買取人は強欲に笑う

タカテン

第1話:新入社員はせどりの男!?

「今日からお世話になる速野渚はやの・なぎさです。どうぞよろしくお願いいたします」


 にこやかに微笑んで頭を下げる細身の中年男性に、今浜瑞穂いまはま・みずほは面食らった。

 数日前、店長から話を聞いて想像していたのとは明らかに違う。もっと欲が張り、脂ぎった中年男性を瑞穂は想像していた。

 だって店長から聞いたのだ。


 今度入ってくる新人社員さんは、たちの間で「強欲な仮面」と呼ばれているそうだと――。


                   ◇

 

 瑞穂がバイトするイエローブック森泉店はちょっとした体育館並みの店舗を東京の片隅に構える、本やCD、DVD、ゲームなどを扱うリサイクルショップだ。

 森泉店はフランチャイズだが、イエローブックグループ自身は業界トップのブックオンに次ぐ第二位のシェアを誇っている。

 が、ここ近年で本は電子書籍に、CDやDVDはネット配信に、ゲームもダウンロード販売にと、販売形式がモノからデータに変わってきたせいで、モノをリサイクルして利益を出すこの業界は軒並み業績が良くない。

 新たな商材に手を出してみたり、ネットオークションに力を入れてみたりして、なんとか現状を打開しようとはしている。

 しかし、瑞穂がバイトを始めたこの三年間、森泉店の実績は下がっていく一方だ。

 

 それでも瑞穂はこの店が大好きだった。

 瑞穂のイエローブック森泉店愛は年季が入っていて、なんせ普通の本屋と違って漫画の立ち読みが出来るから物心ついた頃から足しげく通い、小学生の頃の夏休みなんかはほぼ毎日、朝早くから夕方近くまで立ち読みしていたほどである。

 だから高校入学と同時にイエローブックでバイトを始めたのは、瑞穂にとっては当たり前のことだった。

 土日は勿論、学校のある平日も放課後はイエローブックで働く。仕事中に立ち読みは出来ないけれど、大好きな漫画や小説に囲まれた職場は、瑞穂にとって天国だ。お店を取り巻く状況は厳しいものの、なんとか立て直したいと、仕事中はリボンで纏めたポニーテールを背中で揺らしながら必死に頑張った。

 

 そんな瑞穂が進学せず、イエローブック森泉店に就職しようと考えたのは高三の時だった。

 そもそも大学に行ってまで勉強したいものはない。だったら愛するお店に就職した方がいい。

 幸いなことに店長やオーナーであるお爺ちゃん社長からは「ポニーテールちゃん」と可愛がられているし、お願いすれば社員になれるだろうと思っていた。

 

 しかし現実は厳しい。

 経営不振で、新たな社員を雇う余裕はないと社長から告げられてしまった。

 

 瑞穂のショックは決して小さくはなかった。

 それでも理由が理由だけに仕方がなく、また業績が上がったらその時はと約束もしてもらえた。

 だから2か月前に高校を卒業した瑞穂は、数年はフリーターで頑張ろうと覚悟を決めて日々奮闘しているものの、結局今年のGWゴールデンウィークも大した実績を残せなかった、そんな矢先。

 

「あの、瑞穂ちゃん。実は今度、新しい社員さんがうちにやってくるらしいんだ」


 開店準備を終えて一息ついているところに、小太りで禿げ頭の店長・上笠から思いもよらぬ話を聞かされた。

 

「新しい社員って……そんな、経営が苦しいから社員は取らないって」

「うん。でもそいつなら森泉店うちを救えるって、社長は信じているみたいなんだ」


 聞けば新入社員と言っても年齢は37歳。

 その年齢と社長の期待から、相当仕事が出来る人なんだなと瑞穂は察した。

 社員の話を断られてしまった瑞穂への負い目からか、店長は今回の件に関して非難的な態度を示している。だけど瑞穂は一瞬カっとなったものの、それなら仕方ないなと思いなおしていた。

 三年間のバイト経験があるとはいえ社会の厳しさをまだまだ知らない自分と、経験豊富で仕事が出来る大人。経営が苦しい今の会社がどちらを採用するかなんてのは、火を見るより明らかだ。 

 

 そう考えるとどんな凄い人が来るんだろうとむしろワクワクしてきた瑞穂は、より詳しく話を聞こうと店長にその人となりを尋ねた。

 

「んー、瑞穂ちゃんって『対決王デュエルキング』ってカードゲームの『強欲な仮面』は知ってる?」

「へ? いえ、知らないです。そのカードゲームは子供の頃、男の子たちがやってるのを見たことはありますけど」


 思いもよらぬ話題に瑞穂は戸惑い、眉をへの字に下げる。

 昔から瑞穂はすぐ顔に出ると周りにからかわれた。

 が、仕事の出来る新入社員の話をしていたのにいきなりカードゲーム、しかも店長のスマホに映し出された、なんとも強欲そうな笑みを浮かべる仮面のカードを見せられては、そりゃあ誰でも困惑を隠しきれないだろう。

 

「その人、この仮面そっくりなんだって」

「へ、へぇ。それはなんとも」


 仕事が出来る中年男性と聞いてなんとなくダンディな人となりを想像していた瑞穂は、ちょっとがっかりした。

 とは言え、仕事は顔でするものじゃない。いや、それよりもこんな顔をしていて接客業で実績を出せるのだから、これはよっぽどの手練れ――。

 

「で、その、さ。なんでも前の仕事はだったらしいんだよね」

「は? せどり?」


 とは一般的に分かりやすく言うと、転売屋のことだ。

 転売屋と聞いて人気アーティストのライブチケットや品薄なゲーム機、はたまたマスクなんかを想像する人も多いだろう。

 その中でも古本業界での転売を職業にして糧を得る連中のことを、昔から「せどり」と呼んでいる。

 

 イエローブックにも一日に最低でも一人はせどりがやってくる。

 そんなお店で売っているものを仕入れて儲かるのか、それよりもフリーマーケットなどを回った方がいいのではないか、と思うかもしれない。

 が、儲かるからせどりはやってくる。というのもイエローブックのように全国展開するチェーン店は素人のバイトでも仕事が出来るように、買取と値付けは分かりやすく簡略化されている。例えば古い本は一律10円で買い取り、110円で出すとかそんな感じに。そこに詳しい市場価値なんて情報はない。

 だから当然の如く、とんでもないお宝が信じられない安値で売りに出されていることもありえる。

 それを狙ってせどりはやってくるのだ。

 

 ただ、こう聞くと店側にしてみれば厄介な相手と思われるかもしれないが、実は一概にそうとも言い切れない。

 何故ならせどりは利益が出ると判断したものを大量に買っていくので、一回の会計が万単位になることもざらだからだ。

 さらにはせどりがいっぱい買って大きな空きが出来た棚には、店頭に出せず保管しておいた新たな商品を補充することも出来る。

 存外に古本屋とせどりは持ちつ持たれつな関係だったりすることもあるのだ。

 

 だが、それでもせどりを瑞穂は内心で苦々しく思っていた。

 彼らが横暴な態度を取るから、ではない。意外かもしれないが、せどりたちは店員に対して腰の低いことが多い。おそらくは仕入れ先であるお店と良好な関係を保ちたいのだろう。

 好きになれない理由……それは彼らが本やCDやゲームを単なるお金儲けの商材としか見ていないからだ。

 それを言ったら店員も同じじゃないかと言われるかもしれない。が、違う。店員は本やDVDやゲームが好きで、だからここで働こうと集まってきた。もっと稼げるバイトなんて幾らでもある。それでもここで働くのは、ひとえにそれらが好きだからに他ならない。

 

 さらにアーティストが麻薬所持などで逮捕されたり、あるいは急な死を遂げる度、それらの関わったタイトルを値が上がる前にこぞって買い漁るせどりまでいる。

 そういうのが瑞穂には我慢ならなかった。

 

「……あのさ、瑞穂ちゃん。社長はこいつにかなり期待しているみたいんだけど、俺はやっぱりイヤなんだよ。こんなせどりの奴に店を好き勝手されるのはさ。瑞穂ちゃんはどう思う?」


 上笠店長が本の表紙の汚れを拭き落しながら、瑞穂に尋ねる。

 店長の年齢は40ちょっと。小学生だった瑞穂が店に通っていた頃から森泉店で働いている。

 かつては元気な挨拶が特徴の、キビキビしたいい店員さんだった。今みたいに太っておらず、頭もふさふさで、夏には海に趣味のサーフィンをしに行くそうで、日焼けしていた。

 それがいつ店長になったのか、瑞穂は知らない。ただ、瑞穂がバイトとして働き始めた頃にはもう店長を勤めていて、かつての元気の良さはなりをひそめ、それどころかなにかにつけては「疲れた」が口癖いなっており、瑞穂が何かアイデアを出しても面倒くさそうな顔をする禿げた小太りのおっさん、それが今の上笠だった。

 

 それでもお店を愛するから十年以上もこのお店に勤めてきたのだろう。その愛情に偽りはないと瑞穂も思っている。

 

「私もイヤです!」

「だったら、さ」

「そうですね! 社長には悪いけど追い出しちゃいましょうよ、そんな人!」


 やっぱり自分たちの店は自分たちで守るべき。ましてやせどりの力なんて借りない。

 瑞穂は上笠と固く誓い合った。

 

                   ◇ 

 

「ありがとうございましたー」

「ありがとうございました!」


 買い物を済ませて出ていくお客様の背中に頭を下げて、瑞穂は新入社員の速野と一緒に挨拶する。

 

「またよろしくお願いいたします!」


 さらにそこへ速野が一声、愛想のいい声をかけた。

 そんなこと、瑞穂は教えていない。イエローブックのマニュアルではレジを済ませた時に「ありがとうございました」とお礼の挨拶をすることになっており、そこで接客は終わっている。

 が、退店される時、さらに一声かけるのも悪くはない。

 いや、むしろレジ前と違って大きな声で言える分、店の活気が出て良い。

 

(この人、出来る!)


 瑞穂は心の中で舌を巻いた。

 朝礼から朝十時の開店を経てかれこれ一時間。店長が定期的にやってくる業者と事務室で話をしている為、瑞穂は速野の教育を任されていた。

 そこでレジの打ち方、接客、買い取った商品の加工作業など一通り教えてみたが、速野はどれも瑞穂の想定をはるかに超える習得度を見せた。

 それでいて威張った様子もなく、また社員とバイトという関係にも関わらず、速野は瑞穂の教えることを熱心に耳を傾け、時にはメモを取っている。

 

(なんか、普通にいい人っぽい。それに以前店長が見せてくれた「強欲な仮面」にちっとも似てないんだけど)


 もしかしたら全部店長の聞き間違いだったのかもしれない。

 追い出そうと約束したくせに、早くもそんなことまで思い始めてしまう。

 

「あのー、店員さん、ごめんなさいねぇ。売りたいものを持ってきたんだけど、重くて私ひとりでは運べないの。手伝ってくださらないかしら」

  

 そこへ入店してきた初老のご婦人から声をかけられた。

 

「かしこまりました! 今浜さん、ちょっと行ってきますね」


 瑞穂が返事をする前に速野がカウンターを出て、ご婦人と一緒に外へ向かう。

 反応も早いし、なによりやる気がある。ますます瑞穂の中で速野の評価が上がってしまった。

 

(でも、せどりってみんないい人っぽいんだよね。速野さんも上っ面だけで、本当の姿は違うのかも)


 速野いい人説へ傾きそうになっている心へ、瑞穂は懸命に待ったをかけた。

 そう、なんだかんだでまだ知り合って一時間弱。判断するのにはあまりに短すぎる。


(それに今のご婦人が持ち込んできた買取の査定で、化けの皮が剥がれるかもしれない)


 せどりが欲しがるのは瑞穂たちには真の価値が分からない商品で、そういうものは得てしてご年配から買い取った商品に多い。

 イエローブックのマニュアルでは古くて価値のあるものは見抜けないからだ。

 

(買取作業をしながら速野さんの表情をしっかり観察してやろう。卑しい人ならきっと表情が変わるはずだもん)


 そう思いながらカウンターで待っていると、速野が大きな箱を抱えて老婆と一緒に戻ってきた。

 箱、と言ってもただの段ボール箱ではない。

 表面に有名なアニメロボットの絵が描かれ、その横にゲーム機が映し出されている箱だ。

 

(あ、なんだ。ゲーム機かぁ)


 瑞穂は落胆した。

 お客様の年齢から古い本を想像していたが、どうやらご本人のものではなく、おそらくは家を出て行った息子さんが残していったものを持って来られたようだ。ご年配の方にはたまにこういうケースがある。

 

(しかもあのゲーム機、なんかの限定版みたいだけど、古すぎるから一律10円買取なんだよねぇ。うーん、せっかく重いのを頑張って持ってきてもらったのに申し訳ないなぁ)


 リサイクルショップあるあるその一、苦労して持ってきてもらったのに全然お金にならない。

 もっともこの手の場合は処分目当てで持ち込んで来ていて、お金にならないのは承知している人がほとんだ。が、中には「せっかく苦労して持ってきたのに!」と、すごく怒り出す人もいる。出来れば持ち込む前に電話で確認してほしいな、と怒鳴られる度に瑞穂はそう反論したい気持ちをぐっと堪えるのが常だった。

 

 もっとも今回のご婦人はどこか気品を感じる、きっと怒ることはないだろう。

 ただ、そうは言ってもタダみたいな金額をお伝えするのはひたすら申し訳がないと思いつつ、瑞穂が口を開こうとすると

 

「うわー、すごいですね。とても保存状態がいいですよ、これ」


 買取カウンターに箱を置いた速野が、瑞穂の言葉よりも早く開封して中を点検し始めた。

 

「ちょ、ちょっと速野さん!?」

「おおっ! ちゃんと専用の縦置きスタンドまであるし、本体やコントローラーにも目立った傷はない! 息子さん、大事に使っておられたんですね。箱もここまで綺麗な状態で残っているのは珍しいですよ」

「そうねぇ、大事にしてわねぇ、あの子。数年前に仕事で家を出たんだけど、その時も自分の部屋のものは捨てないでくれって」

「え? てことは……」


 速野は途端に申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「ああ、誤解させてしまったようね。大丈夫よ、息子は元気。一年前に結婚してね、今度子供が生まれるの」

「あ、すみません、早とちりしてしまったようです。それはおめでとうございます!」

「ありがとう。それでねもうゲームは卒業だって、部屋のものはこっちで勝手に処分してほしいって言ってきたの」


 ホント勝手なんだから、と言いながらもご婦人の目は笑っていた。

 瑞穂も表情を緩める。しかし、この先に告げなくちゃいけない金額を前に、どうしても心から笑うことが出来ないでいた。

 

「それでこれ、いくらぐらいになるのかしら?」

「あ、あの、奥様、それなのですが」


 10円と伝えようとする瑞穂。

 が、それをまたしても速野が遮った。


「そうですね、ズバリ一万円でどうですか?」

「えっ!!」


 何を勝手なことをと速野を窘め、その言葉を訂正させる……そんな暇は当然の如くなかった。


「まぁ!? そんなにするの?」

「はい。もともとコレクターズアイテムとして人気がありますし、さらにこの保存状態ならそれだけの価値はあります」

「まぁまぁどうしましょう。頑張って持ってきた甲斐があったわね」

「はい。喜んでいただけて僕も嬉しいです!」


 ではこちらで買取の手続きをお願いしますと、速野はご婦人から瑞穂へと顔を向ける。

 その時、瑞穂は見た。


 速野の顔がまさにあの強欲な仮面へと変貌しているのを。

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