逆戻り

 2人で廊下を駆け抜ける。

 人形姫は今のところ追っては来ていないが、ナイトがこちらに向かってくる。

 倒す余裕はなく、攻撃をかわしながら振り切って進む。

 ナイトにはそれぞれ動く範囲が設定されているから、その範囲を超えると追ってこない。

 葵君がナイトの位置や様子を伝えてくれるから、避けながら進むこともできたけれど、時折攻撃を食らってしまった。

 さっきもダメージを負ったけど、こんなに痛いなんて、やっぱりこわい!

 治療キットで治して貰ったし、ゲーム的には少しのダメージかもしれないけれど、もうたくさんだ!


「はあ……はあ……手紙の部屋に着いたな。ゆり、大丈夫か?」

「はあ……はあ……大丈夫だけど、無理」

「ははっ、さすがに……キツかったな」

「裕樹君は大丈夫なの?」


 スタートからいる裕樹君は走ったり戦ったり、ずっと動いている。


「だいじょ……ばないな」


 今までヒーローみたいに大活躍だった裕樹君も、さすがにもう強がれないようだ。


「ちょっと休もうか」

「……そうだな」


 裕樹君は頷くと座り込んでしまった。

 回復キットで疲労も治すことが出来たらいいのに……。

 私は部屋に書けてある絵の裏から手紙を取り、裕樹君の隣に座った。


「手紙、あったよ」

「これで最後なんだな」


 手を出してきた裕樹君に手紙を渡す。


「今までのと少し違うな」

「うん。怖いけれど、とても大事なものって感じがする」


 手紙を広げ、内容を読もうとしたその時――。


「!!!?」


 部屋が一気に寒くなった。

 またあのぞわりとする感覚に襲われ、全身が震え始めた。


「……追いついてきたようだな」


 裕樹君がぽつりと呟いた瞬間、部屋の中に黒い靄が集まり始めた。


「逃げるぞ!」


 裕樹君が手紙を持ったまま部屋を飛びでる。

 私もすぐ、それに続く。

 廊下に出て後ろを振り返ると、扉から黒い靄が漏れているが、人形姫が追いかけてくる気配がない。


「あれ?」

「なにしてるんだ、ゆり! 早く行くぞ! 今のうちに出来るだけ離れた方がいい!」

「あ……うん」


 裕樹君の言う通りだ。

 早くここから離れようと前を向いた。


『王子様を……返してええええええええ!!!!』

「きゃああああああっ!!!!」


 部屋を吹っ飛ばしながら這い出るように現れたのは人形姫だ。

 でも、その姿が大きく変化していた。

 1階で裕樹君を追いかけていたときのように巨大化し、目玉や首がくるくると回っている。

 不気味で気持ち悪くて怖い!


「おぞましい、ってこういうのを言うんだろうな……」

「のんびりそんなことを言っているんだ! 屋上へ行くぞ! ここでは戦えない!」


 確かに巨大化している人形姫と戦うには、ここは狭すぎる。

 人形姫の攻撃をかわしながら、こちらも攻撃をするなんて無理だろう。


「分かった! って、戦うつもりなの!?」

「どのみちラスボスなんだ! 戦うしかないだろう!」

「そうだけど!」

「これでもくらえ!」


 ガシャン! というガラスが割れる音と同時に、人形姫が炎に包まれた。


『ぎゃああああああああああああ!!!!』


「ランタン! いつのまに取ったの!?」

「ゆりがのんびりしている間にだよ! ほら、今のうちに上に行く!」


 廊下の突き当たりにある扉を開けると、屋上へと続く階段が現れた。

 たまに1段を飛ばし、駆け足で階段を上がっていくが、足が思うように上がらない。


「階段きついー!」

「気合でのぼれ!」


 1段どころか2段飛ばしで裕樹君は駆け上がっている。

 くそぅ、足が長くていいなー!!


「ゆりちゃんがんばれー! 気合だー!」


 葵君が励ましてくれるけれど……。


「無理だってば! 足の長さは気合でどうにもならないもの~!」

「それは……かわいそうだね」

「かわいそうって言うなー! わああああ!!!?」

「……来やがったか!」


 葵君への抗議と同時に、「ドオオオオオオオン!!!!」という轟音が響いた。

 階段と廊下の間の扉が破壊されている。

 舞い上がる土埃の中から、焼け焦げた真っ赤なウェディングドレスを着た、おぞましい姿の人形姫が飛びだして来た。

 私達を見つけると「にたあ」と笑みを浮かべ、四つん這いでこちらに向かってくる。

 這っているのにスピードが速い!


「きゃああああ! 裕樹君! 追いかけて来たよ!?」

「言わなくても分かるって! 口より足動かせ!」


 恐怖が疲れよりまさり、一気に階段を駆け上がった。

 バンッ! と扉を開け、屋上に出た。

 はあ、はあ、と肩で大きく息をする。

 もう……倒れそう。


「誰かいる」

「え」


 隣にいる裕樹君が真っ直ぐ前を見ていた。

 その視線を追うと、確かに誰かが立っていた。

 見たことのある、風に揺れるマント。

 暗闇の中キラリと輝く王冠。


「クラウンさん?」


 呼ぶと彼はこちらを見た。

 やっぱりクラウンさんだ。


「どうしてここに……」

「君はここにいては駄目だと言っただろう?」


 クラウンさんがゆっくりと腕をあげ、私に向かって手の平を見せた。

 なにをするつもり?


「え?」

「ゆり!」


 裕樹君に呼ばれた気がしたけれど……裕樹君はどこ?

 気がつくと風のない空間にいた。

 目の前には今までいた場所が映し出されている窓。


「ゆりちゃん!?」


 すぐ隣から声が聞こえ、びっくりした。


「葵君!?」


 ここは放送室だった。

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