第37話 京見物(3) 室町通りにあったので室町幕府!
やって来ました公方様のお住まい室町殿(花の御所)だ。
武衛屋敷の東側には室町通りが通っており、その通りを北に歩くとすぐに到着する。
御所の北西、皆、室町殿(花の御所)のご近所だった。
この室町通りに正面門があるから室町殿(花の御所)と呼ばれ、室町幕府と呼ばれる
おぉ、お市が大きな声を上げた。
「ボロボロなのじゃ」
表門から常御所は立派に再建されていたが、主殿や会所は改修中、車宿・
壁も壊れており、どこも改修中だ。
この改修がいつ終わるのだろうかと首を傾げた。
「(将軍)
「三好は銭を出してくれないのですか?」
「出していますよ。ただ、織田ほど気前がよくない。特に隣の兵舎には一切出してくれなかったな」
(近衞)
はぁ、俺は溜息を付いた。
兵舎というか、ちょっとした砦屋敷だ。
攻められたら、無防備な室町殿(花の御所)を捨てて、兵舎に逃げ込むつもりだ。
織田や朽木らの出した金がどこに消えたのかよく判った。
先に役務所を直せよ。
三好に警戒されるだけだろう。
応仁の乱以前は、この半分くらいの敷地だったらしく。
室町殿(花の御所)の西に武衛屋敷があったそうだ。
それが応仁の乱で焼失し、再建されたときに拡張されて取り込まれ、武衛屋敷は今の場所に移転した。
それはどうでもいいのだが、いずれにしろ再建・改修には時間が掛かる。
拝謁に持って来た1,000貫文(6,000万円)が無駄に使われないことを祈るぞ。
しかし、上洛には金が掛かるな。
兄上(信長)のときはいくら掛かるのだ?
(
「魯兄じゃ、何故、こんなにボロボロなのじゃ?」
「三好と和議がなったのは1年前だからだ」
「その前はどこに居たのじゃ?」
「朽木だ。大津や六角にも世話になったこともあったハズだ。ここに戻ってくるまで長い間、ずっと放置されていた」
「誰も居なかったのか?」
「
「ゴロツキや盗賊が根城にしたこともありましたな!? そこで何度かイザコザもあった気がする」
「あぁ~、それで火事もあったのですね?」
「火事になると他も迷惑が掛かるからのぉ。町衆が慌てて消しにいった訳だ」
消火の為に壁が邪魔だったので取り壊したとかありそうだな?
「おい、こんな所で何をしている?」
俺達は室町殿(花の御所)をぐるりと回りながら歩いていた。
歩いていると後ろから急に声を掛けられた。
犬千代など間を通られたことも気づいていない。
慶次と千代女が反応していたが、その姿を見て動きを止めた。
「
「
一呼吸遅れて反応した下忍の
犬千代と弥三郎はその後だ。
すでに慶次が後ろに下がって、鉄入りの扇子を抜いて止めていた。
彦右衛門(
気が付いていたのか、まったく気が付かなかったのか?
読めない人だ。
武も極めると、忍びと同じか。
「脅かすような登場は止めて頂けますか? 紫殿、斬られても文句が言えませんよ」
「ははは、余を斬る奴がいるなら立ち会ってみたいわ」
「他人事みたいに」
「本気だぞ」
「尚、悪いです。それより紫殿はお暇なのですね?」
「いやいや、忙しいぞ。だが、怪しい奴が屋敷の外に来たと報告が在った。そこに
この人は自分が襲われるという緊張感がないようだ。
単身で出歩くとか、破天荒ぶりが兄上(信長)より酷い。
マジで町に遊びに行ってそうだ!?
「で、何をしておる?」
「ただの京見物です」
「おぉ、京見物か。どうだ、儂が
顔が近い。
紫殿は俺の肩に手を乗せたまま、逆の手で持った扇子で首を絡めながら頬に当てた。
俺は紫殿から目を見たままで外さない。
ねっとりした感じで絡みつく、
もう、慣れたよ。
さて、京の案内を紫殿にやって貰う?
冗談にしても酷過ぎる。
最強の護衛であることは認めるが、京の人………違う。
三好は何と思うだろう。
少なくともいい印象が持たれないだろう。
この情勢下で?
止めてくれ。
「恐れ多いので遠慮しておきましょう」
「儂とお主の仲ではないか?」
「どんな仲ですか? その程度では嫌がらせにもなりませんよ」
「町の者が驚くであろう」
「呆れられるかもしれません。お止めになった方がよろしいかと」
「つまらん奴め」
絡めた手だけ外してくれた。
とりあえず、諦めてくれたらしい。
そう言えば、お市が静かだ。
お市は俺の方を見て固まっていた。
しかも何か手をぷるぷると震わせている。
「どうかしたか?」
「魯兄じゃ、大変なのじゃ」
「何が大変なのか?」
「この
「儂を格好いいと言ってくれるか!」
「
「ははは、気に入ったぞ。名を何と申す」
「わらわは魯兄じゃの妹で市と申します」
「余は『結構でございます』」
紫殿が答える前に言葉を遮った。
こんな場所で名乗って貰っては困る。
路上で平伏する趣味はない。
「お市、この世の中には知らぬ方が幸せと言うことがある。名を聞いてはならんぞ」
「判ったのじゃ」
「
「儂から余に変えて、こんな所で名乗らないで下さい。紫殿」
俺は強い口調で顔を斜め上に切り上げて睨み付けた。
ここで「お待ちになって下され」という感じで手を前に出すと、歌舞伎で
また、お市は口に手を当てると嬉しそうに顔を真っ赤にしてこっちを見ていた。
「魯兄じゃも格好よいのじゃ。 わらわは幸せなのじゃ」
おぃ、何が幸せなのだ?
どうして顔を真っ赤にしている。
こいつの不遜な笑みがお市には美しく見えるらしい。
いかん!
お市にとって、こいつは不健全のようだ。
やはり排除に切り替える方がいいのか?
いずれにしろ帰って頂こうと思っていると、思わぬ助っ人が入った。
「お待ち下さい。どこに行こうとしているのですか?」
紫殿の首に腕を回し、ヘッドロックのような体勢で紫殿を捕まえた大男が現れた。
「儂はこの者達の京見物を
「それは仕事が終わってからにして下さい」
「与一郎、首が絞まる」
「屋敷に帰れば、お放しします」
「おい、引き摺るな、とにかく放せ」
「後で放します」
「
「一緒にとは?」
「決まっておろう。一々聞くな」
柴田勝家を一回り小さくしたような、小ぶりな熊に連れられて紫殿が連行されていった。
つむじ風のように現れて、嵐にように去っていった。
「
「幕臣として仕えている
「細川ですか?」
「細川と言っても近江六角氏の一門で幕府奉公衆だった大原氏が足利義政の命で細川の苗字を許された。管領の細川とは別系統だ」
「なるほど!」
「しかも奴の実父は
「それを聞いて安心致しました」
「だがな!? あの熊のような
「歌の名手、見えませんね、あの熊がですか?」
「そうだ、あの熊だ! 三条西実枝には恩がある。公方様の味方ではあるが、お主の味方とは限らん」
「なるほど」
三条西実枝は駿河で今川義元の世話になっている。
つまり、
「随分と詳しいのですね!」
「
あの図体で才能の塊か!?
「慶次、好敵手(ライバル)に成りそうじゃないか?」
「ははは、今度はやり合いたいな」
「では、次に行こうか」
「ならば、六条の島原遊楽だな! 女将が
「それは駄目なのじゃ」
我に返ったお市が俺の腕を取ってそう言った。
島原遊楽の女将は尾張の河原者から家来になった俺の直臣の一人だ。
皆、俺の為に京の情報を集めにがんばってくれている。
会うのは何年ぶりか?
礼の1つも言ってやりたい。
しかし、慶次の奴め。
だが、ここで言う必要はないだろう。
お市がめちゃくちゃに警戒している。
「魯兄じゃはそういう場所に行ってはならんのじゃ!」
「行かないって」
「約束なのじゃ!」
「それより、京呉服でも見に行こう」
「京呉服か、それは見たいのじゃ」
よし、気を逸らした。
これで約束はしなかったことになる。
これで問題ない。
このまま呉服を見せて忘れさせよう。
そう思っていると!?
馬を走らせて近づいてくる者達がいた。
少しは憚って欲しいな。
叫んでいたのは
主人が主人なら、家臣も家臣だ。
「
「何かあったか?」
(あるハズもない。あったら千代女が先に何か言っている)
「
その目が力づくでも連れ戻すと語っている。
不毛な。
だが、流石に喧嘩までする気にはなれない。
ここまでか、諦めも肝心。
「お市、どうやら時間切れらしい」
「もう少し遊びたいのじゃ」
「ここは尾張ではございません。ご自重下さいませ」
「自重したくないのじゃ」
「諦めろ、お市。また次もある」
「仕方ないのぉ」
そう言って、(近衛)
なぜか、
何を言いたいかは判った。
要するに、『勝手に出歩くな』だ。
「
「何故、内大臣様が出てくるのです」
「
「そういえば、言い忘れた」
「何でございましょう」
「公方様がお市も一緒に連れてくるように申された」
「何ですと」
「どこで会ったとか聞くなよ」
「お聞きします」
「聞くと後悔するぞ」
「どこでお会いになったのですか?」
「道端でばったりと会った」
「某をからかっておるのですか」<怒>
「だから、聞くなと言ったのだ」
怒りを露わにして、眼の玉が飛び出るほどの勢いで怒っていた。
そりゃ、そうだ。
誰だって冗談だと思う。
でも、事実なのだ。
俺は「なら、自分で確かめよ」と言ってやった。
使者を送ると、お市の姿は天女の姿で来るようにと釘を刺されたらしい。
古式伝来から外れてしまったな!
さぁ、どうする?
これを『
(※:余計なことをして、傷口を逆に広げてしまうこと)
「あっ、最後に1つ」
「まだ、ございますか?」
「内大臣と山科卿が3日後に完成する湯船を所望したいと申しておった。何を準備すればよいのか、向こうに尋ねて
「どういうことですか?」
「ただ、風呂に入りに来るだけだ。断れとか言うなよ。俺には無理だぞ! 断るなら自分で断りに行けよ!」
「
俺は色々と指示を出さなくていい。
実は楽だ。
自分から雑用を引き受けてくれる人がいるとありがたいな。
俺は
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