第49話 こはるびより。
「魯兄じゃ、行ったのじゃ」
「おう、任せろ!」
飛んできた
サッカーのリフティングのように膝を通過するときに振り出すと
俺的には完璧だ。
「魯兄じゃ、高さが足りないのじゃ」
「判っているよ」
「もっと素早く蹴り上げるのじゃ」
知っている…………っていうか、俺が教えたんだ。
鹿の皮を縫い合わせた蹴鞠は蹴り上げると、紙風船のように空気が入って鞠が膨らむ。
しかし、サッカーボールのように反発しないので割と力がいる。
それでいて、1丈5尺 (約4.5m)も蹴り上げなければならない。
しかも上半身を動かさずに、膝も曲げてはいけない。
どないせっちゅうねん。
(何故、関西弁)
落ちてきた蹴鞠を真上に蹴り上げて、3回目でお市に返す。
この距離感がまた難しい。
お市が『わぁっ!』と小さな可愛い声を上げて、するするとすり足で移動すると、俺が右に逸らした蹴鞠をポッンと蹴り上げた。
「魯兄じゃ。ちゃんと返して。いま、焦ったのじゃ」
「すまん」
「京菓子、1個なのじゃ」
「わかった。今度連れて行ってやる」
「絶対なのじゃ」
お市は焦ったと言いながら蹴鞠を1丈 (3m)は高く上げて、元の位置に戻してきた。
3日前 (公方様の宴会の翌日)に
つまり、
以前、みっちり仕込まれた俺がお市の教師役になった訳だが、何故だ?
たった3日で立場が逆転してしまった。
「魯兄じゃ、もっとすっと足を出さねば、蹴鞠は上がらないのじゃ」
「判っているよ」
「判っているなら、ちゃんとするのじゃ」
「がんばります。お市先生」
お市がふにゃと首を捻った。
どんな仕草も可愛く見えるからお得だね。
どうしてこうなった?
あっと言う間に蹴鞠のコツを完全にマスターしてしまったのだ。
これでは兄としての威厳が?
う~~~ん、駄目だ!
見栄を張るのは止めよう。
恥を掻くだけだ。
俺はすぐに諦めた。
「先生とは何じゃ?」
「俺より偉いという意味だ」
「そうかぁ、わらわは魯兄じゃより偉いのか」
「あぁ、俺より巧くなった」
「ならば、魯兄じゃがちゃんと蹴られるように教えてやるのじゃ」
「よろしくお願いします」
素直にお市から教わることにする。
でも、お市の指導は『えい!』とか、『ヤー!』とか、擬音ばかりで要領が掴めん。
疲れた。
「魯兄じゃ、だらしないのじゃ」
「ちょっと休憩」
「仕方ないのぉ、慶次相手をしてたもれ」
「判った」
ほほほ、(近衞)
毎日、暇だね。
そう言いたいが、そんな理由で来て貰っているのではない。
「お市殿に負けましたね」
「(近衞)
「遠慮します。勝てる気がしません」
ふっ、俺は笑みを零した。
「言っておきますが、魯坊丸のように負けるつもりはありませんよ。ただ、勝負がつかないと言う意味です」
目を細めて、笑いながらそう言った。
ちぃ、俺は舌を打って顔を背けた。
慶次は
彦右衛門(
千代女は見ていただけなのに俺より巧い。
今、勝てるのは犬千代(
しかし、こいつら三日前にお市と一緒に教えたばかりだから仕方ない。
ただ、明後日の方にしか飛ばない犬千代には一生負ける気がしない。
今日の(近衞)
広橋家は院別当(将軍)と帝の間の連絡を務める伝奏を担う家系であり、(山科)
(内藤)
俺の礼儀作法は習得済み、お市においては5分も持たない。
お市の礼儀作法は女官らにお願いしている。
うん、他に手がない。
「この動き難い履物と服は何とかなりませんか?」
「伝統だからな! どうしようもない」
「せめて履物が普通なら巧く扱えるのに」
「ほほほ、負け惜しみにしか聞こえませんぞ」
「負け惜しみです」
お市はこの勉強会で新しい技を身に付けた。
勉強をちゃんとしたら『ごほうび』を貰うというおねだりだ。
(内藤)
お市が公家様におねだりして、公家様が承知すると(内藤)
空いている予定日にお市の京見物が増えてゆく。
(内藤)
ホント、権威に弱い。
「
「だってさ。右大臣がこれで、公方様があれだぞ。どこに敬う必要がある?」
「本人の目の前でよく言えますね」
「本人がいなけりゃ、冗談で済まされない」
「本人がいても冗談に聞こえません。麿以外には言わないで下さいよ」
「言うかよ!」
公方様に用意していた能舞台を一緒に見たいとか、こいつの父(
根性がないというか、小心者というか、腹が据わらんというか、とにかく初めてのことになるとパニックを起こして機能しなくなる。
それで怒りっぽくなるからこっちは迷惑だ。
迷惑と言えば、公家様だ。
公家様が無理難題を言う度に、俺の財布から銭が零れるように消えてゆく。
あとで返して貰えるのか?
どうして無茶言っている公家様の財布じゃなく、俺の財布が軽くなるんだ。
理不尽だ。
「本人を目の前でよく言えますね」
「本人がいなけりゃ、冗談で済まされない」
「本人がいても冗談に聞こえません。麿以外には言わないで下さいよ」
「言うかよ」
「三条さんや中御門さんが聞いたら不敬で訴えられます」
「そのときは出した銭の分だけ、近衛家にがんばって貰う」
はぁ、
だが、決して嫌な顔ではない。
「(それがおかしいところであり、おもしろいところである)」
「何か、言いましたか?」
「いいえ、麿は何も言っていません」
今日はこはるびよりのいい天気だ。
「魯兄じゃ、休憩はよいであろう。わらわと遊んでたもれ」
「判った。今行く」
こういう平和な日があってもいいだろう。
〔魯坊丸と信長の時系列〕
★3日 (那古野)信長、お市の堺到着を確認、上洛を知る!
★4日 (那古野)信長、失態隠しの工作が開始。
5日 京に上洛。(本隊、荷駄隊が到着)
5日 幕府、朝廷に使者。(公方様のと拝謁が決まる)
5日 野口政利、山科言継に公家の紹介を頼む。
5日 魯坊丸、手紙のお仕事を再開。
5日 朝廷から使いを送るという言伝が届く。
★5日 (那古野)、お市の上洛瓦版(堺編)が発行!
6日 到着を祝う帝の使者が知恩院に来る。(逆上座問題)
6日 京見物(1) 山科と会う。公方様と会う。(お市の室町殿拝謁決まる)
6日 野口政利、幕府にお市の件を確認に行く。(天女姿で?)
6日 魯坊丸、手紙のお仕事で尼子の進攻を確認する。
★6日 (那古野)、お市の上洛瓦版(河内編)が発行!
7日 野口政利・織田重政、幕府政所執事の伊勢貞孝の邸宅に土産を持ってゆく。(お市の拝謁の作法を聞きにゆく)
★7日 (那古野)、お市の上洛瓦版(淀編)が発行!
★8日 (那古野)、お市の上洛瓦版(京編)が発行!
▲8日昼 津々木蔵人、丹羽氏勝に呼び出される。
8日 魯坊丸・お市、公方様に拝謁。
9日 公家様、お風呂ご来訪。(お市の帝拝謁、猶子問題が発生)
9日 魯坊丸、信長へお市が猶子になる旨を知らす使者を送る。
★9日 (那古野)信長、信勝から呼び出し!
★10日午前 (那古野)信長、信勝からお市と丹羽氏勝の婚儀を聞く。
▲10日午前 信勝、京の魯坊丸にお市と丹羽氏勝の婚儀の手紙を送る。
★10日午前 (那古野)信長、信勝からお市と丹羽氏勝の婚儀を聞く。
◆10日午前 魯坊丸、信長へお市が猶子になる旨を知らす使者が那古野城に到着。
▲10日午前 (末森)奉行、京の魯坊丸への手紙を使者に渡す。(使者、出立)
★10日午前 (那古野)信長、長門守を末森に送る。
▲10日午後 (末森)使者、熱田湊を出港し、桑名に到着。(1泊目)
10日夕方 魯坊丸、公方様の宴会に出席(三好からお市の輿入れを受ける)
10日夕方 岩室重義、那古野に向けて知恩院を出発。(徹夜で会議になる)
▲11日早朝 (末森)使者、桑名湊より鎌倉街道を通って出発。(関所あり)
◆11日早朝 岩室重義、那古野に到着。
★11日早朝 (那古野)信長、末森に魯坊丸と三好の書状を送る。
▲11日早朝 (末森)土田御前、三好との婚儀を承諾。
▲11日早朝 (末森)土田御前、末森に魯坊丸と三好の書状を送る。
◆11日午前 岩室重義、那古野から京に向けて出発。
◎11日夕方 岩室重義、瀬田大橋付近で末森の使者と偶然に出くわす。
(▲11日夕方 (末森)使者、瀬田大橋付近で岩室重義と偶然に出くわす。)
11日夜 魯坊丸、信長と信勝の手紙を受け取る。(意味が判らない)
12日深夜 魯坊丸、再び、岩室重義を那古野に送る。
12日午前 (末森)土田御前の使者、お市の婚儀を承諾した旨を送ってきた。
◆12日夕方 岩室重義、那古野に到着。同時刻、京に出発。
13日昼 岩室重義、(京)知恩院に到着。
13日午後 近衞晴嗣、広橋国光を連れてご来訪。お市を京の町に連れ出す。
14日午前 魯坊丸、蹴鞠で負けて京に出る約束をさせられる。
15日夕方 知恩院で能会。
16日朝、内藤勝介、能会で大変な時期に寝ていた岩室重義に怒って叩き起こした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます