王子様とお姫様①

 クラウンさんが嬉しそうに笑う。


「ああ、この手紙が欲しかったんだね。あげるよ」


 スッと人形になった裕樹君の近くに降りると、固まったまま動かない手に手紙を挟んだ。


「ひどいよ、クラウンさん……」

「裕樹を元に戻せ!」

「無理だね。ああ、君達はもう戻ってくれて構わないよ?」


 そう言って笑うクラウンさんに腹が立った。

 クラウンさんも大変だったと思う。

 でも、裕樹君だって大変な思いをして、たくさんの大事な選択をして今の裕樹君がいるんだ。

 それなのに、クラウンさんは自分が選択したことの責任を全うしていない!


「クラウンさん! 選択すると責任が生まれるんだよ! クラウンさんはお父さんとお母さんに従うっていう選択をしたんだよね!? だったらこんなことをしては駄目だよ! お芝居を辞めたくないなら、もっと違う選択があったはずだよ! 裕樹君のせいにしないで!!!!」

「なんだと?」


 私の叫びを聞いて、クラウンさんの顔が表情が、仮面をかぶっていても分かるほど厳しいものになった。

 迫力があってこわいけれど、絶対に負けない!


「裕樹君を元に戻して!」

「うるさい! 部外者は帰れ!」

「嫌よ!」


 裕樹君を助けていないのに帰るわけにはいかない!

 その時、ピロンという電子音がした。


『人形の王子様クリア! トロフィーゲット!』


 人形の王子様クリア?

 バッドエンドでクリアしたということ?

 考えていると続いてピロンと音が鳴った。


『サポーターガチャ 一回券ゲット!』


 ……ガチャ券だ!

 何が出るか分からないけれど、裕樹君を助けることができるかもしれない。

 帰らされる前になんとかしなければ!


「ガチャ券使います!」

「?」


 クラウンさんには私がガチャ券をゲットしていることが分からないようで、不思議そうにこちらを見ていた。

 気づかれてしまう前に……あれを……!

 現れたガチャガチャマシーンを慌てて回す。


『ポジションチェンジ券ゲット!』


 やった!

 思わずニヤリと笑う。

 表示された文字を見て嬉しくなった。

 狙っていた通りのものだ!


「クラウンさんとチェンジ!」

「え?」


 叫び終わるとすぐ、私はクラウンさんとポジションを入れ替わった。

 つまり、裕樹君の目の前にやって来たのだ。

 裕樹君を助ける方法は、多分人形姫を倒すしかない。

 私にできるか分からないけれど、やるしかない!


「驚いたな……でも、今更できることなんてないさ」


 放送でクラウンさんの声が聞こえたけれど、私はまだあきらめない!

 ハッピーエンドにするため、私はクラウンさんが裕樹君の手に挟んだ手紙を破った。


「人形姫! あなたの本当の王子様に気づいて!」


 すると、再びあの電子音がした。


『全ての手紙を破棄! トロフィーゲット! ガチャ券ゲット!』


 よし、うまくいった!!

 これであの券が来てくれたら……!

 お願い神様!

 お正月に神社に行ったりクリスマスにサンタさんにプレゼント貰ったり、色んな神様にお世話になっているけど、誰でもいいから願いを叶えてください!


「ガチャ券使います!」


 現れたガチャ機に思いを込めて回す。

 絶対に来て、あれが来て!

 お願いお願いお願い!


『フレンドプレイヤー召喚券ゲット!』


「やったああああ! 使う、使います!」


 すると、すぐに……!


「ゆりちゃん、ナイス!」


 葵君が姿を現した。

 思わず二人でハイタッチだ!


「やったね! 2人でなんとかしよう!」


 私1人では心細いけど、葵君がいると心強い!


「人形の王子様クリアの時、僕もアイテムをゲットしたんだ! これを使おう! 裕樹を治せるかも!」


 葵君がとりだしたのは治療キットだったが、今まで使っていたのとは少し違うものだった。

 アイテム名を読む。


「治療キットSSS? なにそれ?」

「ゲームにはないの? でも、完全回復薬ってかいてあるし、使っちゃえ!」


 葵君が裕樹君に治療キットSSSを使う。

 すると裕樹君の黒く固かった肌に、みるみる色が戻っていって――。


「…………っ! あれ?」


 動かなかった裕樹君の手が動き、言葉を発した。

 裕樹君が人形から元に戻った!


「良かったよおおおおおお!」

「裕樹いいいいいい!」


 思わず裕樹君に飛びついてしまう。


「ゆり!? 葵まで! 今、どうなって……」

「……元に戻っちゃうなんてね」


 近くからクラウンさんの声がしてハッとした。

 声がした方を見ると、クラウンさんはまた空に浮かび、こちらを見下ろしていた。

 放送室からこちらにやって来ることもできるようだ。


「まあ、三人そろって人形になれば? 人形姫、お友達が増えて嬉しいね。さあ……やれ!」


『ぎゃああああああああああ!!!!』


 クラウンさんの指示をきくように、人形姫は雄叫びをあげてこちらに向かってきた。


「裕樹君! 葵君! 私がおとりになるから、隙を見て攻撃して!」

「ゆりちゃんをおとりになんてできないよ! おとりなら僕が……!」

「大丈夫! 任せて! 2人の方が攻撃力が高いし、ダメージを入れられるから! 協力して早く倒そうね!」

「……分かった。無理はするなよ!」

「うん!」


 不思議だけれど、今は全然怖くない!

 わくわくして楽しいくらい!

 三人揃うことができたから、なんとかなるんじゃないかなと思う!


「人形姫! リディ! 私はルディだよ! こっちにおいで!」

『ルディイイイイイイイイイイ!!!!』


 よし、私がターゲットになることができた。

 私を追いかける人形姫に2人はどんどん攻撃を入れていく。

 追いつかれた私は攻撃を受けるけれど、身代わりコートを着ているから大丈夫だ。

 人形姫の体力がどんどん削られていっているのが分かる。


「人形姫! なにをやっているだ! 早くこいつらを人形にしろ!」

『ああ……ああああ……ああ……っ』


 クラウンさんが人形姫を叱るが、その声はもう届いていない様子だ。

 私を追いかけるスピードもどんどん遅くなってきた。


「あ!」


 人形姫の不意打ちを食らった瞬間、私の身代わりコートが破れてしまった。

 ここで一度死んでいたんだな、と思うとゾッとしたけれど、人形姫の最後も近い。

 おとりをする私の足取りも軽くなる。


「よし、一気に行くぞ!」

「了解!」


 2人が畳みかけるように攻撃を入れる。

 人形姫の体力に終わりが見えてきた。

 だが……その判断が甘かった。


『ぎゃああああああああああ!!!!』


「うわっ!」

「ぐっ!」


 人形姫が最後の力を振り絞り、裕樹君と葵君を吹き飛ばした。

 そして……私目がけて猛スピードで駆けてくる。

 慌てて逃げるけれど、早すぎて逃げ切れない!


「きゃああああああっ!!!!」


 人形姫の振り上げた腕を見て叫んだ。

 こんな強烈な一撃を食らってしまったら、私は助からないかもしれない。

 身代わりコート、今こそ必要だった!

 ぎゅっと目をとじ、衝撃にそなえたけれど……何も起こらない。

 目を開けると、そこには私を庇って攻撃を受け止めている人がいた。


「クラウンさん?」

「…………」


 なにも言ってくれないけれど、間違いなく私を助けてくれたのはクラウンさんだ。


「また、助けてくれたね」

「…………」


 やっぱり、クラウンさんは悪い人じゃないよ。


「ゆり、大丈夫か!」

「ゆりちゃん!」


 裕樹君と葵君がかけつけ、人形姫を攻撃する。


「これで終わりだ!」


 裕樹君がシルバーシザーズで人形姫を切り裂き、葵君が人形姫の眉間にダークダガーを突き刺した。


『ああああああああああああっ!!』


 人形姫の体から黒い靄が溢れてくる。

 よかった……倒すことができた!

 黒い靄はどんどんあふれ、最後に残ったのは巨大化していない普段の人形姫だった。


『ああ……あなたも王子様ではなかったのね……』


「人形姫……ううん、リディ……」


 人形だから表情は変わらないけれど、ぽつりと呟いたリディがとても辛そうで……可哀想だった。

 大好きな人と会えない辛さ。

 大好きな人を奪われた憎しみ。

 ひとりぼっちでいる寂しさ。

 今の人形姫からは、そんな感情が伝わってきた。


『……泣いてくれるのね。人形になった私は泣くこともできない』


「あ、私……」


 人形姫に言われて自分が泣いていることに気がついた。

 泣くこともできないなんて、悲しすぎるよ。

 代わりに泣いて人形姫が少しでも癒やされるなら、いくらでも泣くよ!

 でも、こんなことでは癒やされるわけがない。

 人形姫を癒やし、救うのは――。


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