特別編.戦国最凶の美女。

とある年の正月元日。

清洲のあいさつを終えて、中根南城に戻って家族でおせちとお雑煮を頂き、遊びに来たお市とジェンガで勝負していた。

お市は髪も長くなって、さらに美人になっていた。


「お市、そろそろ嫁がねば、本当に行き遅れになるぞ」

「せっかく母じゃが言わなくなったのじゃ。もうしばらくこのままで良いのじゃ」

「まったく、お前はいつまでも我儘だな!」

「魯兄じゃほどではない」

「行き遅れになっても俺は知らんぞ!」

「そのときは、魯兄じゃの側室に入れて貰うので大丈夫じゃ」

「……………」

「魯兄じゃの番じゃぞ!」

「怖いことを言うな!」


そんなことを言いながら、俺は夜が更けるまで色々なゲームで遊び続けた。

その夜、初夢の願を掛けて、『今年こそ、ニートで引き籠りの生活ができますように』と書いて枕の下に置いた。

誰かが俺の体を揺すった。


「魯坊丸様」


誰だ?


「魯坊丸様、中根第1研究所は遂にハンドマシンガンを完成しました。見て下さい。指先から10発の弾丸が連続で発射できます」

「ちょっと待て、何かおかしいぞ!」

「魯坊丸様、中根第2研究所は遂にアーム迫撃砲を完成しました。見て下さい。足を折り曲げて、ロケット弾が発射できます」

「足に仕込む必要はない」

「魯坊丸様、中根第3研究所は遂に加速装置を完成しました。見て下さい。奥歯にスイッチがあります」

「ご飯が食べられないぞ」


次々と研究所の職員が言う。

中根第4研究所、中根第5研究所、中根第6研究所…………中根第108研究所と発表してゆく。

俺はそんな沢山の研究所を作った記憶はない。

これは夢だ!

夢に違いない。


「魯兄じゃ!」


俺の体を市が揺すっていた。

汗がびっしょりだ。

酷い夢だった。

お市が不安そうな顔で俺を見ている。


「大丈夫だ!」

「ほんとかや?」

「心配ない」


髪も長くなり、お市は本当に綺麗になった?

あれぇ?

あの小さかったお市が…………いつの間に大きくなったのだ?


「さぁ、魯兄じゃ! そろそろ行くのじゃ!」

「どこに行く?」

「まず、遊戯道じゃ」


お市が強引に俺の手を取って庭に出た。

いくつになっても子供だ!

これでは嫁の貰い手がいる訳がない。


「魯兄じゃ、よそ見をしては危ないのじゃ。周りにトリカブトの毒が塗ってあるので、少しでも触れると死んでしまうのじゃ」

「ちょっと待て! いつからそんな危ないことをしているのだ」

「ずっと前からじゃ! 知らなかったのか?」

「知らん。聞いてもおらん」


お市は遊戯道が終わると、さらに手を引いて発射台に向かった。


「魯兄じゃ、次は一緒に乗るのじゃ!」

「ここはどこだ?」

「グライダー発射台に決まっておる」

「もう随分前から乗っておるのじゃ。忘れたかや?」

「覚えていない」

「カササギ号、打ち出せ!」


カササギって、不作を呼ぶ鳥ではなかったか?

織り姫と彦星が乗るのもカササギだ。

天候がよく、七夕に二人が巡り会うとカササギが大地に降りて厄災を呼ぶ。

かなり縁起が悪い鳥だ。

しかも見覚えのない発射台だ。

それは超大型の発射台であり、乗っているのもハンググライダーではなく、グライダーであった。

ズド~ンと打ち出した加速に体が引きちぎられる。


わぁぁぁぁぁ、恐ろしい急加速で空を上って行く。

あっと言う間に雲を突き抜けた。

おかしい?

設計はした記憶はあるが、俺はこんなグライダーをいつ作ったのか思い出せない。

いつかグライダーで雲の上を飛びたいと思っている。


「さぁ、魯兄じゃ! 次はスカイダイビングじゃ」

「ちょっと待て!」

「魯兄じゃがやりたいと言っていたやつじゃ。二人で空のお散歩じゃ」

「俺はやりたいなんて言ってない。お市がやりたいと言っただけだ!」

「連れて行ってくれると約束したであろう」

「お市が一方的にしただけだ!」

「その言い方は酷いのじゃ!」


頬を膨らませると有無を言わせず、怒ったお市が何かをひっぱると足元から崩れた。

なんじゃ、こりゃ!

グライダーが空中分解し、俺とお市が空に放り出される。


「パラシュートなしの愛のスカイダイビングじゃ!」

「愛じゃない。相だ。タンデムスカイダイビング(二人乗り・体験ダイビング)だ!」

「二人の愛で落ちるのじゃ」

「パラシュートなしは絶対に間違っているぞ」

「バンジージャンプじゃ」

「紐なしバンジーは、もはやバンジーじゃない」

「これは愛じゃ! 魯兄じゃとお市は生まれる時は違ったのじゃが、死ぬ時は一緒なのじゃ」

「それも違う!」


うわぁぁぁぁぁぁ!

死ぬ、死ぬ、死ぬ、死んでしまう。

気が付くと、霧の中にいた。

ここは?


「魯兄じゃが訓練でやっておった。登山銃弾マラソンなのじゃ!」

「字が違うぞ!」

「お市も一緒に走りたかったのじゃ」

「それは知っているが、ここはどこだ?」


霧が晴れてくると、山の砦の前に俺はいた。

柵の前に数千丁の種子島がずらりと並んでいる。


「京(今日)のゲストは公方様じゃ」

「魯坊丸、久しいな!」

「どうして、こんな所に?」

「細かいことを気にするではない。銃弾の中を走るならば、余が同行しよう」

「間違っているぞ!」

「魯兄じゃ、スタートなのじゃ!」


ダダッダダダダダダァ!

種子島が一斉に火を噴いた。

俺は必死に銃弾から逃げる。


「これでお市は夢が叶ったのじゃ」

「だから、銃弾の中を走るマラソンじゃない」

「お市と魯兄じゃは死んでも一生ずっと一緒なのじゃ!」

「怖いことを言うな!」


体の中を銃弾が突き抜けていった。

誰か助けてくれ!


「若様、若様、若様」


はっと目を開けた。

千代女が俺の体を揺すっていた。

凄く焦っているようだ。


「若様、大丈夫ですか?」

「千代か?」

「酷くうなされておりました」

「酷い正月の夢を見た」


これは呪いだ。

浅井、柴田、戦国最凶の呪いだ!

このままお市が嫁がないと俺は呪い殺される。


「千代、俺は大変なことに気が付いた。お市を嫁がせねばならぬ」

「どこにですか?」

「どこでもいい。嫁いだ先を援助できるが、自分に掛かった呪いをどう解けばいいかわからん」

「とにかく、一度、落ち着いて下さい」

「落ち着いていられるか!」

「若様!」

「お市は可愛い。目に入れても痛くないほど可愛いと思う。だが、それは妹として可愛いのだ。どんなことをしても守ってやりたいが、妻にしたいなど思っておらん」

「どなたがそんなことを言ったのですか?」

「このままでは殺されてしまう」

「取り乱してはなりません」

「急がねばならん」

「若様、気をお確かに!」

「そうだ! サイボーグの研究だ。雲から落ちても死なず、海に沈んでも息ができ、弾丸も弾く体を手に入れるのだ。それならば、何が在っても対処できる」

「若様、そんなのは無理です」

「お市が行き遅れになる前に手に入れないと手遅れになる」

「どうして、そこにお市様がでてくるのです」

「詳しい話は後だ!」


夢見が悪く。

現実と夢の区別がつかず、しばらく俺は錯乱した。

千代女も慌てたし、研究所の職員も慌てた。

皆、天竺の話 (サイボーグ)を聞いた研究員が遠い目をした。

説明しながら冷静になってきた。

俺の奇行は珍しくないので、最後は誰も気にしなかった。

日頃の行いがいいと困らない。


「日頃から呆れているだけです」

「気にするな!」

「もう少し早く冷静になって下さい」

「本当に怖かったのだ」


最悪、絶対に断れない家臣にお市を嫁がせて援助すればいい。

うん、完璧だ!


「たぶん、笊だと思います」

「いいのだよ!」


少しだけ心の平安を取り戻した俺であった。

変な夢だ。

何故、初夢の夢を見たのだ?

ちゃん、ちゃん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る