第31話 今宵の鬼切丸は血に飢えておる。

新月も近い弥生月の誘い夜の3日に、面白き趣向とばかりに(近衛) 晴嗣はるつぐはやって来た。

(当時、暦が狂っており、4、5日くらいが新月でした)


俺としては 晴嗣はるつぐを危険な場所に連れて行きたくない。

上右京のおとりとして、 晴嗣はるつぐには巡回に勤しんで欲しいと思うのだが、それこそ「ここまで来て、麿をおいて行くのか?」と寒気がするほどの爽やかな笑顔で呟かれるとお断りもできない。

今宵が危険な日と承知しており、警護者が倍近い10人も付いて来ていた。

ちょっと待て?

夜道で人目を避ける為に黒い母衣ほろ(矢や石などから防御するための外套のようなもの)に身を包んでやってきた。

それを外すと 晴嗣はるつぐも本来の姿である狩衣かりぎぬを着ており、改めて烏帽子を被り直す。

狩衣かりぎぬとは、その名の通り『狩り』をするときの衣装で、蹴鞠などをするときに身に付けている。

俺は固まったのは、その中に一際派手な出で立ちの紫頭巾の護衛がいたからだ。


「(魯坊丸ろぼうまる)」

「(慶次、今、話し掛けないで下さい)」

「(気が付いたか? あの腰の太刀)」

「(判っています。見ないで下さい。しゃべるのもなし、一切、口に出さないで下さい)」


晴嗣はるつぐの目が笑っているのでおおよそ想像が付く。

考えるのは止そう。

俺は何も知らない。


「小僧、何故、ここが襲われると思う」


そう心に決めた瞬間、向こうから話し掛けてきた。

答えない。

そういう選択はないのだろうな~!?


「簡単な推理でございます。細川-晴元ほそかわ-はるもとは相当な謀略家でございます。それも人の心の間隙をついて、心を折るのを得意とされます」


晴元はるもとは元管領であり、『様』を付けるべきなのだろうが、敢えて付けない。

今はタダの盗賊団の頭だ。

晴元はるもとに人の情を期待してはいけない。

理由もなく、難癖を付けて部下を処分に対象にした自分だ。

一度でも自分を裏切った者を絶対に信じない。

おそらく執念深く怨み続け、機会があれば殺そうと企んでいたのだろう。

その癖、自分は主人であろうが、仲間であろうが、平気で裏切る。

管領にしてくれた前公方様(足利-義晴あしかが-よしはる)に感謝の念もない。

完全に危ない人だ。


「当然ですが、今の公方様(足利-義藤あしかが-よしふじ、後の剣豪将軍義輝)にも忠誠心の欠片もありません。あるのは自らが管領に戻る為の『駒』として有用かどうかしか見ておりません」

「そこまで言い切るか?」

「今ではやって来た事を聞いております。それが私(俺)の確信となっております」


晴元はるもとは最初に上右京の仁和寺の周辺を襲った。

そして、警備が上右京に集中すると、あざ笑うかのように中右京の西迎寺の村を襲った。

西迎寺は丹波波多野氏の菩提寺だ。

三好の嫡男、三好-慶興みよし-よしおきの母方は波多野-晴通はたの-はるみちの妹になる。

派手に荒らされて、そこの警備を任されていた長澤-市政ながさわ-いちおさの怒りは凄まじかった。

その怒る市政いちおさを袖にして、盗賊団は下右京の勝龍寺城周辺に移動する。


「盗賊団が拠点にしているのは、東林院 〔妙心寺〕、龍安寺などの晴元はるもとに縁の深い寺ばかりです。拠点と言って、集まる場所に使っているだけであり、取り押さえても証拠らしい証拠も出ておりません。しかし、上右京と違い、中右京、下右京には拠点となる場所が少ないのです。此度、敵が集まる場所は上植野城の近く持泉寺でしょう。そして、襲うべきは晴元はるもとに対抗して、三好-長慶みよし-ながよしが造らせた西院城(小泉城)です。

なぜなら、この城を守る小泉-秀清こいずみ-ひできよは連日のように上右京を巡回する『とある公家様』の警護に借り出されているからです」


城に残っている兵は少ない。

盗賊団の数は100から150なので城を攻めることはない。

周辺の村や町を襲うだけだ。

三好が守る城に兵はおらず、村が襲われても兵を送ることもできない。

かなり派手に暴れるつもりだろう。

しかも村は下右京を襲って来ないと油断しているので効果は抜群だ。


「なるほど、よく判った。では、なぜ今日と思う」

「先ほども言いましたが、晴元はるもとは人の心を折ることに長けた御仁です」


天文22年 (1553年)3月1日に尾張から上洛の第一陣が出立し、続けて第二陣、第三陣と総勢500人が出発する。それに合わせるように堺からも護衛の兵1,000名も出て、京の知恩院で5日に合流する。


「織田の兵が来る。誰もが安心するその直前が効果的ではありませんか?」

「では、明日に決行する方がもっと良いのではないのか?」

「その通りですが、明日は駄目です。5日に京の東にある知恩院に入るように出立します。急げば、兵1,000人が4日にも合流するかもしれないからです。その可能性を晴元はるもとは見逃しません。どんなに急いでも合流できない。今夜しかありません」


紫頭巾は考えているのか無言でしばらく立っていた。


晴嗣はるつぐ、智者とは恐ろしいものだな。そこまで考えて動くものなのか?」

「麿に聞かないでくれ」

「儂は何度となく晴元はるもとと会ったことがあるが、そこまで思慮深い男と思ったこともなかった。父上が警戒していたのも判った気がした」

「そうだな、おまえは警戒心が無さ過ぎる」

「そなたの口がそれを言うか?」

「麿は自覚している」


嫌な会話だ。

何かあったら、誰がどう責任を取るつもりだ。

俺は知らんぞ。

体を悶えさせていると、仮の集合場所にしていた小屋の扉が開いた。


「若様、どうやら来たようでございます」

「千代、戦いが始まったら、合図の篝火を焚け」

「承知しました」

「では、お迎えに行きましょう」


刻は丑三つ時(午前2時から午前2時30分)、魑魅魍魎ちみもうりょう、幽霊、鬼が出る時間だ。

月もほとんど出ておらず、星明かりを頼りに100人余りの盗賊団が徘徊するにはちょうど良いのだろう。

がしゃ、がしゃ、がしゃと鎧の擦れる音が近づいてくる。


こちらは 晴嗣はるつぐが10人の手勢を連れてきたので総勢30人だ。

敵は3倍以上、しかもゴロツキより数段上の手慣れた兵達だ。

その盗賊団は顔を隠す意味もあり、フル装備で目の下頬や総面を付けている。

さらに、眼として敵方も忍びを雇って先行させていた。


もちろん、敵の忍びは排除済みだ。


俺は林を抜けた一本道で待ち伏せを掛ける。

林の中を敵が近づいてくる。

そして、林の出口を通った瞬間、敵が倒れる音が聞こえた。


どちゃ、がしゃ、ぐわぁ!

先頭が一斉に倒れ、後続が追突して激突する。

敵は一瞬にして大混乱に陥った。


魯坊丸ろぼうまる、何をやった?」

「秘罠『イノシシ狩り』でございます」

「猪狩りだと?」


ホント、簡単な罠だ。

竹で作った弁当箱の上に乗ると、その重みで止め金が外れて左右の竹輪が足に絡み付く。

原理は『トラバサミ』と一緒だが、材料が竹なので安上がりだ。

次に足を上げようとすると、弁当箱の周りに施したロープがするすると竹輪を蔦って上がり、足を捉える。

これ弁当箱をずらりと横に並べて、そこにイノシシが通る道に並べて追い込む。

ロープの端は木に括っているので、足を捕られたイノシシは転倒して身動きが取れない所を仕留める。

軽く土を上に被せておけば、この暗闇では気づくこともない。


予想通り、先頭を走っていた敵が軒並みに足を捕られて転倒したのだ。

敵が転倒して動揺した所で、俺の背中に配置した篝火を焚いた。

俺達が待ち伏せをしていたことを、ここで敵がはじめて知ることになる。

さらに動揺した所に突撃をかけて大勢を決める。


まぁ、最悪の場合は林の忍びを使って側面から奇襲も行うけどね。


『手出し無用』


指揮官に相応しい透き通った声であった。

味方のハズの 晴嗣はるつぐの護衛が俺達の前に並ぶと壁となった。


晴嗣はるつぐ様!?」

「麿の家来は上右京に置いてきた。この者達は麿の命令を聞いてくれん」

「お一人では無茶です」

「そう言っても聞くお方でもないのだ」


冗談だろ!?

一人で100人を斬るつもりなのか。

紫頭巾の笑い声が聞こえる。

その足はドンドンと早くなり、敵の先頭と交錯した。


『1つ』


すれ違い様に一刀両断し、そのまま敵の中に飛び込んだ。


『2つ、3つ、4つ』


甲冑を豆腐のように引き裂いて、高笑いを響かせながら次の獲物を狙う。


『ははは、今宵の鬼切丸は血に飢えておるぞ!』


戦闘狂か?

鬼切安綱おにきりやすつな、伯耆国の鍛冶安綱やすつなが鍛え、坂上田村麻呂に奉じ、源頼光が夢の中で「子孫代々に伝え、天下を守るべし」と天照大神より鬼切を受け取り、家臣である渡辺綱に貸し出され鬼の腕を切り落としたことから名付けられた。

源氏の棟梁が代々所有する名刀だ。

鎧のように固い鬼の皮を安々と切れる名刀は鎧すらないことにできるらしい。


「父より強い方を初めてみました」

「あぁ、加藤より強そうだな」

「加藤殿の父君である三雲-定持みくも-さだもち様や我が父上(望月出雲守)と互角以上。純粋な剣技のみでは負けるかもしれません。剣技のみと言うならば、私の知る限りでは柳生-家厳やぎゅう-いえよし様と互角と思います」

「柳生親子二人で一万の筒井軍を追い返したという話か」

「そのあまりの剛剣に討ち果たすつもりを止めて、取り込むことに変えたそうです」


気持ちは判らないでもない。

一人の為に何十人の犠牲を払うのかと考えれば、味方にした方が得と思える。

動揺した敵が、さらに恐怖で怯えている。


また、袈裟切りで一人の命を絶った。

その後ろから斬り掛かってきた兵の腕を切り落とし、返す勢いで腹を割いた。

少し浅かったのか?

絶命せずにその場に倒れ、倒れた勢いで腹の中身が飛び出した。

兵は慌てて拾い上げているが、やがて力尽きて死んでいった。

そんな諸々の倒れた者を気に留めず、次の獲物を引き裂いてゆく。

敵から威勢が消えた。


大将が先頭を切れば、敵の士気を下げ、味方の士気を上げる。

少数でも大軍と戦えるからくりは、こういうカラクリか。

剣豪将軍と呼ばれる訳だ。


戦鬼、先駆けが一人いるといくさがこうも楽になるのか。

勉強になるな。

つまり、その逆もある。

ヤバいな、その対策も考えておかないと。

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