ジョン・スミス
その日は雨だった。
朝起きるといつものように、まず顔を洗い、仕事に行くための身支度を整えてから短い食事を済ませる。真空パックに詰められた甘味であることを示す赤く透き通ったゼリー食。封を切って、少し細くなっている部分を咥え、パックを握ると甘味が口の中いっぱいに広がった。
栄養補給ゼリー状の食事、所謂ゼリー食は毎日人間が生活するために必要な栄養素が詰まっていて、それだけを食べれば良いようになっている。
私がまだ若かったとき、戦場にいた頃よりも前からゼリー食は存在している。
朝食は一分も経たずに終わった。
ゼリー食はすべて郊外にある政府直轄の工場で作られて、全国民に毎月無償で配給されている。人々は毎日かかさずそれを食べている。無償故にこうしてボロマンションに住んでいる私でさえ食事ができているのだ。
本当にこの国の食に関するシステムはよくできている。
私は食事を済ませた後、家を出るまでの時間はソファーでホログラムテレビを見ることにしている。体感時間が早く感じる朝、ゼリー食によって時間的な余裕が生まれたからである。
「みなさん、おはようございます」
いつものようにテレビ台に置かれた円筒状の投影スクリーンへ、軍服を着て、胸にたっぷりの勲章を付けた顔のホリが深い中年の男性が立体的に、そして、縮小されることなく等身大で彼の立つ演説台とともに映し出される。偉大なるジョン、ジョン・スミスだ。
この国のトップであるジョン・スミス本人が目の前にいるかのように感じられて、私は自然と背筋が伸びた。温厚なように見えて、全てを見透かしているような鋭い瞳に見られている気がした。
ジョンはしばらくの沈黙の後、大きく息を吸い込んでから身振り手振りを交えながら言った。
「ご存知の通り先日、我が国を侵攻しようと企てた某国との衝突があったが、無事食い止めることができた。敵の規模は凡庸な兵士五千人。それに対しこちらは優秀な兵士が一万人。当然の結果だが、実に喜ばしい。健闘してくれた軍部、兵士の武器を生産してくれた生産部、それから兵士の食事を用意してくれた食品部の諸君、感謝している」
毎朝、冒頭では国民に対する感謝が述べられる。私は食品部に所属をしているから、携わった食品で兵士が国を守るための原動力になったかもしれない。そのことについてジョンから感謝をされると誇らしい気持ちになった。
島国である我が国は攻めにくく守り易いと言われているが、それでも豊富な水資源、広大な土地を狙って度々他所の国から狙われることがある。しかし、その度、政府軍は侵攻を跳ね除け今日の平和を保つことができている。ジョンが言うように、確かに政府軍は優秀なのだ。
それからいくつか国内のニュースが取り上げられ、朝の放送がいつものように締めくくられる。
「では、諸君。本日も我が国の繁栄のため、日本国民として誠実な行動を期待している」
ホログラムの偉大なるジョンは満足げに微笑む。スッ、とその場を立ち去るように消えた。
私はホログラムテレビのスイッチを切り、いつも通りの時間に自宅を出た。
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