第3話 魯坊丸の新しい日常。

コケェクククァ!

ときの鳥の鳴き声で、俺はぼんやりと目を覚ました。

知っている天井が見えた。

沓掛城の天井だ。

最近は天井も日替わりメニューになっている。

開かれたふすまの向こうで、こっくりこっくりと居眠りをしているのは紅葉だった。

桜、楓、紅葉の三人は早番、遅番、待機のローテーションで回している。

所謂、寝ずの番である。

中根南城に戻ると、部下の侍女に任せて三人はゆっくり床に付くことができる。

朝が弱い紅葉に早番は酷だった。

忍びに朝夕はありませんと言われれば、そうなのだが?


何見かみ姉さんがやって来て、しぃ~と人差し指を口元に立てた。

そして、こっくりこっくりと船を漕ぐ紅葉を蹴った。


「敵襲!?」


紅葉が床を転がりながら目を覚まして、戦闘体勢を取ったが一瞬で何見姉さんに制圧された。


「寝ずの番が居眠りをしてどうするか?」

「すみません、すみません、申し訳ありません」

「他の者に示しがつかないであろう」

「ごめんなさい! お許し下さい」


マウントを取られ、小刀を首元に置かれると紅葉が恐怖に縮み上がった。

紅葉が涙目で懇願する。

大柄の姉が幼女のような妹を虐めているような光景だ。

丁度いい感じの騒がしさで目が覚めた。

千代女を寝ずの番から外したので起こりがちな失態である。

定期的に起きる日常とも言える。


忍びとしては失格なのだが憎めない。

その分、周りの警護が気を張り詰めるようになったので問題はないそうだ。

よく、これで造反しないものだ。

姉さんズのお蔭だろう。

三人は俺のおもちゃで、俺の悪癖と思われている。


「おはようございます。魯坊丸様、こいつの処分をどう致しましょうか? 私はこいつの部下なので勝手に始末できないのです」

「今回はどうするか?」

「このまま始末しましょう」

「何見姉さん、後生です」

「黙れ! 発言を認めていない」

「始末は困るな。桜のボケと楓の突っ込みは俺の楽しみだし、紅葉のドジッ子属性は俺を癒してくれている。三人が居なくなると味気ない」

「それは残念です」

「今日一日はおかずなしにしようか?」

「若様、そんなの酷いです。お許しを」

「黙れ、発言を認めていない」


小刀が少し動き、喉元に赤い線が浮かび上がる。

だが、食事のことになると恐怖も忘れ、俺の返事を気にしている。

食欲魔人の紅葉にはそれが一番堪えるのだ。

燃費の悪いカラダで。

あの小さい体のどこに入るのか?

実に不思議だ。


「では、朝食のみ、おかずなしだ」

「ひえぇぇぇぇ、そんなぁ~~~~~」

「黙れ、声を上げるな。むしろ、若様に感謝しろ」


うるうると涙目の紅葉に癒されて、俺は起き上がった。


 ◇◇◇


朝はラジオ体操からはじまり、日が昇るまで鍛錬が続く。

皆の半分以下だが、俺はくたくただ。

朝食を食べると、今日は中根に戻る。

午前は水車の視察と神学校への訪問だ。

新しく完成した水車の運用相談だ!

鎌倉街道を戻って天白川を逆上った。

島田の石橋を渡ると見えてきた。

管理代官に案内されて、真新しい水車小屋に到着した。


「魯坊丸様、この6台の運用はどうされますか?」

「全部、麦粉の生産だ」


えっ!?

意外な返答に水車小屋の管理代官が顔を引き攣らせた。

一つくらいは軍事関連に回して欲しいと懇願されたが却下だ。

那古野も熱田も粉モノの需要が上がっているのに生産が追い付いていない。

麦粉はいくらあっても足りないのだ。


ひゃほう、今度はお好み焼きとたこ焼きを織田の名物にしてやるぞ!


「千代女様、どうかお取り成し下さい。信光様からも石灰粉の生産量を増やせと命じられております」

「諦めて下さい。若様がああいう顔をされている時は止まりません。信光様にはがんばって那古野用水を完成させて、那古野でも水車を早く稼働されるようにと返答して下さい」

「私では無理です」

「では、私からお手紙を書いておきます」

「ありがとうございます」


うどんは名物になった。

最近では熱田うどん、那古野うどん、津島うどんなど、コシと長さと厚みの違ううどんが登場している。

梅干し粉を混ぜる斬新なうどんも登場している。

次は、ラーメンを作り、それを油で揚げて、揚げ麺の店を作ろう。

皿うどんも流行らせるか?

他にパスタやナンも広げてもいいな!

粉モノ文化、万歳!


ソースの開発に成功すれば、焼きそばも作るぞ。

薄皮の蒸し餃子は十分に広まったので、次は鉄板を貸し出して焼き餃子だ。

お好み焼きも合わせれば、鉄板が売れる。


「千代、鉄板ももっと作らねばならん。もっと鉄の輸入を増やし、鍛冶師の育成を奨励しろ」

「承知致しました。では、桜中村の工場区に鍛冶村を増やしておきます」

「予算は御爺に出させろ」

「青い顔をされますよ」

「貯めた財は使わねば意味がない。俺の貯蓄は底を付いているので、御爺に儲け話を回しているのだ」

「はい、はい、判りました。説得しておきます」

「よろしく頼む」


先程思い付いた事を合わせて、千代女と予定を組み直してゆく。

松巨島の北東に当たる桜中村屋敷の周辺に工場区を建設している。

手工業の担い手を育成し、紡績から鉄製品まで生産させる。

軍事機密のレベルの低い物をすべてこちらに移す。

同時に火器関係で非常に危険な研究所はもう移した。


「機密を守るには山側の方がよいのですが、月に一度の割合で爆発と火事を起こされると、機密性を保持できません」

「火薬と蒸気機関の研究は爆発が常識だからな」

「常識なのですか?」

「研究に失敗は付きものだ。他国への秘匿は諦めて、中身を盗まれぬように警備を厳重にするしかない」

「元締めを通じで警備の者を増やして貰います」

「こちらの予算は那古野に回しておけ! 元中小姓らが何とかしてくれる」

「では、そちらに請求しておきます。信光様はどうされますか?」

「成功した試作品を叔父上(信光)に献上する。それを生産するならば、追加料金を頂く」


はぁ、千代女が溜息を吐いた。

蒸気機関の出資者は、全朔ぜんさく(元加藤 延隆かとう-のぶたか)だ。

今、造船している帆船に水車を付けて、風なしで走れるようにする。

設計変更は大変だったが、喜んで出資してくれた。

完成するのはいつになるか判らない。

だが、佐治氏も加わって来た。

水野氏や他の知多半島の豪族も参加したいと言っている。

調整が難航している。

噂を聞いた大湊の商人も興味を持ち出した。

実に面倒なことになっている。


黒砂糖の生産工場は熱田の大喜本家だ。

出資を求めると情報が漏れて、他の商人や武家が参入を申し出てきた。

資金はいくらでも集まる。

だが、出資を求めるのは情報の漏えいと表裏一体だった。


忙しいのに、取次の千代女の仕事が増えてゆく。

もちろん、俺の仕事も増えてゆく。

千代女ほどじゃないが…………。

全部、自腹ならこんなことにならなかった。

糞ぉ、上洛前に戻りたい。


水車小屋の次は神学校の研究所だ。

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