第11話 それぞれの正月(2)。

中根南城には俺の兄弟らが日を変えて毎日やって来ていた。

あいつらの目的は飯だ。

部屋住みの貧しい飯に比べて、中根南城の夕食は豪華だった。

肉や魚が出ない日はない。

腹一杯食べた後に饅頭などのデザートも出る。

大勢でワイワイと食べる飯は美味い。

だが、俺は母上と里と楽しむ家族団欒に入れてやるほど、心は広くない。

邪魔だ、あっちで食っていろ。

兄弟達を隣の部屋に追い出した。


俺の母上は兄弟・姉妹を邪険にするほど狭量でなかった。

隣の従者の間に席を作って好きなだけ食べさせた。

従者の席も同じ品がならび、食べ盛りの従者の為に山盛りの料理が出てくる。

従者達は上座を譲り、甲斐甲斐しく世話をしてくれる。

お付きの人とも巧くやっている。

人数が増えて分け前が減ることもなければ、母上の命で秘蔵の品も同じ様に従者の間に並ぶ。

若様、姫様として大切に扱われ、兄妹達にとって天国だった。

今日、誰かが帰ったと思うと、別の誰かがやってくる。

日を変えては誰かいつも食べに来ているのだ。


「何故、全員が揃っている?」

魯坊丸ろぼうまる、お幸らは連れてきてないぞ」

「あいつらは子供というより幼児だろう」

「魯よ。末森は来客が多く忙しいのだ。我らがいたのでは邪魔であろう」

「三十郎兄ぃ、かっこいいことを言っていますが、『おせち』を漁りに来ただけでございましょう」

「あれほど念入りに準備していたのだ。食さねば、末代まで恥だ」

「そういうことだ」

「なのじゃ」


おせちは平安の時代から続く行事だがあくまで接待用であり、家族で食べる習慣はない。

だが、俺はがんばってみた。

村総出でおせち作りに挑戦し、ささやかだがすべての家でおせちが出るようにした。

料理教室を開催して、皆でおせちを作りあった。

いずれは熱田中、尾張中に広まって欲しいと思っている。

遊びに来ていた兄弟達にも手伝いをさせたので、そのおせちを兄妹達が漁りに来た。

来ると思っていたが初日からかよ。


「お市とお栄はこちらにいらっしゃい」

「わらわはこちらの方がいいのじゃ」

「あたちも」


従者間ではおせちの他に焼き肉も一緒に焼いていた。

育ち盛りの子供には肉が喜ばれる。

お市とお栄は肉が好きなようだ。

従者達が肉を小さく切ってあげている。

小さいお口をもぐもぐさせて、おいしそうに食べている。

今度、ハンバーグに挑戦するか!


三十郎兄ぃが10歳、九郎兄ぃが8歳、喜蔵、彦七郎、喜六郎、半左衛門が俺と同じく7歳で一応兄らしい。この辺りはかなり曖昧で父上(信秀)が俺を10男としたから、俺より後に生まれていても兄になった感じだ。

兄弟が多いに賑やかだ。

これで全部ではない。

俺が生まれてから6年間で10人の弟妹を作ったことに呆れる。

病に臥せっていたのではないのか?

残りがくると幼稚園ではなく、保育園になってしまう。

赤ん坊の子守りは遠慮する。

とりあえず、乳がでるように乳母においしいものでも送っておこう。


「そういえば、お年玉はいつ貰えるのじゃ」

「明日だよ。神社に参拝しに来た方に餅を配ります。帰りに分けて貰うことになっております」

「そうなのか、よかったのじゃ」

「たのちぃみです」

「お栄の分も貰ってくるぞ」

「ろあにぃ、ありゅがとう」

「不躾ながら某が配らせて頂きます」


年長者の養父に配って貰う。

正月に歳神(年神)を迎えるために供えられた丸い鏡餅を家長によって配ることを『御歳魂おとしだま』と呼ぶ。

明日から熱田明神に供えた餅を参拝者に配ることになっている。

散餅銭の儀だ。

餅を食べた子供は強い生命力を貰うと言われ、歳神(年神)の霊魂で子供の成長を祈るのだ。

俺が配る餅は、『家内安全』、『無病息災』、『商売繁盛』とかで人の群れが殺到する。

商人らは必死だ。

俺が投げた餅を食っても商売繁盛することはないと思うぞ。

帰り際に村に配る分を貰ってくる。

本当は生命力溢れる年長者が配るものなのだ。

何故か、俺から受け取りたがる。


「焼き餅でいいか、おいしそうだな」

「明日だぞ」

「ろあに、いっぱいたべるです」

「縁起物ですから、残すのは駄目ですよ」

「うん」

「残った分をわらわが食べるのじゃ、のぉ、栄」

「うん」


6歳の源五郎(後の有楽斎)はやんちゃで、4歳の又十郎は足がおぼつかない。

妹の6歳のお市と5歳のお栄がやって来ている。

こちらは可愛らしく毎日来てもくれても構わないと母上と妹の里が歓迎していた。

源五郎と又十郎も弟の喜蔵や新左衛門の遊び相手に丁度いい。

兄弟が多いと物覚えが早い。

積み木、ジェンガ、木のかるた、ボーリングのようなごろごろボールとピン、おままごとができるように小さな食器をすべて木で造らせている。

押し車やペダルのないキックバイクも作ってやりたい。

しかし、ゴムがない。

何か代用できそうなものはないだろうか?

次は色鉛筆か、絵を描かせてパズルもいいか、お金を数える練習も兼ねて子供そろばんも作らせよう。

これを作らせると、お爺が喜びそうだな。

熱田の商品が増えると。

また、大名や公家のお土産にでもするか?


「王手」

「はい、王手返し」

「待った」

「待ったはなしです」


食事が終わると娯楽タイムだ。

三十郎兄ぃは将棋が好きでいつも相手をさせられる。

思考が単純過ぎて勝負にならない。

将棋講座をするつもりはないぞ。

その横で九郎兄ぃと囲碁を指し、喜六郎、半左衛門とリバーシの相手?

なぜ、こうなった。


「俺の負けだ。もう一局行くぞ」

「もういいのでは」

「正月は長い、迎えがくるまで何日でも付き合って貰うつもりだ」


ちょっと待て。

正月の参賀で来る来客は3日で終わる訳じゃない。

それこそダラダラと続く。

末森の主人が信勝に変わったから居づらいのは判るけどさ。

本気で迎えが来るまで居続けるつもりか?

冗談じゃない。

神社の行事は3日で一度終わっても、次の行事が10日に待っている。

その次が15日の朝市があり、その出し物の1つとして抱っこ紐(吊り紐)大会を用意している。

行事が目白押しだ。

それに加えて子守りがずっと続くのか?

俺の時間が!


「今年の凧上げは4日にするか」

「今年こそ、負けんぞ」

「やるなんて言っていませんよ」

「逃げるとは卑怯な奴め」

「どうとでも言って下さい」


喧嘩凧は受け付けない。

そう思っていると、市に何か吹き込んだ。

卑怯だぞ。


「市もやるのじゃ」

「…………」

「…………」

「魯は市が嫌いか」

「そんなことは言っていません」

「市もやるのじゃ」

「はぁ、判りました。凧作りは4日で、凧上げは5日にしましょう」

「がんばるのじゃ」


ははは、微笑ましいね。

子守りが多すぎて涙が出てきたよ。


「魯兄じゃ、市とジェンガで勝負じゃ」

「栄と里と輪投げにしなさい」

「嫌じゃ」

「おねがい、後にしてくれない?」

「魯兄じゃは市が嫌いか?」

「嫌いじゃない」

「では、勝負じゃ」


何故、俺に集まってくる。

いつも相手していますよ。

でも、一度にとかないでしょう。

五面で包囲されて逃げ道も無くなった。


「ふふふ、魯は人気者ね」


母上、助けて下さい。


 ◇◇◇


魯坊丸ろぼうまるがお市たちに遊ばれている頃、信長も家老衆に囲まれて、酒の匂いで気分を悪くしていた。


「この澄み酒はホンに旨い」

「甘露、甘露、贅沢の極みだ」

「京では、これを水で薄めて呑んでいるそうだ」

「勿体ない」


一升が100文もする澄み酒は、にごり酒の10倍の値になる。

独特の甘味が癖になる僧坊酒そうぼうしゅも澄み酒に比べると霞んでしまう。

だが、やはり高い。

各城でも晩酌で1杯が限界であり、浴びるほど飲めるのはこの機会しかない。

武将たちは完全に気を許している。


それを恨めしそうに見ているのは足軽達だ。

武将共々、足軽まで酔い潰れて使い物にならないなんて事態は洒落にならない。

徳利一合の酒を振る舞われたが、それ以上は禁止だ。


残りは非番の日に一升が渡される。


夜風に当たる信長が門番に声を掛けて異常がないことを確認した。

大広間の中は酒の匂いが充満して気分が悪くなるのだ。

宴会は皆が酔い潰れるまで続く。

皆、今年こそ、武功を上げると息巻いている。


「殿、ここにおられましたか」

「爺か、酒に酔った。ここで酔いを醒ましておる」

「そうでございますか」


佐渡守(林 秀貞はやし ひでさだ)は一升の徳利を片手に信長と同じく縁側えんがわに腰かけた。

その顔が随分と老けているように思えた。

守役として、はじめて紹介された佐渡守は若々しく、如何にも武者という感じだったが、今では白髪もチラホラと見えた。

爺も年を取ったのだな。

信長はそんな風に思ってしまった。

佐渡守は親父(故信秀)と余り年は変わらない40歳だ。


「爺よ。親父(故信秀)は早く逝きすぎた。まだまだ手伝って貰わねばならぬ。長生きしてくれ」

「くぅくぅくぅ、なんと忝いお言葉か」

「泣くな」

「最近、どうも涙もろくなってしまいました」


そう言えば、城を抜け出して町に連れて行ってくれたのは佐渡守であったな!

少したがを外した陽気な所があった。

ただ、女館に連れ出したことがバレて、母上(土田御前)に叱られたのだ。

以降、側役が付くようになった。


「殿、帰蝶様を大切にするのはよいですが、一人の女子に尽くすのはよくありません」

「酔ったか?」

「酔っております。大橋や塙の娘がいい年頃になっておりますぞ」

「爺ぃは変わらぬのぉ」

「ははは、女あっての人生ですぞ。今度、一緒にどうですか」

「考えておこう」

「はぁ、そうですか。殿の考えておこうは当てになりませんからな」


佐渡守の女好きにも困ったものだ。

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