第18話 似たもの同士の兄弟。

那古野から水行1日、千余里を舟で津島に向かう。

那古野城を出発し、土岐川(庄内川)を下り、中海に出て再び天王川を上って津島に至った。

大袈裟な表現だね。

釜山から対馬まで一海を渡ること千余里と書かれている。

釜山から対馬は100キロ余りだ。

(古代中国、漢の頃は一里が400メートル、でも、計算が合わない)


勝幡城でもよかったのだが、大橋 重長おおはし しげながのたっての願いで大橋邸に宿泊する。

明日は天王川を上って佐屋川に合流し、遡って墨俣、長良川温泉の十八楼に至る。

十八楼は俺が18本の桜を寄進したことから名付けられた。

稲葉山城(岐阜城)の麓ではなく、長良川を隔てた北側だ。

源泉である三田洞神仏温泉は平安には開湯しており、ここから木で水路を引いて、長良川河川付近に温泉宿を作らせてみた。

追い炊き出しで湯を温める露天風呂を売り物にした温泉宿だ。

ウチの忍者の拠点だけどね。

河原者を雇って周りに遊楽も作りましたよ。

舟で川を渡れば、極楽に行ける。

斎藤家の負傷兵の慰安地にもなりました。

その礼に斎藤-利政さいとう-としまさは熱田から分社して『岐阜神社』を勧誘して貰い、そこに俺が18本の桜の苗を贈った訳だ。

桜の見ごろは10年以上も先なのが残念だ。

やった、明日は温泉だ。


「ようこそ、おいで下さいました」

「いつもお世話になっております」

「こちらこそ、儲けさせて頂いております」

「それはお互い様です」


港で義理の兄、大橋-重長おおはし-しげながと姉のくらの方が出迎えてくれた。

津島衆にとって俺は金づるだ。

清酒(澄み酒)の醸造を熱田に続いて、間を置かずに津島にも教えた。

今では津島酒は沢山売られている。

熱田は伊勢に持ってゆき、そこから全国に売られるのに対して、津島は墨俣から近江を通って京、敦賀に送られ、出雲や越後まで売られているらしい。

摂津辺りでは津島酒と熱田酒の両方が手に入るので呑み比べが盛んとか。


俺は重長しげなが、くら姉様に連れられて大橋邸に案内された。

俺は馬子に衣装という感じで馬に乗せられる。

服に着せられている感じの俺はできる限り、キリリとすました顔で前を向く、道端の女の子がきゃあきゃあと騒いだ。

織田の貴公子、即席アイドルの出来上がりだ。


「嫡男の長将、次男の勘七郎、娘のお豪、お香でございます」

「お初にお目にかかります。魯坊丸ろぼうまるでございます」

「叔父上様、これからもよろしくお願いします」

「叔父上は止めて下さい。魯坊丸ろぼうまるとお呼び下さい。様もいりません」

「しかし、それではご無礼にあたり」

「俺は中根を継ぐ身、格式で言えば、大橋様の方が上でございます。くら姉様からも言ってやって下さい」

魯坊丸ろぼうまるがそうして欲しいと言っております。そうしなさい」

「はい、母上様」


長将がそう答えると弟と妹達も同じように答えた。

夕食には津島衆が再び集まってくれて、俺を歓迎してくれるらしい。

気が重い。


「年寄の儂がおっては肩も凝るでしょう。若い者同士で仲良くやって下さい」


なんか、見合いみたいなセリフだ。

そう言うと、重長しげながだけが退出していった。

ふふふ、くら姉様が笑っている。


魯坊丸ろぼうまる様、お豪姉様と私とどちらが気に入りました?」

「何のことです」

「お香は年の頃が同じなので、魯坊丸ろぼうまる様とお似合いだと言ってくれました」

「ごめんなさいね。熱田に何度もしてやられているから、なんとしても魯坊丸ろぼうまると縁を深めたいと焦っているのよ」

「母上、私はとても気に入りました。是非、お願いします」

「まぁ、まぁ、そんなことを言うと父上が飛び上がってよろこぶわよ」

魯坊丸ろぼうまる様、どうか私をご指名下さい」


伯父と姪の結婚はよくあることだからな。

嫡男の長将は前妻の子で、次男の勘七郎がくら姉様の子だ。

おそらく家督は弟が継ぐのだろう。

そして、くら姉様が生んだ娘なら正室でも問題ない。

群がる津島衆を追い返してくれたのは、そういうことか。


魯坊丸ろぼうまる様は私に決めるといいですわ。尽くさせて頂きます」

「それはありがとうございます」


きゃぁと、妹は元気な子だ。

顔は父親似の為か、十人前だが愛嬌があって面倒身がよさそうな気がする。

しかもおしゃべりが止まらない。

一方、姉のお豪は大人しい。


「お香、しばらく黙っておれ」

「兄上、私は父上に申されました。なんとしても魯坊丸ろぼうまる様と仲良くなるようにと。兄上も協力しろと言われたではありませんか」

「先ほどからおまえしかしゃべっていないだろう。魯坊丸ろぼうまるも呆れているぞ」

「えっ、そうなのですか? おしゃべりな女子おなごはお嫌いですか?」

「俺は気にしていません。むしろ、元気でいい感じと思っております」

「よかった。兄上が脅すから、びっくりしたではありませんか」


なんか兄妹喧嘩になってきた。

大橋家も和気藹々わきあいあいとしていい感じだ。

くら姉様はさきほどから笑ってばかりだ。


魯坊丸ろぼうまるも見合いの話が多くて困っているでしょう」

「俺は困っていませんが、養父(中根 忠良なかね ただよし)が困っているようです」

「そうね、父上(故信秀)が生きていれば、話はすべてそちらに行くのでしょうが、信長も信勝もどちらも勝手に決められないのよね」

「信長兄上は俺と津島がより強く結ばれるのを喜ばないでしょう」


ふふふ、くら姉様が笑って誤魔化した。

津島衆は俺と深く結び付き、津島から多くの商品を売り出したいのだろう。

今の所、お爺(大喜嘉平)が独占している。

そこに津島衆も加わりたいのだ。

特にたたら鉄や鉄砲事業は儲かりそうだ。


「信長は元気ですか?」

「元気過ぎて、毎日のように虐められております」

「あの優しい信長が?」

「優しいのは女子おなご限定です。俺に仕事を押し付けて、自分は楽をしようとするのです」

「信長様はそんな方ではございません」


なんと、お豪が兄上(信長)を庇った。

しかも大きな声だ。

それを恥ずかしく思ったのか、顔をサクランボウのように真っ赤に染めて俯いてしまう。

そのまま黙ってしまった。

そこでタイムアップ、宴会の時間だ。


津島衆の歓迎ぶりがエキサイティングだ。

この寒空に天王祭の500個余りの提灯をまとった巻藁舟を川に浮かべて、津島笛を奏で楽しませようとしてくれる。

必死さが窺えるので怖いくらいだ。

津島は何を恐れているのだ?


重長しげなが殿、少し張り切り過ぎですな」

「いいえ、ささやかなものです」


俺が連れてきた使者にも甲斐甲斐しく世話をしている。

津島は何を焦っている。

勝幡城の叔父織田-信実おだ-のぶざねとも関係は良好のハズだ。

販路も拡大中、売上も上昇している。

津島と言えば、油だ。

揚げもの料理をたくさん作らせた。

さらに油から作った石鹸と髪艶出し(リンス)も好調だ。

熱田産は椿油を使った超高級品しか作っておらず、贈答品専門でほとんど流通していない。

判らん。

津島は戦にも参加せず、一番領地開発が進んでいるハズだ。


「はっきりとお聞きします。何を恐れているのですか?」

「恐れているなど…………」<目を逸らす>

「那古野城下にも支店を出して頂き、津島衆の貢献は揺るぎないものです」

「…………」

「はっきりと言って貰わないと私が不安になるのですが」


周りの津島衆の方々がごくりと唾を飲み込んでいる。

すべては重長しげながに一任されているようだ。


「では、はっきり申し上げます。何があろうと我が津島四家十五党は魯坊丸ろぼうまる様に忠誠を誓うことを宣言させて頂きます」


はぁ、重長しげながは何を言っているのか?

まったく判らない。

俺は重長しげながをさらに問い詰めるとしぶしぶ話し始めた。


津島には堀田家の本家があり、堀田道空は美濃の斎藤-利政さいとう-としまさの腹心であった。

なぜか、兄上(信長)は俺と利政としまさの信頼関係に疑問を持って調べさせたようだ。

利政としまさが勢力を増した肥料『蝮土』以外にも、白石、木材、美濃和紙などの産業に関わっていることを知った。

つまり、俺は美濃相談役(経営コンサルタント)をやっていたことが堀田道空の口からバレてしまったのだ。


経済的な結びつきが深くなるほど、いくさのリスクは減る。

父上(故信秀)の承諾を得てやっていた。

後ろめたいことは何一つもない。

むしろ、美濃の国内状況を丸裸にできたのだから、父上(故信秀)も大喜びだった。


津島に戻ってきた堀田道空を津島衆はさらに追及した。

道空が言ってしまったのだ。


斎藤-利政さいとう-としまさ様は魯坊丸ろぼうまる様に全幅の信頼を置かれており、召し抱えられるなら10万石を差し出しても構わないと』


道空は可能なら俺を引き抜くように命じられていた。

あぁ、そう言えば、道空が利政としまさから『何かあれば、駆けつける』という伝言も預かっていたな。

それも聞いたということか。

信長に付いて行けば、間違いないと思っていた津島衆には『青天せいてん霹靂へきれき』だった。


信長の後ろ盾は嫁の帰蝶の父である利政としまさだ。

その美濃の利政としまさは俺に味方すると宣言していた。

俺と兄上(信長)、どちらも味方するのか?

家督争いに関係ないと思っていた魯坊丸ろぼうまるは虎視眈々と狙っているのではないか?


外堀はすでに埋まっている。

ゆっくりと眺めていては取り残されると焦った訳だ。

なんて面倒臭い。


兄上(信長)の馬鹿野郎。


下手に俺を警戒するから変な誤解が生まれるのだ。

余計なことをする。

俺は改めて家督を継ぐ気がないことを津島衆に宣言し、津島衆を粗略にしないことを告げた。

あとは気分が悪いと言って宴席を抜けた。


部屋に戻ると、お豪が待っていた。

ヤバイな、遠慮する。

もちろん、貢物も必要ない。


魯坊丸ろぼうまる様にお願いの儀がございます」

「妻にしてくれというのはお断りします」

「承知しております。側室で結構でございます」

「側室も要りません」

「後生でございます。そう言わずに側室にお願い致します。幼少のみぎりからお慕い申し上げておりました」


ちょっと待て!

今日、はじめて会ったばかりだろう。

それとも赤ん坊の俺と会っていたのか?

おかしい。


「もう一度聞く、俺の側室になりたいのか?」

「どうして、魯坊丸ろぼうまる様の側室なのです。信長様に決まっております」


兄上(信長)か。

ちゃぶ台をひっくり返したいくらい暴れたかった。

滅茶苦茶に焦ったぞ。

帰蝶様が輿入れされるまでは、よく大橋邸に来ていたそうだ。

読めた。

(大橋)重長しげながが兄上(信長)の元にお豪を輿入れさせようとしていたのだ。

そして、兄上(信長)もお豪に優しかった。

淡い恋心は兄上(信長)一途の愛情へ進化した。

帰蝶様がお子を出産しないと側室の話も持って行き辛い。


「後生でございます。魯坊丸ろぼうまる様から信長様に」


幼い頃から餌付けとか、光源氏計画ですか?

信じられない。

若紫を大量生産してどうする気ですか。

どうして俺が兄上(信長)のキューピッドをしなくてはいけないのですか?

まぁ、引き受けますよ。

まったく、兄上(信長)も大概にしてほしいな。


などと、魯坊丸ろぼうまるはほざいておりますが、営業スマイルで津島の女子おなご達を虜にし、妹のお香の心を鷲掴みにしておりました。

お香は魯坊丸ろぼうまるの妻になる気満々です。

似たもの同士の兄弟とは言ったものです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る