第95話 清洲騒動(6)帰蝶との再会。
俺が甚目寺に到着した頃には辺りの状況が見えて来た。
兄上 (信長)は初戦に勝って、清洲城の北で陣を張って睨み合っている。
半里 (1.5km)もない所だ。
北から南下していた犬山勢は引き返し、戦は完全に膠着している。
五条川の向こう岸では岩倉勢の本隊である (織田)
信長の別働隊である秀貞の足止めが目的であり、守勢に徹する岩倉勢と戦に飢えていた那古野勢の戦いだ。
とにかく信安の岩倉勢が固く守っているので中々に勝敗が決しない。
五条川を泳いで渡って連絡を取っているようだ。
どけ、どけ、どけ!
新五条大橋に突貫していったのは
敵の守備兵は30人ほどしかいない。
連絡路を絶つ目的で配置されていたようだが、100騎の騎馬隊の相手ではなかった。
勝家にはこのまま先行して、帰蝶姉上に俺が戻って来たことを告げて貰う。
逃げる武将の首を1つ取って、勝家らは一息付いた。
もちろん、末森に帰るには首 (手柄)の数が足りない。
巳の刻 (午前10時)に守山城を出発した信光叔父上の援軍は帰蝶姉上が待つ蛇池付近に近づいていた。
未の刻 (午後2時)には清洲城に到着するハズだ。
問題は岩倉勢が美濃勢の来襲を知って、どこで退却を掛けるかと言う所だ。
「どうするつもりだ?」
勝幡城主の
「どうもしません。こちらの半数で清洲城を取り囲むように配置して、誰も清州城に戻れないようにします」
「信光兄上もか?」
「はい、そうです。但し、和議の使者として清洲に入るならば通過を許可すると告げます」
「今まで通りだな!」
「今まで通りです」
「岩倉勢も撤退するなら通過を許可すればよろしい」
清洲城の周りから敵は減ってゆく。
そして、援軍で出た清洲勢は兄上 (信長)と信実叔父上の兵に挟まれて城に戻れない。
「100人か、200人しか残っていない清洲城の連中は和議の仲介をしてくれる信光兄上を清洲城に引き込むのだな!」
「そうなってくれると助かります。この絵を描いたのは兄上 (信長)であって、俺ではありません」
「謙虚だな!」
「事実です。城に引き籠りたい俺を引き出さないで下さい。それに今の話を兄上 (信長)にしないで下さい。機嫌が悪くなります」
「ははは、妙な所で気を使う奴だな!」
信実叔父上が前を行く、
残る半数の勝幡常備兵の物頭らに清洲城の半包囲を命じ、その大将に通忠を指名する。
「通忠の命に従え!」
合流した中島郡の武将にも同じことを言う。
中島郡の諸将は思っていたよりは多くの兵を集め、1,500人余りを引き連れて来ていた。まだ、遅参している者もあり、最終的に2,000人くらいまで膨らみそうだ。
ここで参陣しないと後々が危ないと焦ったのだろう。
「多く集まるのはいい事ではないか?」
「そうですね! 不満を持っている土豪が叛旗を上げて立ち上がれば、信実叔父上の活躍の場が増えることになります」
「なるほど、忙しくなるな!」
困った話を嬉しそうに聞く。
この一年間、余程退屈だったのか、戦いたくて仕方ないようだ。
後始末が面倒になるのでやって欲しくない。
さて、信光叔父上の後ろから迫ってくるのが丹羽勢だ。
丹羽の旗が上がっているが、中身は今川勢である。
目的は信光叔父上の拘束だ!
末森や熱田に援軍に行かせないようにしているのだ。
積極的に戦わず、おそらく、時間稼ぎの守勢に徹すると思う。
決着を急いで戦に負ければ、今川の策が崩壊する。
負けない戦に徹するハズだ。
末森は大勝利を収めたようだ!
関所の蒸留酒を使った火計を使ったらしく、これでまた俺の手の内が晒された。
連絡橋の修繕費と補充の蒸留酒の費用を考えると頭が痛い。
俺はいくら使っているのだろうか?
分割でいいから払ってくれと末森にお願いしよう。
「ははは、末森に払えるのか?」
「お願いします」
「お前のお願いはお願いじゃなく、強制だ!」
「返還の期日は交渉に応じます」
「蒸留酒がいくらすると思っているのだ?」
帝に献上したので、蒸留酒はプレミアムを付けて一升 (1.8ℓ)を10貫文で売りたい。
(そんな高値で売れません)
貯蔵庫の60樽 (1,080ℓ)を補充して、6,000貫文を身内の割引価格の3,000貫文でどうだ!
「阿呆、末森にそんな銭が払えるか?」
「10年の分割にすれば無理じゃありません」
「原価はそんなに掛かっていないだろう。その10分の一だ! それ以上を請求するならば、儂が暴露するぞ!」
「判りました。300貫文で手を打ちます」
技術料を含めれば、そんなに高いと思わないぞ!
津島でも蒸留酒は作っており、手の内が知れているから話辛い。
これじゃ、上洛で使った銭の補填にならないよ。
(林)通忠らと別れて、俺達は新五条大橋を渡って行った。
清洲城に織田の旗が近づいて信光叔父上の援軍が来たと喜ぶと、実は信実叔父上の兵であって敵でした。
清洲城内の大慌てぶりが目に浮かぶようだ!
◇◇◇
蛇池に到着する手前で信光叔父上の兵と交差する。
一応敵なので目であいさつをすると、言葉も交わさずに通り過ぎた。
兵も互いに道を譲りながらすれ違って歩いて行く。
蛇池の手前で帰蝶姉上が待ってくれていた。
「魯坊丸、よく無事で帰って来てくれました」
馬から降りた俺に帰蝶姉上が駆け寄って抱き付いてきた。
俺を抱きしめる手がぷるぷると震えている。
余程怖かったのだろう。
「無理をなさいましたね!」
「殿をお助けしたいという一心で動いてしまいました」
まだ体の小さな俺を抱こうとすると帰蝶姉上は膝を付くしかなく、まるで母親が息子を抱きしめているようになってしまう。
涙こそ流していないが、じっと耐えていたようだ。
「もう大丈夫です。幸い、信実叔父上が駆けつけてくれました」
帰蝶姉上は立ち上がってあいさつを交わす。
那古野から外にでない帰蝶姉上は、信実叔父上と会うのは去年の正月以来だそうだ。
「御助力を感謝致します」
「こいつの頼みでやってきました」
「叔父上が来られて心強く感じます」
「こいつの頼みは断れません」
嘘付け、戦がしたくて俺に付いて来た癖に!
俺の意を察したのか、俺を捕まえると首に腕を絡めてヘッドロックがまた炸裂する。
「そうだな! 儂を頼ったのだな!」
「叔父上を頼りにしております」
「そうだろう。そうだろう!」
「そうです」
首が絞まる。
この過激なスキンシップは止めてくれ!
「姉上、ここは総大将を叔父上に任せて如何ですか?」
「ですが?」
「俺や姉上では荷が重いと思うのです」
「総大将は帰蝶であろう」
「いいえ、敵を共に追うとなると、姉上では守る者も大変です。ここは叔父上が引き受けて下さい。姉上、よろしいでしょうか」
ぐいぐいぐいと首が絞まる。
帰蝶姉上が悩む。
早く答えてくれないと俺が死ぬ!
懇願する眼差しを向けたが、気が付いてくれるか?
帰蝶姉上がまだ後からやってくる村民らに目を向けた。
「よろしくお願い致します」
帰蝶姉上が頭を下げてお願いする。
信実叔父上はやっと俺を解放すると、今度は背中をばんばんばんと叩きながら「任せろ!」と引き受けた。
こんな感じだから会いたくないのだ。
俺はさっそく配置を少し弄ることにした。
蛇池付近が一番狭くなっており、そこを通ってきた敵を三方から囲むように配置していた位置から一〇〇間 (180m)ほど後に下げさせた。
これで蛇池から出て来た敵の矢が届かない距離になった!
何故、そんな面倒なことをするかと言えば、(柴田)勝家の騎馬隊を使う為だった。
決戦に間に合ってよかったよ!
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