第18話:森泉店の一番長い日

 12月。師も思わず走ってしまう、何かと世間が慌ただしい時期。

 それはリサイクルショップも一緒ではあるものの、基本的に忙しくなるのはクリスマスが終わってからのことだ。

 

 それはクリスマスプレゼントに中古商品は遠慮される、ということもあるだろう。

 が、それ以上に大きいのは、クリスマスが終わると途端に世間は年末一色となり、その一年の総決算とばかりに身の回りの物を整理し始めるからだ。

 いわゆる大掃除と呼ばれるアレである。


 そして大掃除で出た不要な、それでいて売れそうな物がリサイクルショップへと持ち込まれる。

 買取に持ってくるお客さんの数、さらにその持ち込まれる量は普段の数倍。同じく買取の多い引っ越しシーズンと比べても遥かに多く、ピーク時には買取の待ち人数が30人近くになることもある。

 

 リサイクルショップとしては商品を補充する絶好の機会ではあるが、それも度が過ぎると地獄以外のなにものでもない。


 そしてイエローブック森泉店も、今、まさにその地獄の真っ只中にいた。


 

「俺、随分前から疑問に思ってたことがあったんスよ」

「…………」

「なんで年末に買取キャンペーンなんてやるんスかねぇ? だってそんなもんやらなくてもお客は勝手に買取に持ってくるじゃないッスか?」

「…………」

「なのにわざわざ買取金額10%アップとかやらなくてもいいと思わないッスか? ねぇ、皆草さん?」

「…………」

「あれ、俺の話、聞いてます? 皆草さんってば!」

「うっせぇぞ、守北! つまんねぇこと言ってないでどんどん買取しやがれ!!」


 ぶち切れた皆草の怒声が店内に鳴り響いた。

 本来ならお客さんに聞こえるような大声は御法度だ。でも、皆草が激昂するのも無理はない。


 本日12月27日は、イエローブック森泉店の年内最終営業日。


 他店舗よりも一足早く年末の買取キャンペーンを実施し、出来る限り早く買取に持ってきてもらえるよう手は打っていた。が、やはり最終日はどうしてもお客さんが殺到する。

 しかも本来なら年中無休のはずが、今年は今日で終わりと言うこともあって、異常なまでに買取の持ち込みが多かった。なんせ開店時からスタッフ全員が出勤し、万全の状態で迎え撃ったにもかかわらず、午後2時の時点ですでに買取待ちが30件を突破しているのである。

 

「すみませーん、買取をお願いしたんですけど……」


 店に入ってすぐの買取カウンターには既に買取待ちの商品が山のように積まれてある。それはお客さんにだって見えているはずだ。

 それでも持ってきた物を持って帰ろうとする人はほとんどいない。大掃除でいらなくなったから持ってきたのだ。今更持ち帰っても戻す場所なんてない。

 

「かしこまりましたー。ただ、今はとても混雑している状態で、おそらく買取が終わるのに3時間以上はかかります。一度お店から離れていただいて、後で再来店と言う形になりますがよろしいですか?」


 瑞穂が買取作業の手を止めて、新たな買取申し出のお客さんの対応をする。

 

「はい。かまいません」

「それではこちらの書類に記入をお願いします」


 エプロンから再来店買取の受付票を取り出し、お客さんにその内容と記入をお願いする瑞穂。

 本来ならお客さんに内容を説明し、確認を取りながら記入していくが、これだけ忙しいとさすがにそれはやってられない。

 買取のスピードも落ちるし、なによりそうこうしているうちにも買取希望のお客さんは次々とやってくるからだ。

 

「うーん、これは想像以上ですねぇ。すみません山田さん、メディアの商品が溜まる一方なのに買取作業をさせちゃって」


 そんな地獄の店舗状況に、しかし速野はいつも通りの調子で、隣で買取作業を手助けする山田に声をかけた。


「仕方がないですよ、こうまで買取が立て込むとさすがに手伝わずにはいられません」

「でもさっきSwitch本体の買取があったじゃないですか。アレは早く店頭に出したいですよねぇ」

「でもさすがに今、買取から離れるのは――」


 その時だ。


「だからごちゃごちゃ話すなって言ってんだろうがゴラァ!!」


 速野と山田の会話に、イライラが絶頂に達した皆草が吠えた。

 しかも先ほどとは比べ物にならない怒声。その口調の強さからも、一瞬店内がしーんと静まり返る。

 

「ちょっと皆草さん! さすがにその言い方は」


 再来店買取受付をしていた瑞穂が慌てて振り返り、皆草に注意しようとこれまた必要以上に大きな声を出す。

 

「あー、すみません、皆草さん。確かにおっしゃる通り、ここは買取に集中しなくちゃいけませんねー」


 しかしそれを速野は笑顔で制すると、ぺこっと皆草に頭を下げた。そして頭をあげると

 

「買取でお待ちの皆さま、申し訳ありませーん! スタッフ一同頑張っておりますので、今しばらくお待ちくださいー」


 と店内に大声を響き渡らせた。

 

「さぁ皆さん、頑張りましょう!」


 すかさず買取作業に戻る速野。その動きは誰よりも早く、誰よりも正確だ。

 実のところ、山田と話していた時もその作業は全く変わらなかった。

 皆草だってそれは分かっていたことだろう。

 それでもこうも忙しいとついイライラしてしまう。

 そして考えてしまうのだ。どうしてこんなに買取が来る羽目になったんだ、と。

 

 年末が買取で忙しいのはいつものこと。それでもこんなに忙殺されることは、長くイエローブック森泉店でバイトしている皆草も初めてだ。

 どうしてだ? どうしてこうなった?

 そう考えるとふたつの理由が頭に浮かんだ。


 ひとつは年末の四日間、店を休ませることにした速野の決断。

 それを最初に求めたのは誰でもない皆草自身だが、それでも決めたのは速野だ。

 あの時、さすがにそれは無理ですよと言われたら、皆草だって受け入れたかもしれない。

 でも、速野は年末最後の四日間を休むことを決定し、その結果、その分が今日一気に押し寄せてきた感がある。


 それを読めきれなかった速野が悪い!

 

 そしてもうひとつは店長・上笠の不在。

 速野ほどではないにしても、店長も買取スピードが速い。

 もしここに店長がいてくれたら、買取をこんなに溜め込むことはなかっただろう。

 

 それも全ては店長を追い出し、店を自分のものにしようとする速野のせいだ!

 

 なかなか尻尾は見せないが、速野がイエローブック森泉店を乗っ取ろうとしているのは誰がどう見ても明らかなのに。

 何が上笠店長は休暇を取っている、だ。

 何が上笠店長が戻ってくるまで、自分は店長代理に過ぎない、だ。

 本心は分かっているぞ。お前は内心でほくそ笑んでいるんだろう。この店を乗っ取って大儲けしてやろうと思っていやがるんだろう。

 そんなことは絶対にさせない。他の奴らは騙せても俺は絶対に騙されないぞと思う度に、皆草のイライラは高まっていく。

 

「おーい、ちょっと台車借りてええかー!?」


 そんな皆草のストレスが頂点へ達しようかという頃、熊みたいな身体をした男が店内に入ってくるなり、大声で買取カウンターに群がるスタッフたちに声をかけてきた。

 

「はい、買取ですか? ただいま大変混み合っておりまして、お時間がかなりかかりますが」


 対応したのは瑞穂だ。


「かまへんかまへん。こっちも忙しいねん。売るもの預けたら別の用事を済ましてくるわ。そやけど明日には引っ越しせなあかんさかい、今日中に頼むで」

「そ、そうですね。それであの、一体どれぐらいの量でしょうか?」

「そやなぁ、ダンボール箱でざっと30ぐらいや」

「さ、30ぅ!?」


 熊男はさらっと言うが、ダンボール30箱はちょっと洒落にならない。


「一トントラックで運んできたんや。さすがに店内に全部運び込むのは無理やろうから、入りきらんものは外の店先に置いてええか?」

「いや、ちょっと待ってください。そんな大量の買取、さすがに今日中には……」

「は? 出来へんって言うんか!? わざわざ持ってきてやったのにかっ!」


 熊男がいきなり怒声を発し、入り口の窓ガラスがビリビリと揺れた。

 

「おい、こっちは一トントラック借りて持ってきたんやぞ。それやのに買取出来へんとはどういうことやねん?」

「買取出来ないとは言ってないです。でも、いくらなんでもそれだけの量を、この忙しい中で今日中にはとても……」

「だからワシは明日には引っ越すと言っとるやないかい!」

「引っ越し後に改めてこちらに出向いてもらう事は……」

「引っ越し先は九州やぞ! なんや九州からの往復の移動賃を払ってくれるんか?」

「そんな……あの、だったら銀行振り込みで」

「そんなのはあかん! ったく、頭の悪いネェちゃんやなぁ! ワイは今日中に買取をせえっちゅーてるんや!」


 買取でいっぱい待ってるのに俺のだけ先にやれとか、2年前に定価で買ったから買取も2年前の値段で買えとか、無茶なことを言う客はたまにいる。

 が、さすがにこれは無茶苦茶もいいところだ。

 

 本来ならここまでくると店長代理である速野にバトンタッチするべきである。

 でも、買取が立て込んでいる今、最大戦力である速野が抜けるのはなんとかして避けたかった。

 それにこういったトラブル対応も、社員を目指すなら自分ひとりで何とかできなくちゃいけないという意地が、瑞穂にはあった。

 

 とは言え、さすがに無理なものは無理としか言いようがない。


 そもそも今の戦力では30箱ものの買取を今日中に終わらせるのは不可能だ。

 それでもお客さんが今日中の買取を希望されるのなら、仕方ないが、他店舗に行ってもらうしかない。


 だけどイエローブック森泉店はフランチャイズで、会社が経営するのはこの一店舗だけだ。

 他店舗と言っても、瑞穂には紹介出来るあてがない。


 他に行っても受け入れてもらえる保証がない状態では、とてもじゃないがお客さんに納得して帰ってはもらえないだろう。


 どうしよう? どうすればいい?

 必死に考えを巡らせる瑞穂。

 無理難題ではある。でも、何かあともうちょっとで良いアイデアが浮かびそうな気もするのだ。


 そう、かつてこれと同じような状況を経験したことがあったような……。


「あー、もう時間がもったいねぇ! ええわ、今から運ぶさかい、今日中になんとかせえよ!」


 が、非情にもタイムアップとなった。


「え!? ちょっとお客様、そんな勝手なことをされても困ります!」

「知るかそんなもん!」


 あーだこーだと瑞穂が考えを巡らしているうちに、熊男はキレて台車片手に外へ出ていこうとする。

 慌てて止めようとする瑞穂。


「うわー、万策尽きたー!」


 成り行きを見守っていた守北が悲壮な声をあげる。


 その時だった。

 

 「今の客、俺が対応するよ」


 ポンと誰かが瑞穂の肩に手を置いて言った。

 

「え!?」


 驚いて振り向く間もなく、ひとりの男が瑞穂の脇を追い抜いていく。


 小太りだった体がしばらく見ないうちに引き締まり。

 禿げた後頭部はおろか、制服の袖から覗く両手も真っ黒に日焼けし。

 外へ出ていった客をフットワーク軽く小走りで追いかけていく男。

 

 その姿は、禿げあがってしまった頭部を除いて、瑞穂が子供の頃に見た記憶がまるでそのまま蘇ったかのようだった。

 

「か、上笠店長!?」

「ふっ。待たせたな、瑞穂ちゃん。後は俺に任せな!」


 店を出る前にちらっと振り返り、これまた日焼けした顔に二っと輝く白い歯を浮かばせながら、上笠が握りしめた拳から親指を突き立てる。

 

 店長上笠、4ヵ月ぶりに店舗へ帰還。

 その姿はおろか、話し方まで謎の変化を遂げていた。

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