エピローグ

「沓掛城主に任ずる」

「要りません」


翌日、まだ動けない千代女に言われて、仕方なく登城すると兄上 (信長)から変なことを言われた。

元服もしていないのに何故、城主なのだ?


「元服ならば、武衛様 (斯波 義統しば-よしむね)が烏帽子親をやりたいと申しておった」

「まだ、致しません」

「そうか、致し方ない。まだ、先だと伝えておこう」


武衛様相手に断る選択はないようだ。

とりあえず、先送りだ。

しかし、まだ家督も譲って頂いていない部屋住からいきなり城主とかないでしょう。

俺は上洛しかやっていない。


「だが、本当に断ってきたな!」

「断るでしょう。貰う意味が判りません」

「城持ちだぞ?」

「面倒臭いだけです」

「武家の誉れだぞ?」

「部屋住のままがいいのです」

「ともかく、これは来月のはじめに清洲に集められた者の前で発表されることだ」

「知りません」

「その場で断られては困るので言っているのだ」


信光叔父上が必ず断るので事前に説得しておくようにと言われたそうだ。

余計な事を言うな!

鳴海周辺ほどではないが、荒廃した領地を貰って喜ぶ奴がいるのか?

極端だが、流刑地の八丈島を貰って喜ぶ奴がいるか?

今川に接している上に、この一年で荒廃した土地なんていらないよ。

そもそも、俺は義理兄上 (中根 忠貞なかね-たださだ)を持ち上げて城主にしたいと考えている。

一生ぉ~部屋住の方がいいのだ。

そんなことを考えていると、横にいた帰蝶義姉上と目が合った。


魯坊丸ろぼうまるは此度の功労者なのよ」

「勝手に三好と争い、降伏して京より戻り、尾張をうろうろとしただけです」


そもそも三好と騒動を起こしたのは俺だ。

自分で火を付けて、それを消火したからと褒美を上げていては示しが付かない。

また、尾張に戻ってきた俺は蛇池から熱田に移動しただけに過ぎない。

そりゃ、負けない為に意見も言ったが、戦ったのは俺じゃない。


「蛇池の策を言ったのは魯坊丸です」

「単なる助言です。戦ったのが一番槍で大将首を取った柴田らで、指揮を取ったのは信実のぶざね叔父上です」

「確かにそうだけれども、貴方が褒美を貰わねば、信実叔父上様も、柴田殿らも褒美を受け取ってくれないのです」

「俺が説得します」

「対外的に殿 (信長)の評価が下がってしまいます」

「では、銭でお願い致します」

「相判った。銭3,000貫文も加えよう」


恩賞が増えてしまった。

兄上 (信長)にしては気前が良過ぎる。

これは信光叔父上の仕業か!

完全に荒廃した沓掛領の復興と今川への盾代わりに使う気だ。


「念の為に言っておくが、沓掛城の領地は東郷村、沓掛村、前後村のすべてだ」

「多すぎるでしょう。全部、境川の対岸でしょう」

「海がなければ、駄々を捏ねると言われている」


謀略家の刈谷水野信元とお隣とか嫌ですよ。

三河湾の制海権も争わせるつもりか?

腹黒過ぎる。


「全部要りません。対岸の桜中村のみで結構です」

「相判った。では、桜中村砦も支城と致せ」


また、増えた。

桜中村砦は熱田に対抗して山口教継が城を建てようとして、邪魔をし続けた砦だ。

貰い過ぎでしょう。


「魯坊丸、貴方は何をしたか判っていませんね」

「何かしたでしょうか?」

「蛇池はすでに言いました。次に岩崎城の丹羽氏が平針を襲ってきましたが、関所の守備兵が撃退しました。平針関所を守っていたのは貴方の家臣です」


家臣ではなく、貸し出した傭兵です。

銭を貰っていますから、平針城主の手柄だと思う。

だが、そんな言い訳は通用しないらしい。


「最後に大殿 (信秀)の宿敵であった太原崇孚たいげんそうふを討ったのは、貴方の侍女です」

「雪斎は三河に去ったと聞きましたが?」

「三河から駿河に向かう船の上で亡くなったそうです。今朝、報告が届きました」


千代女の手柄は俺の手柄らしい。

褒美を上げたいならば、支城ごとくれて与力にしてもいいそうだ。

嫌だよ!


「土地だけ与えて、そのまま側近として据え置けばいいでしょう」


そういうやり方もあったな!

つまり、俺がケチな領主と思われないようにしろと言うことか。

鳴海城もくれと言えば、やると言われそうだ。

俺が褒美を受け取らないと、兄上 (信長)らがケチな領主と思われるらしい。

対外的って面倒だ。

ちょっと待て?


「兄上 (信長)、俺は信勝兄ぃの家臣になる訳ですか?」

「面倒だろうが、よろしく頼む」


面倒を通り越して厄介だよ。

兄上 (信長)ほど、物分りがいいと思えない。

嫌味を言われそう。

下手な反論すると、こき使われそうだからひっそりとしておこう。


「安心しろ! 筆頭家老は那古野城の信光叔父上だ」

「那古野城?」

「俺が清州に行って、信光叔父上が那古野に入る」


那古野と守山を交換し、信光叔父上が熱田の統括者に代わる。

守山城は織田 信次おだ のぶつぐが引き継いで、兄上 (信長)の配下になるらしい。

さらに、勝幡城の信実叔父上も清州の管轄に入る。


但し、二人の叔父上は目付役として手腕を振う。

信勝に信光 (熱田)、

信長に信実 (津島)、

兄上 (信長)と信勝兄ぃの好きにさせるつもりはないらしい。


叔父上二人で土岐川 (庄内川)で南北に統治を分けるつもりか。

(正確には、北西と南東になる)

いずれ信勝が三河守護になった時点で信光叔父上が尾張又代に昇進する。

なら、又代候補は?


「ふふふ、俺が尾張の守護代で、岩倉の信安が又代になる」

「信安が承知しているのですか?」

「する訳がない。一方的に武衛様の命で、尾張上守護代を解任され、以後、儂の下で働くようにとの使者を遣わされた」


信安は (自称)尾張上守護代に残るのか、兄上 (信長)の部下になるのかの二者択一を迫られているのか?

本人より家臣の方が荒れるだろうな!

ご愁傷さまだ。


これで兄上 (信長)も守護代か!

信勝兄ぃは怒っているだろう。

織田弾正忠家の当主の上であることは変わらないが、弾正忠家は奉行職だ。

仮の社長から本来の重役に戻る。

事実上の降格だ。

尾張守護代の兄上 (信長)に頭を下げねばならなくなる。

信勝兄ぃの家臣とか、やっぱり嫌だよ。


「ところで、お市はどうなりました?」

「一ヶ月の自室謹慎だ。部屋の外に出るには城主の許可がいる。次に破れば、家臣一同を解任すると脅されておる」


昨日も末森に帰った日に抜け出してきたからな!

勝手に上洛した上に戦場を搔き乱した。

本来ならば、かなり重い処罰を課すべきなのだろう。

これが家臣なら切腹は確実らしい。

しかし、権大納言飛鳥井 雅綱あすかい まさつなの猶子を勝手に処分できないと、兄上 (信長)が取り成した。

相変わらず、甘い方だ。

本格的な処罰は謹慎明けに土田御前が行う。

誰もやりたがらないので土田御前に一任したようだ。


「ならば、お前が罰するか?」

「遠慮します。お市に嫌われたくありません。というか、俺も自宅謹慎の処分にして下さい」

「できるか!」


ほほほ、帰蝶義姉上に笑われた。

俺としては自宅謹慎とか、蟄居とか言われた方が嬉しい。


「熱田の方が謀反を起こします」

「それは俺が説得します」

「できん。とにかく、褒美を貰って城主になれ! これは織田一門の総意である」


総意と言うより、信光叔父上と信実叔父上の意見でしょう。

それに末森と那古野の家老衆も賛同しているから覆らないとか、そんなのないでしょう。

俺の意見が反映してないぞ。


俺は領主なんてなりたくない。


             第一章『引き籠りニート希望の戦国武将、参上!?』(終)

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