第1話 魯坊丸、お庭の手入れ。
若王子川沿いを進んでいると測量をしている予科生に出会った。
彼らに課したのが若王子川の河川計画だ。
上流には
五つの組みを作り、皆、競い合いながらがんばっている。
習った通りに警護班と測量班に分かれているので立派だ。
どんな計画書が出るのか楽しみだ。
「どうだ!? 出来ているか?」
「若様!?」
皆が一斉に跪く。
「構わん。作業を続けよ。出来が良ければ、お前らの計画を採用するぞ」
おぉ、やる気が上がったような声を上げた。
正確な地図を書けているのが前提だ。
そう言いながら、俺は測量版を覗き込む。
指揮を取っているのは
全員が覚える必要はない。
10人に一人だ。
戦闘に長けている者は警護班の指揮を取る。
商才がある者は交渉をする。
偵察が得意な者もいれば、薬学が得意な者もいる。
全員の水準が上がるまで待っていられない。
チームを組んだ10人でゆっくり教え合って水準を上げて貰っている。
今のメンバーは得手不得手もあるが、全員が寺小屋の出身なので教養のレベルが上がっている。
こういう作業の数を熟して慣れて貰うしかない。
目視で地図が書ける天才が出てきそうな予感がする。
だってさ!
休みを返上で勉学、修練に挑む姿はちょっと怖いのだ。
折角、休日を入れているのに自主練ですよ。
ちょっとはごろごろしようよ。
黒鍬衆は三河側の地図を作らせている。
こちらは実測ができないので大変だ!
器具を使って目測で地図を書いてゆく。
すべては地図が出来てきてからになる。
銭が余っているなら人海戦術で直線的な河を掘る方が簡単だが、人も銭も足りない。
いくら国境と言っても採算が取れない。
低予算で河川工事を終わらせるには地形を利用する必要がある。
向こう岸の三河の民が集まってこちらを見ている。
「千代、三河には測量だと通達はしているよな?」
「していますが、理解できていると思えません」
「それでこちらを眺めているのか?」
「そのようでございます」
「水を独占するつもりはないと言っているよな?」
「そう伝えていますが、信じて貰える訳もございません」
あちらこちらで大規模な土手工事をはじめている。
そう言ってもすべて川のこちら側なのにどうも気になるようだ。
こちらは土手と土手を繋いで仮の水路を作っているだけだ。
当然、曲がっている場所は決壊するのでローマンコンクリートを使って護岸工事をやっている。
だが、今はまだ仮だ。
できる所からやっている。
上流の諸輪など、川がいくつも合流して手が付けられん。
そう愚痴を呟きながら視察に赴く。
諸輪の上流に福谷城がある。
この福谷城を抑える為に、諸輪城(諸輪中城)が築城された。
つまり、諸輪より上流は手が付けられない。
もし、三河に知恵者がいれば厄介なことになる。
たとえば、河川を堰き止めて鉄砲水でこちらに嫌がらせができる。
出口付近に砂防ダムでも作っておこう。
その下の諸輪は山沿いに水路を掘って、境川の経路を変えて攻め難くしておくか?
駄目だ。
田畑を作っても襲ってくれと言っているようなものだ。
そうだ。
諸輪の合流地点にダムを作ろう。
巨大な池なら渡れない。
対岸を開発しても多少は安心できる。
名は諸輪平池でいいだろう。
巨大な貯水池を作れば、夏でも日照りの心配が無くなる。
「決まりましたか?」
「あぁ、おおよその構想は決まった。あとは地図を見て水路を決める」
「境川を外堀にしないのですか?」
「しない。銭が掛かり過ぎる」
石垣で高さを出そうとすれば、膨大な銭が消える。
それより調整地を作って、被害を軽減した方が安く済む。
調整地を外堀代わりにするか?
沼を蓮池にして、レンコンを生産する。
土手に溝を掘って下流で水抜きができるようにすれば、収穫もできる。
食糧を確保しつつ、外堀代わりだ。
「
「霞堤とは?」
「氾濫が起こり難い堤だ」
「後で詳しく聞かせて下さい」
千代女が興味を持った。
また、今晩も質問の嵐になりそうだ。
何度も説明するのが面倒だから黒鍬衆と一緒に説明するか!
判らないかもしれないが、予科生も参加だ。
◇◇◇
川沿いに下ってゆくと衣浦湾が見えてくる。
湾の出口、ほとんど真南の対岸には海に囲まれた刈谷城が見える。
舟で向かうとすぐそこだが、陸地で行こうとするとぐるりと遠回りすることになる。
湾に浮かんだ出島のようだ。
満潮になると完全に刈谷の辺りは三方が海で囲まれる。
陸地側を守れば、かなり守り易い地形だと思う。
まぁ、干潮になると三方から攻めることができるから総石垣にしないと守れないか?
境川から少し西に戻ると、沓掛城付近から小さな川が衣浦湾に流れ出している。
その両岸に氾濫防止の土手を造っている。
氾濫の危険がなくなれば、沓掛城の南部を開拓できる。
それなりの収穫量も期待できる。
まずはこの辺りから手を付けようと思っている。
「殿、見回りご苦労様です」
「信広兄ぃ、何をやっているのですか?」
「見ての通り、このツルハシを持って地面を掘り返しております」
「どうして?」
「監視は
「そういう意味ではなく」
「見回っていても退屈です。体を動かしている方が性にあっているのです」
「信広兄ぃは城代ですよ!」
「殿、気になさらず」
「殿など言わずに魯坊丸と呼んで下さい」
「城主を殿と呼ぶのは当然です」
「信広兄ぃ」
「作業をしているのも兵ですから、大将として一緒に戦っているつもりです」
もう好きにしてくれ!
変な身内を任された。
身長が6尺6寸(200cm)の大男だから戦では頼りになると言われているが、頭の方が賢くない。
俺の事も気づかってくれる。
気の良い兄上なのだが、暴走しないように気をつけなければならない。
さて、俺が預かった兵3,000人だ。
沓掛城2,000人、
中根南城の預かりとなっている黒鍬衆100人と予科生200人も研修で入っており、領民900人を加えると、4,200人がここに集結している。
いくら攻めないと言っても三河勢はピリピリしている。
わずか1,500人で今川の大軍を退けた。
4,000人も居れば、三河なんて蹂躙できると思われている。
三河から織田に臣従すると言う話も沢山来ている。
「殿、先ほどの三河加茂郡の豪族がやって来ました」
「どうしましたか?」
「臣従結構、織田は兵を出せないがそれでよければ、末森に行ってくれと言っておきました」
「それで結構です。しばらくは領内で手が一杯です」
織田が三河に兵を出せなくなったのは、朝廷と幕府に借りを作らない為だ。
割り込んで来たのは朝廷の
お祝いに来て、交渉に介入するのは止めて欲しい。
斯波家は遠江を諦め、今川家は三河を手放す。
一見、まともな交換に見えるが、今川家にすれば屈辱的な要求だ。
今川家が追加の条件を付けた。
お断りだ!
同盟の上に人質交換なんてする気も起きない。
信勝兄ぃはやりたがったみたいだ。
だが、稙家は激怒した。
公方様は交換条件に駿河今川、甲斐武田、相模北条、美濃斎藤、近江六角、伊勢北畠、北近江浅井、越前朝倉、若狭武田など引き連れて「上洛しろ!」とか言い出す。
それには稙家が呆れたが、最初に合従軍とか言い出したのは稙家のハズだ。
織田家も話を進めるのが厄介になった。
来訪した使者の方々も冷や汗が出る。
あるいは、薄笑いを浮かべて見物にされた。
やってられない。
一年間の停戦の上、三河相互不干渉と協議の継続で話を付けた。
要するに一年後に先延ばしだ。
勝者の権利として自由通行権を頂いたので俺はそれで十分だった。
そう思っていたのだよね。
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