最終話 太郎
桃太郎はこれまでの道のりを辿り、おじいさんのいる村へと帰っていきます。
ただ、出発時と違うのは、彼が大きな荷車を引いて行っている所です。
「なんだなんだ?」
通り過ぎる人々がその荷車に興味を示していました。
荷車の上には大きな白い布を被せられており、中からはガチャガチャと金属同士がぶつかる音がしています。
「あれはもしや…中に金銀財宝があるんじゃねえでか?」
ある男が冗談半分にそういうと、もう一人の連れがその男を嗜めます。
「おいやめねえか…。
本当にそうだったらどうすんだ。
触らぬ神に祟りなしだぜ。」
「わかってるよ!んなもん。
言ってみただけだ。
さ、行くぞ行くぞ。」
通行人はそう言ってそのまま通り過ぎていきました。
桃太郎の希望。
それはあの村の村人に報復をしない事―――
そして、おじいさんの真偽を確かめる事でした。
桃太郎は、集会が終わった後のやり取りを思い出します。
「僕はまだ、おじいさんの事を信じています。」
あの後、頭領とおばあさんに対し、桃太郎はそう言いました。
「桃太郎や…。お前まだそんな事を…。」
おばあさんはそれを聞くと、困惑と憂いを帯びた表情を浮かべます。
しかし、桃太郎は言葉を続け…
「おばあさん。確かに僕はあなたが嘘をついているとは思えません。
しかし、おじいさんが嘘をついているという証拠もないんです。」
その言葉に、おばあさんは言葉を詰まらせました。
確かに桃太郎の言う事にも一理ある。
しかしその言葉をあっさりと認めてしまうわけにもいけません。
おばあさんは何とか彼を説得しようとしますが…
「お願いです。おばあさん…。
僕はもう…間違うわけにはいかないんです。
どうか、この目で直接―――
真実を確かめさせてください。」
彼の硬く決意したその様子に、おばあさんはやはり何も言えなかったのでした―――。
その時の言葉を思い出しながら―――
桃太郎は荷車を引き続けます。
彼の腰には新しいキビダンゴの袋が下げられていました。
彼はその袋から一つ、キビダンゴを取り出すと、それをポイと口の中に放り込みます。
「キビダンゴって…こんな味だったっけ?」
彼は独り言の様にそう呟きました。
このキビダンゴはおばあさんが彼の為にこねてくれたものです。
彼はそのキビダンゴを頬張りながら、おばあさんのことを思い出していたのでした。
日も暮れようかと言う時刻―――
桃太郎はようやく村へとたどり着き、そのまましばらく行くと、おじいさんの家へたどり着きました。
「あれは…」
家の前では、一人の年寄りが火縄銃を持って待ち受けています。
「桃太郎や!帰ったか!」
「おじいさん!」
彼は荷車をそこに置くと、優しい笑顔で出迎えてくれるおじいさんに駆け寄っていきます。
「おじいさん!
遅くなって申し訳ありません。」
「いいのじゃいいのじゃ。
お前が無事に帰ってくれただけで何よりじゃ。」
おじいさんの暖かな微笑みに、桃太郎の表情はまるで出発前の純粋な少年のものに戻っていました。
こんなおじいさんが自分を裏切るなんてあり得ない―――
おじいさんの顔を見るだけで、彼はそう思ってしまうほどでした。
「おじいさん。今日も狩をしに出掛けていたのですか?」
桃太郎はおじいさんの手にある火縄銃を見て言います。
「おお。さっきまで山におったんじゃけどな…。
からっきし獲物が取れんかったんじゃ。」
そう言ってフォフォフォと笑うおじいさんに、桃太郎は腰からあるものを取り出しました。
「ではお腹が空いてるでしょう。
このキビダンゴをお一つ差し上げます。」
彼の手に乗っているキビダンゴを見て、おじいさんは顔色を少しだけ変えました。
「………ッ!
い、いやこれは…。
心配せんでもワシは今腹が空いておらんでのぅ。
気持ちだけ貰っておくとしよう。」
「おじいさん。
今日、獲物は取れなかったのでしょう?
ならお腹が空いているはずです。
もしおじいさんがお腹を空かせていたら僕が困りますので―――
―――食べてください。」
そう言った桃太郎の笑顔に、おじいさんは何故か嫌な汗が流れる感覚がしました。
その笑顔はどことなく不気味に思え、悪寒を感じずにはいられなかったのです。
しかし次の瞬間―――
桃太郎の笑顔が急に明るく見え…
「このキビダンゴは町で買ったものですよ。
おじいさんのキビダンゴがあまりに美味しかったので、おじいさんにキビダンゴをお返しする為に僕が買ってきたのです。」
彼のその屈託のないその言葉に、おじいさんは再びそのキビダンゴをまじまじと見つめました。
「な、なるほど…
そうじゃったのか!
ならば有り難く頂くとしよう!」
一つ匂いを嗅いでから、そのキビダンゴを頬張るおじいさんのその表情には、嬉しさ・幸せというよりは、安堵の色が浮かんでいました。
「して…桃太郎よ。
あの荷車というのは…
ひょっとして、あれかのぅ?」
おじいさんは桃太郎の後ろに控える荷車を指差し、なんとも言えぬ笑みを浮かべました。
「ええ、そうです!
持って帰ってきましたよ!」
快活にそう答える桃太郎は、荷車の方へと走って行きます。
そして彼は…
荷車に被せた白い布に手を掛けました。
「おじいさん…。
これでもう…
生活の心配は、いりませんね。」
桃太郎はおじいさんに背を向けたまま、
そう告げますが…
心なしか―――
その声には陰りが見られました。
「ああ、もう生活の心配はいらん……
………お前もな。」
そうしておじいさんは桃太郎の背後から―――
銃を向けました。
もちろん彼がそれに気付く様子はありません。
そして。
そんな事などつゆ知らずのまま―――
彼は白布に掛けた手を、一気に引くと―――
「おじいさん。
さっきあなたが食べたキビダンゴは…」
まるで旗のように布が宙を翻り、
しかし未だ荷車の中身が見えず、
しかしそれも束の間―――
「あなたが作ったものです。」
「………………
…………それってどういう…?」
布が地面に落ちました。
「………なッッ⁉」
荷車の中にあったもの、それは……
金でもなく―――
銀でもなく―――
武器を持った男達でした。
「何をそんなに驚いてるんですか?
間違えてあなたのキビダンゴを渡してしまっただけじゃないですか?」
おじいさんは口を手で押さえながら、荷車の上にいる武装した男達を指差しました。
「おい!なんだ!?
何なんだ!?こやつらは!?」
しかし―――
桃太郎は彼らを見ても、平然とした顔をしています。
「どうしたんですか?
僕が持って帰ってきた金銀財宝ですよ?」
まるで荷台に控える男達が見えていないかのような桃太郎の様子に、おじいさんは初めて気がつきました。
おじいさんは先ほど食べたキビダンゴを思い出します。
「も、桃太郎や…。
お前は、ワシになんてものを食べさせてくれたのじゃ…」
「ごめんなさい。
間違えてあなたの作ったキビダンゴを渡してしまいました。
………それが何か?」
そんな、桃太郎の素知らぬ顔に、おじいさんの表情はハッとしたものとなりました。
桃太郎はもう一度荷車に立つ男達を見て言います。
「おじいさん。
僕が持って帰ってきた、金銀財宝ですよ。」
そんな彼を見て、おじいさんは頬に一筋の汗を垂らしますが…
しかし、今度は気を取り直したように桃太郎に笑い掛けたのでした。
「あ、ああ!
そうだな!金銀財宝だ!
それにしても、何と見事なものか…」
おじいさんは武装した男達を、まるで伝家に伝わる宝玉のように眺めだしました。
おじいさんは考えます。
自分が幻を見ているのを悟られてはならない―――
もしそれを悟られれば自分の作ったキビダンゴには幻覚作用があったと言う事も悟られてしまいます。
そして、もしそうなると―――
自分が桃太郎を騙していた事も悟られてしまうのです。
おじいさんにとって、今のこの状況は「幻覚など見えていない演技」を貫かなければならないものでした。
そして桃太郎は、そんなおじいさんを見て…
どこか悲しげに微笑んでいました―――
まるで男達など見えていないかのような、そんな様子のおじいさんを。
すると、荷車の男達は次々と荷台から降り出しました。
彼らの持つ武器は、彼らが歩くたびにガチャガチャと、金属同士がぶつかる音がします。
そして彼らはたちまちおじいさんの前に立ちはだかりました。
「ひっ………!」
殺気立ち、目を血眼にさせた彼らに対し、おじいさんは思わず短い悲鳴をあげてしまいますが、それを何とか桃太郎に悟られまいと何事もないかの様に振る舞おうとします。
「おじいさん…。」
おじいさんを呼びかける桃太郎の声が、どこからか聞こえてきます。
しかし二人の間は、男たちの壁に阻まれているため―――
おじいさんには、桃太郎の姿が見えないのです。
「おじいさん。
僕は、おじいさんの事を信じています。」
また、桃太郎の声が聞こえてきます。
「あ、ああ。桃太郎や…。
ワシもお前のことを信じとるぞ。」
おじいさんは彼の言葉に返事をします。
「おじいさん。
僕の事が見えてますか?」
またもや桃太郎の声が聞こえます。
「あ、ああ…。もちろん。
見えておる…。見えておるぞ……。」
おじいさんは言葉を返します。
「おじいさん…。」
また、桃太郎からの声が聞こえます。
そして―――
彼の次の一言に、おじいさんは思わず―――
身を凍らせたのでした。
「僕にはね、おじいさんの姿が―――
視えないのです。」
「え…」
と固まるおじいさんに対し、桃太郎はどこか悲しげに、涙ぐんだような声で告げました。
「さっきあなたが食べたキビダンゴ…
あれ、普通のキビダンゴですよ。」
おじいさんは口を震わせながら、今目の前に臨む男達の壁を見渡します。
「も、桃太郎…?
う……嘘じゃったのか?」
今目の前に存在する男達は幻なんかではなく、現実で―――
そしておじいさんに食べさせたキビダンゴも普通のキビダンゴだった―――
桃太郎の吐いた嘘に対し、おじいさんの口からは思わずそんな言葉が出ました。
しかし、桃太郎はそんなおじいさんに対してこう言います。
「嘘をついて…ごめんなさい。
でも…
良いじゃないですか?
あなたが今まで僕に吐いてきた嘘に比べれば―――
僕の嘘なんてちっぽけなものです。」
その声は涙に上擦ったような、そんな声で、しかしどこか諦観する様に微笑った―――
そう感じさせるようなものでした。
「あ、あ…あ……。」
おじいさんはただ、口をパクパクさせる事しか出来ません。
すると、桃太郎の前を立ち塞ぐ人々の中から、一人の男がおじいさんの目の前へズンと出てきました。
「じいさんよ…。
俺たちの事が視えるかい?
俺たちは幻なんかじゃない。
俺達は、確かにここに存在してるんだ!」
「お前は…」
おじいさんがその男を見て、思わずたじろぎます。
そして…
「ひっ…ひぃぃ!!」
おじいさんはとうとう逃げ出したのでした。
「お前達!ヤツを捕まえろ!」
頭領の一言により、彼らは逃げるおじいさんを捕まえようと、一斉に飛び出します。
「任せろお頭ァ!」
「オラァ!逃げんじゃねえこの鬼が!」
おじいさんはつまずきながらも、身を振り乱して逃げました。
しかし―――
すぐにあっけなく彼らに捕まえられてしまったのでした。
「は、離せぇ!
やめろ!ワシに触るでない‼」
おじいさんは声を裏返らせ、情けない悲鳴をあげています。
桃太郎はそんなおじいさんの無様な姿を、ただ黙って眺めていました。
やがて、おじいさんは彼らによって桃太郎の前に引き摺り出されます。
おじいさんの白髪は土に汚れてくすんでおり、乱暴に引っ張り回された為か着物はすっかりと乱れきっていました。
そして、おじいさんが地に擦り付けられたその顔を上げると、目の前にはおじいさんを見下ろす桃太郎が…
「も、桃太郎や…。助けてくれ!
ワシは今までお前を育ててきてやったのじゃぞ⁉
そのワシを裏切るというのか!」
鬼の形相で懇願し、命乞いをするおじいさんのその顔は、桃太郎が今までに見た事がないほど醜悪なものでした。
―――何だか・・・いつかの僕に似てるな。
ふと、おじいさんの今の姿が自分自身と重なったのでした。
「おじいさん…。」
桃太郎はそう、一言呼びかけます。
おじいさんを見下ろしながら、声をかける桃太郎―――
「僕にとって…あなたは…
あなたが例えどんな人であっても…
たとえ…悪い人であっても…
たとえ…『鬼』であっても…
あなたは…僕にとって…」
ゆっくり、時にしゃくらせながらも、
一つ一つ言葉を紡いでいく桃太郎は―――
「僕にとって…
たった一人のおじいさんです。」
―――涙を流していました。
「あ…あ…
つ、つまり…助けてくれるんだな…?
ワシの事を…信じてくれるのじゃな…?」
おじいさんの恐怖に歪めたその顔に、一筋の希望の光が差したような気がしました。
「だからせめて……
僕が楽にしてあげます。
僕が全てを…終わらせます。」
桃太郎の涙が何を表しているのか、
おじいさんには当然理解ができません。
桃太郎がどんな気持ちなのか、おじいさんには当然理解ができませんでした。
「………。」
桃太郎は黙って刀を抜きます。
そして刀を振りかざしました。
そして…
「そ、そうだ…!
こやつらを殺せ!
ここにいる奴らを…この…
『鬼』どもを皆殺しにしろォ!!」
桃太郎は振りかざしたままだった刀を…
下ろしました。
そのまま。
おじいさんの頭に。
「………。」
その場にいる全員が、ただ黙って…
静寂の中、そんな中を、
おじいさんの頭から咲く華の音だけが
やけにはっきりと聞こえました。
吹き出す返り血を全身に浴びた桃太郎は、
平然と、こう言い放ちます。
「皆さん…。
全ての元凶は断ちました。
復讐は………
…………終わりです。」
平然を装っているのは言葉だけで―――
桃太郎はまるで純粋な少年の様に―――
その顔を涙で濡らしていたのでした。
「結局―――」
頭領が、今は動かぬものと化した血塗れのおじいさんを眺めながら言いました。
「お前一人に手を汚させてしまった。
俺はやはり父親失格か…。」
頭領のその言葉に、桃太郎は顔も向けずに答えます。
「父上…。
あなたは鬼ヶ島に住む人間です。
鬼ヶ島側の人間の手で復讐を果たさせるわけにはいかなかった。
まあもっとも…皆の怒りを収めるためにも、おじいさんが殺される瞬間を皆に見せる必要もありましたが…。」
彼の顔を濡らしているのは返り血なのか、涙なのか…
桃太郎は最後までおじいさんを信じていました。
彼が最後に打った小芝居も、おじいさんが嘘をついているかどうかの真偽を確かめるためだったのです。
しばし無言のまま、二人がおじいさんの亡骸を眺めていると―――
頭領はふと、独り言のように呟きました。
「誰かに似ている気がしたんだがな…」
彼のそんな一言に―――
桃太郎が視線だけで彼の方を見ました。
すると頭領もその視線に気がついたのか、彼の視線から逃れるように身を翻すと―――
「まあ、だいぶ昔のことだからな…
…知らん。」
そんな言葉を残したのでした。
そして彼はいまだ興奮冷めやらぬ人々に向き直り、
号令を発します。
「皆のもの!
この者は村人達と共に、俺たちの島へ攻め込んできた!
しかしこの者は、恐ろしい薬草を用い、村の人間をたぶらかしていたのだ。
したがって元凶はこの者であり、この村の人々はむしろ被害者である!
よって、今回その元凶を討った事により、
この一件はこれにて落着とする!」
彼がそう言い切った瞬間―――
人々からは歓声の声が上がりました。
彼らのその生き生きとした表情には、喜び、達成感などが感じられ、その場は熱気に包まれました。
そして―――
頭領もそれに応えるようにその顔に笑みを浮かべます。
しかし、それは人々の笑顔とは全く別物のように感じられ―――
どこか諦観した様な、疲れた様な、乾いた様な、そんな微笑でした。
そして再度桃太郎に振り返ります。
「さあ、桃太郎。
お前はどうする?
出来ればお前にも鬼ヶ島へ来てほしいが…。」
そう尋ねた頭領に、桃太郎は…
「出来れば僕もそうしたいのですが…。
僕にはやるべき事があります。」
そう答えた桃太郎に対し、頭領は別段驚きもしません。
むしろそう答えることを分かっていたと言うような、そんな様子でした。
「この村を復興させます。
おばあさんの話では、この村は以前からおじいさんの薬草に依存しており、
今はすでに深刻な状態になっているとのことです。
だからこの村の人々の正気を取り戻し、そして何とか貧困から抜け出せる方法を、おばあさんと一緒に模索したいと思います。
この様な事が二度と起こらないためにも…。」
彼の涙はすでに乾いており、その瞳は新たな決意を秘めている様でした。
そんな桃太郎に対し、頭領は一言こう告げます。
「桃太郎…。達者でな。」
「ええ。父上も、お元気で。」
そしてその場を後にしようと、桃太郎は背を向けました。
しかし…
すぐに何かを思い出したかの様に、顔だけを振り返ると―――
彼は一言。
「あと、僕の名前は桃太郎ではありません。
『太郎』です。
……父上。」
その言葉を残し―――
太郎は去って行きましたとさ。
桃『太郎』の『鬼』退治 そーた @sugahara3590
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます