閑話(おまけ).護衛ができない犬千代。

魯坊丸ろぼうまる様とお市様が京の町に繰り出している頃、知恩院の一室では教材と睨めっこを続ける犬千代の姿があった。


「何故だ! 何故、私がお市様の護衛に行けないのだ!」

「宮中の礼儀作法ができていないからだ!」

「あの馬鹿は一緒に出ていったではないか?」

「馬鹿とは慶次のことか? 公家様から満点を貰っていただろう。気の利いた言葉が実に素晴らしいとお褒めの言葉まで賜っていたな!」

「俺も同じようにしたのに何故だ!」

「相手をわきまえずに同じように振る舞ったからだ!」


お市の護衛である犬千代は魯坊丸ろぼうまる様とお市様の帝の拝謁の行列に並ぶつもりだった。

しかし、二人が拝謁している間も宮中で待機しなければならない。

そのとき、どんなことが起こるか判らない。

最低の常識と無礼にならない程度の礼儀作法を身に付けないと連れて行けない。

随行員に公家の礼儀作法を教えるついでに、魯坊丸様は公家様に行列に参加する兵や護衛の教育を頼まれた。

慶次は見事に一発合格。

対する犬千代は不合格を連発して補習中であった。


「どうして俺は付いていけないのだ?」

「お前は礼儀作法を覚えぬからだ!」

「お前も落ちていたな!」

「俺は注意を受けただけだ! 今の調子で覚えて行けば、拝謁の日までに間に合うだろうと準合格を頂いた」

「ならば、何故、俺は合格を貰えない」

「覚えていないからだ!」


まず、服装で階級が違うことを覚えない。

下役人に遜っては駄目だが、公家様にため口は最悪だ。

慶次は下級役人に気の利いたことを言ったのに、同じ言葉を大納言様に掛けたのは絶対に駄目だろう!


「いいか、この服が下級役人、こっちが中級役人、五位以上が貴族様、三位以上と参議に付いた方が公卿様だ。判ったか?」

「何故、そんな面倒なことをする?」

「何故ではない。そういう決まりなのだ!」

「どうしてだ?」

「聞くな! 紫の色の衣装は公卿様だ。只管、拝礼しろ! 赤い色の衣装は貴族様だ。聞かれたことに必ず答えよ!」

「俺はお市様に仕える身だ。他の者の命令は聞かん」


馬鹿野郎!?

こいつをどうしろと言うのだ!

弥三郎はキレそうになっていた。

絶対にこいつは無理だ!


「もう拝謁の同行を諦めろ! そうすれば、明日から護衛に戻れる」

「お市様の晴れ姿を護衛できなくては、信長様との約束を違えてしまう」

「ならば、次の試験で通れ! 本を読め、さもないと明日の護衛も付いてゆけぬ! 俺を巻き込むな!」

「弥三郎、お前はそれで平気なのか?」

「お前のせいだ。お前を逃がさずに勉強をさせように言いつかっておるのだ! その為に今日の護衛を外されたのだぞ!」


いくら言っても犬千代は判らない。

教材と睨めっこしてもすぐに飽きるし、俺が読んでやっても寝てしまう。

どうしろと言うのだ!

魯坊丸様、お市様にやる気を出したように犬千代がやる気を出す方法を考えて下さい。

弥三郎はそんな空しいことを祈っていた。

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