第80話 束の間の平和!

ごろごろごろ、知恩院から借りている自室の縁側で日向ぼっこをしながらゆったりとした時間を過ごす。

お市のお勉強会は中止となり、悪夢のような公家の訪問もなくなった。

(三好) 長慶ながよしを迎えに行った(近衛)晴嗣はるつぐはすぐに帰って来ると思ったが、未だ摂津に留まって扱き使われている。

公方様は奉公衆の兵2,000人と一緒に東山霊山城で籠城の準備中だ。


「お市様、若様はあのように寝転がって色々とお考えをまとめておいでです。遊ぶのは後ほどにお願いします」

「仕方ないのぉ! 魯兄じゃの邪魔はできん。他で遊んでおくのじゃ」

「ありがとうございます」


千代、ナイス!

千代女がお市を巧く誘導してくれた。

最近、お市は寺領の避難民の子供と遊ぶようになった。

そのお蔭で俺は平和に日向ぼっこができるのだ。


魯坊丸ろぼうまる様」


むぅ、例外もある。

俺は眉をひそめて、毛布代わりの女着ごと体を起こした。


「魯坊丸様、何ゆえに評定に出て頂けないのでしょうか?」


(内藤)勝介しょうすけが随分と増やした白髪頭を下げて俺を迎えにやって来た。

やることは伝えた。

評定する意味もない。

縁側に居れば、黒鍬衆の使いの者がやって来て作業の経過も教えてくれる。

俺が視察に行くと、皆が手を止めてあいさつをするから邪魔でしかない。

つまり、仕事しない方がいい。

合法的だ。

俺がごろごろしていても誰からも咎められない。


たとえわずかな時間でも俺は引き籠ってニートをするぞ。


「使いの者に言ったであろう。新しい情報はない。兄上 (信長)に送る手紙には特に変化なしと書いて送り返せ」

「畠山一万五千が迫って来ておるのに、何故、落ち着いておられるのです」

「一万五千は俺も予想外だ」

「ならば、対策を考えなければ」

「もう打ってある! 停戦が終わって10日ほど粘れば、俺達の勝ちだ」

「(三好)長逸ながやすの兵も周辺から集めて一万に膨れ上がっております」

「それも予想外だ!長逸は何を考えている?」

「某が聞きたいゆえに、お呼びに来ました」

「それならば、俺も判らん。以上だ、お休み」


俺は再び着物を羽織って横になった。

畠山高政の出陣はまったく考えていなかった。

細川氏綱が参戦すると表明したのは何となく判る。

以前、喧嘩騒動を根に持っていたのであろう。

しかし、氏綱に頼まれたからと言って、細川と畠山の関係はそんなに強いのだろうか?

世の中、判らないことが多いな。

まぁ、敵が増えたからと言ってやることは変わらないし、こちらの勝ちも揺るいでいない。

果報は寝て待てだ。

停戦が終われば、ごろごろしながらうたた寝などできない。

貴重な時間を浪費させるな。

今の内に満喫するんだ。


「(岩室)重義しげよしが戻って参りました。殿、信長様よりの伝言もございます」

「三日後に聞く」

「魯坊丸様」

「内藤様、若様はお疲れになっておいでです。また、天より知恵を授かれば、起き上がってくるので、しばらくお待ち下さい」


おぉ、千代女が何かいい事を言っている。

なるほど。

このごろごろが天啓を授かる儀式とすれば、勝介も文句が言えなくなった。

肩を落としてスゴスゴと戻っていった。

千代、ナイス!


それはともかく、重義しげよしは割と役に立たない。

こちらの情報を那古野に伝えるのに、那古野の情報はほとんど持ち帰って来ない。

長門守から何を吹き込まれているのか知らないが、沢山の課題を貰って戻って来ているようだ。

うろうろされる前にさっさと送り返そう。


敢えて言うならば、中根南城に寄るくらいの手間を掛けろ。

仕方なく中根南城に居られる母上らに無事を知らせる使者を送った。

不経済だ。

今朝、戻ってきた使いから色々と末森の胡散臭い話を持ち帰ってきた。

こっちだけで忙しいのに。


三十郎兄ぃ、おめでとう。

願いが叶って京への上洛を許された訳だ。

末森の常備兵と側近のみだから、今頃はもう出発しているかもしれない。

京に入れるかどうかは知らないぞ!


いやぁ、それは拙いか。

停戦を破った口実にされないように注意しないといけない。

こっちにも使者を送ろう。

大津辺りで留まれるように(進藤)賢盛かたもり様(六角家老、志賀郡の領主)に手紙を送っておくか。

そう言えば、(六角)義賢よしかた様に通過の許可を取っているのか?

俺はがばっと起き上がった。


「千代、右筆を呼んでくれ」

「どうかなさいましたか?」

「少し不安になった。義賢様に援軍が通るので通行の許可を貰う手紙を送っておく」

「そういうことですか」

「仲介でも何でもして下さると言う返事を頂いている。織田に対して悪い印象はお持ちではないが、織田から無礼な使者が送られて機嫌を損なわれて堪らん」


俺の心配は杞憂であった。

それを知るのは後のことだが、ともかく『借り1つ』という言葉を添えて、尾張の織田が俺を気遣って援軍を送るのを決めたと義賢様に手紙を送っておいた。


「糞ぉ、目が覚めてしまった」

「お茶を入れましょうか?」

「頼む。加藤も一緒に呑め」

「ありがとうございます」


軒下から姿を現わして俺の横に座った。


「本当に畠山は荷駄隊を用意していないのか?」

「はい、用意しなかったようです」

「いずれにしろ、助かったよ」

「紀伊湊が気づかなかったのは助かりました」


ホント、助かった。

(畠山)高政が出てくるのは考えていなかったからな。

もし、紀伊湊に置いている兵糧に気が付かれていれば、大変なことになった。

高野山の倉だから簡単に手は出せないが、高野山と話を付けて兵糧を供与させられたら策の前提が崩れてしまう。

俺もまだまだだ。

それに長慶ながよしも止めているだろう。

ホント、舐められているな。


一方、長逸は堺で7,500俵(225トン)の兵糧を買い占めた。

船に載せて淀川を遡っている。

1俵を8,000文と提示したが、(岩成)友通ともみちが中々に粘って交渉されて、1俵を2,000文で運び賃は含まれないと言うことになった。

十分と言えば、十分だ。


毛利様への詫び料が500文上乗せされたことになる。

払わないけどね。

追加で買う場合は、詫び料が上乗せされて3,000文になると約定も交わしてある。


ともかく、1俵2,000文、すべて合わせて1万5千貫文の売り上げだ。

1俵当たり900文の儲けで、これを商人と折半するので、3,375貫文の儲けになる。


友通は輸送を三好で行うと言ったが、かなり困難なことになっている。

途中をとおせんぼされて、手前で陸揚げした上で山越えをしてから淀で改めて船に載せて運んでいる。

非常に面倒だ。

その様子を見ながら長慶ながよしはかなり怒っており、すぐに和睦するようにと何度も使いを送っている。


さて、その7,500俵も三好兵が一万人として、兵が一日5合を食べて30日分にしかならない。

畠山ら紀伊・南河内・大和の兵が合流すると、2万5000人に膨らみ、12日分の食糧となる。

京周辺から集めた兵糧が運ばれているが、その量は少なく、推測だが停戦10日間で使い果たす。


(松永)久秀ひさひでは丹波攻めで、この5倍の兵糧を買っており、丹波衆に供出させた分を合わせて、3ヶ月近い兵糧を用意している。

やはり久秀は怖い相手だ。

もし、久秀が相手なら知恩院を囲むだけにして兵糧攻めとかされたらヤバいので、初日の騒動が起きた時点で夜逃げして尾張に逃げている。

相手が長逸ながやすでよかった。


さらにヤバいのが長慶ながよしだ。

晴嗣はるつぐを本願寺に送って兵糧の供与を願い出た。

近衛家の頼みを無下にできず、寄付と秋に返すことを条件に兵糧を手に入れた。

石山本願寺は堺が兵糧を買い占めたのを見て、その思惑を察して買い漁った。

利に聡い。

毛利に送るつもりでかなりの量を保有していると思える。

俺の手は本願寺まで届かない。

長慶が相手なら俺は策が成功していると勘違いをして、降伏する羽目になったかもしれない。

怖い、怖い、やはり油断できない相手だ。


ずずず、俺はお茶を飲んで心を落ち着かせる。


「加藤、噂の方はどうだ?」

「猟師などに扮して獲物を売りに行き、織田は毒付きの罠を使うと話を流しておきました」

「順調ということだな」

「問題ございません」


その毒はちょっとした傷でも10日ほど腐り始めていずれは死に至る。

そんな噂だ。

一万人を越えれば、一人か、二人くらいは病人も出てくる。

さらに破傷風で犠牲者が出れば、信憑性も上がる。

全部、織田のせいにすれば、勝手に怯えてくれる。


さらに、さらに、油を見せて毒と言っておく。

矢を射るときに油を塗るように言い付けておけば、寺領に入った間者が三好方に知らせてくれる。


『おのれ、卑怯な手ばかりを用意する』


などと怒号が飛んでいそうだが、それは褒め言葉と取っておこう。


さて、次はどんな悪戯をしてやろうか?


「お市が中根南城に置いてあった花火を勝手に持ち込んできていたな」

「去年の夏に打ち上げた奴ですな」

「鳴海や笠寺の者が怨霊だの、祟りだのとか騒いでいたであろう」

「ありましたな~」

「熱田明神の呪いがどこまで通用するか判らんが流してみるか?」

「ははは、判りました。夜な夜な何発か打ち上げて、熱田明神がお怒りになっていると、町衆に流しておきましょう」

「あとは勝手に三好に伝わるか」


破裂音もなく、天に光の玉が昇るだけの粗雑な花火だ。

加藤が頷く。

千代女も加藤も頭は回るので、すべて説明しなくても判ってくれる。

そうだ、呪いの序でだ。


「加藤、下剤は大量に用意してあるか?」

「かなり持って来ております」

「ならば、開戦の前日に酒、水桶、井戸に放り込ませろ」

「ははは、随分と臭い開戦になりますな」

「それも熱田明神の呪いだよ」


さぁ、次だ、次だ。

どんな悪戯があったかな?

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