閑話.内藤勝介は誓いを新たにする。
その後、皆を別屋に集めた。
目付衆の
側近衆の
若侍衆の
随行員の
「
「あれは内大臣様がされたことでございます。織田家に類が及ぶことはないと存じ上げます。但し、この非礼は詫びておくべきかと」
「判った。書状を
「畏まりました」
「で、今後の予定だが」
内大臣・
この後は
どうにか朝廷の方は何とかなりそうであった。
「明後日の公方様への拝謁はどうだ?」
「抜かりございません。御招きの能台もすでに完成しており、飾り付けのみでございます」
「拝謁の後にすぐに御招きできるのだな」
「手配も終わっております」
うんうんと
やればできるではないか。
随行員は仕事を分担しており、護衛の配置や土産、料理、馬、衣装などのそれぞれが報告を上げてゆく。
それもそのハズ、政秀が大筋を取り決め、
途中から政秀が死んだことになり、
当たり前である。
面倒なことこの上ないが、政秀が準備をしているのだ。
問題が起きる訳がない。
但し、京に上がってからは随行員のアドリブになる。
ここから
「殿、大変でございます」
「どうかしたか?」
「
「何だと」
さきほどまで広間に居たのに?
目を離すと居なくなるとは子供か。
寺の隅々まで探させたがどこにもいない。
間もなく、
使節の代表がふらふらと町に出るなどあり得なかった。
「どういうおつもりか?」
「声を掛けなかったのは済まなかった。以後、気を付ける」
「そもそも護衛を連れずに、ふらふらと歩くなど気が触れたとしか思えません。判っておるのですか、
「もうよいな」
そう言うと、床に転がった。
「
「先ほどから同じことを三度言っておるぞ」
「何度でも申しましょう」
「もう聞き届けた。
「何故、内大臣様が出てくるのです」
「
内大臣様が
どうやって断れというのだ?
帝の使者に軽く無礼を働く奴を相手に?
どう対処しようかと考えるだけで
「そういえば、言い忘れた」
道端で公方様にあった?
本当に気が触れたのではないか?
すぐに幕府に問い合わせる為に使者を立てた。
待っている間に食事の時間となり、一同が会して食事を取る。
こちらは大所帯だ。
各部屋で頂きたいが、寺の都合もあってそうならなかった。
(兵達1500人は寺の外で、僧兵らと一緒に自炊している)
「全然、美味しくないのじゃ」
「お市様は贅沢を言ってはなりません。できる限りの馳走を用意してくれているのです」
「美味しくないモノを美味しくないと言って何が悪いのじゃ」
「我儘を言ってはなりません」
「わらわは猪丼が食べたいのじゃ。丼の上に生卵を掛けると極上なのじゃ」
「(お市様、声が大き過ぎます)」
「
「(お市様です)」
「とにかく、そんなものが寺で出せる訳がありません」
「この味噌汁も味がせんのじゃ」
「京の味が薄味なのでございます。諦めて下さい」
「内藤の爺は駄目じゃ、諦めろばかりじゃのぉ」
「お市様、ここは尾張ではございません」
「ないのなら工夫するのじゃ」
「それは某の領分でございません」
「都合のいい奴じゃ」
昨日から食事になるとお市と
お市は肉が食べられない上に、薄味の京料理はお市の口に合わない。
お市と
そこに幕府に遣わした使者が戻ってきた。
「それでどうであった」
「間違いございません。お市様を同行せよとのことでございます」
「嘘を申すな」
「嘘ではございません。お市様に置かれては、上洛時の天女の姿で拝謁するようにとのお達しでございます」
どうすればよい?
「
「某も
「
「申し訳ございません。どうすればよいのか、まったく判りません。
「
「申し訳ございません」
随行員一同が頭を下げる。
対策を
それも拝謁に関する意見だ。
腹を切るくらいの覚悟がいる。
随行員はアテにならん。
皆、顔を逸らしてしまう。
致し方ない。
「
「知らん」
「知らないでは済まされません」
「
「いきなり政所様に?」
「安心しろ。彦右衛門(
「なるほど。
「慌てるな」
「しかし」
「今日はもう遅い。前触れの使者のみを送り、明日の朝にでも聞きに行けばよいであろう。向こうにも都合があるが拝謁を明後日に控えておれば無下にもできまい。会って下さるだろう。判ったな」
「畏まりました」
幕府政所執事の意見に従えば間違いない。
「あっ、最後に1つ」
「まだ、ございますか?」
「内大臣と山科卿が3日後に完成する湯船を所望したいと申しておった。何を準備すればよいのか、向こうに尋ねて
「どういうことですか?」
「ただ、風呂に入りに来るだけだ。断れとか言うなよ。俺には無理だぞ。断るなら自分で断りに行けよ」
「
鼓膜が破れるかと思えるほどの声を
食事が終わると、
それほど重要なことを「忘れていた」と、さらりと言うのだ。
他の随行員もまだ出てくるのではないかとゾロゾロと付いて来ていた。
日が沈み、暮れ六つの
侍女の千代女が山積みの手紙が入った箱を持っている。
「やはりやるのか?」
「若様に決めて頂なければ、いつまでも仕事が滞ってしまいます」
「休暇中は仕事はせぬものだぞ」
「休暇は終わりました」
ドンと侍女の千代女が
何が始まるのかと
「西国の米を買いしめておけ。すぐに尼子が動く、狙いは備中だ。
「どういたしましょう?」
「毛利に伝えてやれ。すぐに尼子がやってくるぞと」
「間に合いますか?」
「判らん。だが、無駄にはなるまい。
次から次へと書状を書かせていた。
主に西国の領主に祝いやお悔やみの手紙であるが、そこに必要ならば協力すると言葉が添えられている。
一言にするならば、『力(金と武器)を貸してやる』であった。
特に勝山(高田)城周辺に手厚かった。
「勝山(高田)城に2万人以上の大軍が押し寄せる」
「勝山(高田)城ですか?」
「そうだ、何度か攻めているからな。迎え撃つのは浦上宗景、後藤勝基辺りだ。当然、同盟の毛利も出てくる訳だ」
備中で起こる小さな戦が周辺を撒き込んで大きな戦になるように画策しているように聞き取れた。
まるですべてを
「越後の米は尼子に、畿内の米は毛利に回せ」
「それでは畿内の米が不足するのではありませんか?」
「不足させておく」
「なるほど、畏まりました。では、丹波の方の米も高値で買い付けに行かせておきますか?」
「それで頼む」
判らないが恐ろしいことが進行しているのを肌で感じた。
紙と筆だけで西国の尼子と戦をしている。
それだけは判った。
手を付くと床が冷たい?
それの水たまりが自分の汗だとすぐに気が付かないほど動揺していた。
「
「判らんが、先ほどから尼子と毛利の武将の名が頻繁に出ておる」
「山名、赤松もあったぞ」
「尼子包囲網を作ろうとされておるのではないか?」
「それならば、何故、尼子に米を売るのだ?」
1つ間違えば、八国守護の尼子を敵にする行為だ。
それを楽しそうに指示している。
判らないが、そこにいるのは子供などではなく、得体のしれない怪物であり、魔王であった。
「
「何かありましたか?」
「
「何故、そんなことが判るのです」
「手の者を今出川家に放り込んでおいた。今は気に入れられて小者になっておる。その者からの連絡だ。おそらく、四、五人の宮様らが風呂に入りに来るであろう」
「四、五人とはどなたでございますか?」
「知らん。明日にでも先触れが来るであろう。
「何故でございます?」
「来訪が一日で済むと思うか? おそらく宮様が代わる代わるやって来ると思われるぞ。それを全部、知恩院の僧に任せるのか? 負担が大き過ぎるだろう」
「しかし、急に言われてもできるモノではありません」
「料理人は商人のツテで回して貰え、
随行員の皆が
一瞬で的確な指示を出してくれるのだ。
これほど頼りがいのある方はいない。
「
「待て、まだだ」
「他に何か?」
「天女を見たいと申された公方様がいる。能を見た後に風呂を所望したいと申されるに違いない。明日、どう対応すれば良いか、
「その通りですな。
「畏まりました」
そう言うと
各地、公家の屋敷に密偵を放ち、その商人や武家・公家を操って意のままに動かす。
巧くゆくならば、尼子は毛利・大内を相手に大戦にすることになるのであろう?
生意気だけの悪餓鬼ではなかった。
織田にとっての吉兆であり、同時に悪夢の子供であった。
信長様、あなたの弟御様は『怪物』であります。
もし、信長様に刃を向けることがあれば、この
この日、
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