第28話 控えおろうとは言ってくれない。

遠山の金さんのように御用から逃げることはできなかった。

もう少し早ければ、あるいは、遅ければ、ここから去ることもできた。

気を利かせろよ。

戦闘が終わった直後に馬上武者と兵20人余りやって来るとご協力ご苦労さまです。

とならず、俺達は川を背に取り囲まれた。


得体のしれない五人組がゴロツキ達を倒した。

一人はばっさりと腕を斬られて重症だ。

危険な相手と認識されたのか?

槍先をこちらに突き出しながら取り囲んだ兵からの緊張が伝わってくる。

そりゃ、怖いよね。


ひょろひょろとした腕はがたがたと震えている。

農家か、食い詰めた者なのだろう。

それでも軽装であるが完全武装の鎧を着て槍を持っている。

鎧を身に纏っていても怖いのだ。

ただ、俺に槍を向けているから千代女がかなり怖い顔になっている。

慶次に至っては嬉しそうだ。


「慶次、こちらから手を出すなよ」

「判っているって。向こうから手を出した時は構わないだろ?」

「殺すなよ」

「それはちょっと無理かな?」


慶次が無理と言うのも仕方ない。

籠手や足具足など、具足は急所を隠す為に身に付けている。

つまり、急所が少ない。

腕の骨が折れて死にはしないが、首の骨が折れて生きているゾンビのような奴は見たことがない。

その状態で殺さずに対処しろと、俺もかなり無茶を言っている。

だが、取り囲んでいる者以外はゴロツキをお縄にしている。

どうやらゴロツキらと組んで悪さをする悪代官ではないようだ。

うん、殺すのは拙い。


慶次は壁のように正面に立って堂々と待ち構えている。

そして、鉄入りの扇子で肩を叩きながら余裕の笑みを零す。

慶次に槍を向けた兵は緊張し、中々に包囲の輪を縮められない。

身構えてくれた方が余程に気も楽だろう。

彦右衛門(滝川 一益たきがわ かずます)と千代は左右に別れて俺を守る。

彦右衛門は手の平を前に向けながら戦う意志がないことを示しており、千代女は武器も持たずに身を挺しているようにしか見えない。

慶次に槍を向けている兵のように緊張感はないが、やり難さが伝わってくる。

念の為に武蔵はいつでも抱きかかえられるように後に付いた。

向こう岸に残して来た馬は放棄だな。


様子を見終えた馬上武者が馬を降りた。

武将の左右を守る兵はそれなりの腕はあるみたいだ。

他の者と面構えが少し違う。

兵が道を分けて、慶次の前にやって来た。


「御用である。改めさせて頂く」


がちゃ、慶次の前にやってきた二人が太刀に手を掛けたが、それを武将が手で制止する。

気を放って間合いを計ったな。

反応できた二人は合格といった所か?

嬉しそうな顔をしやがった。


「慶次!」

「判ったよ」


俺が顎を少し揺らすと慶次が少し前を開けて、俺は一歩だけ前に進む。


「見慣れぬ者だが、どこの者か?」

「手前は熱田の商人、呉服問屋を営っております旗屋-金蔵はたや-きんぞうの子、旗屋-金田はたや-きんたでございます。父の命で臨川寺領、亀山殿付近で土倉を商っておられる角倉すみのくら-与左衛門よざえもんのお宅で修行せよと言われてやって参りました。この者達は手前の連れで、また、こちらの二人は父が道中を気遣って護衛に付けてくれた者でございます。決して、妖しい者ではございません」


手を前に揃えて商人らしくおじぎをしてみせた。

せっかく考えた長セリフだが、一度も使わずに京に入ってしまった。

無駄にならなくてよかった。


「某は賀茂御祖神社かもみおやじんじゃの警備を任されておる下鴨社司(神官)の鴨脚-光敦いちょう-みつあつと申す。疑う訳ではないが、何か証明する物をお持ちか?」

「熱田の通行手形なら所持しております」

「残念だが、それでは証明とならん。一度、こちらに来て頂き、角倉すみのくら-与左衛門よざえもんに使いを出させたい。よろしいかな?」


そう言うだろうと思った。

困った。

段取りとして問題ないが、持ち物を改められる可能性がある。

兄上(信長)の書状が出てくれば、ある意味で手の平を返すことになるだろう。

それは俺が京に着いたことを知らせることになる。


「承知致しました」


俺がそう答えると、兵達の息が少し軽くなったような気がする。

光敦みつあつがほっとしたのか、手を広げて、一歩二歩と前に出てきた。

ゴロツキを捕えてくれたありがたい旅人だ。


「但し、荷改めはご勘弁頂きたい。ご同意頂けますか?」

「何か、都合の悪いことがおありか?」

「あります。熱田から特別な商品をお持ちしております。お見せする訳にはいきません」

「こちらも役目である。故にそれはできん」

「ならば、こちらも同意できません」


光敦みつあつの足が止まった。

再び緊張が走る。

後ろの二人は息を殺して、こちらの力量を測っている。

こりゃ、次の返事次第で血の雨が降るかな?


「千代、殺さずになんとなりそうか?」

「お任せ下さい。若様に無礼を働こうとする輩ですが、すべての手足を切り落とす程度で手を打ちましょう」

(俺はそれを望んでいないのだが?)

「慶次」

「保証できない」

(大将を取られて悔しいのは判るが、どう考えても殺すのは止めて欲しい)

「彦右衛門」

「もう問題ございません。何とかしましょう」

(もう、どういうことだ?)


あっ、そういうことか。

侍が笠を上下に動かし、俺と目が合った。

侍の格好をした加藤だ。

見物客を装って、他の皆が集まってきたようだ。

武蔵が俺を抱えて後に飛んでも、俺は見えざる手に守られて安全が確保できる。

それなければ、三人は自由に動ける。


光敦みつあつの額から汗が漏れていた。

二人の警護の者が「動かないで下さい」と小さく呟いたからだ。

がたがたと止めた足が振えている。


「何を言っている。勝てるな?」

「お守りは致しますが、勝てるかどうかは判りません」

「この人数だぞ?」

「それでも勝てるかどうか」

「それほどの者か!?」


護衛の二人は妥協するように言ってくれたが、「御用だ」と頑なに役目に拘った。

だが、どちらも嫌な汗は止まらない。

何よりも光敦みつあつは武芸に自信がないらしい。

前に出たことを後悔している。

掛かれとも、妥協するとも言えないでいた。

どうすることもできずに光敦みつあつの思考が袋小路に入っていた。

緊張が長く延びた。


『お待ち下さい』


助けた子供が声を上げた。

斬り落とされた腕を見て、しばらく怯えていたようだったが気を持ち直すと俺達と兵が睨み合っているのに気が付いた。


「下鴨城の兵とお見受けします。どうか、槍をお下げ下さい」

「そ、そうはいかん。こちらも御用である」

「こちらの方に命を助けて頂きました。槍をお下げ下さい」

「これは別件である」

「私が止めよと申しておる」

「小僧、お主も邪魔立てするか?」


光敦みつあつは思考を邪魔立てする子供に苛立った。


『無礼者め』


ゴロツキには頭を下げるだけの爺さんが大きな声を上げた。

子供の方に手を翳し、片膝をついてこちらを睨んだ。


「こちらのわかごは、右近衛大将、久我-晴通こが-はるみち様がご嫡男、久我-通興こが-みちおき様なるぞ。 久我こが家の恩人である。槍を下げなさい」

「爺の申す通りだ。槍を下げよ」

「わ、わ、若宮様!?」


小奇麗な服を着ているので公家の子と思っていた。

武家が着る素襖すおうではなく、公家が着る直衣のうしを身に付けていたからだ。

だから、ゴロツキも金づると喜んだ。

武家の子は場合によっては命に係わるが、公家は自前の兵をほとんど持っていない。

何某かの金目の物が手に入ると読んだのだろう。


しかし、何故だ。


右近衛大将のご子息が近習を一人しか付けないで出歩かせている?

あり得ない。

このクラスになれば、お供を2、3人は連れて歩くだろう。

しかも、それなりの手練れを?


兵達が一斉に槍を置いて、片膝をついて頭を下げた。

従三位・右近衛大将、順位で言えば、従四位・征夷大将軍の上だ。

〔公方様(足利 義藤あしかが よしふじ、後の義輝)も従四位で将軍宣下を受けた〕

つまり、上司になる。


「私を助けてくれた恩人だ。この者達は久我家で預かる。それで良いな」

「仰せのままに」


光敦みつあつが両膝を付いて頭を下げた。

役目を守ろうとする忠臣は権力には弱いようだ。


「なぁ、千代。悪い予感しかしないのだが?」

「若様、もう予感ではございません」


やはりそうか。

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