第27話 なぜか、お約束のような展開に?

大津から京に出発すると、世に有名な逢坂おうさかの関が見えてきた。


『これやこの行くも帰るも別れては 知るも知らぬも逢坂おうさかの関』


これが感動の逢坂おうさかの関と言っても、関銭せきせん10文を取られただけの関でした。

俺の期待を裏切ってくれる。

小汚い人から小奇麗な人まで通る人の衣装を見る限り、貧富の差が激しそうだ。

街道は埃っぽく、山科に抜けると東山が見えてくる。

目の前に映るのが東山三十六峰のひとつ、華頂山かちょうざんだ。

裏東山とでも呼ぼう。

狭い谷間を抜けると京の三条大橋だ。

ここで橋を渡らずに南に下る

祇園社(八坂神社)、そして、清水寺にお参りをする?


「ほぉ、これが魯坊丸の見たかった清水寺か」

「わ、若様。さぞ、美しい寺だったと思います」

「あの崖に清水の舞台があったそうだ。凄いと思わないか」


俺は愕然とした。

清水寺、文明元年 (1469年)の応仁の乱で焼失し、再建中。

先に行った祇園社(八坂神社)はお布施を払ったのに境内まで入れてくれない。

神様は遠くから見て拝むそうだ。


「そんなに見たかったなら身分を明らかにすれば、見せて貰えると思うぞ」

「はい、若様は神官でございますから中まで入れると思われます」

「しくしくしく、それは負けたような気がするから止めておく」


熱田神社や津島神社で普通に入っていたので忘れていた。

本来、特別な用事がなければ、寺も神社も中まで入れてくれない。

大衆は外からお社を見て拝むそうだ。

当然のことだが、坂はあるが道沿いに店や茶店が1つもない。

想像していたのと何か違った。


「次の平安神宮とはどこにあるのでしょうか? 神宮というくらいですから立派な宮なのでしょう」


えっ、えっ、えっ…………ちょっと待て!

体を悶えさせながら、やってしまったと心の中で叫び声を上げた。

俺の心の時間が凍った。

自然と観光モデルコースを口に出していた。

馬鹿か、俺は…………。

手の平で顔を叩き、自分が嫌になる。


「若様、どうかしましたか?」

「千代、何でもない。神宮とは御所のことだ」

「なるほど、京は平安の都とも呼ばれます。帝がおわす御所が神の宮なのですね。神宮じんぐうとはすばらしい呼び方と存じ上げます」


きらきらと感動した目が心に突き刺さって痛いよ。

違う、違う、間違っていたのだ。

そんな目で俺を見ないでくれ。


「若様?」

「構うな」

「そうだよ。若旦那・・・は時々、変になるのは今に始まったことじゃない」

「それはそうですが…………!?」

「慶次の言う通りだ」

「判りました」


大失敗だった。

気を取り直して御所に向かう道に戻った。

三条大橋を渡ると公家の屋敷が多くなったが見回りの兵がウロウロとして、意味もなく近づくのを拒絶していた。

御所を襲う馬鹿はいないと思いたいが、応仁の乱で大内裏だいだいりは焼失し、今は紫宸殿ししんでんを仮御所として使われている。

その為か、空気がぴりぴりとして痛い気がする。


次の目的地である鴨神社の方へ歩き出す。

御所の周りには公家屋敷が建ち並び、築地塀ついじべいに囲われているが、どこもかしこも崩れており、きらびやかさに程遠い。

しかも自衛の為か、辻には木戸が立ち、道沿いに町を守るように木堀が立てられていた。

美しい京の都ではない。

若狭街道の出発点 (鯖街道口)になる出町に近づいてくると、何やら川の向こうが騒がしかった。


「お許し下さい」

「ここで勝手に商売ができると思っているのか?」

「ここは天下の往来です」

「そんなことは知るか、ここは俺達の縄張りと決まっている」


着流しのガラ悪いの格好をした者が帯刀・槍を持って、貧しそうなものを蹴り上げた。

ちぃ、俺は顔を歪めた。

どこにでもこういう馬鹿な奴がいる。

さて、どうしたモノか?

相手をすれば、後々が厄介そうだ。

だが、見過ごすと後味が悪い。

槍を持った者がすっと回して、石突を向けた。


『止めよ』


小さな子供が突然に現れて、槍の男に頭突きを食らわした。

まぁ、歳の頃は10歳くらいか?

頭突きというより体当たりだ。

槍を持っていた男が勢いで後に下がった。


「何をしやがる。餓鬼が」


その小さな子供は割と綺麗な着物を着ており、怒鳴った男を睨み付けていた。


「お主ら、それでも武家の端くれか。弱き者を虐めて何が楽しい」


おぉ、子供ながらあっぱれだ。

だが、ガラの悪い男らには通じない。

否、少しニヤけている。


「鴨がやってきたぞ」

「さぁ、どうなるか判っているか?」


少し大柄の大刃を持つ大男が前に出てきた。

長い舌を舐めずって気持ちが悪い。

蛇にでも生まれていた方がお似合いのような気がする。

蛇大男にとって勝手に飛んできた獲物だ。

後ろから走って来た従者らしい者が『わかごっ』と叫びながら子供を庇うように覆った。


「わかごっ、無茶をなさいますな。何かあったらどうなさいますか?」

「爺よ。私はこのような奴に負けん」

「さぁ、どうする?」

「それとも痛い目に合いタイか?」

「出すもの出すか?」


出てきた爺さんに手下らしい男らが金銭を要求した。

露骨過ぎて興もない。


「判りました。お金でしたら、お渡し致します。どうかお許し下さい」

「爺ぃ、何を言うか? このような不貞な輩に渡すなら、後ろの貧しき者に与えよ」

「わかごっ、お黙り下さい。今だけで結構です。お願いします」

「ええい、何を言っておる。このカス共に一文も渡す銭などないわ!」

「餓鬼、黙れ(うごぉ)」


蛇大男が何か言いながら刀を抜かずに鞘ごと振り回そうとしたので、俺は「千代…………(ごすん)」と千代女に声を掛けようとした瞬間に蛇大男の顔に拳くらいの石が命中した。


「悪い、悪い、川に投げようと思ったら、手元が狂った。人に当たらなくてよかった。よかった」


ふらふらと川に置かれた石の上を歩き、向こう岸に渡りながら慶次が挑発をする。

だが、その石では撃墜できなかったのか、蛇大男が振り返った。

何のつもりだと目が言っている。

手下達もすぐに戦闘体制を取っている。

慶次は関係ないように川を渡り切った。


「やってしまえ!」


蛇大男が叫ぶと手下8人ほどが土手を駆け降りて慶次に襲い掛かった。

しかし、慶次は刀の代わりに鉄入りの扇子を抜いてひらりひらりと躱しながら、首元に一撃、みぞおちに一突き、手を搦めて勢いで川に一人を落とした。


「何か、通ったか?」

「舐めているのか!?」

「そんな汚い面を舐める訳がないだろう」

「ええい、何をしている。一斉に掛かれ」


うおぉぉぉ、槍・刀・刀・金棒が一度に慶次を襲う。

最初に届いた槍の切っ先をくるりと躱すと、そのままで間合いを詰めて、扇子の根元で見事なフックを決めると、真横に振り下ろしてくる刃を紙一重で通り抜け、回し蹴りを放った。

その蹴りはほとんど垂直に近い蹴り上げであり、顎を一撃で粉砕する。

手下の動きが遅すぎた。

刀や金棒を振り降ろした時には慶次と槍持ちの位置が入れ替わっている。

しかもすかさず、隣の刀持ちを蹴り上げて倒してしまった。

残る二人の手下が唖然とする。

しかし、慶次は止まらない。

蹴り上げた足の勢いで体を回しながら前転でもするように手を付くと、両足を回したままで体を捻って踵落としを決めた。

あっという間に三人が落ち、金棒を振り降ろした男は慌てて、もう一度、金棒を振り上げた瞬間に慶次の扇子がみぞおちを突いた。

出遅れたもう一人がまだ震えている。


「中々に腕が立つようだな」

「相手になるぜ」

「俺は馬鹿じゃない。まともにやると思っているのか?」


抜いた大刃を小奇麗な子供の方に向けた。

慶次が『つまらん、つまらん』と首を振った。

その挑発に蛇大男の顔が引き攣る。


「おいおい、人質でも取ったつもりか?」

「つもりではない。取っているのだ」

「それのどこが?」


蛇大男が顔を横に向けた瞬間、太い腕と大刃がぼたりと地面に落ちた。


「うおぉぉぉ、俺の腕が」


俺がのんびり見ていたと思うのか?

俺らも川を渡った。

そして、警護を彦右衛門(滝川 一益たきがわ かずます)に変わると、千代女がすでに背後に回っていた。

人質を取ると思わなかったが念の為だ。

千代女は慶次ほど優しくない。


「俺の腕が、俺の腕が、俺の腕が!」


早く止血しないと大量出血で死亡するぞ?

小刀を懐にしまうと何事なかったように俺の元に戻ってきた。


『そこの者、動くな! 動けば、容赦しない!』


お約束のように役人らしい一団がやってきた。

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