閑話.公方様の一日(四コマ調)。

公方様(足利義藤)は京で三好を破り、朽木に入った。

朽木には魯坊丸の義理兄である中根-忠貞なかね-たださだが先に到着していた。

当主の竹若丸(朽木-元綱くつき-もとつな)は4歳であり、叔父の藤綱ふじつなが陣代を務めている。

藤綱の命で忠貞は大切に扱われた。


ところで、

もう忘れてしまったかもしれないが、朽木 稙綱くつき-たねつなの五男の輝孝てるたか和田-惟政わだ-これまさはお市の護衛に付いた。


・朽木輝孝の監視

輝孝は素直な22歳の青年であり、公方様のいいつけをよく守った。

公方様は一瞬たりとも見逃すなと命じた。

お市を見張ります。

にぱぁ、お市が笑顔を向けてくれた。

お市様を見張ります。


「ご苦労様なのじゃ!」


誰とも隔てなく笑顔を送るお市に好感を覚えた。

びしっと、お市様を見張ります!


「ありがとうなのじゃ」

「公方様の御命令でございます」


輝孝は一瞬たりともお市を見逃さない。

主命は絶対だ!

最高の瞬間を見逃すものか!

輝孝は少女への性的嗜好〔ロリータ・コンプレックス〕に目覚めてしまった。


・尾張の岐路

魯坊丸とお市の目的が二つに分かれた。

輝孝と惟政に決断が委ねられる。


「別れよう!」


輝孝は愛する妻と決別するような口調で惟政に迫る。

キモい!


「私はお市様に付いて熱田に行く。惟政殿は魯坊丸様に付いて行ってくれ!」

「躊躇がないな?」

「当然だ! 一時たりとも、あの愛らしいお姿を見張り続ける。任せておけ!」


何が当然か、まったく判らない惟政であった。

でも、惟政も魯坊丸の見事な采配ぶりを見て大満足であった。


・公方様への報告。

輝孝はお市が民に愛されているのを見て感動した。

砦で檄を行い、兵が奮起したことに感動した。

敵に囲まれて、涙目になるお市様は可愛らしかった。

天から火が振るのもお市様が天に愛されたからだ。


「あいつは何を考えて、何を書いておるのか? さっぱり判らんわ!」


公方様は輝孝の手紙を丸めて床に投げ付けた。

お市様LOVEしか伝わって来ない。


「公方様、こちらをご覧下さい」

「同じ事が書いてあったなら、二人とも首を刎ねるぞ!」


惟政も同じ内容が書いてあった。

主観でない正しい箇条書きだ。

報告で、『蛇池の戦い』、『井戸田関所の戦い』、『笠寺の戦い』の全貌が書かれており、公方様はそれを見て、膝を叩いて喜んだ。


「首を刈るのは止めておこう」


・魯坊丸への評価。

公方様が無邪気に喜ぶのを見て、(細川)藤孝ふじたかが眼光を光らす。

おのれ、魯坊丸め!

義元公の邪魔をしよって!

益々、公方様が織田贔屓になるでないか?


「(細川)藤孝ふじたか、見よ。余が睨んだ通り、まだ爪を隠しておったわ!」

「輝孝と惟政は夢でも見たのではございませんか?」

「いずれにしろ、今川三万を簡単にいなした。この事実は変わらん」

「義元公も上洛を果たして、公方様のお力になりたかったハズでございます」

「当てにならん味方など知らん」


藤孝は首を横に振った。

魯坊丸の実力はその目で見たので疑いようもない。

そこは認めている。

だが、公方様に不遜な態度を取る魯坊丸が気にいらない。


「それだけの力がありながら、三好を倒すつもりがない。信じられません」

「確かにあれは聡い奴だ」

「お気をつけ下さい」

「それくらい、判っておる」

「誠ですか?」

「だが、飯は美味いぞ!」


すでに公方様は餌付けされていた。


・人間義藤

公方様は真剣のような鋭さがあった。

気にいらなければ、すぐに切る。

そんな危なさがあった。

誰も近寄らせぬ怖さがあった。

藤孝は嘆く。


「風呂に入りたいぞ。忠貞を呼べ!」


飯だの、風呂だの、人間臭いことを言うようになった。

おのれ、私の公方様を返せ!


・泥の風呂

忠貞に従った黒鍬衆10人とその他の大勢は京にいつ帰れるか判らない。

そこで朽木の防衛強化、食糧、公方様のお風呂造りに分かれて仕事を割り振った。


「忠貞、いつになったら風呂ができるのか?」

「今日には完成し、明日でも入れるように急いでおります」


忠貞は思う。

3日ほどで造らされる身になって欲しい。

藤孝がぼそりと嫌味を言う。


「そう言えば、忠貞殿は河辺で風呂に入っておりましたな?」

「あれは石焼の泥風呂でございます」

「面白そうだ。余も所望するぞ」


藤孝と忠貞が「えっ!?」という顔をした。

河辺に穴を掘って水を注ぎ、たき火で石を焼いて湯を沸かす原始的な風呂であった。

土の所に水を注ぐ。

泥が撹拌されて、泥風呂になる。


「汗は流せますが、入る前より体が汚れる風呂でございます」

「公方様が入るようなモノではございません」

「泥で返って体が汚れます」

「面白い。所望するぞ!」


二人は子供がじゃれて泥んこになったような公方様を想像した。


「お止め下さい!」


公方様が益々泥臭くなったようだった。


・日向ぼっこする公方様

早朝は剣術。

午前は領内を見回る。

昼過ぎから魯坊丸を真似て日向ぼっこが日課になった。


「昼に寝るのも悪くないな!」


忙しさに倒れそうな魯坊丸が聞けば、怒り出しただろう。

一方、藤孝は魯坊丸に嫉妬の炎を燃え上がらす。

私の公方様を返せ!

デカい図体と違って、肝っ玉が小さい藤孝であった。

繊細と言って欲しい。

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