第67話 俺が駄目なら義理兄がいるさ!

拝謁を控えた3月末日、朝廷より使者が到着し、義理兄あにうえらが並ばされた。


「勅命である。左近衛大将 西園寺さいおんじ-公朝きんとも、右近衛大将 久我-晴通こが-はるみちの両名を助け、京の町の治安を守るように命ずる」

「謹んでお受け致します」、「謹んでお受け致します」


荷駄隊の隊長であった浅井-高政あさい-たかまさ、副隊長の義理兄 (中根-忠貞なかね-たださだ)が声を揃えて返答した。

俺は横に立っている 晴嗣はるつぐを睨み付けた。


「やってくれましたね」

「おぉ~、怖い、怖い」


口では怖いと言いならば、まったく動じていない。

俺を取り込むのに失敗したので、義理兄に切り替えたようだ。

懲りないな。

これで少なくとも義理兄が京にいる間は俺と近衛家が繋がることになる。


「こういう手できますか?」

「無理強いはしていませんよ。そなたらがお市と呉服屋を回っている間に確認を取りました」


つまり、俺が断った翌日に山科-言継やましな-ときつぐに連れられて、京の呉服屋を回っている時に義理兄に会いに来ていた。

それは報告で知っている。

練習場へ鉄砲の視察に訪れたとなっていたのだが、内容が少し違ったらしい。


「右大臣様、御用の向きは何でございましょうか?」

「そう固くなるな。そなたの弟には兄弟のように接しておる。そなたも兄弟と思ってよいぞ」

「恐れ多いことでございます」

「浅井も呼び出して悪かった。訓練の邪魔をするぞ」

「このような所に来て頂き勿体ないことでございます」

「今日は鉄砲の見学をしたい。あとでその責任者とも会わせて貰いたい」

「承知しました」


晴嗣は鉄砲の訓練を見学し、根来衆の頭とも会って上洛後も残って貰うように頼んだそうだ。

これを機会に津田-算長つだ-かずながを呼び出して、官位を餌に根来衆を取り込むつもりのようだ。


「今、話したが上洛後は傭兵を預かることになった」

「よろしくお願いします」

「うん、そこで1つ頼みがあるのだ」


晴嗣は浅井と義理兄にそのまま京に居残って傭兵らの指揮を取って貰いたいと頼んだらしい。

右大臣様の頼みだ。

二人が断る訳もない。


「見事な搦め手です。降参です」

「ほほほ、そなたを怒らせずに縁を残しておくのに苦労したぞ」

「随行員の何人かは近衛家に頼むつもりでした。縁は最初から切れておりませんよ」

「承知している。それではちと弱い」


何を企んでいるのやら?

ともかく、浅井-高政あさい-たかまさ近衛府 このえふ の主典 さかんである従七位下左近衛将曹さこんえのしょうそう、義理兄の中根 忠貞なかね たださだ右近衛将曹うこんえのしょうそうの位を賜った。

他にも熱田から随行した武将らに左右の将曹しょうそうの他に、府生ふしょう左右各3名、番長ばんちょ左右各6名と20人全員が官位を頂いたのだ。

定員超過の大盤振る舞いだ。

勝介しょうすけが複雑そうな顔で見ている。

正に青天の霹靂せいてんのへきれきだろう。


「内藤も居残ってくれるならあげますよ」


晴嗣は意地悪く挑発する。

将曹を指揮するなら従六位の将監しょうげん辺りが出てきそうだ。

但し、10年くらいは居残ることになる。

だが、高齢の勝介しょうすけにとって10年は長い。

もう京で骨を埋めるくらいの覚悟がいる。

次に兄上(信長)に会えるのは兄上が上洛の時になるだろう。

家督を譲り、家老職から身を引くことになる。

ちょっと無理だな。


使者が帰ると、浅井-高政あさい-たかまさは周りの者と抱き合って涙を流して喜んでいる。

城を失って千秋家の居候だった彼にとってこれほど嬉しいことはない。

正式な官位は城と同じくらいの価値がある。

もしも織田家から放逐しても、官位持ちならどこの家でもすぐに拾ってくれる。

家老職の勝介しょうすけですら、正式な官位を頂いていない。

格下と見下していた者らが突然に上位者に変わったのだ。

妬みと困惑が渦巻いていた。


「皆、落ち着け」


俺の声で一同が静まり返ってゆく。

呼ばれていなかったので廊下で見守っていたお市が部屋に入って来て、俺の横にちょこんと座った。


勝介しょうすけ、おまえが取り乱してどうする?」

「申し訳ございません」

「忠貞兄じゃ、おめでとうなのじゃ」

「ありがとうございます」

「皆も一緒に喜んでやるのじゃ」


はぁ、お市の声で一同が声を揃えて同意する。

内心はともかく、建前くらいは喜んでやれよ。

同じ織田家だ。


「不満がある者もいるだろう。だが、官位が欲しければ、俺に申し出ろ。すぐにくれてやる」

魯坊丸ろぼうまる様、そんな無茶なことを言われますな」

「無茶なものか。何の為に晴嗣様が俺の後ろ盾にいると思っておる。だが、名乗り出た者は一生京に残ると思え、そのつもりでいろ。それが条件だ」

「一生って、尾張に帰れないのかや?」

「そういうことになるな」

「それは嫌なのじゃ。わらわも官位はいらないのじゃ」

「安心しろ。お市の官位は帝から頂いたものだ。そんな条件は付いていない。俺と一緒に尾張に帰れるぞ」

「そうか、それはよかったのじゃ」


野口-政利のぐち-まさとし(平手政秀の弟)と織田-重政おだ-しげまさは取次役を命じられた後に官位を頂けるように手配してあると言っておいた。

帝に拝謁する必要はないが、御所に出入りするなら官位があった方がいいからだ。

まぁ、京に残っていれば、必要に応じて官位が付いてくる。


「どうだ、(佐久間)信辰のぶとき。随行員を指揮して京に残るか? 明日でも一緒に近衛家に行こうか? ちゃんとあいさつをしろよ。官位を貰ってやる」


俺がそう言うと油汗を流し出した。

信辰は那古野家老の佐久間-信盛さくま-のぶもりの弟だ。

織田家を支える佐久間一族の一人だ!

兄に似て、色々と口を出したがるが知恵が追い付かない。

知恩院の中では偉ぶっているが、公家の作法も中々に身に付かない。

公家の接待を任せるなど自殺行為だ。

焦った顔、困惑する思い。

官位は欲しいが、公家の中に一人で置かれる恐怖が襲う。

それは本人も判っているようだ!


「某は兄の助けをせねばならぬ為に、京に残ることはお許し下さい」

「そうか、それは残念だ!」


そう言って、林秀貞の与力の中川弥兵衛に顔を向ける。


「弥兵衛、お主にはすまんが一緒に織田に帰って貰うぞ! 尾張で色々と助けて貰わねばならん」

「魯坊丸様の為に一緒に帰らせて貰います」

「官位はまたの機会としよう」

「その配慮のみで満足でございます」

「(大秋)十郎左衛門、そなたも尾張組だ。一子のそなたを京に残すと、そなたの父から恨まれそうだからな!」

「仕方ありません」

利玄りげん安勝やすかつ。そなたらの武勇に期待しておる。尾張に一緒に帰って貰うぞ」

「某の武勇でございますか」

「お任せ下さい」

「利玄、安勝、頼りにしているのじゃ」

「必ず、お守りいたします」「大船に乗った気でいて下さい」


大船じゃなく、泥舟だ。

この前田家の二男利玄りげん、三男の安勝やすかつは利家の兄だけあって、槍使いが巧い。

だが、やはり利家の兄なのだ。

非番に京の町に繰り出すと乱暴者を退治するのはいいのだが、その度に店などを盛大に壊して問題を持ち帰ってくる。

その被害にあった店の再建費を俺が払っているので、町衆から高評判を受けている。


ご利用は計画的にだ。


こんな不良債権を京に残したら俺が破産する。


その次は浅野-長勝あさの-ながかつだ。

一人一人、声を掛けてゆく。

そうして主だった者を宥めていたら日が暮れてしまった。


 ◇◇◇


帝から勅命を頂いたその日。

幕府にも織田家に大番役おおばんやくを任せた旨が届けられる。

公方、足利-義藤あしかが-よしふじ (後の剣豪将軍義輝)は政所執事の伊勢-貞孝いせ-さだたかに問い直した。


「大番役とは、北面武士ほくめんのぶしのような物か?」

「そう考えて問題ございません。大番役は京守護(六波羅探題)の手下となりますが、京守護は不在でございます。ならば、上皇ではなく、左近衛大将 西園寺さいおんじ-公朝きんとも、右近衛大将 久我-晴通こが-はるみちの兵と考えるのがよろしいかと」

「(三好)長慶には京の警備を命じたが、所司頭人しょしとうにんを任じてなかったな」

「特に任じた覚えはございません」

「ならば、左近衛大将と右近衛大将に従って、大番役と共に京の治安を守るように命じておけ」

「畏まりました」


公方義藤よしふじはにんまりと笑みを浮かべた。

所司頭人であったなら侍所を統率する代官として、京の治安を管轄する者であった。

立場は違うが、大番役と対等であった。

治安を任せたが、所司頭人でない三好は格下だ。

これまで好き勝手させていたが、今度は従って貰うぞ。


「そうだ。いっその事、魯坊丸を所司頭人に任じてはどうか?」

「元服もしていない者を任じた前例がございません」

「あれは普通の稚児と違うぞ」

「あまり織田を取り立てますと、他の者が騒ぎ出します」

「ちぃ、仕方ない。今回は見送ろう」


三好に1つの楔を入ったことで納得する公方様であった。


もし、この命令を受け取ったのが(松永)久秀ひさひでであったなら、喜び勇んで知恩院まで足を運び、これからことを相談に行ったであろう。

しかし、その久秀ひさひでは丹波にあった。


残された三好の兵を率いていたのは、久秀ひさひでと並んで三好家の双璧と称される三好 長逸みよし ながやすであった。

三好家の取次役は久秀ひさひで長逸ながやすだったのだ。

幕府取次役の進士-晴舎しんじ-はるいえが書状を渡すと、目の前で書状を握り潰した。


「はぁ、尾張の片田舎侍と肩を並べろと言うのか?」

「公方様からお下知でございます」

「知らん。相手にされたいのならば、頭を下げて会いに来いと申しておけ」

「勅命でございます。不敬でございますぞ」

「媚びを売るのが得意な連中など、虫けら以下だとそう伝えておけ」

「ともかく、書状はお渡ししました。これにて失礼致します」


晴舎はるいえは顔を歪めながら退散した。


「殿、よろしかったので?」

「構わん。長慶ながよしが甘い顔をするから付け上がるのだ。所詮、公方様など飾りに過ぎない。帝もしかり、畿内を誰か治めているのか? それを教えてやらねばならん。俺は久秀ひさひでのように甘くないぞ」


銭を稼ぐことが得意なだけで尾張一国も治められない奉行如きと同格というのが納得いかなかった。

しかも、そのような田舎者の娘を嫡男の嫁に貰うなど在ってはならなかった。

身の程を教えてやる。

ふふふ、挑発的な笑い上げる。

そんなつもりで挑戦状を送った長逸であった。

しかし、その意図は途切れた。

なぜならば、晴舎が何もなかった。

何も聞かなかったことにして、公方様に報告していたからだ。


その頃、俺は一番やる気の晴嗣に振り回されて、晴嗣に呼び出された西園寺公朝様、久我 晴通様と今後の予定を話し合っていた。

晴嗣も一緒に回るつもりだ。

右大臣が回って、左近衛大将と右近衛大将が出ない訳にいかない。

二人の困惑ぶりが手に取るように判った。

迷惑な奴だ。

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