第12話 桃太郎が視ているモノ
桃太郎のその表情は、まるで理解できないといった風でした。
まさにそんな顔を向けてきた桃太郎でしたが、頭領の見せる表情も彼とさほど変わらないものでした。
「な、何を訳の分からない事を・・・」
「おい太郎!気をしっかり持て!」
しかし桃太郎は頭領のそんな言葉を無視し、また喚きだしました。
誰もいない空間へ向かって・・・
狂乱する彼は、ただひたすらにその空間に向かって罵声を浴びせ続けています。
そんな彼の発する言葉は、頭領にとっては何一つ理解できないものでした。
桃太郎―――
その『仲間達』―――
頭領は桃太郎とその仲間たちを交互に見ていましたが、
彼はもう一度桃太郎を見てこう訴えかけたのです。
「太郎よ・・・あそこには誰もいないぞ。」
しかしその瞬間、桃太郎は頭領をキッと睨み付けました。
「鬼め!虚言で僕を惑わそうとしても無駄だ!」
反発するように叫ぶ桃太郎。
「太郎!しっかりしろ!あそこには誰も・・・」
頭領は尚も説得しますが―――
「黙れ!あと僕の名前は太郎ではない!
『桃』太郎だ!」
頭領が言い終わる前に、桃太郎はさらに強い口調で遮りました。
彼のあまりの剣幕に、頭領が何も言い返せずにいた―――
―――その時です。
「やめなさい―――
―――桃太郎。」
桃太郎に対して放たれたその声は、衰えこそ感じられるものの、その空間に凛と響き渡り・・・
桃太郎はふと言葉を止め、またもや自らの前に現れたその存在に目を奪われます。
そこには、一人の女がいました。
「鬼の・・・女・・・?」
「桃太郎や。
お前は幻惑の草を食べさされたようですね。
お前にはいったい・・・何が視えているのですか?」
女は落ち着いたような、語りかけるような口調で桃太郎に尋ねました。
「幻惑の草?いったい何の事だ⁉
たとえ女であろうと鬼は鬼だ!容赦はしないぞ!」
彼は身動きが取れない状態であるにも関わらず、その眼に殺意を宿します。
「あいつらが当てにならないのであれば僕一人だけでもやってやる!
醜い鬼達め!
今すぐお前たちを・・・」
すると桃太郎はなんと、彼を取り押さえる者たちを撥ね退けるように、ゆっくりと立ち上がってきたのです。
「ウソだろ⁉なんて力だ!」
「お頭!危ねえ!」
周りがどよめく中、桃太郎は刀を拾い上げそれを振りかざしました。
そして―――
彼は頭領目掛けてその刀を勢いよく振り下ろしたのです。
ゴッ!
鳴り響いた鈍い衝撃音―――。
森の木々から驚いた鳥達がバサバサと。
桃太郎の刀は―――
頭領の目の前で止まっていました。
その刀は頭領を捉える事はなく、力なくそれが降ろされていったかと思えば―――
桃太郎の身体は、地に伏したのでした。
倒れた少年の背後には、木の棒を手にした頭領の部下。
「ハァ……ハァ……。
お頭……どうか、許してください。」
彼は息荒く、手を震わせながらも、たった今少年を打ち倒した事を頭領に謝罪します。
「いや、仕方ない…。
むしろ良くやってくれた。」
親玉は目の前で昏倒している少年を眺めながらも、自らの仲間を労いました。
先ほどの女は、桃太郎の腰に付けているキビダンゴを見つけるとその表情が険しくなります。
「やっぱり……あなたの仕業だったのですね。」
頭領はそんな女を一瞥すると、周りの仲間達に号令を掛けますが…
「皆のもの!ご苦労であった!
俺たちを守るために犠牲になった仲間達を運ぼうではないか……!」
しかし………
そこまで言うと、彼は俯いてこう続けました。
「それと………こんな事を頼むのは本当に身勝手だとは思うが………
どうかこの少年を許してほしい。
私のたった一人の…
息子なのだ。」
仲間たちに、彼はそう懇願したのでした。
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