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次の日曜も、シモンは灰色の坂道を上った。空は青く澄みわたり、木々の緑がやわらかに照り映えている。枝から枝へと舞い踊る小鳥たちのさえずりはこの上なくのどかだった。戦争をしているなんて嘘のようだ。
フォーレスト氏に招かれ、カタリナの部屋へ通されるまではいつもと同じだ。しかし今日のカタリナは、身体を起こして「いらっしゃい」とは言ってくれなかった。
「お嬢様は、今朝から微熱があるようでして」
フォーレスト氏が心配そうに言う。カタリナは頬をいくぶん赤くして、玉のような汗を浮かべて喘いでいた。今日は彼女と話はできそうにない。シモンは内心残念に思いつつ、聴診器を少女の胸に当てた。頼りなく上下するあばらの下で鳴る音は、別段いつもと変わらないような気がするが。
「先生、解熱剤を注射してはどうでしょう」
「いやよ」苦しげな息の中から、執事に対するきっぱりとした拒絶が聞こえてきた。「お注射はきらい。痛いだけで効かないんだもの」
「しかし、お嬢様……」
「いやったらいや」カタリナはじろりとフォーレスト氏を睨んだ。「お薬を飲むから、それでいいでしょ。ね、先生?」
「お嬢様、お聞き分けくださいませ」
「フォーレストは黙ってて!」
シモンはため息をついた。
「分かりました。注射はよして、頓服薬を出しましょう」
「ええっ」フォーレストが大げさに目を剥いた。「それで大丈夫なのですか、先生?」
「こうまで嫌がるものを無理強いしては、気力が削がれてかえって身体に毒です」
そう説明するとフォーレストは一応納得してくれた。
「もしどうしても具合が良くならないようでしたら、お電話をください。もう一度伺いますから」
シモンは屋敷から立ち去った。その日、電話はかかってこなかった。シモンは安心した。カタリナはおそらく快復したのだろうし、何よりシモンは病人に注射を打ったことなどなかったのだから。
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