第38話 剣豪将軍義輝との内謁。

俺は3日ぶりに義理兄の中根忠貞なかね たださだと再会した。


「今日はよろしくお願いします」

「もう一度、見せ場があるとは嬉しい限りだ」

勝介しょうすけめ、義理兄あにうえを寺に上げさせないとは文句を言ってやりましょうか?」

「その必要はない。我らは傭兵を率いる為に上洛したのだ。その傭兵らと寝食を共にするのは当然のことだ」


熱田衆は荷駄隊であり、京に上がると変事の予備兵力になる。

織田から来た儀仗兵500人と傭兵1,000人は知恩院に入らず、寺領が所有する長屋のような場所で暮らしていた。

もちろん、俺が連れて来た黒鍬衆が指導して風呂や新しい宿舎や壁などを建設しており、密かに知恩院の砦化を進めている。

住職様からもお好きにどうぞと言われているの好きにさせて貰う。

知恩院を城に例えるなら大外堀を掘って、その内側に居住区を造っている感じになる。

次回は兄上(信長)も使うので念入りに造らせて貰うつもりだ。

傭兵だって遊ばさないし、大工なども新たに雇う。

地元の者も雇って雇用にも貢献すれば、喜ばれる上に銭をばら撒けば町が潤い。

物を買えば、商人も喜ぶ。

僧兵500人に手伝って貰っておこづかいを渡せば、おおむね仲は良好であった。

義理兄にはなれない現場監督もやって貰っていた。


「お市様に聞いたぞ。精進料理が口に合わんと」

「京の方は薄口ですから仕方ありません…………もしかして行きましたか?」

「昨日、来られた」

「それで昨日は少食だったのですね」


1,500人もの兵の食事はすべて自炊だ。

食事に関して寺の外までうるさく言わないようで尾張と変わらない食事をしていた。

尾張から持ち込んだ調味料を使っている。

肉料理に鹿汁やぼたん汁、傭兵らも堪能したようだ。

傭兵は寺領の空き地で訓練を行っている。

儀仗兵は行進が命だ。

毎日、欠かさず練習を続けていた。

熱田式の戦法、大盾の使い方を傭兵らに叩き込む。

違う所は飛び道具が抱っこ紐(吊り紐)を使った投石ではなく、弓を使っている辺りであった。

そして、スコップやつるはしなどを使って、果てしなく掘るのだ。

土木工事の手伝いも訓練だ。

とにかく、熱田式はどこでも塹壕ざんごうを掘って身を守ることからはじまる。

池のような大きな落とし穴と大外堀も掘って貰う。


唯一、参加しないのが根来衆100人だ。

彼らは異質な存在であり、堺衆の用意してくれた。 

僧兵の格好をして全員が鉄砲を抱えている。


「中々に気のいい奴らだぞ」

「そうなのですか?」

「僧の格好をしているが僧でないらしい。好きなだけ火薬が使えるとおもちゃを抱いた子供のような奴らだ」


鉄砲を撃つには火薬がいる。

当たり前だ。

この火薬が滅茶苦茶に高く、一発で米一升(10合、1.5kg)に相当する。

一人が食べる米が5合とすると、一発で2日分の飯が消えてゆくのだ。

勿体なくて撃てるものでない。

しかし、鉄砲が巧くなる為には練習が必要であり、練習をすると火薬が消費される。

ジレンマだろう。


おそらく、堺衆も織田が美濃の斎藤-利政さいとう-としまさとの会見で鉄砲300丁を集めたことに対抗したのだろう。

織田の傭兵になると鉄砲が好きなだけ撃てると誘うと、沢山の根来衆の皆さんが集まってくれた。

飯は巧く、鉄砲が好き放題に撃てる。

根来衆の皆さんはかなり気に入ってくれているらしい。

今朝も朝方からバンバンバンと鉄砲の音が響いていた。

日に日に三条大橋を渡って、射撃場に見物にくる京の人々が増えているらしい。


「黒鍬衆の皆が鉄砲も巧いのに驚いていたぞ」

「練習させていますからね」

「抱っこ紐(吊り紐)は止めるのか?」

「鉄砲の数が揃うのはずっと先です。それに雨の日は使えませんから、しばらくは抱っこ紐(吊り紐)が主力です」

「俺としては弓隊が欲しいな」

「次の (黒鍬衆)四期生から弓も使えます」

「ホントか?」

「連射なら弓が一番でしょう。それに千秋流の弓術を教えると千秋-定李せんしゅう-さだすえ様が張り切っており、止められません」

「ははは、確かに。千秋家は弓の名手を輩出する名家でもあったな」


俺が義理兄あにうえと話し込んでいると、千代女が声を掛けてきた。

そろそろ出発らしい。

内藤-勝介ないとう-しょうすけらは先陣を切って出立し、それに500人の儀仗兵が続く、そして、熱田衆に守られた俺とお市、最後に公方様に献上する品を持った小者衆が後を付いてくる。

次々と儀仗兵が大門を出て行っていた。

次は俺達の番だ。

俺の両側は慶次(前田 利益まえだ とします)と彦右衛門(滝川 一益たきがわ かずます)が固め、お市は犬千代(前田 利家まえだ としいえ)、弥三郎(加藤 弥三郎かとう やさぶろう)が守る。

千代女と千雨はお市の侍女として随行し、岩室-重義いわむろ-しげよしは小者頭として、加藤ら忍び衆として周辺を警護する。

但し、公方様も忍びを雇っており、室町殿(花の御所)の中には入れてくれない。


「魯兄じゃ、わらわはどういう扱いになったのじゃ?」

「俺もお市も元服、裳着を済ましていないわらべであるから『拝謁』ではなく、『内謁ないえつ』ということになった」

「どう違うのじゃ?」

「内々で謁見するから内謁。つまり、正式な拝謁ではなく、公方様の私的な謁見となった」

「よく判らないのじゃ?」

「つまり、正式でないから、多少の無礼は許すということだ」

「そうなのか」


公方様には公方様の都合があるのだろう。

正式な拝謁となると、この後のお披露目で御相伴衆、御供衆、奉行衆、奉公衆などを呼ばないといけない。

つまり、相伴衆の三好家も呼ぶことになる。

内々であれば、三好を誘う必要もない。

余程、織田家と三好家を会わせたくないのだろう。

根が深い。


知恩院の大門を抜けると行列がよく見えるようになった。

堺衆が銭を惜しまなかったので華やかさでは傭兵達の鎧・兜に及ばないかもしれない。

しかし、この儀仗兵は三ヶ月を行進ばかり訓練をしてきた。

顔の角度、手の動き、足の歩幅、まるで1つの生物のようにぴたりと動く。

曲がり角でも一糸乱れぬ動きが美しく、威風堂々という言葉が相応しい。

他の軍隊と違う。

わずか500、それでも織田の兵がどれほど強いのかを誇示する。

織田の弱兵なんて言葉もあるが、これを見てそう思う者は少ないだろう。

少数精鋭と思うハズだ。

ごめんなさい、はったりです。

儀仗兵は行進に特化して兵として余り強くありません。


町の衆の目線を見ると、今日の主役は俺ではなく、完全にお市だ。

もう一度、天女様が見られると京の民が集まっていた。

三条大橋を渡ると川沿いに上り、御所の前を通り抜け、室町通りを北上すると到着する。

俺は室町殿の正門を通り、下馬すると本殿に入っていった。

皆が織田を見る為に出迎えてくれる。


いくつも襖が開けられて、長い回廊のような部屋を通り抜けて謁見の場所に進む。

前を歩く勝介しょうすけの背中も強張っているように思える。

最後の襖の前で足を止めると、勝介しょうすけが俺に道を譲って、林-通忠はやし-みちだたと左右に別れ、襖が開くと勝介しょうすけ通忠みちだたが先に入った。

二人は左右で跪いて俺とお市の道を作る。

途中の部屋で帯刀はすべて取り上げられており、皆、丸腰だ。

入った瞬間、左右から槍が飛んで来てブスリでは話にならないからな。

目の前に公方様がいた。


「魯兄じゃ、あのお方じゃ」

「お市、あのことは忘れなさい。あれは夢じゃ。これが初めてだ。判ったか?」

「よく判らんが、判ったのじゃ。お初じゃな」

「では、行くぞ」


御相伴衆、御供衆、奉行衆、奉公衆などが左右に並ぶ中を通って前に進む。

皆、俺とお市に興味津々きょうみしんしんだ。

やはりと言うか、三好の家紋を付けた者がいない。

言われた所まで進むと、そこで膝を折った。


「お初に御目通り叶って光栄に存じます。織田おだ-三河守みかわのかみ-信秀のぶひでが十男、織田-魯坊丸おだ-ろぼろうまるでございます」

「同じく、市でございます」


こうして俺は室町幕府第13代征夷大将軍、足利-義藤あしかが-よしふじと対面が実現した。

(後の剣豪将軍、足利義輝だ)


「よく来られた。大儀である」

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