人形の王子様

 私は何故か放送室に戻されたのだ。

 そうなると、人形姫の前に残されたのは……。


「裕樹君!」


 窓に映る映像には、人形姫と向かい合っている裕樹君の姿があった。

 屋上での対決――これはラストバトル、ラスボス戦だ。

 1人でラスボスに挑むなんて!


「あ! 手紙!」


 確かまだ、手紙を破ることが出来ていなかったはずだ。

 人形姫を倒す前に手紙を破らないとハッピーエンドにはならない。


「裕樹君、手紙を破って!」


 私の叫びを聞いて、ハッとした裕樹君が手紙を探す動作をしたが……。


「……ない。どこにいった!?」


 手紙は裕樹君が手で持っていたと思うが、逃げてくる途中に落としてしまったのだろうか。

 倒すことができても、手紙がなければ可哀想な人形姫は真実を知らずに消える。


「これ?」


 焦る私達を笑うように、クラウンさんがスッと取り出したのは手紙だった。

 うっすらと光るその手紙は、間違いなく私達が求める最後のルディの手紙。


「落ちていたから拾ったよ」

「それをよこせ! ……わっ」


 裕樹君は手紙を取り返すため、クラウンさんに駆け寄ろうとしたのだが、なにかにぶつかり転んでしまった。

 なにもないように見えるけれど、透明な壁があるようだ。


「クラウンさん! 手紙を裕樹君に渡して!」

「嫌だね」

「どうして!?」

「彼には人形姫の王子様になって貰わないとね。大丈夫、君達は帰してあげる。さあ、人形姫。君の王子様を捕まえるんだ」


『王子様ああああ……』


 クラウンさんの指示に従うように、人形姫が動き出す。

 赤く光る妖しい目は、まっすぐに裕樹君に向けられている。

 裕樹君がシルバーシザースを構えた途端、人形姫は裕樹君に飛びかかった。

 ゲームと同じように、満月を背景にしたラストバトルが始まってしまった。


「がんばってくれよ。王子様。オレは特等席で見せて貰うよ」


 裕樹君にそう告げると、クラウンさんの体はスッと夜空に浮かび上がった。


「う、浮いてる……」

「クラウンさん、魔法使いだったの!?」

「違うよ。オレは『王様』さ! この世界を好きにする権利がある王様だ! オレの頭上で輝くこの王冠が、オレが王様である証明だ!」


 王様?

 このケージキャッスルの世界を好きにする権利?

 クラウンさんが王様の証明だと王冠を見ると、異様な雰囲気がした。

 どうしてだろう……人形姫より……こわい!

 綺麗な王冠なのに、あれにふれてはいけない気がする。


「魔法使い、か。確かに、なんでもオレの思い通りになるのだから魔法のようだ。 やっぱり『たいやきさん』は面白いな!」

「たいやき?」

「!」


 裕樹君が首を傾げる。

 王冠に気を取られていた私だったが、たいやきと言われてびっくりした。


「わ、私がクラウンさんの動画にコメントするときのニックネーム……。私がたいやきだって知っていたの? 知っていたから放送室に喚んだの?」

「オレが喚んだのは伊志野裕樹だけだ。君は視聴者として招いただけなのに、どうしてか中に入ってきてしまった。……おっと、お喋りに夢中になっていると、いいところを見逃してしまいそうだ」


「くっ!」

「裕樹君!」


 人形姫の攻撃を受け止めきれず、裕樹君が怪我をしてしまった。

 治療キットは騎士から逃げた時に使い切ってしまった。


「ああくそっ! 僕、治療キットを持っているのに! 僕もそっちに戻せ!」

「私も戦う!」


 1人でラスボスと戦うなんて無茶だ。

 もう一度あちらに行けたら、おとりぐらいにはなれるのに……!


「おれをここに喚んだと言ったな? なぜだ!」


 疲れている上に怪我をしてしまった裕樹君は、真っ直ぐ立つことも出来なくなってきているが、空に浮かんでいるクラウンさんを問い質した。


「…………」


 クラウンさんは冷たい目で裕樹君を見下ろしていた。

 しばらく戦う裕樹君を眺めていたけれど、ぽつりと零した。


「人形姫が王子様を奪われたように、お前はオレから奪ったんだ」

「奪った?」


 裕樹君とクラウンさんは子役仲間ではあったようだけれど、一体なにがあったのだろう。

 裕樹君には心当たりはない様子だ。


「オレにとって1番大事だったもの……。『演技をしていられるオレ』を!」

「どういうことだ!? ……うぐっ」

「裕樹!」

「裕樹君!」


 人形姫の攻撃で、裕樹君の体が後ろに吹っ飛んだ。


「だ、大丈夫だ……」


 すぐに起き上がった裕樹は戦闘に戻ったがとても辛そうだ。

 1人で善戦しているが、ラスボスは強い。

 敗北は時間の問題だろう。


「クラウンさん、もうやめて! どうしてこんなことをするの!」


 クラウンさんが王様なら、人形姫を止めることもできるはずだ。

 お願いだから、もう裕樹君を傷つけないで!

 私の叫び声が聞こえているはずなのに、クラウンさんは薄く笑ったままボロボロの裕樹君を眺めている。


「親に『落ちたらこれで最後にしなさい』と言われて受けたオーディションに落ちてしまった。そのオーディションで受かったのは……お前だった」

「そんなの逆恨みだろ!」

「たしかにね。でも、波川葵君。君なら僕の気持ちが分かるはずだ」

「…………っ」

「僕だって最初は結果を受け入れたんだ。それだけなら許せた。でも聞いてしまったんだ。こいつは言っていたんだ。『おれはこの仕事、したくない。他にいるだろ』と」


 クラウンさんの顔が怒りで歪む。


「したくないならなぜ受けた! お前がいなかったら、オレが受かっていたかもしれない! もしかしたら……まだ芝居を続けることができたのに!」


 クラウンさんが怒りながらも泣いているように叫ぶ。

 お芝居が大好きだったんだな……。

 でも、だからと言って裕樹君を傷つけていいはずがない。


「オレはお前に負けてなどいない! この様子はネット配信されている! お前の負けをみんなが見るんだ!」

「ぐああああ!!!!」


 人形姫の攻撃で裕樹君がとうとう倒れてしまった。


「ぐっ……」


 必死に起き上がろうとするけれど、裕樹君は動けない。

 人形姫が大きな体を裕樹君に寄せた。


『王子さまあ……捕まえたああああ……』


 裕樹君を掴み、持ち上げた人形姫が呪文を唱える。


「裕樹君逃げて!」

「裕樹! がんばれ! 逃げろ!」


 私と葵君が必死に叫ぶが……。


「裕樹君が……」


 人形姫がソッと下ろした裕樹君は、真っ黒なマネキンのような人形になっていた。

 嘘……。

 なんとか裕樹君を助けなきゃ……でも、どうやって?


「はははは! 伊志野裕樹人形の完成だ!」

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