第4話 魯坊丸、ピザの灯。

もぐもぐもぐ、試食用の料理がクラッカー1枚より小さい皿に置かれており、それを1つずつ味見する。

美味い!

拙い?

まあまあ。

改良された料理がずらりと並んだ。

味噌、醤油などの研究にはじまり、他国の米を栽培して、よりおいしいお米を探している。

それはコシヒカリのご先祖であり、酒米の山田錦のご先祖を探している。

中々、巧く見つからない。


今回のテーマは糠漬け、酒かす漬け、麹漬けの一品と酒の肴だ。

酒かすに漬けられた鳥肉のから揚げは絶品に仕上がっている。

漬けることで保存もきく。


「戦地でも安定して食事ができるのが嬉しいです」

「まったくです」

「油は火計の油が使えるのでから揚げも揚げられます」

「そこまでお考えとは」

「これだけ美味しい料理なら戦意を維持できます」

「織田はどこに行っても完勝できそうです」

「流石、魯坊丸様です」


嫌、嫌、嫌、俺にそんな意図はない。

長期の戦なんてやったこともないし、考えたこともない。

俺の基本は守ることだけだ。

そもそも田畑ごと領民をまもれば、何十年も中根南城に引き籠れた。


引き籠ると言えば、

今川との戦を一日で終わせるなんて実に勿体ないことをした。

奥の手を使わずに六ヶ月くらいの長対陣に持ち込めば、今川を経済的に疲弊させることができた。

一年も付き合えば、今川は内から崩壊したに違いない。

しかも合法的だ。

俺が中根南城に引き籠っていても誰も文句を言わない。

今、考えれば理想的な展開もあったのだ。


まぁ、それはともかく。

俺は美味しい物を食べたいだけだ。

はっきり言って肉がかたい。

牛にビールを飲ませて肉を柔らかくするとか、成長していない子山羊を捌くとか、そんな贅沢は許されない。

狩りで狩ってくる猪の肉もかたい。

しゃぶしゃぶのように薄く切って美味しく頂いているが、分厚い肉をがっつりと食べてもみたい。

その肉が特上の霜降り肉のような柔らかさになるのを調べて貰った。

つまり、戦場食の改善の為じゃない。


「若様の慧眼にはいつも恐れいるばかりです」

「そんなことはない。地味にがんばっているそなたらのお蔭だ」

「恐れ入ります」


大きな誤解をされているが、敢えて訂正はしなかった。

皆も美味しそうに食べている。

今回は当たりだ!

試食は立食形式にしているので思い思いに味見をする。


これが秋の試食会ならば、勝手に酒豪達が護衛を買って出てくれる。

そして、そのまま飲み会に突入する。

泥酔するまで呑み明けるから協力とは名ばかりだ。

護衛にもなっていない。


「若様、このから揚げサイコーです」

「桜、私の分を取るな」

「別に楓の分じゃないだろう。これは私のだ」

「ならば、こっちは私のだ」

「狡いぞ」


桜と楓は料理を取り合っていた。

今回は付き人も護衛が少なく、余った試食皿を奪い合っている。

一方、紅葉は黙々と涙を流しながら食べていた。


「う~ん、幸せ」


朝はおかず抜きでぐったり精気を失っていたが、ここで復活だ。

以前ならこの三人を叱り付けていた千代女は知らぬ顔で試食を続けている。

随分と丸くなったのか?


「こらぁ、騒ぐな」

「すみません」

「申し訳ございません」


何見姉さんが叱った。

どうやら三人の管理が何見姉さんと乙子姉さんに移ったらしい。

うん、適材適所だ。


「加藤は楽しんでいるか?」

「楽しんでおります」


加藤らも護衛の任を一時的に外れて、一緒に試食を楽しんでいる。

中根北城の北にある神学校と研究所は俺が抱えている忍び衆の総本山であり、訓練中の忍びを含めて警戒が一番厳重な場所だ。

加藤らの警護を一時解除させて一緒に楽しむ。


「こちらの漬物は酒の肴にあいそうです」

「土産に持って帰りますか?」

「忝い」


加藤が嬉しそうな顔をする。

今日は中根南城に戻る。

明日は城で書類整理の予定なので加藤らは半待機状態の休暇になる。

今晩は酒盛りをするのに丁度いいのだ。


俺の忍びは1日仕事をすると翌日はお休みだ。

消防士のようなシフトだ。

休暇日に何をするかと言えば、自己鍛錬である。

休みになっていない。


一方、城の侍女達は1日のシフトに訓練時間が入っているので年中無休で働く。

但し、以前は俺がお出掛けすると、彼女らは半休になって交代で休みを取っていた。

飛び魚で遊んでいるのはその半休日だ。


今回、俺の拠点は三つに分かれた。

事務所となった中根南城、面談場とした熱田神社、領主としての沓掛城だ。

俺は半分の忍びの侍女を連れて移動している。

ぞろぞろと可愛い侍女を連れて行列を作るのが新しい名物になっていた。


『流石、信秀様の御子息』

(何が流石だ? 俺は遊び女なんて囲ってないぞ)


『あの可愛らしいお姿で次々と女を囲っているらしい』

(風評被害だ。俺は押し付けられているだけだ)


『ははは、女好きは御先代様譲りですな』

(別に女好きじゃありません)


何か酷い誤解を受けている。

どうせ俺しかいない。

三か所に侍女を配置していると銭が掛かる。

移動させる方が安上がりなのだ。

この試食会が終われば、桜達は今晩の根城になる中根南城に戻ってゆく。


「魯坊丸様、お待たせ致しました。今度こそ、ご期待に添える物が完成しました」


俺の目の前に出されたのはチーズだ。

今度はどうだと口に放り込んだ。

ふわぁっとチーズの甘味が口中に広がった。

これです。

これこそチーズだ。

思わず、涙が零れてしまう。


「美味い」


チーズの作り方は簡単だ。

山羊の生乳に「乳酸菌」や「酵素(レンネット)」を加えるだけだ。

後は水を切って、豆腐のように固めて塩をすり込んで寝かす。

熟成を待てば完成だ!


だが、何が悪かったのか?


よく判らないのだが、どろどろとした物になったり、チーズと思えない悪臭を出したり、とても食べられない食感になったり、チーズへの道は険しかった。


「よし、ピザを作るぞ」

「若様、お時間がありません」

「待たせればいい」


今回は食パンを使ったなんちゃってピザでいい。

余り流通はしていないがパンはある。

あんぱん、ジャムパンは高給まんじゅうとして熱田名物の1つになっている。

食パンを使ったサンドイッチも持て成し料理の1つになっている。

熱田にはパン屋もある。

まだ一軒しかないけどね。


そのパン屋で一番売れているのが餃子パンというのが納得いかないが、とにかくあるのだ。

(甘味の高級菓子は値段が高いからです)

今晩、生地を作らせて明日は本格的なピザにするぞ。

食パンにチーズを乗せて、食材と一緒に窯に入れる。


「千代、どうだ! 美味しいだろう」

「大変に美味しゅうございます」

「チーズなら保存もきく。大量に広めることができると思うがどう思う」

「無理でございます」

「何故だ! 別に庶民に売る訳ではない。最終的に売りたいが、まずは大名らに売りたい」

「そもそも山羊と牛の数が足りておりません」


そうだった。

鶏は村ごとに分散して飼育できるが、山羊や牛は分散飼育ができない。

卵は運ぶことができるが、生乳は運ぶことができないからだ。

変な雑菌が入ると、チーズじゃなく汚物に変わってしまう。

清潔な桶で回収し、熱して殺菌処理もしないといけない。


「若様、牛の乳を飲む習慣は中根村しかございません。熱田中に広まって、牛の飼育数が増えるまで無理でございます」


中根村の山羊や牛の乳は朝廷に差し出す『』と『醍醐だいご』の材料になる。

しかし、『蘇』と『醍醐』の需要は少ない。

中根村では山羊と牛を飼い、余った生乳を温めて美味しく頂いている。

皆も慣れたようで普通に飲むようになっていた。


因みに『蘇』と『醍醐』とは、日本版のチーズのような物だ。

これも高級食材であり、熱田名物の1つである。

定期的に朝廷に献上しており、公家様や守護、地頭から注文が舞い込んでくる。

だが、どうしても生乳が余ってしまう。

余った生乳は手作りバターを生産しているが日持ちがしない。

値が張るので消費量が少ない。

残った生乳を保存できるチーズにしている。


俺はピザを広げたい。

この美味しさを分かち合いたい。

だが、簡単に山羊や牛の数が増やせないと言われた。


「しかもチーズも値が張りますので、すぐには広まらないと思われます」

「御持て成し料理に加えて、ピザを広めてゆくぞ」

「それでよろしいと思います」

「では、山羊と牛の頭数を増やしてゆく」

「承知しました。それには家畜の餌代を下げるのが一番だと存じ上げます。」


千代女はにっこりと黒い尻尾を出して微笑んでいた。

俺は首を傾げた。

何を言っている?

俺は少し考え直してみる。

家畜を大量に飼うには放牧地と牧草、その他の大豆などだ。

トウモロコシも欲しいので現在は探して貰っている。

意外だったのは、牛は藁を美味しく食べてくれない。

まったく食べない訳ではないのだが、藁は好きではないのだろう。

牛に米や麦や大豆を与えていたのでは高く付く。

その辺りにある雑草などすぐに食い尽くしてしまう。


そこで思い出したのがサイロによるサイレージだ。

葉や茎を発酵させて餌にする。

米、稗、麻、粟など葉や茎を餌にできれば、餌代が下がるのだ。

だが、これも研究中だ。


「若様、がんばって開拓を進め。 肥料代となる大豆などの値段を下げましょう」


わぁ、そう言う意味か。

ふりだしに戻った。

尾張を開拓して、食糧生産率を上げるしかないのかよ。

だが、チーズを普及させたい。


「生産効率を上げて、すべての値段を下げましょう」


石高が上がれば、穀物の値が下がる。

俺が教えた経済の基本だ!

人が食べる以上の穀物を生産すると、食べきれないので誰も買わない。

買わないので値が下がる。

下がった穀物を家畜に与えて付加価値を付ける。

付加価値が付くと儲かる。

儲かるほど生産効率が上がってゆき、ドンドンと豊かになってゆく。

チーズが毎日食べられるようになる。


「簡単に言うな」

「若様なら大丈夫です」

「理屈はそうだが、実現するのは至難の業雲だぞ」

「まずは石高を上げてから悩みましょう。若様ならば、大丈夫です」


千代女の信頼が重い。

仕方ないか。


「桜、楓、紅葉」

「はひぃ」、「はい」、「もぐもぐ」


まだ、食べるのに忙しそうだった。

俺は食べ終わるのを待たずに命令した。


「尾張各所を巡って、中小姓と元中小姓、黒鍬衆の作事を担当する者に開拓、開発、治水、その他の工事の進捗予定を持ち寄るように命じて来い。明日、中根南城に集結するように伝えよ。可能な限り計画書を写本して持ち寄ること。すべてまとめて検討する」

「全部ですか?」

「一気に終わらせる。何見姉さん、どのように分散するかはそなたに任せる」

「承知しました」

「伝達が終わり次第、清洲、那古野、末森で写本の手伝いをするように」

「今日の休みは?」

「桜、明日のピザ食べ放題は不参加か?」

「参加します」

「楓、おまえの神速を期待しているぞ」

「お任せ下さい」

「紅葉、写本の手伝いをがんばれば、ピザを一番に取ることを許す」

「おぉ、がんばる」


千代女に乗せられるのは判っている。

いいだろう!

俺はピザを普及させる為にちょっとだけがんばることにした。


今日は何の日。


ピザを記念して『ピザの日』と名付けよう。

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