王子様とお姫様

『リディ』


 どこかから声が聞こえる。

 私達のものでも、クラウンさんのものでもない。

 とても優しくて、澄んだ声だ。


『この声は……!』


 人形姫――リディが周囲を見渡す。


「あ、手紙!」


 私が破り捨てた手紙から、キラキラと光る黄金の粒が溢れてきた。

 それはリディの前で渦を巻くと、段々人の形になった。


『まさか……王子様?』


 震える声でリディが尋ねる。


『リディ……やっと気づいてくれたね』


 光の粒ははっきりと人になった。

 それは裕樹君や葵君のような格好の王子様だった。

 確認しなくても分かる。

 リディにとっての『本当の王子様』だ。


『リディ、リディアーデ。私の姫君。昔のように名前で呼んでくれ』

『ああ! エリオット様!』


 リディがエリオットの胸に飛び込む。

 エリオットはそれを優しく包み込んだ。

 やっと、やっと再会できたね……!


『私はずっと君を探した。生きている間に君に会うことはできなかったけれど、死んでやっと、君をみつけることができたんだ。でもルディの闇の力のせいで、君には私が見えなかった。私はずっと、君の近くにいたんだよ』

『ああっ、そんな……』

『でも、ルディの力が篭もった手紙を、この子達が破ってくれたから、こうして君に気づいて貰えた。やっと君を抱きしめてあげることができる。闇に囚われ続けている君を見るのはつらかった。やっと……』


 王子様になった光粒と同じ物がリディの体を包む。

 するとリディのからだが人形から、元の人の姿へと変わり始めた。

 黒かった人形の肌は白く柔らかな肌に、赤く光っていた宝石のような目はエメラルドグリーンの瞳に――。


『ああ。私の姫だ……』


 エリオットが愛おしそうにリディの頬を撫でる。


『これからはずっと一緒だ。私達が再び会おうと約束したあの地で、共に眠ろう……』


 黄金の粒が2人を包むと、2人の姿は静かに消えていった。


『ありがとう』


 消えてしまう前、エリオットの腕に抱かれたリディが、私達にそう言った気がした。


 2人の姿が完全に見えなくなると、城は廃墟のような姿になった。

 もうアンダーテイカーもいない。

 アンダーテイカーになっていた者達も静かに眠ったのだ。

 ここには私達しかいない。

 王子様の格好だった裕樹君達も普段の格好に戻った。


「……ゆり、泣きすぎ」

「だってええええ! わああんリディ、よかったよおおおお!」


 始めはリディが可哀想で泣いていたけれど、エリオットが出てきてからは感動で泣いた。

 2人が再会できて本当によかった!!


「ぷぷっ。ゆりちゃん、鼻水出てるよ」

「だって出るんだもん!」

「ほら、これで拭け」


 裕樹君が差し出してくれたハンカチを受け取る。

 ハンカチを持っているなんて偉いなあ。

 私はよく忘れて、スカートで拭いちゃうことが多い。


「……鼻水ついちゃった。洗って返すね」

「ああ」

「ゆりちゃん、まだ鼻水まだついてるよ」

「ええ!? どこ!?」

「嘘だけど」

「嘘なの!?」


 三人で笑っていると、私達に近づいてくる人がいた。

 クラウンさんだ。


「伊志野裕樹。どこまでも主役だよ。君は」


 そう呟くクラウンさんの表情はなにかを諦めたようだった。


「私はクラウンさんのファンだよ。クラウンさんのファンはたくさんいるよ!」


 ひとりぼっちみたいな、寂しい顔をしているクラウンさんに伝えたい。

 私はクラウンさんが大好きだ!

 クラウンチャンネルは人気のチャンネルだし、お芝居だって大人になったらできるかもしれない。


「……オレはクラウンでいるより、白樺蒼真でいたかった」

「…………」


 クラウンさんは、お芝居を続けるためにきっとたくさん努力をしたのだろう。

 それでも無理だった。

 どう励ましたらいいのか私には分からない。

 たくさんがんばった人に「がんばって」なんて言えない。


「おれは……」


 口を開いたのは裕樹君だった。


「あのオーディションで、おれは君の演技を見て負けたと思ったんだ。だからやりたくないと言った。事務所がおれを推してくれていたから決まったようなものだった。だったらオーディションなんてしなければいいのにとか、色々思って……。ふさわしい人が選ばれないなんて、腹が立ったんだ。あの役を軽くみていたわけじゃないし、君や他のオーディションを受けた子を馬鹿にしたかったわけじゃない」

「う、嘘だ! そんなの、今考えた後付けの理由だろ!」

「本当だ! おれのマネージャーさんに聞けば分かる!」

「…………っ」


 裕樹君の言葉にクラウンさんが困惑している。


「白樺君はさ、裕樹より僕に近いタイプだろ?」


 今度は葵君がクラウンさんに話しかけた。


「僕らみたいなのは、主役より脇役タイプなんだよ。だからそのオーディションもイメージに合わなくて落とされたんじゃないかな」

「…………」


 クラウンさんは黙って葵君の話を聞いている。


「演技はよくても、主役っぽくない。よく主役は華がないとって言うけど……。でもさあ、華なんてこれからどうにでもなると思うんだ。だって僕ら、まだ子供じゃん?」


 俯いていたクラウンさんが顔を上げた。

 葵君を見る目はきょとんとしている。


「僕なんて可愛すぎて駄目~とか言われるけど、身長がぐんぐん伸びたら印象も変わるだろうし、白樺君はちょっと地味な感じだけれど、クラウンの時はそんな感じしなかったよ? 髪を染めたり振る舞いでも印象が変わるだろうし、これからじゃない?」

「でも、親が……」


 クラウンさんは親の許可を貰えなくて活動出来ない。

 私達と同じ12歳で未成年だから、親の許可は絶対に必要だ。

 でも、こんなに情熱があるのに、あきらめなければいけないなんて可哀想だ。

 なにか方法はないだろうか……あ!


「クラウンチャンネルで想いを訴えてみるのはどうかな?」


 提案する私に三人の視線が集まった。

 芸能人オーラがある三人に見られるとドキドキしちゃうけれど、頑張って話してみる。


「もちろんお父さんとお母さんを説得するのは続けなければいけないけれど、クラウンさんがお芝居を続けることを後押しする声がたくさんあったら、ご両親も考え直してくれるんじゃないかな?」

「確かに……。話題になって事務所にも声が届いたら、親と相談して可能な範囲で認めて貰えるかもしれない。おれも事務所の人に言ってみるし、訴える動画にも出よう」

「あ、僕も出る!」

「い、いいのか……」


 一瞬嬉しそうな顔をしたクラウンさんだったけれど、今はとても困った顔をしている。


「オレは君達にひどいことをしたのに……」


 俯いて終ったクラウンさんを見て、三人で顔を見合わせる。

 確かに、とっても怖い思いをしたけれど……。


「ねえ。クラウンさんは王様で、クラウンさんの思い通りの世界になるんだよね?」


 突然の私の質問に、クラウンさんが不思議そうにしながらも答えてくれる。


「ああ。王冠がオレの願いを叶えてくれるんだ」

「だったら、ラスボス戦で都合良く私達が助かったのは、クラウンさんが本当は私達を傷つけたくなかったからじゃないかな?」

「え?」

「だって、ガチャで都合良くポジションチェンジを引いて、フレンド召喚を引いて、ゲームにはない治療キットが出るなんて、考えられないよ!」

「確かにな」

「うん。今思えばどれだけ奇跡が起こるんだって感じ」


 裕樹君と葵君がうんうんと頷いている。

 だよね!


「それにクラウンさんは、何度も私を助けてくれたよ」

「それは……君がオレのチャンネルを見てくれていたから……」

「うん。私、クラウンチャンネル大好きだよ!」

「…………っ。オ、オレには、そんなことを言って貰える資格は……」


 私達の言葉に、クラウンさんが泣き出した。


「ごめんっ……ごめんなさい」


 座り込んでしまったクラウンさんの背中を、裕樹君がぽんと優しく叩く。


「今日から僕らは友達だね。ぼっちの裕樹、二人目の友達できてよかったね! あ、ゆりちゃんが二人目だから三人目か!」

「うるさい!」


 葵君の言葉に空気が和む。


「私も友達に入れて貰えたんだ! 嬉しい!」

「あ、ゆりちゃんは僕のお嫁さんでもいいんだよ?」

「そ、それは恐れ多いよ!」

「ああ。ゆりに葵はもったいない」

「そっちかー! これでも僕、結構人気者だぞー!」


 あははという笑い声が空に響く。

 その笑い声の中にはクラウンさんの声もあった。


「あ! 王冠が……」


 突然クラウンさんの頭上にあった王冠が消え始めた。

 それと同時に周りの景色も薄くなっていく。


「クリアしたから、元の世界に戻るんだろう」


 クラウンさんが呟く。

 この王冠がこの世界を作っていたのか。


「その王冠ってなんだったの?」

「分からないんだ。気づいたら家にあって……」


 クラウンさんが首を傾げている。

 この王冠が諸悪の根源といえるけれど、一体なんだったのだろう。


「……終わるのか。疲れたけれど、楽しかったな」

「友達もできたしね!」

「うん!」


 私達の言葉に、クラウンさんも笑ってくれた。

 次第に私達の姿も薄くなっていく。

 本当にもう終わっちゃうんだ……。

 3人は会えるだろうけど、芸能人じゃない私はもう会えないかもしれない。


「ゆり、ハンカチ返せよ」


 俯いてしまっていた私の考えはお見通しなのか、裕樹君がそう言ってくれた。


「そうそう。綺麗に鼻水とって裕樹に返してね。その時は僕も行くから!」

「オレも行きたい」

「みんな……!」


 また泣いちゃいそうじゃない。


「また会おうね!」


 4人で笑い合う。

 この瞬間を私は一生忘れないだろうなと思った。

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