閑話.京騒動の裏事情。

天文22年 (1553年)4月8日、三好 長慶みよし-ながよしが動員を掛け、摂津・北河内から兵1万5000人が幕府奉行人茨木 長隆いばらき-ながたか茨木城いばらきじょうに集結した。


その部屋の一室には河内守護代安見 直政やすみ-なおまさを中心に北河内衆が集まって酒盛りをしていた。直政は飯盛山城主であり、野崎観音までお市の上洛のあいさつに来たこともある野心家である。


「がははは、(畠山)高政たかまさ様は貧乏くじを引きましたな!」

「焦り過ぎだ!」

「その張本人がそれをいいますか?」

「そなたも同じであろう」

「ははは、守護として力を示したかったのは判りますが、所詮はお飾りです」


(安見)直政の言葉に前守護代の遊佐長教の家臣であった遊佐 太藤ゆさ-たかひさが同意する。


「まったく、まったく」

湯川 直光ゆかわ-なおみつ丹下 盛知たんげ-もりかたも大したことはありませんな!」

「直政殿、太藤殿、これからも我らをお導き下さい」

「よろしくお願い致します」


交野星田の土豪である星田 正道ほしだ-まさみちが同意し、若江城の走井 盛秀はしりい-もりひでは畠山の家臣を馬鹿にした。

平手氏なども同意する。

北河内衆は遊佐の家臣が多く、南河内や紀伊にいる畠山の家臣団を心のそこから馬鹿にしていた。


「(細川)氏綱様と (三好)長逸ながやすの要請だからと言って、ほいほいと受けるからこうなってしまう」

「氏綱様は恨みを晴らそうと焦りましたな!」

「如何にも、如何にも!」

「高政様は守護の力を見せ付けようと思い上がったのでしょう」

「それも仕方なし」

「すべては焦っただけの空回りですな!」


ははは、酒の勢いを借りて盛りあがった。

紀伊・河内守護の(畠山)高政は河内守護代の(遊佐)長教が生きている間は、その実権を握られていた。

3年前に萱振 賢継かやふり-かねつぐが(遊佐)長教を暗殺し、(萱振)賢継と(安見)直政の対立が起こる。

それは(三好)長慶の仲裁で、直政の息子の宗泰と(萱振)賢継の娘を結婚させることで和解させたが、結局、翌天文21年2月10日に(安見)直政が賢継を酒宴に招いて暗殺し、さらに田河氏、中小路氏、野尻氏の粛清をおこなった。

因果応報というのか?

やられたらやり返したで済む話なのだろうか?

ともかく、(安見)直政は野心家であり、(遊佐)長教の忠臣であった訳ではない。


(安見)直政は畠山家の家臣の (丹下)盛知と遊佐家の家臣の (走井)盛秀の協力を得て、(遊佐)長教の嫡男である信教のぶのりの陣代に遊佐一族の太藤を擁立した。

こうして、(安見)直政は信教が元服するまでの繋ぎ守護代の地位を手に入れた。


守護の(畠山)高政は信教が元服する後に守護代に戻すつもりであり、繋ぎ役の(安見)直政と遊佐家の代理(遊佐)太藤の利害が一致していた。


河内・紀伊守護畠山氏の実権を巡って、遊佐の家臣団と畠山の家臣団で熾烈な権力争いが起こっていたのだ。


 ◇◇◇


元管領の細川晴元は戦の才能はまったくなかったが権力争いなどを嗅ぎ分ける嗅覚は天才的であり、その間隙に付け入っては、お家争いを起こすことを好物としていた。


「(細川)氏綱如きに管領が務まるものか!」


晴元は小さな寺の本殿でそう呟いた。

蝋燭に炎がゆらゆらと揺れて、(細川)晴元の目が怪しく光っているように思えた。

織田と氏綱の家臣がイザコザを起こすと、さっそく商人を送って家臣の従者を買収し、織田方の情報を流してゆく。

こうして相手が欲しがる情報を流し、味方のような振りをして近づく。


「織田を排除した後は、織田に組みする者を排除して、その利権をお願い致します」

「判っておる。氏綱様にはよく言っておくぞ!」

「ありがとうございます」


利権など、本当の所はどうでも良い。

相手を信用させておく為だ。

そして、(三好)長逸ながやすが織田と揉めた。

長逸にも、(松永)久秀が三好を乗っ取ることを画策していると側近の一人を唆して、あることないことを長逸ながやすに拭き込んでいた。

その1つがが功を奏した。

織田の財力と(松永)久秀が結び付くのを嫌った長逸ながやすは織田を排除する為に動いた。


長逸ながやす様が魯坊丸ろぼうまる排除に動きましたぞ!」

「誠か!」

「三好衆の長逸ながやす様です。繋ぎを付ければ、協力を求めてくるハズです」

「先日の恨みが晴らせるな!」

「 氏綱様にお伝えするべきでしょう」

「そうであるな!」

「(畠山)高政様に援軍を求めれば、織田など一溜りもございません」

「おぉ、なるほど!」

長逸ながやす様に恩を売るのも一興であります」

「ふむ、ふむ、そうであるな!」


氏綱の家臣は氏綱様を説得し、細川家の面目を取り戻すべきと氏綱様を唆した。

(細川)氏綱は長慶ながよしと上洛し、摂津守護になっていた。

しかし、その実権は (三好)長慶ながよしにあり、それを面白いと感じるほど懐が大きな人物ではない。

長慶ながよし長逸ながやすが二つに割れて争うのは願ってもない機会であり、長逸ながやすに恩を売ることで三好の勢力を削ぎ、氏綱様の力を取戻しましょうという家臣の甘い諫言に乗ってしまったのだ。


こうして、(細川)氏綱は管領として織田討伐に河内・紀伊守護(畠山)高政に協力を求めたのである。


 ◇◇◇


管領(細川)氏綱様の命令書、(三好)長逸ながやす殿からの助力要請が(畠山)高政様の元に届いた。


これが元管領の晴元の罠などと誰が気づくだろうか?


その二通を手に取ったのは畠山の家臣である湯川 直光ゆかわ-なおみつであった。

ふふふ、管領の命令は都合が良かった。

北河内の遊佐家の家臣団に、どちらが格上かをはっきりとさせる。


「(河内・紀伊)守護様の力を見せ付ける絶好の機会ではないか!」


もし、河内・紀伊守護の(畠山)高政様の命に従わない遊佐家の家臣がいれば、三好と共に葬る機会と考えたのだ。

(三好)長逸ながやす殿に恩を売り、北河内の格付けを終わらせる。


(湯川)直光は南河内の丹下 盛知たんげ-もりかたに相談し、河内守護代 (安見)直政から実権を取り戻すことを画策した。


何故、(丹下)盛知に相談したかと言えば、畠山家の家臣の序列が、丹下盛知、安見直政となっているからだ。

河内守護代の力を削ぐ為に、(丹下)盛知の協力が必要であった。

そして、(丹下)盛知も河内守護代の地位を狙っていた。


欲に目が眩むとは、このことであった。


「織田は高々1,500人の小勢であります。大軍で押し寄せれば、簡単に屈しましょう」

「守護様の武威を天下に示し、(安見)直政の鼻を明かしてやれるな!」

「(遊佐)長教の嫡子はまだ5歳だ。あと10年も(安見)直政をのさばられるのは厄介です」

「(萱振)賢継を暗殺して、河内守護代の地位を手に入れた野心家だ」

「放置は駄目でしょうな!」

「やるか!」

「やりましょう」

「(三好)長逸ながやす殿が味方の内なら何とかなるハズです」


上洛とは名ばかりであり、 河内守護代 (安見)直政の排除こそ目的になっていた。


(三好)長逸ながやす殿と示し合わせ、(安見)直政に先陣を持たせて、ドサクサに紛れて背後から討つ。

そんな計画が(湯川)直光と(丹下)盛知の間で幾度となく談議された。


河内・紀伊守護 畠山高政は大号令を発した。


 ◇◇◇


(安見)直政は酒の席で大笑いを飛ばす。


「ははは、(畠山)高政様は上洛して、武威を示すつもりだろうが判っておられん!」

「流石、直政殿。(三好) 長慶ながよし様と長逸ながやす殿の不仲をよく存知られましたな!」

「知らん。知らん。俺は知らんかった」

「では、どうやって?」

「お市様の上洛を見たとき、俺は直観で感じた。織田と戦うのは止めた方がいい」

「何故ですか?」

「お市様はほんに天女のようであった。あのような姫の為ならば、1500人は死兵と化して戦うであろう。10倍の兵であろうと物見遊山で上洛している畠山の兵では相手にならん」

「なるほど! 少数でも侮れないのですな!」

「しかも、噂で帝、公方様も織田を支持しておる。どう考えても無理があるわ!」

「なるほど、それで(三好) 長慶ながよし様に指示を仰いだのですな!」

「そういうことだ!」


お市が上洛する時、一晩の宿に野崎観音を選んだ。

(安見)直政の飯盛山城とは目と鼻の先であり、上洛の行進を見てからあいさつに赴いた。

(三好) 長慶ながよし様はまるで帝をお迎えするように、織田を歓迎されていた。

その織田とことを起こすなどなり得ない。


それに幼くともお市様は美しかった。


(三好) 長慶ながよし様が気に掛ける織田とは戦ってはならないと直感した。

織田の上洛を見に行って正解だった。

城でふんぞり返っていれば、見逃す所であったと内心焦っていた。


(安見)直政は(畠山)高政からの出陣要請を見たとき、すぐに(三好) 長慶ながよしに確認を取り、家臣を京に送って状況を確認に行かせた。

帰ってきた家臣の話を聞いて、腹を抱えて笑ってしまった。


長逸ながやすは7,000兵で知恩院を襲ったが、半刻 (1時間)もせずに敗退して退却していた。

10日の停戦と言えば聞こえはいいが、一方的にやられて逃げたとしか思えない。

織田の魯坊丸ろぼうまる

中々の策士だ!


1,500兵の織田を攻めるのに、7,000兵で足りないから(畠山)高政様に助力を求めた。

ははは、これを笑わずにはいられない。


士気を高めるお市様、策士の魯坊丸ろぼうまるがいる織田は、1,500でも一万に勝ると見た。

(畠山)高政様は一万五千の兵を用意して上洛されているが、どうなることやら?


「笑い話が尽きませんな!」

「(三好) 長慶ながよし様がすぐに引き返すように手紙を送っておられるとか?」

「(畠山)高政様もさぞお困りのことでしょう」

「何でも管領様からご命令なので、先に管領様を説得して欲しいと誤魔化しているとか」

「苦しい言い訳ですな!」


長慶ながよしは(畠山)高政との合流を禁じ、芥川山城主の芥川 孫十郎あくたがわ-まごじゅうろうが反乱を起こしたことを伝えて、茨木城いばらきじょうに集結するように命じてきた。

(安見)直政は北河内衆の号令を掛けて、茨木城にやってきた訳だ。


「しかし、流石、(三好) 長慶ながよし様ですな!」

「まさか、石山本願寺から米を出させるとは?」

「右大臣様を顎で使って、帝より綸旨を頂いて協力させた」

「これで本願寺が裏切ることはあり得ん」

「巧くやられるものだ!」


長慶ながよし長逸ながやすと織田が揉めていることを伝えにきた右大臣の (近衛)晴嗣はるつぐと兵2,000人で上洛していると、芥川山城主の (芥川)孫十郎が謀反を起こし、茨木城に足止めされることになった。


晴嗣はるつぐは(芥川)孫十郎を無視して上洛を奨めたが、摂津守護の(細川)氏綱に賛同する者が他に出る事を恐れて討伐することにしたのだ。

長慶ながよしは万が一でも危険な橋を渡るつもりはなかった。


討伐に必要な兵糧がなく、晴嗣はるつぐはそれを借りるべく石山本願寺に向かった。

本願寺も三好なら無視できても近衛家を無視できない。

貸した兵糧を秋に返して頂くこと。

三好から献金を出すこと。

この貢献を帝に知らせること。

三つの条件を出され、晴嗣はるつぐは使者を御所に走らせ、帝より綸旨を頂いて、再度交渉をして本願寺を下した。


長慶ながよしの為に晴嗣はるつぐが奔走する姿は、三好家が近衛家を顎で使っているように見えた。


晴嗣はるつぐは思う。

魯坊丸ろぼうまるよ。これは貸し1つだ!

嫌ぁ、嫌ぁ、そんなことはない。

堺で兵糧を買って貰った方が魯坊丸は儲かったのだ。

ありがた迷惑とは思いもしない。


 ◇◇◇


畠山の軍が京に入ってきた。

小さな寺の本殿で(細川)晴元がうっすらと笑う。

すべて思惑通りだ。

魯坊丸がかき乱してくれたお陰で、方々に手を入れることができた。

人は妬み多い生き物だ。

誰かが脚光を浴びれば、それを妬む。

妬みを共感するだけで仲間と勘違いする。

三好と公方様を裂くことにも成功した。

上々だ!


「織田魯坊丸はキレ過ぎるな!」

「始末致しますか?」

「織田も忍びは多い。中々に難しい。しかも私が関与したと言う証拠を残すのは拙い」

「では?」

「(細川)氏綱の家臣にやって貰いましょう。毒だの、落とし穴など卑怯な手を使う輩です。卑怯な手で始末しても誰も咎めないでしょう」

「そう唆すのですな!」

「ええ、織田も兵力差はいかんともし難い。必ず和議の呼び出しに乗ります。その場で討っておくのがいいでしょう」

「なるほど! かの者に銭を持たせて手の者を用意させます」

「お願いします」


魯坊丸、感謝します。

もう十分です。

魯坊丸が氏綱の家臣の手に掛かって死になされ!

そうなれば、公方様も氏綱と手を切ることになる。

その無念をくみ取り、私が織田に訴えて織田の財力で私が返り咲く。

大人しく死になさい。

くくく、葬儀は盛大にやってあげます!


元管領の(細川)晴元の策謀は尽きない。

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