第二章『引き籠りニート希望の戦国領主、苦闘!?』

プロローグ

ごろろろろぉ!

遠くで雷鳴の音が轟く。

どんより曇った厚い雲が俺の心にも掛かっていた。

暑い!

千代女が井戸水を分福茶釜ぶんぶくちゃがまに注ぎ込み、囲炉裏いろりに吊って湯を沸かす。

俺は床に寝転がった。

ごろごろごろ、冷たい床が気持ちいいな。

一時の平和を満喫する。

あぁ、幸せだ!

誰にも邪魔されずに一日ごろごろできればいいのに…………。


びぃ~~~~と茶釜から湯気が沸いて吐き声がする。

糞ぉ、もう沸いたか?

分福茶釜とは、笛吹きケトルやかんのことだ。

敢えて言うと、注ぎ口がたぬきの顔のような蓋になっている。

やかん(銚子ちょうし)は藥銚やくちょうとも書かれ、神事で酒を注ぐものか、薬の湯を沸かす。

俺はもっと単純に茶を沸かす釜で『茶釜』とした。

出来てきた笛吹きが狸のような口だったので、「こりゃ、分福茶釜だ!」と呟くと、どう言う意味か聞いてきたのだ。


「福を分ける茶釜と書いて、『分福茶釜』と言う」

「素晴らしい名前です。それに致しましょう」

「えっ?」


命名、『分福茶釜ぶんぶくちゃがま』。

俺には狸の茶釜に見えるようになっている。

これが熱田で飛ぶようによく売れている。

熱田の土産として受けが良く、すでに全国に広まりつつある。

尾張に来た使者らが皆、これを買って帰った。


「特許が欲しい!」


俺が手足をばたばたとして駄々を捏ねた。

特許があれば、俺はこの分福茶釜だけでも一生暮らしてゆける銭が入ると言うのに!

これを見て、他所の大名が同じ物を作っても、俺には一文も入って来ない。

何故だ!

糞ぉ、笛吹きの構造など見れば、すぐにバレる。

真似られる。

織田の『分福茶釜』の名が広まっても嬉しくない。

複製禁止。

俺の特許料を返せ!


千代女が茶釜を取って、たぬき顔の蓋をかたんと回して横に寝かせる。

そこからお湯を急須きゅうすに注ぐ。

美味しいお茶を飲むには、お湯を注ぐ前に一匙の水を足して、わずかに温度を下げるのが秘訣だ。

この『緑茶』の香りが立って部屋に満ちる。

番茶はもう飽き飽きだ。

試行錯誤の結果、遂に緑茶が完成した。

今度は緑茶を広めてやる。

その前に茶畑を広げないといけないな!


「若様、どうぞ」


俺は起き上がると、千代女の入れてくれたお茶をずずずと飲む。

美味い。

敢えて音を出すことで、俺の心は草原のように緑の葉が広がって豊かなになってゆく。

あぁ、このままここで溶けてしまいたい。

飲み終わって茶わんをお盆に返した。


「なぁ、千代。湯が沸く間だけ、ごろごろできるのは止めないか?」

「休憩を止めるのですか?」

「違う。休憩を止めるのではない。終わった後が凄く空しいのだ。もう少しだけ、長く休憩を取ろうではないか?」

「若様、今はそんな事を言っているときではございません」

「判っているが…………」

「指導する者の人手は足りないのです。三年前のように若様が指導するしかありません」

「やっと解放されたと思ったのに、どうしてこうなるのだ!」

「実践で鍛えるしかないとおっしゃったのは若様です」

「そうだけどさ」

「急がないと、境川が氾濫しますよ。では、行きましょう」

「のぉ~~~~、俺のごろごろを返せ!」


桜らが千代女の命で俺を担ぎ出す。

沓掛城の茶室から強制的に馬に乗せられて出発だ。

仕事はもう嫌だ。


俺は笠寺、鳴海、大高、沓掛の面倒を見ている。

その為に、俺は中根南と沓掛を往復する日々が続いている。

俺が育てた精鋭はどこに消えた。

入れ替わって揃えた新鋭の黒鍬衆は実践に使えるレベルではなく、一年下の予科生も以下同文。

さらに新参の新予科生を300人も増員した為に教師が足りない。

引退した教師(俺)にプレイバックが掛かった。

引退した歌手を呼び戻すな!


5月、俺も接待で忙しかった。

とても領地を一緒に回れないので、既存の農村で荒廃した畑を復興して田植えに精に出させた。

沢山の使者を追い返し、俺もやっと領地経営に本腰を入れた。

6月に入ると暑さが増して来た。

この体は暑さが堪える。

手綱を取っている桜は元気そうだな。


「桜はいつでも元気ですよ」

「歌って踊れそうだな?」

「ご希望ならしましょうか?」

「要らない。歌劇より蒸気だ」

「私はいつも上機嫌です」

「その上機じゃない」

「何のじょうき・・・・ですか?」

「まぁいい」

「お市様も上機嫌です」


お市も謹慎が終わり、さっそく中根南城に戻って来た。

泣きながら飯を食っていた。

余程、末森の精進料理が堪えたみたいだ。


「すき焼きが美味いのじゃ」

「おかわりもあるわよ」

「あと牡丹丼も食いたい。焼肉も欲しいのじゃ」

「腹を壊すぞ」

「では、明日が牡丹丼で、明後日が焼肉にしますね」

「ありがとうなのじゃ」

「この後、一緒に遊ぶのじゃ」

「俺は忙しい。手伝ってくれるなら助かるぞ」

「里、一緒に遊ぶのじゃ」

「じゃあ、栄様と宮中ごっこしよう」

「わらわは余りしたくない」

「お願い」

「仕方ない。教えてやるのじゃ」

「ありがとう」


末森も中根も宮中ごっこが流行っている。

お市に付いて来た女官が公家の作法を教えて、女房・女中の間で流行っている。

母もみんな、京に憧れているのか夢中だった。

だが、歯黒だけは止めさせた。

あれはどうも生理的に受け付けん。


「お市様並に若様も鍛えましょう」

「俺はお市ほど、丈夫じゃないのだ」

「鍛えれば、丈夫になります」

「では、桜が俺の仕事をやってくれるなら、そうしよう」

「それは無理です」


慌てる桜を楓と紅葉がくすくすと笑う。


「代わってくれるなら、お前たちでも構わんぞ?」


必死に二人がぶんぶんと首を横に振った。

ホント、三人は頼りがいのある侍女らだよ。


馬は上高根と下高根の間を通って境川に向かう。

若王子川と境川が合流している辺りは、川が入り組んでどう整理すればいいのか訳が判らない。

向こうに見える山々との間に境川が蛇のように蛇行して境界を曖昧にしていた。

境川を水掘にするのに何年掛かる?

人海戦術にも限りがある。

河川工事して、河掘を作るのでは採算が合わない。

その手は駄目だ!


しばらくは自然の土手を補強する形で氾濫を防いでゆくしかない。

灌漑用の貯め池もいる。

河跡湖を蓮畑にしてレンコンでも栽培するか?

それが掘代わりだ。


しかも河川を整備して農地だけを広げると襲われる。

隣を襲うことに慣れ過ぎだよ。

柵は絶対に必要であり、木壁で守った曲輪を作って少しずつ広げてゆくしかないか?

なんて面倒臭い。


対岸に見える山で守った方が楽じゃないか?

三吉城と明知城を奪って山道に関所を設ける。

誰だ、三河に相互侵攻しないなんて約定を交わして良いなんて言った奴は!

俺だよ。

失敗した。

とりあえず、三河を調略しておこう。


それにしても沓掛城主って誰ですか?

三河では鬼が来ないようにと祈祷しているとか、俺を何だと思っているのだ。

俺は鬼じゃない。

肉は食うが人は喰わん。

俺は引き籠りたいだけだ。

否、城主になっても俺は引き籠りニートをするぞ。

諦めていないぞ。

1日中ごろごろとして、のんびりと暮らすのだ!

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