度は那古野城に入って15日に開かれる末森評定の準備に入る。
三河は分裂し、いつ騒動になってもおかしくない。
三河の領主や土豪から毎日のように末森に使者がやってくる。
沓掛城にも来るがすべてお断りしている。
「予定通りと言うか、為すがままですね」
「勢いに乗る織田家に付きたいが、織田家から兵が出せないと言うので困惑している」
「信勝様は窮地の同士を助けて上げたいようですが?」
「火薬も足りなければ、銭もない。ない袖は振れん」
「どう説得されるつもりですか?」
「しない」
俺の領地内で兵の通行を禁ずる。
それだけだ。
今川家から尾張を守る盾は尾張から三河に向かう要所でもある。
我が領地を避けていくなら山越えで行くしかない。
そんな馬鹿はいないだろうし、付いて行く馬鹿もいない。
「織田方は苦戦しております」
「まとまりがないからな!」
「若様が策を授ければ、まとまると思いますが?」
「頼まれておらんのに、何故、苦労を買わねばならん」
「そうですね」
「敵味方に関係なく、取引をすると言ってやっているのだ。精々、働いて儲ければいいのだ。内輪揉めしている奴らが馬鹿なのだ」
松平家では今川家の惨敗を見て今川家から離反しようと画策する織田臣従派と、これを機に竹千代を岡崎に戻して貰うことを条件に今川家と交渉しようと言う竹千代擁立派が対立している。
どうして話し合いで決められないのかね?
「桜井松平家と東条松平家でも争い始めたようです」
「訴えるべき今川家がいなくなったからな」
三州下和田(安城市内)の所領をめぐって、桜井松平家3代当主の
どちらも所有を主張している。
この家次の祖父である松平信定は父上(故信秀)の妹を妻にしていたので家次とは
俺と信勝兄ぃを頼って来た。
兵は送れない。
だから、支持表明のみを発布した。
『あとで覚えていろ』
はったりだが、それなりに効果は発揮した。
「織田方に付かない者は後で取り潰されるのですか?」
「俺が言った訳じゃない。織田方に付いている奴らが勝手に言っているだけさ」
「織田方の瓦解は防げたみたいだな」
「多少の支援はしています」
千代女の言う通りだ。
水野信元に支援要請をして、こっそりと武器や防具や銭などを送っている。
だが、これ以上はしない。
「東三河が動きそうです」
「だろうな」
「皆、
「今川家の忠臣だからな。今川家に義理を持つ者は集まるだろう。求心力もある」
「一方、今川家に反感を持つ者も多いようです」
「義元の統治は苛烈だったからな。不満の多い所ほど粛清されていた。しかも先の戦いで被害が大きかったのは反今川派の者達だ」
「不満があっても戦う兵がいないのですね」
「義元は徹底していた」
義元の政策は苛烈だ。
味方には優遇するが、反感を持つ領主は徹底的に潰してゆく。
戦に借り出され、最も兵を失っているのが反今川派の連中だ。
限界集落寸前だ。
謀反を起こそうとしても兵が集まらない。
逆に、今川に味方する領主は兵の損失が小さい。
不利と見た西三河の者は今川家臣の鵜殿-長照に支援を求めた。
先の戦いでも鵜殿家の被害はほとんどなかった。
家臣を送って、今川方の連携を取っているので織田方のように烏合の衆になっていない。
西三河では数は少ないが、連携しているので織田方を小勢り合いで圧倒していた。
条約で織田家と今川家はどちらの兵も送れない。
長照は三河国宝飯郡の上ノ郷城主なので三河の兵と言い張ることができる。
条約を破棄したことにならない。
イザとなれば、鵜殿家は兵を出せると言う強みもあった。
もちろん、こちらも水野信元の水野家から兵を出せるので条件は一緒だ。
「織田派は転々としております。その気になれば、敵の各個撃破の餌食になると思われます」
「各々が勝手に叛旗を上げているからな」
「今川方は岡崎を中心にまとまっておりますが、織田方は桜井松平家、反今川の岡崎衆に別れております。また、織田方に入っておりますが、
「味方が動かないと、こちらに文句を言われてもどうしょうもない」
西三河では今川家への不満が大きく、数だけなら互角以上で、こちらの方が多い。
だが、誰もまとまって連携を取ろうとしない。
そこに西吉良と東吉良の対立が加わった。
西吉良の
一方、義昭の兄である
人質の竹千代と一緒に親しくやっていたらしい。
吉良家の当主ゆえに粗雑な扱いは受けなかったようだ。
しかし、織田家が攻めてくるかもしれないとなった駿河は混乱した。
慌てて逃げ出す公家もいた。
そのどさくさに紛れて三河に戻って来て、今川家に不満を持つ家臣を糾合して叛旗を上げた。
そして当然のように、織田家に支援を求めて来た。
図々しいと言うか、厚かましいと言うか、支援して当然だと言う態度が鼻に付いた。
名家のプライドが高そうだ。
「信勝様は喜ばれたみたいですが?」
「守護代として、早く来て欲しいと煽てられたからな」
「褒美も気にいられたのでしょう」
「俺ならば突っ返す」
義安は褒美として庶子の娘だが、側室に入れるのを許すとか言っている。
信勝兄ぃはその場で決めた。
「何故、俺が信勝兄ぃの嫁入りの段取りをせねばならんのだ」
「末森も岩崎丹羽領を併合して再建に銭が掛かっております。末森の台所事情を一番把握されているのが若様だからです」
「一年間、塩漬けにしろ」
「それができるならば、若様を頼らないでしょう」
即断即決が吉良家の切り崩しに成功したと見るべきか、義昭が織田家に寝返る機会を奪ったと悲しむべきか、実に微妙な判断だった。
義安の使者は結納金300貫文を前借りしてホクホク顔で帰っていった。
さて、持参金代わりの嫁入り道具を持って織田家に嫁いでくるのだろうか?
打ち合わせの使者はまだ来ていない。
ならば、準備をしなくてもいいね。
そんな訳にいかない。
(鵜殿)長照が動いた辺りで状況が変わり、取る物も取り敢えず、着の身着のままで避難してくる義安の嫁・娘らの姿が目に浮かぶのは俺だけなのだろうか?
裸足でやって来ても恥をかかせない程度の準備をしておく必要があった。
「嫁といえば、奥三河は足並みを揃えてきました」
「示し合わせたのか、偶然なのか、どっちなのだ?」
「申し訳ありません。まだ、判っておりません」
「構わん。村そのものが一族のようなものだからな。余所者では情報が取れん」
奥三河の中条家、鈴木家、奥平家の三家から妻を送りたいと言ってきた。
信勝兄ぃはすべて受けることにした。
その奥の南信濃の
今、武田家に襲われて大変な時期だ。
武田家に逃れた松尾小笠原家の
「実際に婚儀が行われるのは来年以降になります」
「伊那の信定は焦っているから、それより早く送ってくるかもしれん」
「その場合は、武田家との仲介を頼んでくると思われます」
「だろうな」
「本郷丹羽家の姫も受け入れることになっております」
「人質だと判っていても粗雑にできん」
「どこにお部屋を用意しましょう?」
「末森のどこかに部屋は余っていないのか?」
「先代様の側室の方々やご兄弟(姉妹)らをどこかに移動させるしかないでしょう」
「面倒だな」
当然だが、浅井家みたいに速攻で連れてくることはない。
少しは時間的の余裕はある。
「魯坊丸、那古野では引き受けられんからな」
「一番、部屋が余っているでしょう」
「兄上(故信秀)の側室を儂が囲ったと思われるのは迷惑だ」
兄である信秀の側室を那古野に連れて来ると、弟の信光が奪ったことにされるらしい。
体裁が悪いので止めて欲しいと言われた。
「清洲はごった返しているからな」
「公家衆が大所帯で来られた時に熱田の迎賓館では対応できないと、
「皇女も嫁いで来ると帝の下向もあり得るので、恥ずかしくない御殿を立てておくように釘を刺されたぞ」
「どちらにしても建設は来年以降です」
「ならば、お前が預かっておけ」
「どうして?」
「城が広い」
信光叔父上がまた無茶を言う。
確かに部屋は多いが、家臣の為の屋敷だから父上(故信秀)の側室達を迎えるほど豪華な造りではない。
「魯坊丸は頼りになるな」
「信光叔父上」
「悪いな! 古渡御殿街ができるまでだ。粗末でも文句は言わせん」
「若様、調度品で誤魔化しておきます」
「頼む」
問題は嫁の受け入れだけではない。
向こうは織田家との同盟にしたいだろうが、簡単に応じる訳にいかない。
安売りをすると後で大変になる。
あくまで信勝兄ぃと親睦を深めるのみだ。
だが、三河の守護代になった時点で同盟に引き上がる可能性がある。
先行投資としては悪くない。
「武田家も北信濃の戦いが終われば、本格的に使者を送ってきそうです」
「あれで本格じゃないと言うのか? もう十分だよ」
「本願寺を動かしてくるとは思いませんでした」
「それより、対立する国の双方から嫁を貰おうとする信勝兄ぃの方が判らん」
「人質を貰っているつもりなのでしょう」
「覇者になった気分で浮かれて貰っても困る」
武田家は真理姫との婚姻で同盟を結ぼうとして失敗したと察すると、今度は
信友は武田家と今川家を結んだと言われ、その縁で(武田)晴信の妻である三条夫人の実家の三条家に頼み込んだ。
加藤からその話が進んでいるのを聞いた時はびっくりした。
何故、突然に本願寺が出るかと言えば、証如の子である茶々丸(顕如)は公兄の妹の婚約者だからだ!
長姉の夫である細川晴元の養女となっているので、
『茶々丸(顕如)』―『細川晴元』―『武田晴信』
は、妻繋がりの義兄弟のようなものだ。
流石、武田だ。
手を替え、品を替え、色々とやってくれる。
「加藤には感謝している」
「当然のことをしたまでです」
「先手を取って、近衛家と飛鳥井家から苦言の手紙を書いて貰う余裕があって断り易かった」
やはりと言うか、信勝兄ぃは乗り気だった。
(近衛)
話を進めたいなら、稙家様を通して頂きたい。
この一言で永久に保留だ。
稙家様に責任を被せて丁寧にお断りしました。
「本願寺の面目を考えれば、武田家以外の姫が近衛家の猶子として本願寺に送られ、証如の養女として、信勝様に宛がわれる可能性はありそうです」
「それは仕方ない」
「武田は武田でも、若狭武田家が出てくるのでないでしょうか?」
「なるほど、若狭武田家は近衛家と仲は悪くない」
「武田違いですが、同じ一族ならば、多少の面目も保てるでしょう」
「甲斐武田の顔も立てるか?」
水面下で動き出しているかもしれないが、先のことなど知る訳もない。
俺が気にしているのは三条家が絡むと今川家も絡んでくることだ。
特に駿河にいる
実枝の妻が公兄の娘だ。
「武田の目的は何でしょうか?」
「判らん。一番に考えられるのは俺と信勝兄ぃとの対立だ」
「対立以前に終わるわ」
「信光様、外から判りません」
「いずれにしろ、面倒だろう。武田の姫に付いてくる侍女が信勝兄ぃの側近に吹き込むのさ」
「色々と吹き込まれそうですね」
「風評で翻弄する『離間の計』は義元一人で十分だよ」
だが、武田家は『風林火山』のお家柄だ!
孫子の兵法はお手のものだろう。
俺と信勝兄ぃを対立軸に担ぎ上げるつもりがありありと見える。
真理姫と武田家に繋がる情報は完全に遮断している。
俺を取り込むのに失敗したら、今度は織田家を分断ですか?
しかも細川晴元のおまけ付きとか、最悪の婚儀ですよ。
お断りです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます