第10話 桃太郎と鬼の親玉

その頃、桃太郎一行は―――



彼らが目指しているのは、鬼達の頭領が居るであろう山城。


しかしそこへと向かう道中にも、鬼達の手下との戦闘が行われていました。


「ひぃ!ま、待ってくれ!頼む!助けてくれぇッ!!」


そこら中に横たわっているのは無数の鬼の死骸。

そんな中一人の鬼が、腰が抜けたのか―――尻餅をついた状態で桃太郎に命乞いをしています。


そんな鬼に対し―――


桃太郎は静かに、堂々と、ゆっくりと歩を進めます。



彼のその足音からは冷徹な雰囲気すら感じられました。



その向かう先には鬼の生き残りがもう一人。


その鬼は身を震わせながらも、桃太郎に対して刀を向けていました。


それに対し、桃太郎は刀を構え返すどころか、歩みを止める気配すらありません。

それどころか、刀を構えているその鬼に何故か一瞥もくれませんでした。



にもかかわらず、その鬼は桃太郎に仕掛けようという素振りはなく―――

それもそのはず、彼は恐怖で体が動かなかったのです。


その恐怖を押しのける為か。


今まさに目の前を通らんとしている桃太郎に、まるで喚くように―――


「我らの財宝を奪いにきた略奪者め‼

親方様の息子を奪うだけでは飽き足ら・・・かひゅ」



叫んだ途端―――空気の抜ける様な、そんな間抜けな音が彼の言葉を遮りました。



見れば鬼の喉元は真一文字に裂けており、その切れ目からはヒューヒューっと笛のような音が鳴っています。


そして直立したまま後ろにパタンと倒れる様は、まるで木板を倒すかのような・・・


「・・・な、ななな―――」


―――何が起こったのか


腰を抜かした鬼はそんな疑問すらも満足に言葉にはできず、ただ目の前の少年―――桃太郎を、呆然と見守る事しか出来ませんでした。


しかし、その光景はさっきと変わることはありません。


そこにあるのはただ一点にこちらを見つめ、ゆっくり。着実に。



  じわり   じわり



と、迫りくる桃太郎の姿でした。



まるで視えていなかったかのように、今しがた倒れた鬼に一瞥もくれず、 なおも歩みを止めないその姿は・・・



まさか鬼の喉元が勝手に裂けたのではないか?



と、見ている者にそう思わせかねない光景でした。



但しその少年の姿には、唯一先ほどとは違う点がありました。


それは・・・


彼が誰も気づかぬような速さで、いつの間にか抜き払っていたその刀―――



その白刃は綺麗な深紅の色を纏い、そして切っ先からは赤黒い液体が滴り落ちていました。



この一点が、鬼はこの少年によって殺されたのだという事を、淡白に、しかし鮮明に物語っていたのでした。


歩調を緩めることもなく、かといって速めることもなく、そのまま そのまま 


こちらを見下ろすその瞳に、そして桃太郎の口から吐き出されるその声には何の感情も色も感じることは出来ず・・・


「どの口が言うか。略奪者はお前達だろう。村の人たちを苦しめたお前たちは全員殺す。」


そう告げて、桃太郎が刀を振りかざした時―――




「待てッ‼」




何者かの声が響き渡りました。


桃太郎は刀を振りかざしたまま、ゆっくりとその声の方に顔を向けると・・・


そこにはあったのは、鬼達の頭領の姿。



「ほ、本当に一人だ。」

「本当にたった一人で乗り込んできやがった!」


頭領の後ろには沢山の鬼達が控えており、桃太郎の圧倒的な強さにざわめき立っています。


「おいおい。四人なんだけどなぁ・・・。」


桃太郎がやれやれと首を振ると他の三匹は、

「まあ、実際桃太郎さんが一人で暴れてるようなもんだし」と言って半ば諦めています。



「……間違うはずもない。

やはり、太郎だったか。」



頭領はそう小さく呟くと、

どこか嬉しそうな、悲しそうな、申し訳なさそうな・・・

その表情は何とも形容し難く・・・


「太郎?ま、まさかあなたは・・・」


目の前で腰を抜かした鬼が、目を丸くしました。


「俺はこの島に住む者たちの頭領だ。・・・話をしよう。

太郎よ・・・まずはどうかその刀を下ろしてはくれないか!」



「・・・・。」



頭領の言葉を受けて、桃太郎は振りかざしたままだった刀を・・・



下ろしました。


そのまま。



鬼の頭に。



「―――ッ⁉」



その場にいる全員が言葉を失います。



静寂の中、そんな中を―――



鬼の頭から咲く華の音だけが、やけにはっきりと聞こえました。


吹き出す返り血を全身に浴びた桃太郎は、平然とこう言い放ちます。


「言われた通り、刀を下ろした。」


「ひッ―――⁉」


桃太郎のその行動に、戦慄を覚える者、怒りに震える者、

その場にいる全ての鬼達がそれぞれの反応を示します。


「………。」


頭領はそんな鬼達を制し、桃太郎の方へ一歩近づきました。


桃太郎がこちらに向ける敵意を受けて、

「やはり・・・復讐に来たのだな」と、彼は諦めた様子で呟きました。



その表情には…



「お前は…俺たちを覚えているのか?」



頭領は悲壮な表情を浮かべました。



「ああ、もちろん。

お前が憎い。お前たちは、許されないことをした!」


桃太郎は激昂します。


「そうだろうな。お前が俺を憎む気持ちは分かる。

しかし聞いてくれ、あれは仕方のなかったことなんだ。」


頭領は申し訳ない表情を浮かべました。


「何を言うか!村を焼き払い、財宝を奪ったことが仕方のないことだというのか⁉」


桃太郎は激昂します。


「・・・財宝?・・・村の人達から奪った?」


頭領はなぜか困惑の表情を浮かべました。


「ああ、そうだ!

僕は桃から生まれ、そしておじいさんに今まで育ててもらった!

その恩を今こそ返す時なんだ!」


桃太郎が激昂します。


「・・・桃から生まれた?

・・・桃?」


頭領の表情にはまた、困惑の色が浮かびました。


「人間を苦しめる悪い鬼達は、正義の名のもとに成敗してやる‼」


桃太郎が激昂します。


「・・・・。」



頭領は・・・



「犬、猿、キジ!この親玉の後ろにはまだたくさんの鬼どもが控えている!今こそ仲間を信じる時だ!

俺たち全員で戦うぞ!」

桃太郎は後ろに控える仲間たちに向けて、そう檄を飛ばしました。


「ワンワン!分かりました。奴らの首筋に噛み付いてやります!」


「おう!頼もしいぞ犬!お前の牙の鋭さを見せてやれ!」


「ウキウキ!承知しました!私がこやつらを引っ掻き回してやりましょう!」


「ああ、そうだな猿!お前の素早さで奴を翻弄してやれ!」


「ケーンケーン!私は上空から襲ってやります!」


「いくら鬼でも空は飛べまい!キジ!お前の役目は重要だぞ!」




「・・・・。」



そんな彼らを見て。



頭領はただ―――





・・・マヌケな表情を浮かべていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る