第7話 明智光秀、参上。
中根南城の大広間で『尾張補完計画』を話し合った三日後、通常の書類整理が終わって沓掛城に戻る。
城主と言うのに、ほとんど城に居ないとはこれ如何に?
本当に迷惑な話だ。
鳴海、大高、沓掛の三城を貰うことに意味があったのか?
駿河から遠い尾張で待ち受けて、今川家など10年くらい戦略上の負担を強いて財政破たんに追い込む。
それが最初の計画だった。
桶狭間で今川義元を討ち取る予定が飛んだ。
大損だ。
3年も掛けて尾張の万里の長城を作っていたのに台無しである。
そもそも今川の駿河は東と西の大動脈として商業が発展している。
石高が少ない駿河が大国と同じ数の兵数を揃えられるのはその為だ。
しかし、竜骨の帆船が完成すれば、今川領を飛び越して関東と取引ができる。
尾張は遠いので年に一度くらいしか戦はできない。
毎年、織田家に連敗をすれば、国内の造反が増える。
反乱鎮圧と遠征費用で今川家は疲弊する。
5年くらい続ければ、今川領はガタガタになるだろう。
統治の不備から起こる
あるいは、平定を公方様に押し付けて、織田が物資の支援のみに徹しても良かった。
何故、それが判らない。
十分な戦力と人材を揃えてから併合か、従属させた方がずっと楽なのだ。
そもそも、
誰が統治しようと、永遠に統治できる訳ではない。
朝廷しかり、源氏しかり、平氏しかり、北条家しかり、そして、最後に足利家も同じだ。
支配する基盤を作るには時間が掛かる。
いい感じで今川家に押し付けていたのに、戦で勝って褒美の為に土地が必要など本末転倒もいい所だ。
貰った沓掛城に行く為に準備をしていた。
そこに早馬がやって来た。
「至急、清洲に登城して貰いたいそうです」
いい加減にしてくれ。
俺はそう思いながら清洲に上がった。
兄上(信長)が謁見の間で待っていた。
俺は不機嫌さを隠さず、頭を下げず、兄上(信長)の前にどかっと座った。
如何にも不満そうな顔で聞いた。
「今度は何でございますか? 下らない事でしたら帰らせて貰います。次の評定も欠席させて頂きますよ」
「そう怒るな。お前の言いたいことは判っておる。折角、お主がやる気になったのに水を差すつもりはない」
「では、何の御用ですか?」
「その方がそなたによいと思ったからだ!」
説明になっていない。
口下手の兄上(信長)の代わりに帰蝶義姉上が横から補足する。
「ごめんなさいね! 急な用事とは本当の事です。私に会いに
帰蝶義姉上の意見は尤もだ。
斎藤家の使者が清州の後に沓掛に行けば、他の者もそれに倣う。
熱田でしか会わないと言う建前が崩れてしまう。
「手短にお願います」
「ごめんなさいね」
蝮のおっさんはどんな課題を俺に投げるつもりだ?
帰蝶が合図を送ると『立波紋』の家紋の入った服を着た2人が入って来た。
魯坊丸の横に座ったのは、利政の次男の孫四郎と三男の喜平次と名乗った。
二人のあいさつを終えると、その後ろに控えていた斎藤家の視察団団長の
「お初にお目に掛かります。明智十兵衛でございます」
「魯坊丸でございます」
「もっと早くお話がしたいと思っておりましたが、他の皆さまの手前、控えさせて頂きました」
「四カ国連合の視察、ご苦労様でございます」
「可能な限り、他の二か国に情報を渡さないように、信長様に心を砕いて頂いただけでございます」
「中々の手腕とお聞きしております」
「私など、まだまだ若輩でございます」
十兵衛は兄上より少し年上のようだ。
非常に落ち着いた雰囲気で知的な様子が窺える。
物言いは柔らかく、勘も良さそうだ。
思っていることを先読みしてくれるので兄上(信長)が好きそうな感じがする。
さて、視察団と言えば聞こえがいいが、六角家、北条家の正式な間者だ。
二か国には清洲の復興をご覧頂いた。
斎藤家は『蝮土』の技術を提供して貰い、織田家は農機具と木材を加工する技術を披露した。
新たに通商同盟を結んだ六角家と北条家にその技術を売る。
農地改革と築城技術の提供だ。
その素晴らしさを伝えながら、肝心な部分は可能な限り教えない。
その匙加減が織田家と斎藤家に求められる。
兄上(信長)と光秀はどこまで教えるのかを何度も協議していた。
「で、私(俺)に何を聞きたいのですか?」
「十兵衛、説明を」
孫四郎がそう指示する。
孫四郎は20歳を過ぎたくらい、喜平次は20歳手前だ。
兄上(信長)と同年代である。
「去る5月14日に浅井家の久政の長女で祖父の亮政の養女である阿久姫が信勝様に嫁がれました」
「承知している」
「
「その様ですね!」
「近江の方は此度の祝言に祝いの手紙を送られました」
その話は有名だ!
近江の方は浅井家と斎藤家が戦になっても浅井家に帰らず、高政を支えたいと言ったのだ。
そして、同じ事を阿久姫に聞いてきた。
「近江の方と私は同じ思いでございます。浅井家と六角家の和議がなることを祈っておりますが、和議がならずとも浅井家に帰るつもりはございません。信勝様の御心のままに浅井家と対峙して頂いて結構でございます。私は信勝様をお支えするのみでございます」
阿久姫の輿入れは公方様を通じて、浅井家と六角家が和議の席に付かせることにある。
その仲介役として、信勝兄ぃが引き受けた。
で、実際の実務処理は俺が代理にとなり、
その甲斐あって浅井家と六角家の協議が行われている。
三好家が援軍を送れないと言って来たので浅井家は焦りまくっている。
最速の輿入れだった。
とにかく、協議はなった。
信勝兄ぃは義理を果たしことになる。
「高政様はその話を聞いて大変に気に入りました。近江の方と阿久姫は度々に手紙を交わす仲となっております」
「そのようですね!」
「非常に申し訳ないのですが、高政様は
「それも承知しています。しかも意気投合して互いに手紙を紛れ込ますようになっておるのも承知しています」
どういうルートであろうと、織田家と斎藤家が結び付くのは悪いことではない。
高政が家督を継げば信勝兄ぃの後ろ盾になり、信勝兄ぃが三河守護代になった暁には高政を支持すると言い合っている。
高政に友好の証として『火薬玉』を2個ほど送りたいと言って来たがお断りした。
阿呆か。
火薬の仕掛けなど簡単に判ってしまうが、わざわざ現物を渡してやる必要もない。
「火薬玉2個と新蝮土の改良情報の交換はお断りしました」
光秀が申し訳なさそうに頭を下げた。
なるほど、『新蝮土』は持ち込まれた材料から推測して、光秀が研究した結果を高政に献上したものらしい。
高政の方でも『新蝮土』を作成し、立場の弱さを補完して貰おうと光秀は思った。
それをあっさりと外部に披露するとは思っていなかったようだ。
信勝兄ぃは喜んだ。
帰蝶義姉上が独占する『蝮土』に横槍を入れることができる。
悪い話ではないと思ったようだ。
「十兵衛、何故謝っておる。蝮土は父上が考えた物であろう」
「いいえ、美濃で作られている『蝮土』を管理する山城衆は、すべて魯坊丸様の家来でございました」
孫四郎と喜平次が俺の顔を見る。
蝮土と言えば、斎藤利政の代名詞となっている。
これで美濃を富まし、石高を上げた。
「利政様から帰蝶様に伝えられたと言うは真っ赤な嘘でございます。漆喰になる白石の採掘を交換条件に利政様が魯坊丸様から譲られた技術でございました」
「しかし、新蝮土はそなたが考えたのであろう?」
「確かにそうでございますが、山の落ち葉などを大量に使い、一緒に山の土を入れると効果が上がります。しかし、平地の多い織田家では同じことはできません」
「そうなのか?」
「魯坊丸様ならば、すでにご存知だったと思われます」
落ち葉を増やして山の土を混ぜたのか?
美濃ならではの方法だ。
そこまで細かい指示はしていなかったな!
独自に思い付く光秀はやはり切れ者だ。
「正直に申しますと、先月まで利政様のやり方に不審を覚えておりました」
「十兵衛、どういうことだ?」
「私だけではなく、美濃の主だった者が利政様のやり方に不審を覚えております。利政様が織田家に蝮土と言う塩を送った為に、織田家が富過ぎているのではないか?」
「父上が間違っている訳があるまい」
「孫四郎様、まず美濃を富ましてから織田家に技術を与えるべきではなかったかと、知恵のある者ならば、そう考えます」
確かにその通りだ。
真実を知らなければ、無償で織田家に技術を提供したように映る。
それをキッカケに織田家が急速に発展したように見える。
実際は石灰が大量に手に入ったことで、スコップやつるはしなどの鉄の製品が造れるようになった為だ。
しかし、蝮土が織田家の発展と思われても仕方ない。
「さらに申しますと、先々月の『織田騒動』で斎藤家も参戦するべきであったと意気込んでいる諸将が多くおります」
「十兵衛様もそう思われておられたのですか?」
「申し訳ございませんが、その通りでございます。織田家と斎藤家の差は歴然であります。あの機会を逃せば、斎藤家が織田家に勝てる日は来ないと考えました。誠に愚かな考えでございました」
「十兵衛、どういう意味だ?」
「先程も言いましたが、利政様直轄の山城衆は魯坊丸様の家臣でございます。食糧庫や武器庫に火を放ち、山城衆が改築した
「なんと!」
「念の為に言っておきますと、先に山城衆を処分すれば、魯坊丸様に知れます。その時点で織田家に対策を取られ、斎藤家の勝ちはなくなります。知らぬが仏でございました」
ですよね。
絶大な支持を得ている利政様を俺の家臣が支えているなんて知りたくもないだろう。
孫四郎と喜平次がショックを受けていた。
偉大な父親と思っていたら、その背中に俺がへばり付いていた。
「孫四郎様、喜平次様、落胆する必要はございません。利政様は私(俺)を利用しただけです。私(俺)の家臣を籠絡し、その技術のすべてを盗もうと、水面下では小競り合いをずっと続けております。決して! 利政様は私(俺)に下った訳ではございません」
「その通りでございます。利政様は魯坊丸様に屈せず、今も挑んでおられます。孫四郎様、喜平次様も挑むことをお忘れにならないことをお願い致します」
「そうか、父上は挑んでおられるのか?」
「判りました。魯坊丸様を見極めよとは、こういう意味だったのですね」
「私も視察団に入り、織田家のやり方を目の前にするまで気づきませんでした。大量に蝮土を作る為にいくえにも改良されており、織田家の方が優れておりました」
気がついたのは鷺山城の築城と清州の築城の技術が同じことで察したらしい。
利政から命じられ、漆喰を利用した新しい築城技術を試行錯誤していた光秀にとって、山城衆が造った鷺山城が手本になっていた。
利政がどこでこのような者を手に入れたのか、不思議でならなかったらしい。
その答えが清洲の築城にあった。
光秀は自分の推測を聞かせ、利政から真実を聞いた。
「では、本題に入りたいと思います」
おい、全部、前置きだったのかよ。
【魯坊丸と周辺の5月動き】(見なくてもまったく問題ありません)
5月1日~3日、第1回清洲会議。宴会。
3日、第1回織田・今川の熱田交渉。決裂。(晴嗣が今川を脅す)
4日、織田・六角・北条・斎藤の4カ国会議。(通商同盟の締結と尾張に使節団を受け入れることが決まる。魯坊丸の抵抗も空しく、婚約者を受け入れると言うことで魯坊丸問題が解決)、即日、視察団が結成し、メンバーを入れ替えながら3ヶ月も間隔を空けながら視察が続く。
5日、第2回清洲会議。宴会。
6日、魯坊丸による近衞晴嗣と久我晴通の尾張案内。宴会。
7日、第3回清洲会議。宴会。
8日、魯坊丸、沓掛城にはじめて入る。
9日、信勝、浅井家との婚儀の予定を発表。魯坊丸は沓掛から呼び出される
10日~12日、清洲で清州・末森評定の打ち合わせ。浅井家問題を信長・信光・魯坊丸とで協議。
11日、第2回織田・今川の熱田交渉。決裂。(魯坊丸が妥協案を提示)
13日、浅井家一行が末森に到着。末森織田・浅井会議。魯坊丸も参加。
14日、阿久の方が到着。祝言を上げる。浅井家一行が去る。(阿久の付き人が厄介)
15日、末森評定、魯坊丸は相談役として参加。(魯坊丸が手紙を書く)
(公方様を通じて、六角家と浅井家の仲介を決める)
16日、第4回清洲会議。宴会。
17日、沓掛城、作業の途中経過を聞く、沓掛会議。その晩に清洲へ。
18日、第3回織田・今川の熱田交渉。締結。(賠償金銭一万貫文。一年の停戦と一年後に再度交渉。通商条約の締結〔今川の三河よりの撤退、三河相互の派兵禁止、駿河・遠江の通行の自由と及び税の免除、身分の保証〕)、人質の帰国。
19日、豊良方が清州に到着。宴
20日、豊良方は中根南城に入城。魯坊丸は第5回清洲会議。宴会。
20日、清州会議の終結。信長主催で宴会
21日、熱田、久我晴通主催で別れの宴会が行われる。
22日、六角衆が出港。早川殿の到着。
23日、午前、熱田面談、午後、清洲に移動
24日、中根南城に到着、魯坊丸は熱田で別れの会を開く。
25日、公家様一行と北条一行を見送る。
26日~27日、那古野城で末森月初め評定(主に裁定ごと)の打ち合わせ。
28日~30日、清洲、清洲評定の準備。
(朽木、公方様御前で六角家老と浅井家老による和解談議)
6月1日、月初めの清洲評定、相談役として参加。宴会
2日~3日、沓掛城で通常業務と視察。
4日、神学校でピザの発表と荒子で慶次との再会、中根南城への帰還。
5日、中根南城、『尾張補完計画』、ピザ・お食事食べ放題パーティー。
6日~7日、中根南城における書類仕事の処理。
8日、沓掛城に行くつもりが、清洲から呼び出し。十兵衛と出会う。
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