第32話 策士、策に溺れる。
紫頭巾の動きは美しい。
その動きはまるで
向かう刃をさっと躱し、蝶がひらひらと飛ぶように避けて舞う。
俺は
はじめこそ一刀両断で叩き伏せていたが、常に取り囲まれないように移動しつつ腕や足など防具の薄い部分を狙って刀が舞っていた。
そうかと思うと一瞬で首を飛ばし、赤く噴出した血が辺りに降った。
見ている者に恐怖と感動を与える刃である。
俺もその華麗さに息をするのを忘れた。
「師匠は相手の死角に飛び込めとおっしゃっておられました」
「師匠ですか?」
「はい、麿の師匠であり、あれの師匠です」
「敵の正面に飛び込めと」
「まさか、あれはあいつの性分ですよ。首を1つ狩るより、腕・足を3つ裂く方が生き残れるとおっしゃっておられました」
「首が飛んでいますね」
「ほほほ、あれもあいつの趣味です。ここの所、詰まらないことで苛立たされることが多かったので発散しているのでしょう」
それで首が飛ばされたのでは迷惑な話だ。
効果的と言えば、効果的だが…………壮絶すぎて褒める気にならない。
また、血の噴水が舞い上がった。
返り血で赤く染まって狩衣は赤鬼そのものだ。
これが
ちょっと違うな、無手じゃないし。
そのうちに若い侍は
このままでは迷惑と思った
それに続けと若い侍も勢いをつけて島に降りる。
すると、
そこで若い侍は騙されたのを知った。
あまりの卑怯さに若い侍は
「ははは、戦わずして勝つ。これが無手勝流だ。覚えておくがよい」
若い侍は小さな島に取り残され、
そんな
そのときの対応を紫頭巾は実践している。
動揺しているとは言え、一対百余りで圧倒している。
敵方の指揮官は唖然としたままだ。
無能と言ってもいい。
20人目が斬られた所で敵の威勢がなくなった。
戦意喪失だ。
逃げようする者が現れた。
一人が逃げ出すと、我先にと他の者も逃げ出すのだ。
その瞬間にすべてが終わった。
俺はそっと手を横に振る。
林の方に走っていった兵がぐさっと槍に突かれて押し返された。
逃げて来た者を殺すだけ殺して林に姿を隠す。
次に林に隠れていた者が篝火台を持ち出して、そこに火を灯した。
いくつかの灯火が辺りを照らし、ゆらりと数多の兵の影が映った。
ただの影絵だ。
さらに、からくり箱から飛び出した無数の矢が飛んできて地面に突き刺さる。
先に逃げた者は剛弓の矢に射られて倒れている。
背後に弓隊がいるように演出する。
実のところ、弓士は数名しかいない。
しかし、盗賊団らはそれを知らない。
林の中に無数の伏兵が隠れており、後背は死の道、前方に赤鬼がいる。
逃げ道がないと悟ったのか、逃げようとした者が足を止めて彷徨った。
「見事です」
「実は後背は
「矢の数から300人はいるように思いましたぞ?」
「カラクリです。300人も要れば、堂々と取り囲んでいます」
紫頭巾の戦いが終結したようで警護の者が俺に1つ頭を下げてから身を投じた。
慶次は勝ち戦に興味がないらしい。
千代と二人ばかりの護衛を残して、こちらも兵を進めて敵を取り囲む。
「
「今日は護衛がおらんのでな」
慶次と同じか。
念の為に言うが、千代女らの守りは俺優先だからな。
終わってみれば、殺した数はそれほど多くなかった。
最初の4人と勢い余って腹を裂いた1人、首が飛んだ3人のみだ。
殺した数は8人のみと意外と少ない。
腕や足を斬られて戦闘不能になった者が20人余り、森に逃げようと殺された死体が6体、森に入って悲鳴が聞こえたが、林に逃げた10人は生きて林を抜けたのではないだろうか?
後ろに逃げた兵の内、2人が矢を射られて絶命した。
死体の数は18体だ。
生き残っている半数が何某かの傷を負っている。
最初にイノシシの罠に嵌った者が一番多く生き残っているのが皮肉かもしれない。
この残る80人が引くか、突破するかで悩んでいる。
悩んでいる間に遠くから見えた松明の明かりが近づいて来た。
逃げ損なったな。
「あの明かりはどこの者ですか?」
「あちらの方向でしたら、波多野家家臣、
「なるほど」
「ここからは見えませんが、林の向こう側から三好の兵も近づいているハズです。こちらも篝火を上げると同時に兵を送って頂けるように手紙をしたためました」
「用意周到という訳ですな」
「倒すだけなら我々でもできますが捕えるとなると数が足りません」
ほとんど一方的に40首が飛んだ。
死んだ死体に何度も槍を突き刺している者もいる。
何となく判るが、何があったのは考えたくない。
そんな混乱こそあったが、敵の大将は御用となった。
「協力、感謝致します」
「こちらこそ、声を掛けて頂いたこと。ありがたく存じ上げます」
波多野家の家臣、
取り押さえている間に三好も到着して、武将が兜を脱いで近づいてきた。
「お初にお目に掛かる。そして、宮様、お久しぶりでございます」
「
「
中々に渋いおっさんだった。
三好の中で頭角を現し、
「いつもきめ細やかな配慮に感銘を受けております」
「此度はご迷惑を掛けました」
「こうして盗賊を捕えられたこと、声を掛けて頂いたこと、お心遣いに万謝いたします」
どこか悔しさが滲み出ている。
三好を振り回すだけ振り回して、おいしい所だけ取られた。
感謝されたというより
目が合った。
「ふふふ、小僧とは戦をしたくないものだ」
「俺も三好と戦いたくありません。勝てる気がしません」
「負ける気もないのであろう」
「それはどうでしょうか? 運次第ですね」
「運次第か!? では、盗賊の顔を拝ませて頂きましょう」
そう言うと盗賊が捕まえている所に移動した。
敵の頭は思った通り、
問題は副将だ。
「以蔵、何故、そなたがそこにいる?」
「
波多野家譜代の一人らしい。
「どういうことだ。説明しろ。何故、村を襲った。何故、男を殺し、何故、女を犯し、何故、産み月の腹を裂いて赤子を取り出した。どういうことだ」
以蔵はばつが悪いのか目を逸らし、ぽつりとしゃべった。
「
「何故、それを止めなかった。何故、
「俺の意志だ! 俺の独断だ! 殿には関係ない!」
こりゃ、白状しているのと同じだ。
どういう経緯かは知らないが、
どうりで丹波の山々を自由に動ける訳だ。
鞍馬か、比叡山の修行僧の支援を貰っていたかと思っていたが、まさか波多野家と思わなかった。
「なぁ、麿にはよく判らんのだが、どういうことだ?」
「
「どういう意味だ?」
紫頭巾までやって来た。
俺の知らない秘密があるのかもしれない。
「秘密とは?」
「知りません。知らないから秘密です。たとえば、
「そうなのか、小僧?」
「知りません。とにかく、
「なるほど、そういうことか」
波多野家の家臣が関与したのだ。
果たして出てくることができるだろうか?
相互不審に陥っている。
謝罪にこなければ、それなりの対応が必要になる。
三好も弱腰ではいられない。
これで三好家と波多野家にくさびが打たれた。
実に巧妙だ。
つまり、
盗賊団が捕まらなければ、三好の面目が立たず。
捕まえれば、三好家は波多野家の扱いに困ることになる。
『敵を欺くにはまず味方から』
ここまでするのか、
騙された。
盗賊団を捕まえたとぬか喜びさせて、冷や水を被せられた。
だって、そうだろう。
波多野家も被害者だ。
ならば、誰が支援しているのか探らなければならない。
盗賊は殺さずに生け捕りにする。
誰かが捕まえることも策の内だった。
裏をかけていたと思い上がった俺が馬鹿だった。
完全な読み負けだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます