閑話.たたら鉄を作ってみよう。

この時代の朝は早い。

日も昇らぬ内から起き出して、薪をくべて1日が始まる。

俺は眠たい目をこすりながら、厚着を着せられて側用人に抱きかかえられて山を登る。

7歳の子供に登山なんて最初から無理だ。

俺は城の近隣を除いて、馬か、人に抱っこされて移動している。

自宅で体の鍛錬はしているが、限界まで遊んでばたりと倒れるように寝る。

そんな子供らしいことをやっていない気がする。

これでいいのか?


俺が作っているのは、『たたら鉄』もどきだ。

木は東美濃の山奥、石灰は西美濃、鉄鉱石・鉄屑は関東一円から買い付けて、材料をすべて舟で運んでいる。

出し入れの便利な海岸に製鉄所を作りたいが問題があった。

まず、山でないと安全と秘密が確保できない。


海外から買う南蛮鉄は割と高く、鉄五束の十二貫(45kg)で5貫文もする。

鉄砲一丁、作るのに1.2貫(4.5kg)の鉄が必要だ。

銭にすると500文だが質が悪い。

質の悪い鉄で作ると銃身が熱で曲がって爆発する。

使えない。


熱田大会の抱っこ紐(吊り紐)で使う鉄球は1貫(3.75kg)だ。

あれ1つで417文も掛かる。

村の練習用に1つずつ配ったが、熱田と津島に両エントリーすると2つ借りることができる。

すべての村に確実に貸す為に2,000個を用意した。

鉄球の為に833貫文も使ったとか聞けば、ひっくり返るだろう。

ははは、やはり鉄は高過ぎる。


判ったと思うが鉄は高い。

南蛮鉄のままでは鉄砲に向かない。

少なくとも俺はそう思った。

そこで鉄鉱や屑鉄から集めることにした。

すると、鉄1.2貫(4.5kg)の代金が半額(250文)以下になる。

ゴミのような鉄鉱や鉄屑を高値で買ってくれると聞いて、行商人らが尾張にせっせと運んで来てくれる。

これで鉄の材料を確保した。

しかし、製鉄に必要な石炭がない。

なければ、作ればいい。

おが屑 (バイオチップ)を集めた場所に1000貫 (約4トン)の石を積んで、周りを180度以上で焼いてしまう。

ふふふ、こうして人工石炭(バイオコークス)が完成する。


あとは『たたら鉄』と同じく、鉄鉱・人工石炭・石灰を放り込むと、鉄鋼が完成する。

南蛮鉄より純度が高く、たたら鉄に及ばない。

材料に砂鉄を使えば、本物に近い鉄鋼ができると思うが採算が採れない。

妥協は必要だ。

木材と石灰の原価と労力を考えれば、鉄砲一丁に一貫文以上のコストが掛かっている。

苦労したよ。

刀師が偉くよろこんでいる。

たたら鉄に及ばないから『童子切安綱』は作れないと思うぞ。

もちろん南蛮鉄も買っている。

鍬やスコップを作るなら南蛮鉄でも十分だ!


次に、鉄づくりは湿気を嫌う。

海の側など絶対に無理、乾燥する冬場に鉄づくりを行う。

夏場はひたすら木炭と人工石炭(バイオコークス)を作る。

もちろん簡単ではない。

櫓を組んで滑車で大きな石に紐を通して、おが屑 (バイオチップ)の上に積んでゆく。


『1つ積んでは父のため、2つ積んでは母のため、3つ積んでは故郷の兄弟のため…………』


重い石を積み重ねてゆく、石を崩す鬼が出てきそうだ。

人工石炭(バイオコークス)を作るときの石吊りも見世物でできると思う。

しかし、当分は尾張の最重要機密だ。

土台に耐火煉瓦で積んでおけば、重い石の間でトンネル型の登り窯を焚くと、自然に高温・高圧の環境が完成する。

石積み穴は横に10列並べて積んでゆき、山の麓に12個の昇り窯に火を灯す。

これで一緒に茶碗なども焼いている。

これを三日焼き続けると、見事な茶碗が完成だ。

その後、冷却期を置いて石を退けると人工石炭を回収できる。

一石二鳥だ。

山で木炭と茶碗を作っているとカモフラージュになる。

耐火煉瓦の粘土は瀬戸から持ってくれば作れる。

桜山なので瀬戸茶碗ならぬ、桜茶碗だ。

これでいいのか?

ともかく、知多半島には窯場が多かったので材料も人材も困ることはなかった。


職人の士気を上げる為に、俺は定期的に現場視察に呼び出される。


『潰すぞ!』


三日三晩、寝ることもなく火を炊き続けた男達がたたら窯を壊す合図を叫んだ。

この『たたら鉄』は窯を一回毎に潰す。

日本の古代から続く伝統的な鉄の作り方だ。


『鉄だ!』


うおぉぉぉぉ、日が高くなる頃に掘り進んで出てきた鉄の塊に大声を上げた。

ここから時間との戦いだ。

鉄が冷める前に回収しなければならない。


『野郎共、行くぞ』


見ているだけの俺でも熱気で汗だらけだ。

男達は突っ込んでゆく。

真冬の寒空にふんどし一丁で大汗をかいて鉄との戦いに挑む。

筋肉もりもりの男の世界だ。

俺がここに来るとよい鉄ができるなんて迷信ですよ。

純粋な技術力です。

あぁ~熱そう、俺は絶対にやりたくない。

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